助言、苦言
今朝は具合の悪いフリをしてクロードの訪問を断った。
「申し訳ありません、お嬢様は頭痛がすると仰って、まだお休みですので……」
「……そうか、わかった。これをジゼルに渡しておくれ。それから言伝を頼みたい」
クロードは、もう"偽"を演じなくていいのだ。自由になったのだから、大手を振って好きな人のところへ行けばいいのだ。
父親には適当な理由で別れたと言えばいい。クロードがもし結婚したなら、今までのように行き来する事は無理だが、家同士の関わりは変わらないはず。そうジゼルは思った。孤児院は変わらず共同で支援していくし、"扉"だっておそらくそのまま残るだろう。クロードが家族と共に新居を構えれば顔を合わせる心配も減るし、子ができれば……子が……。
ここまで考えて、ジゼルは胸がチクリと痛んだ。この痛みはきっと生涯消せないだろうとも思った。
扉の向こうでアンの声がする。
「はい、かしこまりました、お伝えいたします。行ってらっしゃいませ」
クロードを送り出す言葉とともに、カツカツと足音が遠ざかっていった。
「昨日で"偽"は終わったはずだからもう来る必要はないのに……」
扉の内側でその様子を聞いていたジゼルは大きく息を吐いて呟いた。
アンが部屋へ戻ってくる。
「よろしいんですか? クロード様心配されていましたよ。喧嘩でもなさったんですか」
アンは先ほどのクロードの様子を思い浮かべた。いつものようにキリッと髪型を整え背筋だって伸ばしているが、眼鏡の奥の瞳には力がなかったように思えた。その原因は目の前のお嬢様にあるだろう事もわかっていた。
「喧嘩じゃないんだけど……」
アンから受け取った、クロードからの薔薇を掌でくるくると回しながら言い淀む。
「なら何故ですか? お嬢様が意地を張ってらっしゃるように見えます。クロード様はあんなにも愛してくださっているのに」
ふう、とため息をついてアンは言った。
「愛してって、でもあれは……」
「"偽"だったとおっしゃるのでしょう? けれど私から見ればクロード様のご様子はいつも"本気"でお嬢様に接しておられました。お嬢様だって同じだったでしょう? 違いますか? このまま避け続けるのはクロード様がお気の毒ですしお可哀想です。クロード様のお優しさに甘えてらっしゃいます」
アンは二人の様子をずっと見てきて、クロードの態度が本気なことは初めから気がついていた。疑いようもないあの眼差し。それを受け取る側のジゼルだって本気だとわかっていた。だから、今のジゼルの態度に腹立たしくもどかしいのだ。
「だって、好きな人がいるって聞いてあの優しさに溺れるわけにいかないじゃない、クロードが幸せになってくれるのが――」
「だからっ、それはお嬢様がっ――! せめて、クロード様ときちんと話し合われるべきです。話もせず一方的に別れを告げられて納得できる人なんていません。受け容れられるわけがありません。……お嬢様は自分勝手過ぎます」
薔薇を見つめて何も言わないジゼル。
「……出過ぎた事を言いました、申し訳ございません。クロード様より言伝がございます。『触れないと約束するから会って話がしたい』との事です。……後ほど朝食をお持ちいたします」
背中を向けたままのジゼルに頭を下げて、アンは出ていった。
――言う通りかもしれない……クロードの優しさに甘えていたのは私。
* * *
その日の午後、ジゼルは学園に来た。午前中、アンから言われた事はずっと頭にあって、レポートを提出して帰ろうとしていたところをエルザに呼び止められた。学園生活もあとひと月程度となり、久しぶりにカフェへ来た。
そのエルザから、卒業後すぐに婚家へ移り住むのだと聞いた。およそ一年かけて準備をした上で挙式になるのだと言う。既に荷物は運び始めており、あとは自身があちらへ行けばいいだけだとも言った。
彼女の家は騎士を多く輩出している一族で、父親は現役の騎士団長を勤めている。騎士同士の交流を深めるため屋敷に若い騎士を招いた際、挨拶に顔を出したエルザと意気投合し、互いに好意を抱き婚約に至ったらしい。
「手紙書いてね、きっとよ?」
エルザの手を取り言った。
「もちろんよ。ジゼルは? クロード様とはどうするの?」
ドキッとした。視線をそらし、手を離してカップに手を伸ばす。
「昨日、お父様から見合いはもう心配いらないって言って頂いたから、"偽"はもう終わったの」
エルザは"偽の恋人"作戦を知っている者だ。細かい事は言わないが、経緯は話してあった。
「え……けどクロード様をお慕いしてるんでしょ? それは伝えたの?」
「んん。だって"偽"の関係だって言われた上に、好きな人がいるって聞いて、言える? クロードを困らせてしまうだけじゃない……彼が幸せになってくれればそれでいい」
俯いてしまったジゼルを、ふわっとエルザが抱きしめてきた。
「気持ちはきちんと言葉で伝え合わないと伝わらないものよ? もう諦めるの?」
エルザは椅子をジゼルの真横に移動させて言った。
「でも……」
でも、と言うジゼルに対して、大きくため息を吐いたエルザ。
「クロード様はじめ、ご家族皆様があなたを甘やかしているようだから少し厳しい事言うわ。あのね、でも、だって、じゃないのよ。まだジゼルは何もしてない。ただクロード様からの愛を受け取っていただけ。まだ失恋もしてないわけ。だからそんなに未練いっぱいなんだわ」
俯いたままのジゼルの手を取った。
「クロード様に好きな方がいらっしゃるのはわかった。それを聞いたあなたが落ち込んでいるのもわかってる。その上で言うわ。クロード様ときちんと話し合いなさい。気持ちをお伝えして、まあフラれる事はないでしょうけどフラれて失恋してらっしゃい」
言い終わる前にジゼルを抱きしめる。
「そしたら今度こそ好きなところへ逃げたらいいわ? クロード様のお姿が目に入らないような遠いところでもいいし、お見合いをしたっていい。何なら年齢の合う騎士なら紹介できる」
「エルザ……私」
「大丈夫、ちゃんと伝えられるわ。恋する女の子は強いんだから」
エルザは、数日前、婚約者と買い物に出ていた先で、手を繋ぎ歩く二人を見かけた。あの時のクロードは"偽"には到底見えなかったから、エルザに諦めて欲しくなかった。
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