STORIES 030:どう転んでも間にあわない
STORIES 030
手紙、伝言板、ポケベル、留守電、携帯電話、スマホ…
連絡手段は、この30年ほどで劇的に変化した。
いろんなことが、手のひらの中でできる。
どこにいても当たり前のように連絡を取れる世界。
確かに、待ち合わせでの失敗はかなり減った。
心のすれ違いは、逆に増えたような気もするけれど。
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あの頃、どこかへ出掛けようとすると池袋で待ち合わせることが多かった。
いけふくろう、西口公園、40面前。
40面?
今はもう無いみたい。
東武百貨店に向かう通路にモニターがたくさん並んでる場所があって、わかりやすいから待ち合わせ場所の定番だったんだよね。
36個になったり10個くらいに減ったりもしたようだけど、僕らの頃は40画面。
よく、そこで彼女と待ち合わせた。
前の晩に家の電話でいろいろ決めてね。
じゃ、明日10:00に40面の前で。
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僕の住んでいたアパートは、割と閑静な住宅街にあった。
駅前とか大通りからも遠いので、電車や車の音も聞こえない。
だからとても良く眠れる。
つい寝すぎてしまうくらい。
なかなか起きられない。
よく寝過す。
あ…
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マズい!
部屋の時計は10:00を回ろうかというところ。
慌てて支度をして、家を走り出る。
当時は、朝起きるのがとても苦手だった。
いまさら彼女の家に電話しても、とっくに出かけた後だろうから連絡は取れない。
駅まで走って10分。
電車はすぐ来るだろうけど、池袋まで40分。
現在時刻は10:18…
どう計算しても間に合わない。
というか、もう既に約束の10:00は過ぎちゃってるしね、ははは…笑うしかないな。
到着見込みは11:15というところか。
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今みたいにケータイを持っている時代なら、とりあえず電話で平謝りして…
どこかで買い物とかお茶とかしててもらうところだよね。
まぁ、怒られるけど。
コーヒーショップの代金を肩代わりするくらいで、許してもらえるんじゃないかな、たぶん。
しかし当時は、いったん家を出たらお互いに連絡手段が無いわけで。
待ってる方はその場を動けないし、近くの公衆電話から連絡しても相手は留守だし。
とにかく、待たせている方が急いで向かうしかない。
大惨事の予感…
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手元の時計では11:17。
やっと40面前にたどり着いた。
行き交う人と待ち合わせの人たちとで、いつものようにごった返している。
その中に、見慣れた彼女の姿はないようだった。
まぁ、もういないよね。
とりあえず、家に電話してみようか…
バシィッ!!
背中に衝撃を感じて振り返ると、恐ろしい形相で睨んでいる方が仁王立ちしていますね…
そりゃそうだ。
1時間以上もこんな何もないところで待たされたら、バッグで殴りたくもなるよね。
しかしよく帰らず待っててくれたね。
口も開かずに歩き始める彼女。
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その後は、なんとか許してもらえるまで…
百貨店の通路とか、雑貨屋さんの前とか、少しずつ場所を変えながら。
無言で歩く女性に付きまとうように、ひたすら謝り続ける情けない男の姿を…
周りの人たちは小1時間も見ることができただろう。
何度かそんなことがあった。
いまでもたまに、あの場面を思い出す。
呆れたような顔で、冷たくこちらを睨む。
でも、そろそろ許してあげようかと…
そんな気配も漂わせていた、懐かしいあの子の顔。