僕の絶対
「君、そっちは危ないから止まりなさい!」
警察官の呼びかけにも足を止めず、広人は必死で走っていた。
この辺りはすでに水没の二次災害による拡大を懸念し、一般人は避難しているため閑散としていた。
辺りには乗り捨てられている自動車やコンビニでは既視感のある商品が床に放り出されている。
「舞さん・・・」
そんな街を一人走る広人はなぜか舞と初めて出会った日を思い出していた。
入学式が終わり、駅に向かう途中、小さな橋を渡る。小さな川に東京とは隔絶されたような自然あふれる場所。そこは人通りが少なくどこか落ち着つくような空間だった。僕はその場所に妙に惹きつけられて橋の上でその景色に見入っていると女性の歌が聞こえてきた。聞き覚えのない曲だか、その曲は妙にこの空間に溶け込み心に染み渡る。音をたどるように歩くと、そこには幸せそうに歌う、僕と同じ制服を着た女の子の姿があった。彼女のその表情はとても幸せそうで、見ている自分が幸せな気持ちになるような、そんな尊く美しい姿だった。
そんな姿を見ていると、彼女がこちらに気づいた。僕の方へ振り返った時、彼女の姿に僕は言葉では表せない感動を覚えた。僕は彼女の姿を見て呆けていると、彼女は僕のそんな表情がおかしかったのかクスッと僕の目を見て笑った。
「こんにちは」
「っ!?こんにちは・・・」
彼女は笑顔で話しかけてきた。僕は反射的に挨拶を返した。
「ここで何をしてるの?」
「ここなんか落ち着く場所だから気に入っちゃって・・・少し考え事してたの。」
彼女は流れる川を見ながらそう答えた。
「君はどうしてここに?」
「君の歌が聞こえてきてつい。」
「そっか。」
僕が正直に言うと、彼女は少し気恥ずかしそうに言う。
「君の歌、なんというかすごく楽しそうに歌う君を見て僕も少し嬉しくなった。」
僕は素直に感じたことを伝えた。初対面の相手にこんな事を言うのはおかしいかもしれないが、彼女には思わず話してしまえるような魅力があった。
「っ!?そっか…私そんなこと初めて言われた、ありがとう。」
彼女は驚いた表情の後、嬉しそうにそれでいて泣きそうな表情で笑っていた。僕はその表情の意味を聞きたかったが、聞けなかった。
「君、名前は?」
「僕は奥野広人。」
「広人君かー。私は水瀬舞、よろしくね。」
お互いに軽い自己紹介をした後、一緒に駅まで行くことになった。彼女普段はバスでの登下校だか今日は用事があるため電車に乗るらしい。
「舞さんは歌好きなの?」
「えっ?」
「いやほら、さっきすごく楽しそうだったから。」
「あー…うん、歌は好き。なんていうか〜生き甲斐てやつ?フフッ」
彼女は少し考え込んだ後、茶化すようにそう言った。
彼女のその顔を見て僕は嬉しいような羨ましいようなそんな気持ちになった。
「広人くんは好きなこととかあるの?」
「僕は・・・本当は何がやりたいかわからないんだ。」
やってみたいことや興味があることだけならいくつかある。しかし、歌を愛し、誰よりも幸せそうに歌う彼女の前で僕はこれがやりたいと胸を張って言えるものはなかった。
「じゃあ将来の夢的なものとかは?」
「ごめん、わからない」
「…そっか。」
僕は将来について答えられないことへの劣等感のようなものを抱いた。しかし彼女僕の答えを聞いても気にもしていないような態度で微笑んでいた。
「僕は・・・僕だけの絶対を見つけたいんだ。」
「絶対?」
僕の何気ないような一言に彼女は聞き返してくる。
「うん。なんかこう、将来何があってもこれさえあれば大丈夫だって言えるような・・・それがなんなのかは分からないけど。」
「大丈夫」
「えっ?」
彼女の返答に僕は驚いた。今日あったばかりの僕にそんな言葉をかけてくれるなんて思わなかったから。
「君はきっとそれを見つける。私はそう思う。だから大丈夫。」
「なんで今思い出すんだよ・・・」
僕の目からは自然と涙がこぼれていた。
「どこに居るんだ舞さん。」
日も沈みかける頃、いくら彼女を探しても見つからずに僕はこの街をさまよっていた。
「大丈夫。」
一瞬彼女が僕に言った言葉を思い出した。
「舞さん・・・」
自分でもなぜそう思ったかはわかないが、何故か僕はあそこに舞がいる気がした。
「ハァハァハァ・・・」
広人は古い工場跡の中へと懸命にかけていく。
「はっ!」
そこには僕の探し求めた人がいた。
「舞さん!」
「広人・・・」
彼女は僕に気付くと目を開き驚いたような表情を浮かべた。
「やっと会えた。探したよ舞さんのこと。」
「・・・」
僕がそう言うと、一瞬驚きの表情をのぞかせた彼女は俯いた。
「皆も舞さんのこと心配してる。こんなとこにいないで早く行っ」
僕がそう言い終わる瞬間、
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
僕と舞さんの間の地面が大きく割れ始めた。
「舞さん早くこっちに!」
僕は慌てて彼女に手を差し伸べながら言った。
「はっ!?」
彼女は僕の言葉に手を伸ばした。
次の瞬間建物が地面ごと2つに別れ、二人の間が引き裂かれた。
「舞さんどうして・・・」
彼女はあの時、伸ばした手を引っ込めた。その時の表情は僕が今まで見たことのない悲しそうで不安に満ちた表情だった。
「おーい!広人、舞!」
すると後ろから朝陽の声とともに三人が追いかけてきた。
「何やこれ!」
三人は水没した好景を見て驚いた。
「舞!?」
芽衣が向こう側に入る彼女を見て更に驚いた。
「舞、なんでそんなところにいるの!こっちに来て!」
芽生は叫ぶように舞に言った。
「できないよ!」
彼女は悲痛の表情を浮かべながら叫んだ。
彼女のそんな姿を見て僕たちは驚き何も言えなかった。
「どうして・・・」
僕は驚きながらも何とか言葉を発した。
「私怖いの。これからが、みんなと別れる事が。」
この時彼女の本音を始めて理解した気がした。今まで一緒に居たはずなのに、彼女がこんなに思い詰めていたとは僕は気づかなかった。
「・・・」
「私は小さい頃からずっと未来に怯えてた。ずっと子供のままで居たくて、大人になりたくなくて私はずっと怯えてた。」
そんな彼女の言葉は僕たちの心に痛いほど刺さった。今の彼女は僕たちの代弁者のようだった。
「こんなに早く別れが来ると思ってなくて、気がついたら私、その場から逃げてた・・・」
「わかってるよ、もうお別れの時だってことわ。だけどもっとみんなと居たい•••ずっと一緒に居たかった。」
「私、怖いよ!」
彼女は涙を流しそう言った。
僕は知らなかった彼女がこんなにも悩んでいたなんて、知らなかった彼女の心がこんなにも繊細なことを。
僕から見た彼女はいつも眩しくて、彼女の姿が見えていなかったのかもしれない。
「僕も・・・僕もずっと怖かった。僕はずっと何者かになりたくて、大丈夫って思える何かが欲しくて・・・ずっと、探してた。」
僕は俯きながら舞さんの本音に応えるように僕が心に秘めていた言葉を綴った。
「・・・」
「でも舞さんと3人と出会って僕の人生は充実して、4人といる時間は僕にとって大切な時間だった。だからわかったんだ。」
僕の言葉にはだんだんと感情がこもり始め、だんだんと語気が強まっていく。
僕は舞さんの目を見て今までの感謝を全力で伝えようと笑顔で言った。
「僕にとっての絶対は君達だった!」
僕は全身全霊で気持ちを込めて言い放った。僕の目からは自然と涙が溢れ出てきていた。
彼女は僕の言葉に驚きいていたが、確かに僕の感情をしっかりと受け止めていた。
「広っ!?」
「ドォーーー」
その直後彼女のいる足場が突然崩れ、彼女が水に転落した。
「!?舞さん!」
僕は咄嗟に彼女を追い、水に入った。
僕は沈んでいく彼女を目指し潜っていく。
(舞さん!)
(広人!)
初めて君出会った時、君は感動したような表情で私を見てた。そんな君の純粋な瞳を今でも思い出すの。
君と話していくうちにまるで前から友達だったんじゃないかと思えるほど君と話すのがしっくり来たの。
そのことが私はすごく嬉しくて気づけば私も笑顔になった。それからたくさんのことがあったけれど、君はどんな時でも真っ直ぐでずっと何かを探していた。そんな君の姿を近くで見てきて、一生懸命に生きる君達と過ごしてきて、気づけば君たちは私の世界に新たな色を足してくれた。校舎も通学路も何もかも君たちと出会わなければ見えなかった景色だった。「4人に会いたい。」私はあの時何かに逃げながらずっと願っていた。今になってやっと気づいた。私にとっても君が、君たち4人が・・・
初めて君と出会った時、僕は君のその姿に何故か憧れた。そんな君の姿は時が過ぎても移ろうことなく僕の憧れの君であり続けた。君が泣いたのを見た時、なんて綺麗に泣くんだろうと思った。君の笑顔も寂しそうな顔も、例え泣いていても君はずっと君のままで少しだけ嬉しかったんだ。僕は4人の友達っていう僕の絶対を見つけた。だけどそれだけじゃないんだ。僕の絶対、その真ん中にはいつも君がいたんだ。
僕は彼女の手を強く握り互いに引き寄せ合うと、大切に抱きしめた。
「もう怖がらなくていいよ。」
陸に上がり、壁も屋根も半壊しているようなこの場所で僕はできる限りの表情で言った。僕は今ちゃんと笑えているだろうか。
「・・・」
「舞さんの周りには僕たちがいる。舞さんがこの先どこにいたって、何をしてても僕たちは、僕はずっと一緒だ。」
「広人・・・。」
「だからもう大丈夫だよ。」




