父たち2
――クロードがジゼルを好きな事はわかっている。だが、もう? あんな? 密着して! しかも、あああ愛を囁き合うなどと、おのれローラン!
執事へ見当違いの八つ当たりをしながら、庭にある小さな"扉"をくぐった。
この"扉"は、双方の敷地を隔てる鉄製の柵の一部を改造したものだ。子供たちが行き来するために便利だろうと考えた父親二人が一日がかりで作り上げたものだが、"扉"をくぐれば隣家の庭に出られるため、正門から訪れるよりも近くて楽だと、子供のみならず親も時折使っている。
その"扉"が通じている先は隣家フォイエ家の庭だ。玄関からほど近い茂みの中に出ることができる。ギギィ……と音がしてモーリスがフォイエ家の庭に足を踏み入れれば、フォイエ家の使用人らは驚きもせず、さも当たり前のように挨拶をしてくるし、モーリスも何ら遠慮なく玄関に向かった。
庭木に向かってしゃべる使用人の様子を窓から見たフォイエ家執事のテオは、急ぎ玄関を開け、モーリスを屋敷内に招き入れた。
「モーリス様、また"扉"からいらしたのですね。貴方様は公爵家当主なのですよ、正面からおいでくださいとあれほど」
付き合いも長いため、他家の当主だろうが関係なく諌めてくるテオ。フォイエ家当主も、同じようにローランから諌められる。どちらがどちらの当主かなどもはやあってないようなもので、それくらい両家は付き合いが深かった。
「う……次から善処する。ところでロジェはいるか?」
「執務室にいらっしゃいます」
勝手知ったる他人の屋敷。モーリスはフォイエ家当主ロジェの執務室の扉を叩いた。
「ロジェ、入るぞ」
「どうした怖い顔をして」
机に向かい書類を書いていたロジェは眼鏡を外しつつ顔を上げた。
「ああ、いまテオに叱ら……いや違った、クロードがうちに来ている」
ドカッとソファに腰を下ろす。
「あいつはジゼルのことが大好きだからなぁ、まったくしようのない奴だ。許してやってくれ」
机からソファに場所を移したロジェの手には一通の封書があった。
「まだ交際の報告は受けていない。だから見合いの話をジゼルにしたんだが……」
「それで火が付いたんじゃないのか、ははっ。えっ、待って、ジゼルに見合いと言ったか?」
「ああ。バロワ家の紹介だと書いてあった。胸糞悪い。何故あの家から紹介されねばならんのかね」
テオが淹れてくれたお茶を啜る。ローランには少し温めのものを、ロジェには熱めのものがそれぞれ用意された。隣家の主人の好みも把握している、実にできた男だ。
「実はクロードにも見合いの話が来たんだ、なんとバロワ家からだ」
封書をテーブルに出した。封蝋されているそれにはバロワ家の紋章が入っている。
「きな臭い!」
「あの家はとにかく良い噂を聞かない。その娘のカレンとやらも相当苛烈な性格と聞く。大方、その悪いイメージを宰相補佐をしているクロードを味方に取り込んで隠れ蓑にでもする気だろう、とんでもない話だ。話が来てすぐ、断りを告げた」
バロワ家は使用人がしょっちゅう入れ替わることで有名だった。待遇含め主人等から彼らへの暴力があるらしいが、その調査の為として捜査官が近づいても、家庭内の事だと言われ介入できないでいる。暴力の調査は表向きの理由で、理由はなんでもいいから、バロワ家に踏み込みたい当局の狙いが見透かされてのことで、なかなかバロワ家の尻尾が掴めないでいる。
「それがいい、関わらないのが吉だ」
お茶を飲み干して、モーリスは思い出した。
「そういえば、"扉"な、少し軋むから油を差した方がいいかもしれん、あと一部塗装が剥げている」
はるか昔に共に作った"扉"はたまに二人がメンテナンスをしている。一番使用頻度が高いから気づくのだ。
その日の午後、昼食を共に摂った二人によりメンテナンスが行われた。真っ白に塗り直され、蝶番の軋みは無くなった。ついでだからと周辺の草むしりも行った二人の当主は満足気だった。