僕が守る
クロードの両親とジゼルの両親は学生の頃からの友人だった。
先に結婚したクロードの両親が今の場所に屋敷を構えたところ、間も無くして隣家が空き家になった。これはチャンス! と、すかさず空き家を押さえたロジェは、少し離れたところに家を借りていたモーリスに連絡を取った。立地を気に入ったモーリス夫妻はまもなく隣家へ引っ越してきた。
その後偶然同じ年に妻が身籠もり、クロードとジャンが産まれた。両家はますます賑やかになった。子供達の誕生日や感謝祭のパーティなどはいつだって二家族集まって行ったが、あまりにも頻繁に隣家と交流するものだから、それぞれの家の使用人同士で情報交換が行われ、主家ではない隣家の好みや思考のくせ、行動パターンなど、本当に隠したい事以外は共有されてきた。
執事に至っては、隣家だろうが関係無く、道を逸れていると感じれば臆する事なく主人たちに意見を寄せる。頼もしいことこの上無く、二人の主人が真っ当に事業を継続できているのは彼らの存在も大きい。
3年後、ジャンの妹としてジゼルが生まれた。3歳下の小さな女の子は、歩けるようになるとクロードとジャンが遊ぶ場にいつも着いて来た。
何故か実の兄よりもクロードの方に懐き、木に登っていれば降りるまで木の下に居続けたし、勉強していれば隣に座ってきて終わるまで絵本を読んでいた。読めない字があると聞いてくることもあり、教えてあげたりもした。
クロードが風邪で寝込んだ時は、枕元に座っておでこの濡れタオルを交換し、切った果物を、その小さな手で口の中に押し込んできた。驚きもしたが、熱っぽい時に食べる瑞々しい果物の美味しさったらなかった。
外で遊んでいたある日。あまりにもあとを着いてくるのが鬱陶しく、意地悪をして駆け足で逃げた事がある。それでもジゼルは懸命に短い足で走ってきた。もうだいぶ離れただろうと振り向いた時、転んだのが見えた。あっ、と思った。泣き喚いてクロードなんか嫌い! と言われるのが怖かったが、それも覚悟して急いで戻り助け起こせば、鼻の頭と前髪に土をつけた笑顔で抱きついてきた。
「つかまえた! へへっ」
もうこの子には敵わないと思った。
「ほら、立てる?」
「ジゼル泣かなかったよ、えらい?」
「ああ、えらい」
丁寧に服と髪に付いた土をはらってやり、乱れた髪も直してやった。それから手を繋いで、庭の手入れに使うウォータービューまで連れて行き、手の汚れを落としてやった。よく見れば膝もうっすら赤い。洗って、自身のハンカチを巻いてやった。
「ここ、痛くない? ローランに診てもらおう、お家入ろう? 歩ける?」
本当は痛かったのか、口を真一文字に結んで大きく頷いた。手を繋いで、屋敷に入るまでのほんの短い小道をジゼルの速さで歩いて戻った。途中の草花を摘んだりブランコに乗ったりしながら屋敷に戻り、ローランにジゼルの膝を見せた。
「おや、おてんばさんのお帰りですな、このローランにお膝を見せていただけますか」
しゃがんだローランがジゼルの膝のハンカチを解く。出血はしていないが、膝小僧は擦りむけている。
「あのね、クロードが」
ドキッとした。『クロードがいじわるをしたから転んじゃったの』そう言われると思った。
「クロードがお水で洗って巻いてくれたの、泣かなかったよ」
「そうでしたか、クロード様にはありがとうをお伝えしましたか?」
そうだ、と思い出したジゼルは、クロードに笑顔を向けてありがとうと言ってきた。次いで、クロードとなら何をしても楽しいからまた遊んで、と。
「クロード坊っちゃま、風が冷えてまいりました。ジゼル様はローランが責任を持ってお世話いたします故、坊っちゃまもお体が冷える前にお戻りなさいませ。土だらけじゃありませんか」
けど……と言い淀むクロードの胸の土を落としながらローランが優しく言った。
「大丈夫でございますよ、わかっております。ご安心ください」
ジゼルを抱き上げたローランに"扉"を開けてもらって家に帰ってきたクロードだが、気分は晴れなかった。
何度考えても、自分がいじわるをして走り出したからジゼルは転んだ。罪の呵責。
夕食の際、両親にこの事を正直に話した。
「いじわるして走ったのに、泣きもしないで僕に抱きついてきたんだ。ごめんねって言えなかった」
そう言って泣きじゃくるクロードをイザベルが抱きしめる。
「ジゼルはまだとても小さいわ。あの子より大きな誰かが一緒にいてあげなきゃいけないくらい、まだ小さい。あなたが今日のことを反省しているなら、ジゼルと遊ぶ時はあの子の目線で遊んでおあげなさい。あの子はお前のお姫様だと思って守ってあげるのよ」
イザベルに抱きしめられ、背中をさすられながら、腕の中で頷いた。
――僕が、あの子を守る。