おやすみのキス 2
ジゼルを迎えに来た風呂上がりの彼はいつもと違う髪型をしていた。昼間、仕事に行く時などは後ろに流している前髪を、今は前に垂らしたままで、そんなクロードに手を引かれるジゼルはドキドキして仕方なかった。食堂へ向かうわずかな間に手のひらには汗が滲んでくる。
「その髪型、今朝もしていたね、とても似合うよ」
そう言って頭頂部に口づけてくる。髪全体をゆるく三つ編みにして垂らしているだけの髪型だ。楽だし、出掛ける予定のない時はいつもこれで過ごしていた。
「……クロードは前髪垂らすと雰囲気変わるのね」
「おかしい? 変かな」
「ううん、ちっともおかしくない、すごくかっこ、いい……」
立ち止まったクロードがジゼルを抱きしめた。腕の中で、ジゼルの視線の先に小さな人影があった。
「ん……あれはアベル?」
見覚えのある人影はクロードの弟アベルだった。10歳下のかわいい弟も来ていた。廊下の曲がり角から顔だけ出してこちらをじっと見ていたが、ジゼルが名を呼ぶとヒョコッと出てきた。
「兄さんたち遅いよ? 廊下でイチャつかないでよ、お腹減った」
「あ、ああ、そうだな。すまない、急ごうか」
ん? アベルがいるという事はもしかして――。
歩を早めて向かった食堂はジゼルの予想した通り、フォイエ家が勢揃いしていた。夫妻に弟、執事のテオと従者のティッキーがいて、さながらお見合い後の顔合わせ的なメンツだった。といってもこのメンツで食事を摂るのはこれが初めてではなく、何かあればこうして集まっては共に過ごしているから、何らいつもと変わりはない光景ではあった。
夕餉はいつものように賑やかに始まって、アベルの今後のこと、ジゼルの卒業後のこと、二人の兄の仕事について話した後は、酔った父親二人が武勇伝を語りだした。こうなるとエンドレスになるためお開きになる。ロジェは、テオとティッキーに、モーリスはジャンとローランに担がれ支えられ、それぞれの寝室へ運ばれていき、イザベルとアベルも屋敷へ戻り食堂は静かになった。
残った母のサンドリーヌが言った。
「クロード、ジゼルを部屋まで頼むわね。だけど送り狼だけはやめてちょうだい」
「いやだな、おば上、そんな事は致しません、お任せください。さ、ジゼル行こう」
「お母様、おやすみなさい」
「ん、おやすみ」
サンドリーヌは、食堂を出て廊下を行く二人を見つめた。指が絡む繋ぎ方を自然にしている手元を見て思った。
――あれで"偽"ね……
* * *
何か話そうとしても、絡んだ指から伝わる互いの熱に意識が持っていかれ、言葉が出ないままあっという間に部屋に着いた。扉を開けてジゼルを中に入れたクロードは、ジゼルの肩に手を置いて背を屈めて頬に口づけた。
「おやすみ、ジゼル、また明日」
「ありがとうクロード、おやすみなさい」
パタン、と扉が閉まる。
二人を隔てる木の扉。遠ざかっていく足音に耳を澄ませる。扉を閉めた手はまだクロードの熱を覚えていた。唇が触れた頬、抱きしめられれば鼻に届くクロードの香り。そのどれもが愛おしい。愛されていると勘違いしてしまう。
だがこれは"偽"なのだ。今だけだと言い聞かせ、口に出せないクロードへの気持ちの代わりに、溢れる涙を拭うことをしなかった。扉に背を預けた。
小話:おやすみのキスを書きたくて、そこに向けて書いていたら
おはようのキスもあっていいんじゃない?となり、
気がついたら長くなってしまいました。すみません。
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お話はまだ序盤です、引き続きお付き合いください。
くもみ。