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番外編として、カレンの事を少し書きました。
カレンが初めてクロードを見かけたのは、入学式の日だった。前年度、主席で卒業した彼は新入生の祝辞を述べる役に任命された。成績もよく将来有望な彼のような人の妻になればお父様に振り向いてもらえるのかしら。そう思った。
その後、噂で祝辞を述べた彼は冷たい人だという声が聞こえてきた。無駄に女に優しいよりは良いと思い、帰宅してすぐクロードのことを調べさせた。
クロード・フォイエ。父親は領地の特産を扱う会社を経営しており、年の離れた弟が一人。選択は文官コース事務官。トップクラスの成績で卒業し、隣家の娘と仲が良いと報告があった。追加の報告で、仲の良いという隣家の娘は、同級のジゼル・プリドールだとわかった。のんびりしていて人を疑うことをしない素直な性格をそのまま見た目に現しているような女。嫉妬心が燃えるには時間はかからなかった。
既に働き出したクロードを堕とすべくあれこれ画策した。接触機会を増やすため、クロードの行き帰りの道を調べ、退勤時を狙ってその道中で待ち伏せた。わかりやすいほどにすれ違いざまに本を落としたら拾ってくれた。
「本が、落ちたが」
その一言で振り向いて、小走りで駆け寄った。
「キャッ」
躓いたフリをしてクロードのほうに勢いをつけて傾れ込んだ。その胸で受け止めて抱きしめながら心配してくれるはず。そう思っていたのに、彼は腕でカレンがその身体に触れるのを防いだ。ならば、と、その腕に抱きついて胸を押しつけた。普通の男ならこれで落ちる。
なのに――クロードは射る様な冷たい目つきで見下ろし、無言でカレンを振り解いた。
二度目もそうやって目の前で物を落としたが、クロードと共にいた人が拾ってくれた。カレンと視線は合わず、一言も発せず立ち去られてしまった。
何とかして声を聞きたい。名乗る機会をもぎ取りたい。そう思った三度目の正直。クロードとすれ違いざまにペンを落とした。カラン、と音がした。その音はクロードの耳にも届いたはずで、拾ってくれれば振り向く。声を掛けられればいつでも振り向くつもりで待った。だが声は掛からなかった。振り返ればそこには誰も居らず、ペンが地面に落ちているだけだった。
酷く惨めな気持ちだった。存在を認識もされていない。そんな人相手に何をしているのか。別に好きでも無い人相手に。
そんな気持ちのまま翌日を迎え、学園での昼休み時だった。生徒の多くが昼食を楽しむ中庭の一角にジゼルとエルザがおり、彼女たちの会話が耳に入ってきた。
何かをクロードからもらったジゼルが、エルザに見せている会話だった。
――ジゼル! クロード様から何かをもらったの? 指に、はめる? 憎たらしい! 何の悩みもなくクロード様まで手に入れて!
やがてクロードに恋人ができた事が耳に入った。相手はジゼル。
――また! どこまでも邪魔になるジゼル!
何とかしてやろうと画策していた時、ミケーレから、たまには街へ行って息抜きをと提案された。父親と出かける以外は屋敷に居るだけの生活だから息抜きもいいかもしれない。そう思って機嫌良く出掛けたところ、一人で買い物をするジゼルを見つけた。カレンは一瞬である事を思いついた。そしてジゼルに笑顔で近づき、うまいこと言って従者を先に帰し屋敷に連れ帰った。
帰宅してすぐ、御者に車軸を折るよう指示をした。はじめは嫌がっていたが、脅しにも似た形で凄めば彼は従った。
次いで、給仕をする侍女に小さな紙の包みを一つ渡した。
「ジゼルのカップにだけこれを全て入れるのよ」
「え、お嬢様、それは――」
この会話を耳にしたミケーレは駆け寄ってきて、薬包を持つ侍女の手を叩いた。その拍子に開きかけていた包みから白い粉がこぼれ落ちた。
「何をするの、ミケーレ! お前はまた!」
「何度でも申し上げます。これは素人が使っていいものではございません! どうかおやめ下さい! 身の破滅を招くと何故お分かりにならないのですか!」
「うっるさい! 貸して!」
紙の包みに残っていた少しの粉を、ジゼルのカップにサラサラと落としお茶を注いだ。粉は熱いお茶を注ぐとサッと溶けて見た目はわからなくなる。
「ほら、はやく持っていきなさい!」
廊下でこんなやり取りが繰り広げられたとも知らず、ジゼルは出されたお茶に口をつけた。一瞬眉をひそめたが、何口かは確かに飲み下した。クロードと別れるよう告げ、衝撃を受けているジゼルは足取りも覚束ない状態のまま屋敷を出ていった。
カレンは、このまま雨でも降ればいいと思った。ジゼルがとにかく憎かったから、クロードが見向きもしなくなるほど酷く汚れればいい。そう思った。
カレンsideのお話です、数話続きます。
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星影くもみ☁️