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ジゼルとカレン

カレンがジゼルにいよいよ近づきます。

 昨日も今朝もクロードはやって来たが、ジゼルは会わなかった。会えなかった。会って何を話したらいいのだろうか。縋ればいいのか。好きだと伝えてクロードを困らせるしか想像ができないジゼルには、アンとエルザが言うように話し合う勇気が出なかった。


 ――"偽"8日目にあたる。どうしようか。


 部屋にあるお気に入りのヌックで、クッションを抱え窓の外を眺め考えていた。


 卒業も間近で学園へは滅多に行かないし、孤児院の仕事も二人の母がやってくれている。直近でバザーもない。花は先日手配したばかり。このまま部屋にいたらクロードの事ばかり考えてしまうし、アンとも言い争ってしまう。父母からもクロードとどうなのかと聞かれる。


 ――みんなは話し合えって簡単に言うけど……。


 戸を叩く音がした。


「ジゼル入るよ」

 兄のジャンが珍しく部屋にきた。時刻は昼近く、職場にいるものと思っていたから驚いた。


「お兄様、今日お仕事は? どうなさったのですか」

「ああ、まあ気にするな。ジゼル、単刀直入に聞くよ。クロードの事はどう思ってるんだい?」

 窓辺へ寄ってきて、ヌック脇の壁に寄りかかって聞いてきた。ジゼルはドキッとした。不意打ちにも似た質問で全身がこわばる。


「お、お兄様、何をいきなり。私たちは」

 意識をして口角を上げて笑顔を取り繕うジゼルは兄から視線を逸らした。


「"偽"なんかじゃなかっただろう? 俺が見ていたお前達は本気だった」

 本気だったと言われ、ドキッとして顔が熱くなる。


 確かにこの期間だけと言い聞かせた。恋人として振る舞う事を楽しもうと思った。クロードへの想いを抑える事なく振る舞った。抱きしめられればクロードのその大きな背に腕を回したし、キスをされればクロードの熱を感じ受け入れた。そこまでしておいて、今、自分勝手にクロードを突き放しているのだ。


 ――そうだ。私が……一番、ずるい。


 ヌックを降り兄のそばを離れる。扉付近に飾られている花瓶に手を伸ばした。クロードが毎朝持ってきてくれる薔薇が活けてあり、その花びらにそっと指で触れ動揺を必死に誤魔化そうとした。


「な、にを……根拠に」

「あいつはこのところ覇気がない。何があったかは聞いていないが大体わかる。昔からそうだ。ジゼル、クロードを避けるな。きちんと向き合え」

 厳しい声色で言われ、身体がこわばるジゼル。


「俺は怒っているんじゃないよ。彼と会って話し欲しいんだ」

「……だって、クロードには好きな――」

 振り向いて声を荒げた。その自身の声を聞いて、エルザに言われた『だって』を使って話し合いをしなくていい理由作りをしている事に気がついた。だって好きな人がいるから告白できない、でも好きな人がいるって聞いたから……。


 ――バカなのは私だ。


「だからその辺りを、だ。いいか、夕方来るクロードの話を聞いてやれ。クロードと縁を切りたいならきちんと自分の言葉で伝えろ。大丈夫だ、どんな話でもクロードなら最後まで聞いてくれる」

 ジゼルの頭をぽんと軽く叩いて、兄はそのまま部屋を出ていった。


 ――縁を切りたい、だなんて思った事ない……。


 言うだけ言って部屋を出ていった兄の言葉を反芻する。アンもエルザもジャンも、話し合えっていう。ジゼルは息が詰まる思いがした。


*  *  *


 ジャンが出て行ってしばらく考えた。昼食は摂る気にならず、せめてこれくらいは食べて欲しいと、アンが軽食を運んできてくれた時、覚悟を決めた。


「アン、これから出かけるわ」

 ヌックから降り、クローゼットへ向かう。適当にワンピースを選べば、アンが追いかけてきて、髪をブラシで梳きながらまとめてくれた。


「どちらまでですか?」

「クロードの好きなお菓子を買ってきたいの。夕方、きっとクロードが来るから、それまでには帰るわ」

 そう言うジゼルの顔は微笑んでいた。クロードと会って話す。クロードが大好きだから。もう逃げない。大丈夫。


「わかりました」


 ――お嬢様が気持ちに向き合い出した。結果はわからない。けどクロード様と会えば、好き合うお二人だから良い方向に向かうはず。


*  *  *


 ジゼルは御者兼護衛を一名連れて目当ての焼き菓子店へ向かった。クロードが好きだと言っていたのを思い出してレモンのクッキーとチョコチップクッキーを買った。ついでだから書店も見たい。そう思って歩いていると、目の前から歩いてきた女性に声を掛けられた。


「あら、ジゼル様ごきげんよう」

 ジゼルの意識は書店と腕の中のクッキーにあり、すれ違う人の顔など見てもいなかったから、声を掛けられた事に驚いた。


「えっ、カレン様? ご、ごきげんよう」

 学園では数えるくらいしか話した事がなかった、カレン・バロワ。気が強く、人を見下した感があって嫌だと聞いたことがあるが、関わった事がないから人となりを知らなかったから、嫌うことはしなかったが、特別仲良くなりたいと思う人物でもなかった。


「今日はお一人なんですの?」

「え? ええ」

「それなら……今から家にいらして? わたくしお友達が居ないでしょう、せめて卒業前に一度だけでもお友達とお茶を楽しんでみたかったの。お願い! だめかしら」

 両手を胸の前で合わせてお願いされてしまった。


 ――お友達って……そういう間柄でもないのに……?


 さすがのジゼルも警戒心を覚えたが、目の前のカレンは人が言っていたような気の強い感じもない。見下してる感もしない。卒業を前にしてそう思ってくれたのなら、と、戸惑いながらも護衛を見遣るジゼルにカレンが言った。


()()()()()お宅までお送りいたしますわ。ですから従者の方はお帰りいただいて?」

「そう……? あなたは先に帰って、カレン様に誘われてバロワ家に行くとお父様かローランに伝えてちょうだい。夕方には帰りますから」

「かしこまりました」

 主従の会話を側で聞くカレンは口元を歪め、目を細めた。


ジゼルは甘ったれのお嬢様で、自分が傷つきたくないから

「でも」「だって」を使って"動かなくていい理由"ばかりを作っていました。



*  *  *


アクセス・感想・お星様などなど、ありがとうございます。

励みになっています。


最後までお付き合いください。


星影くもみ☁️



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