08.襲撃と異変
鼻ピアス、金髪ロン毛、ドレッドヘアー、剃り込み坊主。
日常生活では絶対に関わりたくない個性的な見た目をした生徒が四人。さも獲物を見つけたというように、目をぎらぎらとさせながら近づいてきた。
全員初めて見る。恐らくは皆先輩だろう。
男たちの姿を捉えた瞬間、自分でも驚くほどの速さで弁当箱を片付けた。
ちらりと隣を見ると八千代も既に弁当箱を片付け終えており、硬い表情で男たちを見つめている。
「よぉ『元』女王様。お兄様とお楽しみ中か? こっちがどんな気持ちでいるかも知らないでよぉ」
右から二番目にいた金髪ロン毛の男がにやにやしながら一歩前に出る。
同じ金髪ロン毛でも矢吹先輩と違ってどうしてこうも嫌悪感を煽るのか。
「兄さんと昼食を食べていたら、駄目ですか」
表情には怯えがあるが、八千代は男たちにはっきりと言い返した。
だがそんな妹に先輩たちはぎゃははは、と下品に笑う。
「姉上姉上いいながら後を付いて回る元弟はどうしたよ! 弟とは嫌で下級民族の兄とはオッケーかい、ひでぇ女だぜ」
ぎゃはははと下品に笑う先輩たちにオレの中で怒りが沸々と湧き上がっていくのを感じる。
思わず前に出ようとするのを八千代は無言で制止した。
「好きに言って頂いて構いませんが、何か、御用ですか」
オレを制止しながらも視線は先輩たちから逸らさず、八千代は尋ねる。
「今日こそお前をぶちのめしてやらねーと気が済まねぇんだよ!」
「俺らを好き勝手しやがって!」
「逃げずにオレらと戦えやゴルァ!」
金髪ロン毛の周りにいた他の三人がいきなり怒鳴り始める。
蓮水先輩といい、急にキレだすのは本当に止めて欲しい。心臓に悪い。
ていうか、今日こそってことは今まで何度かぶちのめそうとして失敗してんのかよ。
「嫌です。私、喧嘩は嫌いです」
だが八千代はそんな先輩たちの言葉をバッサリと切り捨てる。
蓮水先輩に言い返した時よりも口調が強くなっている気もする。
オレはそんな妹に驚きを隠せない。
今までなら言い返すなんてこときっとしなかった。ただ何も言えずに俯くか、涙目で逃げ出すかのどちらかだっただろう。
やはり前世の記憶が戻ったからなのだろうか、それとも別の理由があるのだろうか――八千代は変わった。
だが八千代の態度がカンに触ったのか、先輩たちの口端がぴくぴくと痙攣する。
「喧嘩が嫌いだぁ? 操ったオレらを戦争に投入したヤツがよく言うぜ」
鼻ピアスの言葉に、思わず「えっ」と声が漏れる。
八千代の顔から血の気が引き、表情が強張った。
ドレッドヘアーは、そんな八千代を見て薄ら笑いを浮かべる。
「――ああ、喧嘩が嫌いだから代わりにオレらを戦わせたのか」
そういえば、矢吹先輩が人間と戦争をしていたとか言ってたような……
ルミベルナは魔晶族の実質的な女王だった。ほとんどの同族を洗脳してたっていうし、戦争になれば当然洗脳したヤツが前線で戦うことになるだろう。
駒にしていたというのは、そういうことか?
いつかオレに話すと言っていたルミベルナの悪事の一つなのかもしれない。
八千代のオレを制する手が震えている。多分先輩の言葉は嘘ではないのだろう。
いつか話すと言った直後に、心の準備も出来ないままバラされて動揺しているんだ。
「おぉ~図星かぁ~!」
様子の変わった八千代を見た先輩たちが嬉しそうに盛り上がる。
四人はニヤつきながらオレらの目の前までやってきた。
悪意しか感じないその表情に、オレの眉間に皺が寄る。
「おいおい何だよそのツラは。何も言えねぇか、ああ? 言えねぇよなぁ?」
八千代は青ざめたまま黙っている。
オレは握っていた拳を爪が食い込むまで強く力を入れた。
「あれだけの事をしておきながら今をのうのうと生きようって? そんなことさせるわけねーだろ、俺らは分からせてやろうとしてんだよ、お前の罪ってやつをな」
ぐい、と剃り込み坊主が八千代の顔を覗き込む。
八千代は動かない。
オレの奥歯がギリ、と音を立てた。
「ホラ、お兄様にもっと教えてやれよ、お前がやって来たことぜーんぶ」
剃り込み坊主がオレの方へ向けようと八千代の頭を鷲掴む。
我慢の限界だった。
頭を掴んでいた手首を掴み、八千代に汚ねー手で触れやがったソイツにオレは思いっきり殴りかかっていた。
スローモーションのようにゆっくりと拳が相手に向かっていく。
誰かを殴る時はいつもそうだ。ほんの一瞬のはずなのに、嫌に時間が長く感じる。
拳が相手の頬に触れる。
いつもならば皮膚にめり込む感触と共に、拳に鈍い衝撃が走る。
だが、今回は――
――バチン、と火花が弾けるような衝撃が走った。
同時にオレの頭の中でザザザ……とかかるノイズ。
ノイズの中に、一瞬だけモノクロの景色が見えたような気がした。
気がつくと、昨日蓮水先輩を殴った時と同じように、剃り込み坊主は吹っ飛んで背中から地面に倒れていた。
オレは目をぱちぱちと瞬かせ、殴った自分の拳を呆然と見つめる。
何だ、今の感覚は――?
何が起きたのかは分からない。だが、昨日からずっと感じていた体の熱っぽさが少し引いている気がする。
「テメェ何やってんだゴルァ!」
先輩たちの敵意が八千代からオレに向かう。
鼻ピアスが唾を飛ばしながら凶弾するが、オレは負けじと先輩たちを睨み返す。
「ルミベルナがやって来たことは大体知ってんだ。その程度で何か変わるかよ、舐めんじゃねー」
もはや先輩だからと敬語で話す気すら起きない。
オレの口から出た声は思った以上に低く、ドスが効いていた。
「それにコイツはテメーらが言う『女王様』じゃねー、三縁八千代ってオレの妹だ! 八千代がテメーらを洗脳して戦争に投入したのかよ! してねーだろうが!」
ずっと気になっていたことがある。
コイツら、前世の人格に飲まれているのは間違いなさそうだが、他のヤツらと比べて比較的話が出来る。前世と今世も理解できているし、多分魔晶族の中でもそこそこ知能はあったんじゃなかろうか。
――そうか、知能があるからルミベルナに洗脳されてたことが分かったのか。
ならば、オレの言葉も理解できるだろう。
「テメーらはどうなんだよ、前世で何も悪い事をせずヒンコーホウセーに生きたってのか!? どーせ洗脳されるようなこと、やってきたんだろ!?」
オレの腰に腕が周りグン、と重力がかかったのと、バコン、と大きな音が響いたのは同時だった。
八千代に間一髪引き離されたオレは、たった今まで立っていた場所に出来ている直径一メートルほどのクレーターを見て、上った血が急速に冷えていくのを感じていた。
あれを直撃で受けていたら間違いなく死んでいた。
クレーターを作ったのは金髪ロン毛のようだ。クレーターに動揺したのがバレたのかニヤニヤと生理的嫌悪感を抱く表情でオレを見ている。
だがここで怯んだままでいるわけにはいかない。
オレは馬鹿にするように笑い、先輩たちが八千代に言った言葉をそのまま言い返した。
「おぉ~図星かぁ~? 何も言い返せねーってことはそういう事だよなぁ?」
「兄さん、煽らないの!」
先輩たちのこめかみに血管が浮き出るのを見て、八千代が慌ててオレを止めようとする。
だが周辺がざわつぎだしたの気づき、動きを止めた。
「どうやら、今の音を聞いて集まって来たみたいだぜ」
周囲を見回せば、オレたちの周りに生徒たちがわらわらと集まって来ていた。
皆先輩たちと同じように目を爛々とさせながら、オレたちを見つめている。
「な、何だ……!?」
「皆押さえられねぇで来ちまったんだよ、暴れられるんじゃねぇかってな」
集まって来た生徒たち中にはオレのクラスメートも混じっており、オレは息を飲んだ。
目をカッと見開き、獣のような呼吸をしながらオレたちを見つめる姿は、傍から見れば薬物でもキメてるようにしか見えない。
何度か話したことはあるが、穏やかでいいヤツだったのに。
沸々と怒りと悲しみが湧いてくる。
我慢できずに殴ってしまったが、八千代を罵倒した先輩たちもきっと元はこんな性格ではなかったはずだ。
彼らはきっと前世での魔素を発散させたい本能を押さえられないのだろう。
前世では魔素を発散させなければ死んでしまうから、洗脳時も周りの迷惑にならないように発散させていた、と八千代に聞いている。
だが異世界にいた前世の性質を引き継いだところで、それが現代日本で通用するわけがない。
発散したいのに、今世の記憶が残っているせいで思うように発散できずに苦しんでいる。
少しでも争いの気配を嗅ぎつければ、思わず引き寄せられてしまうほどに。
ちくしょう、ちくしょう……!
何なんだよ、
何なんだよ、この集団同時転生ってヤツは!
前世の人格も今世の人格も、誰一人幸せになんてなってねーじゃねーか……!
「兄さん……」
苦し気に顔を歪めるオレに、八千代が心配そうに声をかけた。
大丈夫だという意味を込め頷く。
そうだ、感傷に浸っている場合ではない。
今の状況を何とかしなければ、冗談抜きで死んでしまう。
集まって来た生徒は先輩たち含めて約二十人。
八千代は周囲を警戒しつつも落ち着いている。
きっとこんな状況今までに何度も経験してきたのだろう。
「……どうするよ?」
相手に聞こえないよう、小声で八千代に尋ねる。
「私がまた目くらましをするから、その隙に逃げよう」
なるほど、昨日と同じ方法を取るのか。
確かにここは中庭で、校舎からは何人かの生徒がこちらを見ている。
下手に暴れればオレや八千代の方がヤベーヤツ扱いされてしまう。
目くらまし位なら、まだ後でどうとでも誤魔化しがきく。
オレが頷くと、オレたちを観察している他の生徒に見えないよう手を出した。
パッとカメラでフラッシュをたいたかのような光が、中庭を包む。
オレは目を瞑っていたので無事だが、光を直接見たヤツはきっと何も見えないだろう。
そのまま逃げようとした時だった。
「同じ手が何度も通用するかよ!」
光の中からドレッドヘアーの先輩が飛び出してきた。
目が眩んだ様子もなく、オレの方に真っ直ぐ突っ込んでくる。
慌てて距離を取るが、ドレッドヘアーが手をかざすと急に地面が盛り上がり、高さ一メートルほどの岩が発生した。
行く手が阻まれ、予想だにしていなかった事にオレの体は動かない。
ドレッドヘアーが舌なめずりをし、オレに向かって腕を振り上げた。
「兄さん!」
八千代がオレに駆け寄ろうとするが、間に合わない。
先ほど金髪ロン毛が一発でクレーターを作っていたのを思い返す。
あ、これはオレ死ぬな。
多分、八千代は穏便に行こうとしたんだろうな。
オレが殴っちまったせいで相手を逆上させてしまって、他の生徒が集まって……
何だオレの自業自得じゃねーか。
ドレッドヘアーが腕を振り下ろすまでのほんの一瞬で、そんな事を考えた。
どうすることも出来ず、目をギュッと瞑る。
だが、拳がオレに当たることはなかった。
いつまで経っても何も起こらず、オレは目を開ける。
始めに視界に入ったのは、オレに振りかざされた拳。
だがそれはオレに当たるスレスレで止まっている。
――拳には黒い鎖が巻き付いていた。
いや拳だけではない。黒い鎖が相手の全身を縛り上げている。
そしてそれは、他の生徒も同じだった。
「何だコレはァ!?」
ドレッドヘアーが引き千切ろうと暴れているが、鎖はびくともしない。他の生徒たちもそうだ。
あの馬鹿力に耐えられるほどにあの鎖は頑丈みたいだ。
だがこんなもの一体どこから……?
巻き付いている鎖をよく見ると、足元から伸びて来ている。
もしかして、この鎖は影で出来ているのか?
「今のは……!」
八千代が何かを探すように周りを見回している。
この鎖に心当たりがあるのだろうか。
「一体何事だ」
厳格な声が響き、オレと八千代は声のする方向を見る。
今度は一体何だ。
見ると一人の男が速足でこちらに向かって来るところだった。
「これは……!?」
約二十人が鎖で縛り上げられている光景に、男の目が見開かれる。
どうやら、この人がやったわけではないらしい。
そんな中縛られていないオレと八千代に、男は目の力を強くする。
この男を見るのも久々だ。
学校がおかしくなってから一度も見かけなかったから、てっきり逃げたのかと思っていたが……
「三縁望くん、八千代さん。私の部屋まで来てもらってもいいかね、今のこの現象含めて色々と聞きたいのだが」
男の名は蓮水総一郎。
蓮水綾斗の父親にして実質的なこの学校のトップ――六天高校の理事長だった。




