0.333333…
自殺未遂をしたものの赤の他人である私を彼女は躊躇なく家に上げようとしてくれた。
「遠慮しなくていいから、ね?」
玄関で靴を脱ぐことをためらう私に彼女はその美声で語り掛ける。
脱いだ靴をそろえるのは先ほどのことを思い出すからだろうか、手が震えてうまくできない。右を前に出したと思ったら左をその先に配置してしまう。
そんな私を見かねて彼女は左手を私の左手に絡めながら包み込むように後ろから抱きしめてくれた。
「そのままでいいよ。」
耳元からささやかれたその美声は脳を麻薬漬けにする。思考が止まった脳みそは私に安寧をもたらすがその安らぎもつかの間、また涙が出そうになる。治まったと思っていた体の震えの余震を感じる。
おかしいものだ。数十分前まであんなに死にたくてたまらなかったのに今となっては死のうとしていた自分が怖い。死に、極限まで近付いていたことが怖い。何もかもが怖くてたまらなかった。
そんな私を助けた美声の主は泣きだした私を優しく抱きしめてくれている。
あれだけ求めて、結局得ることのなかった愛の熱を会ったばかりの他人から受けている。他人だが不快感はない。他人のような気がしない。でもそんなことを考えても仕方がないと思った。
今はただ、彼女の温かさを感じていたい。夜の寒さと死の恐怖によって冷え切ってしまった私の心と体がゆっくりと溶けていくのを感じる。
「そのまま寝てもいいよ。」
ぽしょぽしょとささやく彼女。
ああ、私きっとひどい顔してるんだろうな。
思ってはまどろみに溶けていく私の思考。
彼女は私の手をずっと握ってくれる。頭を優しくなでてくれる。
こんなに他人の愛を感じたのは初めてだった。