鏡よ鏡――
似た作品があったらすいません。
むしろ展開やオチは似た作品がないはずがないので、ほぼ一致があったらすいません。
そこに至るまでをつい考えすぎて無駄に長くなりました。
その国にはとある鏡が国宝として保管されている。
もちろん厳重な管理下にあり、王侯貴族すら目にするには恐ろしいほどの申請手続きと、沢山の方面の審査が入る。
だから使用するなんて考えられもしない話だった。
その鏡には問いかければ真実を答えてくれる奇跡の力と、忌まわしくも愚かしい訓話が伝えられていた。
厳重に管理されすぎて存在すら一握りの者にしか認識されていない鏡だが、その一握りの者には興味を惹かれてやまないような存在でもある。
そして何にでも抜け道はあるものだ。
ルールが厳重だとしても、それに背いてしまえば……罰を考えなければできてしまうことなんて幾らでもある。
その国の第5王女であるオーリフィンは宝物庫に忍び込んでいた。
本来ならば王女が簡単にできることではないが、この日の城内は普段とは違う空気で包まれていた。
オーリフィンの双子の姉が、望まれて大国へ嫁ぐ祝の日だった。
城内は浮足立ち、宴の席は無礼講。
城外に対する警備はネコの子どころかネズミ一匹通さない厳重さだったものの、内部は普段よりも緩んでいた。
酒に酔った使用人が管轄外の区域に入り込もうとしても苦笑で止められ、逆にシラフの雑用係が今日だけと言って、入室権限のない部屋の見学をコソッとしても見逃される空気だった。
そもそも祝の日なので、特例として出入りして良い場所は普段よりも広く認められていた。
それは絶対に許されない場所との線引がしっかりされているためでもあった。
だが、オーリフィンは王女、つまり王族だ。
使用人とは違う扱いになるために、隙が生まれてしまった。
オーリフィンがもし計画的に画策して成そうとしたなら、逆にバレてしまっただろう。
オーリフィンはただ、感傷に浸って、その場しのぎの適当な言い分で警備を次々に抜けていった。
護衛や御付きの者もそう。
オーリフィンのおかしな言い訳を信じて、代わりの者がすぐに来るのだと疑いもせず離れていった。
後先考えない適当な言い訳は、『まさか王女がそんな適当なことを言うはずがない』『嘘ならば前の警備が止めていたはずだ』などという、『あるはずがない』『他の者が許可したから』という、本来頼ってはいけない感覚を理由を証拠としてしまった。
それも宴の空気が感覚を狂わせていた部分もあったかもしれない。
運良く、あるいは運悪く、オーリフィンは国宝たる鏡の前に一人で辿り着けてしまった。
オーリフィンは布を掛けられた鏡を前にボロボロと涙を零していた。
一人になって止めることができなかった。
オーリフィンは双子の姉ととても仲が良かった。
国内だけでなく国外にも双子王女としてセットで認知されていたくらいだ。
『二人揃ってお嫁にしてくれる方の元へ嫁ぎましょうね』と、冗談半分どころか全部本気で笑いあっていたくらいだ。
オーリフィンだけのたわごとでなく、姉も本気で誓ってくれていた。
何をするにも一緒、違うことなら補いあえることを、あえて変えるなら一目で対になると分かるようなものを選んだ。
麗しき双子姫。
二人揃っての華やかさは強い存在感があった。
他国からの賓客も、話題性から噂の双子姫を目にできたと喜ばれた。
二人は仲が良くお互いに知りつくしているのでフォローしあえる。
セットにされているため、どちらのミスをしてどちらかが取り戻しても、マイナスをプラスで埋めたのでなく、成功したと評価された。
息のあった二人の行動は、実際よりも高く評価され愛されていた。
二人だったからこそ手本のような良き淑女であれた。
二人でいたかった。
なのに嫁に迎えられるのは姉だけ。
オーリフィンは国に残される。
姉は悲しみながらも急に言葉を変えたのだ。
『双子でもいつまでも一緒に居られるとは限らないの』
そうオーリフィンを諭して。
そんなはずがない。
オーリフィンは知っていた。
かの大国では一定の資産を超える家には一夫多妻が認められている。
姉の嫁ぐ相手は第二王子で、公爵位に降りて王太子を支える臣下となることが確定している。
双子をそのまま娶ることが可能な相手だと最初から分かっていた人だから、二人は見合いをしたのだ。
こちらの国としては、双子ともどもという意図で伝えていたのだ。
そしてもう一つ。
オーリフィンは偶然により、姉より先に彼と出会っている。
本当に偶然だった。
正式に顔を合わせる前のこと、一日のうちでも少ない双子が離れる時間、庭へ迷い込んだ彼とオーリフィンが出会った。
その時かの王子は、王子の従者に扮して散歩していて、オーリフィンは彼が婚約候補の王子だとは知らなかった。
そのため初恋と失恋を同時にしたと思った。
オーリフィンの産まれた国では、王族は感情だけで相手を選べない。
候補を断ることや、候補の中から選ぶことは許されている。
誰それを候補に入れて欲しいと頼むことも可能だが、候補に見合わない相手を推すことはできない。
他国王子との婚約話が出ているのに、その従者を望むなんてありえないことだ。
それが蓋を開けて見れば彼は婚約者候補の王子その人だったのだ。
オーリフィンは喜んだ。
初めて恋した人と結ばれる事ができ、かつ姉と共に嫁げるのだ。
小娘の盲目的な一目惚れでなく、彼はよくできた人でもあった。
何かが一つ違っていれば、オーリフィンは幸せなまま姉と共に嫁げただろう。
双子は本当にそっくりで、意図して振る舞えば家族すら見分けがつかないほどだった。
たしかに見た目も中身も多少の違いはあるものの、違いがあるからこそ二人で一つだった。
だから片方を好めばもう片方をも欲しくなる。
それが双子の常識で、双子の周囲の常識でもあった。
オーリフィンと姉は同じ人を好きになった。
分け合う約束もしていて、そのつもりだった。
しかし相手はそうではなかったのだ。
『私が望むのは姉姫一人です』
王子はきっぱりと言った。
『それに妻が二人もいては、私には平等に愛せる時間がない。我が国でも法律上は一夫多妻が許されていますが、実際に行われるのは跡継ぎに困った場合のみです。我が国でも重大な理由が無ければ倫理観が低いとみなされます』
国が違えば常識も異なる。
オーリフィン達の国も一夫一妻制だ。
だからこそ、異国で一夫多妻が可能な国ならば、普通に双子揃って受け入れてくれるのだと思いこんでいた。
双子の異文化への勉強不足だった。
――もちろん普通に多妻が認められている国もあるが、そちらとの縁はなかった。
王子は明らかに姉一人を望んでいた。
誠実な人だったからこそ、双子揃って娶って欲しい意図が上手く伝わっていなかった。
王子だけでなくあちらの国としても、一夫一妻が通常だったこともあって、まさか本気で両方をとは思ってもいなかったのだ。
そして姉はと言えば、王子の真摯な求婚と説得に、次第に考えを変えていった。
双子だからといつまでも一緒に居られたのがおかしかったのだと。
姉に限らず王やそれ以外の家族も同じで、てのひらを返したようにオーリフィンに諦めろと言ってきた。
市井、貴族問わず、大人になれば家族でも道を分かつものだ。
同じ家で家業を継ぐことはあれど、よその誰かと結婚して、次へと繋いでいく。
それは世間が考える『ごく当たり前』の『普通』だ。
オーリフィンは泣きながら鏡に縋った。
当たり前って何?
普通って何?
望めば手に入るはずだった。
オーリフィンが、ではない。
姉と王子が共に望んでくれれば、普通に叶えられることだった。
王子が拒むまでは少なくともこの国ではそのつもりだった。
姉が王子に同意しなければ。
王や他の家族が、貴族達が意見を変えなければ。
双子は単品での王族としての出来はそれなりだ。
悪くはないが飛び抜けて良いとも言えない。
しかし二人揃えば話は違う。
二人は能力を補うような成長をして、仲が良く協力しあえるし息も合う。
単に嫁を二人迎えるのとは違う、もっと良い成果を出せる価値がある。
瓜二つの姫が並ぶことで注目も引き、話題性にことかかない。
うまく利用すれば交友関係も広げられるし、良い縁は物事を有利に動かしやすい。
――何か動きがあった時、仲が良ければ後押しもしてくれるし無理も通してくれる。
確かに資本がなければ手も貸せないし、無茶な案は応援できない。
だが仲が悪ければ、資本にゆとりがあっても可能性が高くても渋られる。
双子はそこまで考えて励んで来たのだ。
だから社交や人に愛される振る舞いも得意であった。
苦手な人がいても担当を分け合って対応してきた。
オーリフィンの心はボロボロだった。
眼の前の物に縋り付いたことで、掛けられていた布が外れる。
そこにははるか昔から存在するとは思えない美しい輝きがあった。
オーリフィンの涙は止まり、惹き込まれるように鏡面を覗き込んだ。
聞きたいのは別のことだったが、鏡の訓話を思い出してしまう。
この世で一番美しい者を尋ねて悲劇が起こる話だ。
言い伝えの真偽を確かめるため、なんてどうでも良い理由が頭に浮かんだ。
逃げもあって、オーリフィンはまず回答に興味のない問いを投げかけてしまった。
「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰?」
御伽噺よ、と思いながらも、オーリフィンは固唾を飲んで見守った。
見守ったつもりではあったが、混乱と精神不安定と緊張で、ほんの数秒を長い時間と勘違いした。
「バカね。
知りたいことに答えてくれるなんて――」
「問は中止でしょうか」
オーリフィンは絶句した。
自重気味の呟きを問の中止と捉えられてしまったのだ。
辺りを見回して誰もいないことを確認し、混乱したまま答えを急ぐ。
「いいえ、答えてくれないと勘違いしたの。
教えてくれる?」
もし鏡が答えてくれたなら、早く否定しないともう答えてくれない気がした。
鏡が話し出すとか、答えてくれるとか、本当なら危険な鏡かもしれないとか、色々な不安が頭を過っていた。
混乱故に問答を最優先にした。
「この世で一番美しいのは誰?」
「質問が漠然としすぎています。
絞りこんでください」
オーリフィンは想定外のことに固まった。
「え……どの点がかしら。
えっと、可愛い系と美人系分けた方が良かったかしら」
「近いですが正しくありません。
どの基準においての美でしょうか」
「もっと簡単に」
「質問者が所属する国の基準でしょうか」
「え?」
オーリフィンの頭に浮かんだのは愛しい王子の顔だ。
しかし正直に他国とは言えなかった。
「この国よ」
「外見でしょうか。
内面でしょうか」
「えっ、そうね。
今は、外見……?」
「好む人数が最多となる形でしょうか。
それとも多くの権力者が好む形でしょうか。
最大権力者の好む形でしょうか」
「えぇ……?」
オーリフィンは更に混乱した。
人数が多いのは民で、数の多さは力だ。
もし地方によって微妙に美人判定が違うとしたら、人口が多い市町村が有利なのだろうか。
だがこれが国の価値だと宣言できるのは王侯貴族だ。
例えば宝石なら、民の付けられる価値と王族が付与できる価値では単位から違う。
払う対価の高い方を価値が高いとする考え方もできる。
町人に一番人気の宝石が万の単位として、そうでない宝石に貴族が億を払ったらどちらの価値が高いのか。
ならばその権力者達が頭を下げて従う、権力の最大である者を基準とする方が明快なのか。
思考の深くに陥りかけたオーリフィンはハッとした。
「そ……そこに差はあるの?
王様と民の美人判定にそこまで違いがある!?」
「厳密に答えるならば。
差がない部分を回答の基準とする曖昧な判定をしますか?」
「そう、ね……?」
「装飾は含めますか」
オーリフィンはまだ終わらないのかと呆れた。
確かに泥にまみれて洗う水もなく明日の着替えもない超美人と、最高品質の化粧品とアクセサリーで化けられる普通顔では、どう比べて良いか分からない。
「同じ衣装と化粧ができる前提で」
「同じであれば、好ましいとされる組み合わせかどうか、つまり似合う似合わないを考慮に入れない条件で――』
「入れてよ?!」
オーリフィンは思わず叫んだ。
淑女なので普段は叫ぶなんて真似はしないが、今は何一つ平静でいられる要素がない。
「もっと曖昧で良いの!
誰が一番綺麗なの?!」
「曖昧にするほど質問に対して正しくない回答へ傾く可能性が高くなります」
「それで良いから!
今の条件だけで」
「曖昧条件ではこの方です」
鏡に写ったのは見たこともない人物だった。
「男じゃないの!?」
「性別を限定しますか」
「くっ……!」
確かに鏡に写った男性は美しかった。
確かに美女とは言っていない。
無意識の当然として女の話をしていたのに、男を出された。
しかも否定する部分がないほど美しい。
とても悔しかった。
この男の位が低くても伴侶に望む令嬢はいるだろうし、妾として望む貴族夫人すら出るだろう。
オーリフィンも絶賛失恋中でなければ一目惚れしていたかもしれない。
外見だけで言えばかの王子よりも美しいのだ。
そこまで認めた時、ふっとオーリフィンの心の中の重みが一つ消えた。
「……?」
オーリフィンはどうして気持ちが軽くなったのか分からなかった。
戸惑いながら問いを続ける。
「なら女性だと誰なの?」
「先程の条件ならこの方です」
また知らない人だった。
嫉妬できないくらいに美しく、どこか先程の男性と似ている。
美しいと感じる特徴で選ぶのだから不自然とも言えない。
オーリフィンも美しい双子と言われてきた。
姉姫・妹姫の中にも、貴族の中にも、美しいと褒められた娘がいる。
その誰でもない。
「一番美しければ捨てられなかったのかしら」
思ってもいない問がぽつりと漏れた。
訓話が頭に残っていたせいかもしれない。
彼は同じ顔のはずの姉だけを望んだのだから、そもそも意味のない問いだ。
「捨てた人物と捨てられた対象を明確にしてください」
思わず『放っておいて!』と言いかけたオーリフィンだったが、口にはしなかった。
淑女としての教育の成果と、身につけてきた知識と経験からくる自制だ。
これは捨ててはいけない機会だ。
訓話は身を滅ぼす話だったが、そうした話は解決策を含んでいる。
戒めに従えば良いのだ。
訓話では伝えられた事実に怒り狂った妃が、逆恨みして王女を暗殺しようとして失敗して処刑される。
オーリフィンは姉にも王子にも害意はない。
「質問は終わりでしょうか」
「少し待っていて」
「分かりました」
鏡は何だか人間くさい部分もあるが、同時に『普通に』人が持っているはずの融通がない。
質問の意図を明確にしようとし、正確にしようとしている。
伝えきく御伽噺はこの鏡以外にもある。
中には甘言に惑わされて痛い目を見る話や、それこそ条件を明確にしなかったために詐欺られる話もある。
詐欺に関しては王族という立場から、御伽噺でなく事例としても学んでいる。
良く考えれば、鏡の質問は商談だと思えばおかしくない内容だ。
例えばどこかの王様が異国の貴族に美しい妾が欲しいと話題にしたとする。
運ばれてきた『美人』が王様の意図と外れていたらどうだろう。
王様はあくまでも、自発的に妾として来てくれる、生まれも育ちもしっかりした、賢い姫を所望したかもしれない。
それ以前に、その国では冗談として流すのが通例とされた雑談の一つでしかなかったかもしれない。
対して異国の貴族は遠回しに依頼されたと捉え、自分基準の美しさで、無理矢理嫌がる奴隷を連れて来る可能性もある。
身分を理由に全ての貴族が例外なく知識があり機転が利く常識人であるはずがない。
かつ異国であればその常識や価値観すらも違うのだ。
王様の意に何一つ叶わない可能性がある。
そうした齟齬を無くすために条件を詳細にするのだ。
同時にオーリフィンが鏡に対して苛立ったような事態にならないよう、相手の気分や価値観を推測して省けるものは省かれている。
ならばオーリフィンはまずこれを確かめようと思った。
「あなたは質問を明確にするのに時間をかけても怒らない?」
「怒る機能はありません」
「回答が嘘であることはある?」
「嘘を答える機能はありません」
「証明できる?」
「できません」
「そう……質問を完全に明確にすれば何でも正確に答えられるの?」
「全てではありません。
また質問を完全に明確にすることはできません」
オーリフィンはおやと思った。
「答えられない質問は何に関して?」
「回答に時間がかかる質問ですが全て回答しますか?」
「短く曖昧にいうと?」
「未来に関してと曖昧な質問です」
「そうなの……」
オーリフィンは妥当なところだと感じた。
「答えられ無い場合は答えられないと言ってくれるのね」
「はい」
「質問を明確にできないとは?」
「人には不可能です」
オーリフィンはチラっとこの鏡は人以外を知っているのかと感じた。
人には作れない鏡なのでさもありなんと後回しにした。
「回答の判断基準を私にすることはできる?」
「可能です」
「私が問題なく――現実的な手続きや揉め事として、あるいは感情的な面から問題なく、姉と共に嫁ぐ方法はないかしら?」
「ありません」
今までと同じ回答だったのに、やけにきっぱりと潔く聞こえた。
「理由は?」
「既に双方が納得する契約が成されており、望まれぬ変更となります。
また元には戻れない、無かったことはできないと言う質問者の思考が解決できません」
「そうしたことを無視すればあるの?」
「無視すれば方法を問わない条件となります。
全ての回答には時間がかかりますが全て回答しますか?」
「その条件で。
可能性の高い三つほどをあげて」
「対象の第二妃になる、対象に近い別の人へ嫁ぐ、姉の婚約を白紙に戻して別の婚約者を探すなどがあります」
オーリフィン自身も分かっていたことだった。
分かっていてしなかったことだ。
そして回答の一つ、『共に』が『同じ人へ』ではなくなっている。
「ふふ……そうね。
彼に近い人へ嫁げば近くには居られるのね」
それも難しい案だった。
オーリフィンが好きなのは彼で、彼に愛される姉を見ながら、別の人と結婚しなければいけなくなる。
しかも彼の兄弟にはオーリフィンと結婚する政治的な意味がないので王族には嫁げない。
王族でない側近の嫁では、今まで通りには姉と一緒に居られない。
一緒に居られない。
そう考えた時、今後一緒に居たいのか、自身の中で問が湧いた。
居られるようになったとして、先程指摘された通り、起きたことを無かったことにはできない。
姉はずっと一緒にいた自分ではなく、現れたばかりの男を選んだのだ。
物心ついた時から交わしていた姉妹の誓いを捨てて。
三人で暮らせる道があったとして、オーリフィンは姉と彼の決断を忘れることはできないだろう。
きっと喉奥にひっかかったまま、流れていかない。
「ねぇあなたはどうして何でも答えられるの?」
「そう創られたからです」
オーリフィンは自分の心が落ち着いているのに気付いた。
悲しみも苦しみもなくなっていない。
だがそれも突き詰めれば感じる必要のないものである気がした。
双子の姉ともう一緒に居られない。
――居たって苦しいのだから別に良いのではないか。
彼に求めて貰えなかった。
――彼以外にも……彼以上に素敵な人はきっといる。
オーリフィンはまず欲しい相手を思った。
この鏡に問いかけるのは単純に面白い。
細かな条件設定に苛立ちもする。
しかし突き詰めていく行為には興味を惹かれた。
「あなたと一緒に居られる方法はあるかしら」
「条件や期間を明確にしてください」
「明確に……??」
これ以上明確にできる方法はあるだろうか。
確かに期間は必要かもしれない。
ずっとと言えばオーリフィンが死ぬまでだろうか。
いや、死んだ後の骨や棺も含まれるかもしれない。
魂が存在するならどこまでだろう。
ならばオーリフィンがオーリフィンで在るのはいつまでか。
「あなたを死ぬまで私のものにしたいの。
宝物庫ではなくて部屋に置いてお話したいわ。
そして罰せられない前提かしら」
罰に関しては既にオーリフィンは危ない状況にある。
王族といえ許可もとらずに宝物庫に無断侵入した。
かつこの鏡は宝物庫の中でも一・二を争う貴重品だ。
バレたら謹慎なんかで済むことはなく、身分剥奪にはなるだろうし、城から出されて修道院で済むか分からない。
オーリフィンの憔悴具合は王も心配する所なので、広くバレさえしなければ、無かったことにしてもらえるとは思う。
問題そのものの隠蔽という解決だ。
オーリフィンは家族とも仲良くやっているし、貴族や使用人、民からも好かれている方だ。
姉と引き離されることで同情も向けられておる今、重罪を課したいと思う者はそうそういない。
鏡だって布をかけさえすれば使用したことすら分からないだろう。
だってこの鏡の扱いは厳しすぎて、本来ならば布をとることさえないのだ。
こんな風に一人で宝物庫に入っていることがまずおかしいのだ。
本当にこの鏡に奇跡の力があるとはオーリフィンすら思っていなかった。
「『私のもの』とは法律上の名義でしょうか。
またどこの部屋かを明確に――」
「でも、待って。
違う問いを挟むわ。
あなたに問いかけたのは、私の前に最後に話しかけたのは誰? いつだった?」
布を戻せば触れたことすら分からない。
誰かが鏡に問いかけなければ、どこにもオーリフィンが鏡と問答した証拠はないのだ。
もしかしたらあえてその状態で保管されているのかもしれない。
正式な申請をしてまで、鏡に誰か問いかけていないか罪を問う面倒は誰もしたくないだろう。
もしこれが本当に普通の鏡で全く返答がなかったら笑い話にもなる。
申請してまで明らかにする者が出たとして、先程の質問をすれば全てを曖昧にもできる。
この鏡は嘘をつかない証明ができないのだ。
そもそも人の言葉で答える不審な鏡だ。
鏡の回答は証拠にさせない。
「163年前、当時の王妃です」
「もし私がここで聞いていることを隠してとお願いしたら今後誰かに問われても黙っていてくれる?」
「できません」
「その王妃の記録は何らかの方法で残されている?
人が確認できる方法よ。
万が一にもそれを知って生き残っている者はある?」
「人と生き残るの条件を――」
「そこに条件がいるの?!」
呆れながらオーリフィンは先程自身の中に湧いた問を頭に浮かべていた。
オーリフィンがオーリフィンで在るのはいつまでか。
死んだらオーリフィンではなくなるのか。
生きていれば在り続けているのか。
人で在るのはいつまで?
――オーリフィンは問答に溺れていて、人成らざるものではないかという問はこの時思いつかなかった――
オーリフィンは生きている。
通常鏡は生きていない。
オーリフィンは生きているので会話することができる。
意思の疎通ができる。
なら質問して回答できる鏡は生きていないと言えるのか。
質問に回答しているのだから意思の疎通もできている。
逆に人は意識がない状態でも心臓が動いていれば生きているとされる。
人間である。
亡くなっていても人は人……と仮定しよう。
つまり生きていなくても人なら鏡でも会話ができたら人で良いのだろうか。
体がなくてはならない?
ならもし幽霊を確認できたら人の幽霊でも人ではないのか。
動物は生きていても会話できなくても人とは呼ばれない。
そもそも動物と簡単に言うが、動物とは何なのか。
学問的には生物・動物の定義があれど、オーリフィンにはそこまでの知識がない。
眼の前の不思議現象まで含めて、人である、生きているとはどう条件付ければ良いのか。
「質問を変えるわ。
私がこの宝物庫に咎められないよう忍び込む方法はある?
この国の法律に触れない方法で、発覚しない方法が良いわ」
「ありません」
「不確かな方法も含めれば?」
「全ての回答には時間がかかりますが全て回答しますか?」
「私基準で実現が可能そうなものを幾つかあげて」
「隠し通路を使用する、警備兵を仲間にする、王となる――」
「既に不可能そうなものが出てきてるじゃないの?
真っ先に来るのが隠し通路って……」
オーリフィンは頭を抱えた。
隠し通路の存在はオーリフィンも知っている。
隠し通路の全てを知る権利があるのは王だけだ。
王族や一部の護衛に知らされるのは一部だけ、王太子は王となった後に元王から学ぶ。
記録に残さず口伝とするため存在を忘れられた通路もあるらしい。
「隠し通路は専門で警備している者がいると聞くわ」
しかも全容を把握させないために区画を分けられて管轄を決められているらしい。
一人で広大な範囲を管理しているなら隙も出るだろうが、範囲が決められているなら隅々まで管理されているだろうとオーリフィンは考えている。
下手に入れば区画の境目で挟み撃ちにあう可能性すらある。
「一人で入るのも難しいのに痕跡を残さないなんて無理よ。
いえ、不確かでも可能性があるから回答があったのよね」
今日みたいな緩い日は恐らく二度と来ない。
少なくとも勝手に宝物庫へ入ったことはバレるので、正面の警備はもっと慎重になるだろう。
口先だけで入れてはくれない。
オーリフィンはついぶつぶつと呟きながら思案した。
「私より前にあなたに話しかけた人がどうやって入ったか、公式だったか、罪に問われたかを教えて」
オーリフィンはもう、今後も鏡と話す方法を探すことに真剣になっていた。
少なくとも誰かに見られる前に鏡に布をかけて、話しかけていませんという距離に離れなければいけない。
その前にどうすれば次回以降も訪れられるかの解決策が欲しい。
頭の中にはもう、双子の姉姫のことも、想う王子のこともなかった。
全くとは言えなかったが、それよりも重大なことができてきた。
オーリフィンは気付いていなかったが、これは初めてオーリフィンが、双子の片割れとは関係なく起こした行動だった。
別行動もしたことはあるし、相手に黙っていたずらを仕掛けたこともある。
しかし片割れが全く把握していない、今後も関係しない、独立した行動というのは初めてだった。
皮肉にも、オーリフィンは姉と共に居たいがために起こした行動で、道を分かつことになったのだ。
姉から説かれたように。
ο ο ο
「鏡よ、鏡。
今日は所属国の東の森に関して問うわ。
獣害が激しいかの森の間引きと開発の話があがっているのだけれど、森の南側の木を切り拓いた場合、獣達は北へ逃げるのかしら」
「未来のことは回答できません。
獣では対象が曖昧です」
「そうだったわね。
なら――」
ο ο ο
かつて仲の良い双子姫として有名だった王女の姉姫が嫁いで五年。
残された妹姫は、今では名のしれた学者になっていた。
王族として教育を受けたため元々の学力は高く、姉と分かれたのをきっかけに学問に身を投じた。
愛でられていた頃には淑やかで控えめな、令嬢の手本のような王女だったが、今では一つ聞くのに十は質問返しが来るような理詰めの学者になっていた。
しかもその知識の出所は曖昧なものも多いのに、間違いがないという厄介な才女になっていた。
宝物庫から人の話し声が聞こえると言う怪談が生まれたが、怪談のまま解決はされなかった。
嫁いだ姉姫はと言えば、実際よりも軽く評価されるようになっていた。
双子だから価値が高められていた部分が引かれたのだ。
期待値の前提が崩れたためだけではない。
二人で補い合っていた部分――姉姫から見れば妹姫に補って貰っていた部分が目立つようになったためでもあった。
周囲からは双子セットで貰い受ければ良かったのにと陰口を叩かれもしたが、二人は愛し合っていたので問題なく乗り越えた。
夫婦は国の御世継ぎの身分じゃなくて良かったねと笑いあい、偏屈と称されるようになった妹とも仲直りした。
妹姫は今日も鏡に問う。
「そろそろこれを聞こうかしら。
この世で一番幸せになれる伴侶候補は
誰?」
「質問が曖昧すぎます」
「焦っちゃったわ。
私を恋愛対象として愛せる男で、この国の法律上の前科がなく、浮気をしない人間はいないかしら。
私が嫁げる相手だから伯爵以上になるかな。
仕事を続けたいから嫡子ではない方が良いわ。
それに――」
「該当者がありません」
「条件を変えるべきかしら。
それとも仕事に生きる方が幸せと言う回答なのかしら……」
「はい」
「質問じゃなかったのに……」
「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?」
「この方です」
「鏡じゃねぇか!」
「細部に渡る伝統的な模様が美しく鏡面に傷一つない魔鏡様です」
鏡に人格と美意識があったらこんな可能性もある気がします。
鏡の作成者が人間の人格で作ったんでしょうか?
だとしたら作成者の美意識での回答なのか?
御伽噺も哲学も詳しくないので色々とおかしな部分あると思います。
そういった方面ではありきたりの問ばかりかと思います。
問答パートをもっと長く深くしたかったけれど無理でした。
お付き合い頂いた方おられましたらありがとうございます。