ジゼルとカレン3
今日の終業前に、ジャンがやってきた。
「お前と話し合うよう言った。だから今日は会える」
そう言われたから帰宅してすぐに来たのに、屋敷のどこにもジゼルの姿がなかった。雨だからガゼボに居るはずがない。サロンにも居ない。ではどこだ?
「坊っちゃま、おかえりなさいませ。あの――」
「ああ、ただいま。ジゼルは?」
執事から、街へ買い物に出ていたジゼルがバロワ家へ行ったと聞いた。
「何故バロワ家などへ!?」
「わかりません。夕方までにはバロワ家でお送りするからと言われたそうですが、まだお帰りでないのです」
「もう暗いし雨も降っているぞ?!」
クロードは嫌な予感がした。
「ローラン、おじ上達に連絡を取って。俺は馬車でバロワ家まで迎えに行く。念のため主治医を呼んでおいてくれ」
「かしこまりました」
「すれ違いでバロワ家の馬車で帰ってくるかもしれないから、その時は待つよう言っておいて」
そう言って馬車に飛び乗った。
* * *
バロワ家までは馬車でそうかからない。この雨だから安全に走ったとしてもそんなに時間は掛からない。遠回りする道は無い。だから、通るならこの道しかない。
――ジゼル、ジゼル、どこにいる?!
胸の前で手を組んだ。
「坊っちゃま!!!」
御者が御者台の小窓を開けて叫び馬車を停めた。
「あれはお嬢様じゃないでしょうか!!」
言われて路肩を見れば、街灯の近くに疼くまる者がいた。髪の色はジゼルだ。あの色の服を持っているのを知っている。胸のところを握る仕草もジゼルだ。クロードは馬車を飛び降り駆け寄った。御者が傘を差して後に続いた。
疼くまる女性の肩を抱いて顔を見れば愛しいジゼルだった。
「ジゼル!? ジゼル!!」
頬を軽く叩いて呼び掛ければうっすら目を開け、笑顔を見せた。着ていた外套を被せ、抱き上げようとしたら顔をしかめて、ささやくような声で言った。
「クロー……? 会え……ごめね。手が、痺……歩けな……邪魔して、ごめ……」
口元に耳を寄せなければ、雨にかき消されて聞こえないほどの声。
「ジゼル、目を閉じたらダメだ!」
頬をさすりながら呼びかけて何度か目を開けたジゼルは、抱えていたものをクロードに押し付ける。
「なんだ?」
濡れてぐしゃぐしゃになり一部破れている袋の中身は、原形をとどめていなかった。かろうじて店名がわかる。
「クロー……の、レモン……」
そこまで言って、意識を失った。レモン?
「ジゼル、ジゼル」
ジゼルを抱え馬車に戻ろうとしたら目の前に馬車が停まり、降りてきた男性が傘をさしてくれた。
「クロード・フォイエ様にございますね」
「あなたは誰だ」
「私はバロワ家執事をしておりますミケーレと申します。説明はあとでいたします、毛布を積んできましたからそちらの馬車にお運びいたします。お急ぎください」
バロワ家と聞いて、ジゼルを抱いていなければ殴りたかった。彼らに関わったがためにジゼルはこうなった。だが今はジゼルが最優先だ。乗ってきた馬車にジゼルを乗せ、ミケーレが持ち込んだ毛布を敷き詰めた。毛布を被せながら冷えた手を握れは、その度に小さな唸り声をあげる。濡れた足を拭こうとして触れれば眉根に皺を寄せた。
「なんだ? 痛いのか……?」
見た目に確認できる傷は手のひらと両膝だけだから、手足を痛がる様子に嫌な汗が背中を流れる。
「ミケーレといったな、プリドール公爵邸へ着いて来られるか」
「はい、このまま着いていきます」
ジゼルを乗せた馬車が帰路を急いだ。
膝の上のジゼルを見つめる。
笑みを見せてくれていた頬、何度も重ねた唇、外を歩くときは繋いでいた手、クロードを追いかけてきた足、何もかもが愛おしいのに、今はとても冷たい。
最悪の結果ばかりが過ぎる。
「ジゼル、死ぬな、だめだ、まだ伝えてないんだから……!」
懸命に冷たい頬を撫でる。額に手を当てる。少しでも赤みが戻ってくれたら。そう思うのに抱いているジゼルはクタリとしたままだ。
なぜ愛しているとはっきり伝えなかったのか。直接言わないと意味がないとクロードは後悔した。拒絶されたって構わなかったのだ。見合いの話があった時に想いを告げれば良かった。遠回りしたせいで。
「ジゼル、ジゼル……愛してるんだ、目を開けて……」
冷え切ったジゼルの唇を温めるかのように口付けた。
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星影くもみ☁️




