クロードの願い
重たい空気の中、モーリスが口を開いた。
「何故……ジゼルはあの雨の中を歩いていたのだ」
馬車から降りてきたクロードが抱いていたジゼルは頭からずぶ濡れだった。
「バロワ家から馬車でお送りするはずでした。ですが、屋敷全ての馬車の車軸が折られておりお出しできない状態でした。人為的な折れ方でした。修理するまでお待ちいただくようにと申しましたが、お嬢様が、歩いて帰れ、と……。直るまでお留まりくださるよう申しましたが、お嬢様と言い合っている間に出て行かれました。次第に空模様が怪しくなってきましたので修理を急ぎ、毛布とタオルを積んでジゼル様を捜しに出ました。クロード様がいち早く見つけてくださっていた。本当に感謝申し上げます、取り返しのつかないことになるところでした」
額に手を当ててうつむく父親達。
「もしかすると、馬車を壊したのも――」
「おそらくは」
モーリスにそう返事をするミケーレを見て、クロードはある事を思い出した。
「そうだ、ワインのカゴの下にあった手紙の差出主、Mのイニシャルが書いてあったが」
「私めでございます。クロード様のところへ届ける予定のワインを準備した際、忍ばせて置いたのです。気づいていただけて何よりでした。ここに居られるという事はお飲みにならなかった証」
「ワインにも……入っていたのだな」
深く深く、ミケーレは頭を下げた。
「……ミケーレはこの後どうするつもりだ、ここまで内情を詳らかにして伯爵家へは帰れまい。帰る気は無いということか」
モーリスが聞いた。主家の事情を許可無くこれだけ漏らしたのだ、使用人としては失格で、解雇に値するだろう。娘が関わっている事とはいえ、主家の酷い状態を間近で見てきて、何とか真っ当になって欲しいと一番願い、なんとか支えようと奮闘してきたであろう、目の前のミケーレの事も気がかりになった。
「ジゼル様を捜しに馬車を出した際、お嬢様から解雇を言い渡されておりますので」
これを聞いて、モーリスとアイコンタクトをしたロジェが更に言った。
「申し遅れたが、私はロジェ•フォイエ。このプリドール公爵家の隣に住んでいる。ジゼルをよく知っているし、我が家でもあの子が可愛い。娘が居ないから余計に愛おしい。だからあの子を傷つけたものは誰であろうと赦せない気持ちがある。バロワ伯爵令嬢の事情は気の毒だと思う。得られるはずの愛情を受けられなかったのは可哀想だし気の毒でならないが、だからといってジゼルを傷付けたことを赦せるかというと、それは別問題なのだ。わかってくれるか」
「はい」
「ミケーレから聞いたこと、ジゼルに起きたことを然るべき機関へ報告する。そうする事で長年仕えたバロワ家は終わるだろう。それも数日のうちにだ。伯爵は裁きを受ける。ひょっとしたら娘御も受けるかもしれない。そうなればこれまでの事を証明できる者が必要になる。一番近くで、長く仕えてきたお前が適任だろうな。主人を裁く場を目の当たりにするのは辛いだろうが、彼らを止めきれなかったミケーレの、仕えた主人への最後の勤めだ」
「その覚悟はできております」
「ふむ……であれば、その時が来るまでフォイエ家にいてもらおう」
ロジェの提案にミケーレは顔を上げた。
裁きの日が来るまで、フォイエ家の厩番として身を置く。田舎へ戻ってもすぐに呼び戻されるし、日数もかかる。だから、うちで数日どうか、と。寝起きのできる部屋もあり、日当も出すと言ってくれ、泣くほど感謝した。
「ミケーレ、今までよく頑張ってきた。ここからはもうお前一人で彼らと対峙しなくてもよい。話してくれて感謝する」
モーリスに声を掛けられてたちまち涙をこぼすミケーレ。
「感謝申し上げます……ジゼル様のご快復を心よりお祈り申し上げます」
深く頭を下げたミケーレは、テオに連れられ部屋を出て行った。
入れ替わりで入ってきたアンから、解毒剤ができたと報告を受け、クロードは客間へ急いだ。
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星影くもみ☁️