【短編版】隣の席の十鳴君
「十鳴君!おはよう!」
「⋯、おはよう。今日も朝から元気だね。」
「ちょっとお話聞いてもらって良いですか?」
「どうしようか」
「朝、登校してくる途中のお話なんですけど。」
「答え聞く前に話し始めたよこの子。」
私は教室に着くなり私の席の横に座る男の子、十鳴君に話しかけた。
十鳴君は前髪が長くて目が隠れてて、ミステリアスな雰囲気でかっこいい。たまに見える切れ長な目と目元のホクロは本当に沼だ。表情が読みにくいからあまり人が寄ってこないけど、実はすごく聞き上手で、ノリも良い。
私の大好きな人だ。
彼との出会いは高校の入学式の日。だけど関わり始めたのはその翌日から。
私の通う学校は、ケータイは授業中は先生にちゃんと預ければ持ってきても良いということで私は登下校中の連絡用に持っていた。
そして、春休みにもらったばかりのそのケータイの電源の切り方が分からず彼にSOSしたのが始まり。
最初の頃はお互いに緊張して敬語だったけど、3年経った今はもうタメ口で話せるようになった。
(うちの学校はクラス替えが無いらしい。)
十鳴君はあまり周囲の男子とは話さないみたいで、というか、私以外誰も話しかけないみたいで、ずっと1人だ。1人も似合う。というか、ミステリアスさに拍車がかかってしまう。
「じゃあ、ケータイ先生に預けてくる!」
「いってら。」
「うん!」
(十鳴君って、朝何時くらいに来てるんだろう。いつも教室に行くともう居るんだよねぇ〜。)
○○○ ○○○
「⋯⋯。」
春呼深風がクラスを出てったのを見届け、俺は本を開いた。人避けに図書室で適当に借りてきた小説。
(謎だ。)
何で彼女は俺に話しかけてくるんだろ?
他の人とは話さないのか?
(昼ごはんまで誘われるとは思わなかった。)
春呼深風は休みという休み全ての時間で俺に話しかけてくる。隣だからペア活動も一緒、自由に人と組める活動でも一緒。
(何で俺なんかに⋯⋯。)
彼女は色んな人に人気だ。話せばしっかり反応してくれる。嘘はつけない、純粋、真面目。周りに気を配れて、皆が嫌がることを率先して行う。
対して俺はちょっと避けられ気味。前髪は校則破って伸ばして目が隠れてる(というか隠してる)。無表情、無口、気は利かないし、ノリも悪い。
真反対なのに何故かいつも一緒。
不思議な事もあるものだ。
今でも覚えている。入学式の日、挨拶されたときはかなり驚いた。自分に挨拶する人なんて珍しい。絡まれたり、気まずそうにされることはあれど、好意的な視線を向けられるなんて。
(本当ダメだわ。)
たまに、彼女の好意を勘違いしそうになる。
3年も飽きずに話しかけてくれて、流行りなんて知らないから、そのときやってるゲームの話しかできない俺の話を飽きずに聞いてくれて。
(まぁ、春呼深風に限って自分に恋愛感情抱いてくれるわけもないし。)
ペラっと本のページを捲る音が、騒がしい教室の中に溶けていった。
○○○ ○○○
「ギャハハハ」
「騒ぐなって驚いて春呼さんの心臓とまるよ。」
「え、何で?」
「彼女、心臓病なんだって!」
「ヤバイじゃ~ん!」
(んな簡単に死ぬわけないでしょ?)
先生にケータイを預けて廊下に出ればいつも通り、本当うんざりする。
別に、いじめられている訳では無い。ただ、物珍しいだけ。悪意もなく、ただ純粋に仲間内でキャーキャーするための話のネタ。
(なりたくて心臓病じゃないのに。)
「げっ!?春呼さん⋯。」
「居たんだ⋯⋯。」
「ヤバッ」
ようやく後ろに私がいることに気づいたのか、彼女らはパタパタと逃げて行った。
私は心臓病だ。
生活習慣病とかではなく、遺伝したほう。
母方の親戚に心臓病の人が多くて、私もその1人。病気を受け継ぐなんて、普通は嫌だろうが。
お母さんも、弟も。お母さんの兄妹も、その娘や息子も、祖母も、曾祖母も、みんな、みんな、心臓病。
世間的に珍しい病気と聞くが、1つの家にこんなにいるんだから本当に珍しいの?と思ってしまう。
嬉しくないがバライティに富んでいて、みんな病名が違うし、被ってるけど、それプラス別の心臓病をもってたり。
『なんでアンタだけ保健出ないの?』
『サボんなよ。』
『心臓病って言っても何も症状無いじゃん』
(症状出たらマズイんだって。)
中学生時代は酷かった。何度説明してもサボりだと思われるし、特別扱いだって言われるし、俺も心臓病になったって言いながら私の回りを走り回るし。そんな人達に囲まれているから、世間にはこんな人達があふれているんだって当時の私は絶望した。
『心臓病?なら、それが起こらないようにどうすれば良いの?』
『じゃあ、春呼さんが走ってたら止めたるわ。』
初めて信じてもらえて、駄目なことを聞いてくれた。
面倒には関わりたくないという人が多い中、十鳴君は上辺の心配じゃなくて、向き合ってくれた。
『春呼深風〜、止まれ〜。』
焦っていて走りそうになったら本当に止めてくれた。
両肩に手を置いて物理的に走れない状況を作ってくれた。そんな優しい彼に、私は恋をした。
(恋というより、依存だな。)
教室に戻ると、彼は本を読んでいた。節くれ立った彼の手が、本のページを捲る。
やはり彼の周りには人は居ない。それに悩む時もあるけど、逆に、安心してしまう。
彼に1番近いのは私なんだって。そういう優越感に浸れる。本当、私最悪だ。
○○○ ○○○
「えー、クラスのメッセージアプリで話し合ったのですが、結果、うちのクラスは文化祭でメイド&執事カフェやることになりました。」
「「は?」」
そうして、慌ただしく文化祭の準備が始まった。
「クラスのメッセージアプリって何!?」
「知らない。春呼さんが誘われて無かったのに驚いてる。」
「楽しそう!!」
(十鳴君の執事コーデ。十鳴君の執事コーデ!!)
「は~い春呼さんはこっち。」
「わかった!!」
「十鳴はこっちな。」
「⋯⋯。」
女子と男子に分かれて、さらに詳しく班分けされる。私は当日の接客と、買い出し係になった。
十鳴君は裏方らしい。
文化祭週間に入ると、二人ともバタバタしてて話すどころか会うことも少なくなった。
「十鳴君不足。」
「頑張れ、みかちゃん。」
「当日を楽しみにして頑張って。」
私はみかちゃんというあだ名がつけられた。みかぜでみかちゃん。最近の女子って名付けの天才だろうか?
「後2日。後2日!」
「ほらそこ〜、メイド組。ラストスパートだからこっち来て。服の微調整するよ〜。」
「「「は~い」」」
「⋯⋯⋯、本当にやらないとダメなのか?」
「ほら、立ってるだけで良いんだ十鳴、明日頼むぞ。女子には秘密な。」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。」
「そんな目で俺等を見るな。ほら、春呼さんだって喜ぶぞ。」
「⋯、わかった。」
((春呼さん出すとチョロいなコイツ。))
*** ***
「待って、ヤバッ。」
「うわぁ~。」
文化祭の朝、クラスに入ると女子がカメラ片手に集まっていた。
「おはよう。」
「みか〜、アンタこれ知って十鳴君囲んでたの?」
「?」
これって何だろう。隙間を通って中心へ向かう。
「あ、おはよう春呼さん。」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯。」
「どうした?」
「髪、上げたの?」
彼の目が見開かれ、細められた。彼の瞳は1度も他を映すことなく私を映している。
「似合う?」
「⋯、うん。とっても。」
「そう。ありがと。」
(何で?十鳴君は前髪上げるの嫌なんじゃないの?)
「みかちゃんもずるいわ。」
「独り占めしちゃってから、楽しかった?私たちに秘密で十鳴君の顔見るの」
「いやいや、私だってあまり見たことないよ。」
(何で?何で?今日好きな人でも来るのかな?イメチェン?いや、文句を言ったりはしないけど。)
「さ、さ、準備するよ〜。ほら十鳴、備品取ってきて、アンタ今日は裏方」
「いや、コイツは客寄せだ。」
「は!?なにそれ。聞いてないけど。」
十鳴を囲んでクラスの人達が集まる。彼は気怠げに遠くを見ているが、みんなは構わずといった様子だ。もとから、それが当然とでも言うように。
(もう、十鳴君の1番の友達として横に立てないんだ。こんなに近くにいるのに。来週から、ずっとこんな感じなのかな。やだな。文化祭の前までみんな十鳴君に興味無かったのに。女子なんて、昨日まで⋯。)
「イケメンに心配されるとか心臓病羨まし。」
「コラッ。」
「でもそうじゃない?」
(なにそれ、なにそれなにそれなにそれなにそれ)
女子達が私の顔を覗き込む。だよね、と同意を求めるように。
「⋯ッハハ。」
(ふざけないで。私は、好きでなったわけじゃない。いや、言ってもムダか。どうせ気持ちは伝わらない。)
「別に、私は十鳴君の顔が好きだからってわけじゃないよ。そこは誤解しないでほしいな。」
あなた達は遠目に眺めて都合がいいときだけ利用して遊ぶだけでしょ?そんな失礼なことを思ってしまう自分に嫌気が差す。
「じゃあ、そろそろお店ブース?に行くね。イメージトレーニングしたいから。」
「接客にトレーニングは無いと思うけど。」
「真面目ね。」
「⋯。」
*** ***
(皆はもう1日祭かな?)
十鳴君のおかげで昼間は無事に大繁盛した喫茶店を1人で見回す。もう誰も居ない教室はとても静かだ。
1日祭とは、お疲れ様会のようなもので、ジュースを飲んだり運動場で線香花火をしたりして2時間ほど遊ぶのだ。
(良かった。時間に余裕がでてきたら、嫌でも朝のことを思い出すから。)
「春呼さん。」
「え、⋯⋯十鳴君。」
扉の方を振り返ればそこには十鳴君が居た。
「どうしたの?」
(1日祭には行かないのだろうか。何でここに居るのだろう。忘れ物かな?)
「ごめん。」
「え?」
私の前まで歩いてきた十鳴君は突然頭を下げた。
「クラスの人に頼まれて、前アニメの話をした時に、目元にホクロあるキャラクター好きって言っていたから春呼さん喜ぶかと思って、仮装受け入れたんだけど、思ったような反応じゃないし」
「え?」
(十鳴君が髪を上げたのって私のためだったの?)
「⋯。」
「何かごめん。」
「いいや、こっちこそごめん。十鳴君が微妙だったわけじゃないの。十鳴君人と目を合わせるのが嫌いだって言っていたから、少し驚いただけで。」
アニメのキャラクターの話でホクロの話をしたのは、1年生の頃だったと思う。そんな昔の話を、ずっと覚えていてくれたのか。
「(ありがとう、十鳴君。)
ずっと好きだった。十鳴君。」
「え?」
「⋯え?」
「「え?」」
深風は十鳴君が目を見開いて立ち尽くす姿を見て言葉を言い間違えたことを悟った。
(どうしよう。やらかした!?え!?ウソ!!)
一瞬焦るも、先ほどまでのドロリとした投げやりな気持ちが少し戻ってきて、魔をさしていく。
(でも、どうせ離れないといけないなら、記憶に残るような最後の方が良いかな?)
「初対面の私にケータイの電源の切り方とか、サイレントモード、マナーモードっけ?まぁ、いろんなことを教えてくれた。私の病気を信じてくれた。暴走してしまいそうな私を鎮めてくれた。そんな優しくて、冷静で、クラスの人より大人びてる十鳴君が好きだった。さっきだって、みんなが十鳴君を囲んでいたのが嫌だからで、もう隣に立てないのかって思ったからそれが嫌だっただけで、十鳴君がかっこいいことは知っていたし。でも、今まで散々放置してきた十鳴君をみんなが当然のように囲んでいたのが嫌だっただけで。⋯ごめん。気持ち悪いでしょ?仲良くしてた人がこんなこと考えてたなんて。すぐに諦めるから、ごめんなさい。」
「⋯⋯。」
十鳴君から返事がないことでだんだん頭が冷静になっていく。
「⋯⋯、何で諦めるの?」
「え?」
「俺も、春呼さん好きだよ?」
十鳴君が私の顔をそっと撫でる。校服で涙を拭かれて、私は初めて泣いていたことを知った。
「⋯、でも、友愛の方でしょ?」
「恋のほうだよ。」
「気を使わなくても」
「使ってないよ。俺、楽しそうに俺の話を聞いてくれる春呼さんが好きだった。好きだって思ってもらってて安心した。」
「⋯。」
「諦めないで。俺も好きだから。」
十鳴君はそっと私を抱き寄せた。
「いっぱいデートしよう。お家デート。オススメの漫画やアニメを一緒に見たりしよう。ゲームもしよう?お揃いの文房具とかも買いたい。いつか、赤い宝石のついた指輪をあげる。」
十鳴君が言った言葉は、どれも、過去の私がポロリと零したものだった。タイミングも、何もかもバラバラなそれらを、ずっと覚えていてくれたのか。
「ありがとう、十鳴君。」
2人は、お互いの呼び方を下の名前に変えた。
よく家に遊びに行くようになったし、もちろんお揃いの筆箱を買った。
「あの頃は若かったよねぇ〜。」
「と言ってもまだ3ヶ月しか経ってないよ?でも、前髪上げただけで君が妬いてくれるならもっと早くしたらよかったかもしれないね。」
「酷いなぁ。」
今日も2人は冗談を言い合って笑う。
ここまで読んでいただきありがとうございます。