ジゼルとカレン2
学園で滅多に絡まないカレンからお茶に誘われた。
「夕方には用事があるので、それまででしたら」
「嬉しい! さ、行きましょ、馬車を待たせているの」
カレンの笑顔とジゼルの腕を引っ張る押しにたじろぎながらも促されるまま馬車に乗った。屋敷に着くまでカレンは喋りっぱなしだった。卒業後はどうするのか、自分は父の仕事を手伝うのだ、などと話を聞いていたらバロワ家に着いた。
馬車を降りると執事が出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ。お嬢様、そちらのお方は」
「ミケーレ、お友達を連れてきたわ。ジゼル・プリドールさんよ。応接間にお通ししといて」
そう言うと御者と何か話をしてからさっさと屋敷に入っていってしまった。『友達とお茶を飲みたかった』わりには扱いが雑だな、と思いつつ、ミケーレと呼ばれた執事に挨拶をする。
「ようこそおいでくださいました。お嬢様がご友人をお連れするのは初めてです。こちらへどうぞ」
ミケーレに応接間へ案内され、待つよう言われた。カレンはどこに行ったんだろう、何をしているのか。思っていたら、廊下が少し騒がしくなった。
「――――しなさいったら!」
「それは、お嬢様――」
「何するの! ミケーレ!!」
――何か言い争っている? 侍女を叱ってる?
ジゼルは帰りたくなった。他者を叱り飛ばす声は聞いている側も居心地の良いものではない。クロードへの土産をぎゅっと胸の前で抱える腕に力を込めた。
それからまもなくカレンは戻ってきた。
「ごめんなさいね、侍女がお茶をうまく淹れられなくて教えていましたの。さ、お召し上がりくださいな、自慢のお茶ですのよ」
そう言って目の前に出されたお茶に口をつけて一口飲み込み、二口目を口に含んだ。
――渋い。濃くて渋い……お茶なの?
ひどく渋く、ただ濃く煮出しただけのような、茶の甘みも風味も何もない茶色い液体。口に含んだ分は仕方なく飲み下した。
それからカレンは馬車の中でも話していた卒業後について繰り返し喋った。どれくらい聞いていただろうか、やがてカレンの声が遠くに聞こえるようになった。頬も熱くて、少しだるい気もする。
「わたくしでなければならないと請われてのことなので、大変だけれどやりがいがあるんですの」
「カレン様なら、きっと、素晴らしい働きを……すね」
ジゼルは頭がポーッとしてきたことに気がついた。目の前のカレンの姿もかすみだした。目がおかしいのかと何度か両目をこすってみても変化がない。
カレンはその変化を見逃さず、口の端をわずかに上げて言った。
「わたくし、ジゼル様にお願いがありますの」
「はい、なんで、しょか……」
「クロード様と別れてくださる? あなたがいるとわたくしとの婚約の話が進みませんの」
「えっ? なぜ」
――クロードと? まさかクロードの好きな人って、カレン様?
「なぜって、察してくださらない? はっきり言うと邪魔だわ。お前はずっと邪魔だった。わかったらさっさと帰ってクロード様にそう話して」
――え、お前? 目の前にいるのはカレン様、よね?
「わかり、ま……あの、気分が、優れないので、馬車を」
立ち上がるものの、軽くフラつく。頭も重たい。
「お客さまがお帰りよ、馬車をご用意して差し上げて!」
そう室内から叫んだカレンの大声はジゼルの耳にひどく響いた。
「お嬢様、馬車は車軸が折られており修理まで時間がかかります」
馬車の用意に走っていたらしいミケーレが応接間に駆け込んできて報告をするも、カレンはなんて事の無いようにジゼルに言った。
「そう、なら歩いて帰って、ジゼル」
「え? お嬢様? 正気にございますか」
ジゼルの代わりにミケーレが聞き返した。
「正気よ。歩いて帰れって言ったの」
「なりません、ジゼル様、馬車が直るまで今しばらくお留まりを」
ジゼルに手を差し出すミケーレだったが、その手はカレンにより阻まれた。
ジゼルにはミケーレの声が聞こえておらず、座っていたソファから立ち上がり、入口に向かって歩き始めた。そのジゼルを引き止めるべくミケーレが再度動いたが、彼の服をカレンが掴んで引き止める。
「放っておきなさい」
「ですがお嬢様!! 日暮れも近いのにあんな状態のご令嬢を歩いて帰らせるなんてとんでもございません! 伯爵家としてして、人としてあってはならない振る舞いにございますよ?!」
ミケーレはジゼルに近づいて手を取り、馬車を手配するから待つように言った。だがカレンがその手を叩いた。
「帰りたいっていうんだから放っときなさいって言ってるの! お前は誰の執事なの? 早く帰りなさいよ、玄関はあっちよ!!」
扉を開けてカレンが指さす方を見てから、優しく手を取ってくれるミケーレに笑顔で軽く頭を下げ、あっちだと言われた玄関を目指した。壁に手をついて廊下を進む。ミケーレは待つよう何度も言ってくれていたが、これ以上ここに居たくない。カレンに関わっていたくない。居たらいけない。そんな気がして、紙袋を胸の前で落とさないよう必死に抱え、バロワ家を出た。
通りに出たけれど、足がうまく動かない。痛いわけでもないのに重い。石畳に足を取られ何度か転んでは膝を擦りむいて、手のひらも地面で擦ってしまった。転んだ拍子に、抱えていた紙袋は地面に叩きつけてしまった。
――あ、クロードの……やだ、もう……手も痺れて、何なの……苦しい……クロード助けて、苦しいよ。
邪魔だと言われた。クロードとカレンの婚約は自分がいるせいで進まないと言われた。カレンは父親の仕事を身体を張ってやっているという。自分はどうだろうか、今こうして家に帰るだけでも思うように進まないというのに。クロードがただ好きなだけで、他には何も持っていない。甘ったれの邪魔ものなのだ。
胸の前に抱く、クロードへ買った菓子だってまともに持って帰れない。情けない……。
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