0.666666…
先ほどまで震えながら泣いていた彼女は安心して落ち着いたのか、今ではすっかり寝息を立てている。
生きている。心臓の音がする。おなかは呼吸に合わせて上下に動いている。
彼女を抱きしめる力が少し強くなってしまう。
脆く壊れやすい人間の体と心。
壊さないように。傷つけないように。
彼女の命をもっと感じたい。
目の前で消えかかっていた命を。
彼女の手首にそっと触れる。溺れられるようにと願いを込めて強く強く縛ったひもの跡がまだ残っている。
私はその跡を優しくなでる。跡に沿って指を動かす。握った彼女の左手を持ち上げる。起こさないようにゆっくりと口元まで持ってくる。
ひもの跡にそっと口づけする。そのまま彼女の手の甲に頬擦りする。
温かい。
目を閉じて感覚を集中させると感じる彼女の鼓動。
彼女には悪いことをしたかもしれない。彼女がこれまできっと長いこと悩んで決意したであろう自死を止めてしまった。
これは私のエゴだ。
彼女と彼女を重ねてしまった。
彼女を止められなかったから。彼女のような人間をもう二度と失わせないために。
「あなたはきっと知らないと思う。」
私はぼそりとつぶやく。
「彼女があなたを気にかけていたことも、私があなたに少し嫉妬していたことも。」
閉じた目からは涙が一筋頬を伝う。
「幸せにするから。恨んでもいいから。あなたの決意を踏みにじった私を許してね。」
私はずいぶん涙もろくなった。
彼女が逝ってからどんどん弱くなる。
それでも。
「絶対に死なせないから。」
こんなにも身勝手な決意を心に抱いたのは初めてのことだった。