母たちもわかっている
フォイエ家二階にある、夫人の私室。庭に降りられるバルコニーで歓談するのは、フォイエ公爵夫人とプリドール公爵夫人だ。春も間近。両家が共同で支援している孤児院の、春の催事について話し合っていたが、ふと遠くを見た時、木々の間にチラと見える人影が気になった。
「ねえ、あの子たち……アレもう本気でしょ?」
「そうよね? 十日間だけなんて無理に決まってるわ」
見えていたのは自身らの息子と娘で、彼らは手を繋いで庭を散策していたが、やがて木に寄りかかったジゼルにクロードが重なった。木陰に隠れているつもりだろうが、隣家の二階からは丸見えなのを彼らは知らなかった。
「無邪気に楽しんでいて可愛いわあ……あそこまでしておいて、十日が経ったらハイ終わりです僕らは偽の関係でした〜ってできると思う? 私は無理だわ」
「無理無理! モーリスが悪いのよ。ジゼルの気持ちを知っていて十日以内に恋人を連れて来いだなんていうからややこしい事になったんだわ。卒業まで待ってあげたらよかったのに」
* * *
この日、クロードは午後から休みをもらった。明日も出かけるつもりで休みを取ってある。明日のための予行練習のつもりで、午後、庭でデートする事にした。
"偽の恋人"四日目。だいぶ板についてきたように思っている二人が、そろそろ外でも恋人らしくしてみようかと話し合った結果のこれである。
庭デートといっても、幼い頃から何度も手を繋いで歩き遊んだ庭だ。たいして目新しくもない庭をひと回り歩く。その間に、アンがガゼボにお茶の用意を整えた。
ガゼボには居心地のいい大きなソファが置いてある。クッションにひざ掛け、テーブルの上にはティースタンド、お茶セットのほか、本や裁縫箱を頼んでおいた。庭を散策したあとはここでゆっくり過ごそうという計画で二人が考えて決めた。
「ガゼボ行こうか」
ガゼボのソファは座り心地が良く、背中を全体的に寄りかかると屋根の下に空だけが見えて気持ちが良い。
ジゼルがお茶を淹れ、クロードがティースタンドからいくつかを取り分けた。お茶を飲みながらそれらを楽しむ二人。
「はあ……ジゼルとずっとこうしていたい」
「ずっと、そうだね、いたいね」
コテっとクロードに寄りかかったジゼル。甘えたくて寄りかかったのではない。潤んだ目を見られたくなかったからだ。
"偽"の文字が常に頭につきまとう。クロードはキスもくれるし抱きしめてもくれる。転びそうになれば抱きとめてくれる。夜だって家の中なのに食堂から部屋までを送ってくれる。毎日こうして会いに来てくれる。好きな人がいるのに、自分の為に時間を使ってくれている。でも、"偽"なのだ。
「ジゼル? どうした、どこか痛いのか?」
何となく元気のない気がして、顔を覗き込む。
「んん、そういうんじゃないよ」
はい、と本をクロードに渡して、ジゼルはバザーに出す用の刺繍をはじめた。
雲雀の鳴き声が空に響く。やや霞んだ青空、時折り木々を揺らす風の音がして、その合間にはクロードがページをめくる紙の音が混じった。
時折り視線をガゼボの外に向けながらしばらく手元に集中していたジゼルは、左肩に重みを感じて横を見た。クロードがこくりこくりとうたた寝していた。落ちそうな本を彼の手から引き抜いて、ひざ掛けを胸のあたりから掛けてやった。
――クロードが私の隣で安心して眠れるなら、私はその安眠を、クロードを守りたい。今だけは。
* * *
フォイエ家からプリドール家の庭を見下ろす二人は大きなため息をついた。
「ほんと、十日後はどうするのかしら」
サンドリーヌはガゼボで肩を寄せ合いうたた寝する二人を眺めてポツリと言った。
両方の親は既に賛成だから、たとえ今日この後、お付き合いしている事を報告してきても反対はしないし、もはや二人は本気の恋をしていることくらい勘付いているわけだが、当人らはあくまで"偽"を装っているからややこしい。
「ほんっと、ややこしいったら!」
母親たちのみならず、おそらく使用人たちもわかっている。だからこそもどかしい。
「とりあえず……あの子たちを起こしましょ、風邪ひいちゃうわ」
バルコニーから庭に降り、ガゼボへ向かった二人。声を掛けようとして気づいた。互いの手がしっかり握られていたのだ。
「こんなにラブラブで、どこが偽なのよお〜!」
二人同時に声を出した。
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星影くもみ☁️