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三縁望の奪還 ~同時多発転生に巻き込まれ(に行き)ました~  作者: ひねもす
Chapter.5 交錯する思惑
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87.交錯する思惑(上)【Side:H.S.】

更生の芒刺・脈動エグランティーナ・レナトゥス!」


 地面から突き出た無数の茨が、目の前の蛇に襲いかかりズタズタに引き裂いていく。

 もう何回繰り返したかも分からない行為。数が減った隙に駆け出そうとすれば、またすぐに新たな蛇が行く手を塞いでくる。思わずチッ、と舌打ちをしてしまった。


「ああもう! 鬱陶しいですわ!」


 こんな所で時間を食っている暇などないというのに。

 飛びかかって来る蛇を茨で編んだ壁で弾きながら、眼前の相手に向かって叫ぶ。


「貴方たち、いい加減にしてくださいまし! どうしてわたくしの行く手を阻むんですの!?」

「何度も言っとるやないか! 七生にはね返った呪いについて洗いざらい吐くんや!!」

「で・す・か・ら! アイリーンの転生者から聞いたことは全て話したと言ってるでしょう!?」


 もう何度もしたやり取り。堂々巡りで全く話が先に進まない。

 わたくしが始末した分の蛇を再度召喚する紫藤薫子の顔には焦燥の色が分かりやすく浮かんでいて、どう見ても平静な状態ではない。

 無理もない、と思う。

 鬼崎さんの……親友のあんな姿を見てしまえば、どうにかしないとと思うのは当然だから。でも――


「鬼崎さんをどうにかしたいのならまず貴方が直接アイリーンの転生者に聞きに行けばいいでしょう!? わたくしの邪魔をするのはお門違いですわ!」


 わたくしにしつこく詰め寄る前にやることはあるはず。

 彼女は八千代さんたちと小競り合いを起こしていたらしいから、会いに行きづらいのかもしれないけれど、形振り構っている状況じゃないと思う。鬼崎さんのことを考えるのなら特に。

 わたくしの『アイリーンの転生者』という言葉に紫藤さんの顔がひくりと動く。


 本当、ラジアータ隊長だった頃と比べて分かりやすくなったものですわ。


「ふぅん、貴方もしかして……矢吹さんのことが怖いのかしら?」

「こ、怖いわけないやろ! あんなパツキン巨乳厚化粧女なんか!」

「虚勢を張ったって無駄ですわよ」


 今度はちゃんと名前で呼んであげると彼女の肩がビクリと跳ねた。頬から冷や汗を流す彼女に頬が吊り上がるのを抑えられない。


「だから必死になってわたくしに突っかかって来やがりますのね? まったく情けないですわぁ~!」

「ハッ、情けへんのはどっちやろうなぁ。以前のあんたならうちらなんて簡単に蹴散らせたやろ? こうして簡単に足止めされて、本当弱くなったもんや」

「当然でしょう? 今のわたくしには羽も触手も全方位見回せる目だってありませんのよ?」


 今はもう、人であることを捨てたあの身体じゃない。実験の一環として戦いのためだけに作り変えられた身体は、人としての人生と引き換えにかつてのわたくしに大きな力を与えてくれた。

 実験体の日々は確かに苦痛だったけれど、決して悪いことばかりではなかった。実験体になることで救えた人もいたし、何よりも真に自分を見てくれる相手に出会えたのだから。


 でも今のわたくしは、他の追随を許さなかったあの頃と比べて間違いなく弱い。

 あの身体に戻りたいかと言われれば絶対にノーだけれど、今こうして紫藤さんに手こずってしまう状況だと、あの頃の身体だったら……と思ってしまう。


「でもあの女、樫山と合わせて結構訳アリみたいやんか。今に見てみぃ、あいつらの情報を洗い出して社会的に抹殺してやるわ!」

「ざけんじゃねェですわ! くだらない逆恨みは見苦しいですわよ!?」


 紫藤さんの家は地方紙の新聞社だ。この地域の情報なんて勝手に入ってくるし、彼女自身も前世の力が戻ったことでかつての隠密能力が復活している。樫山と矢吹さんの間に何があるのかは知らないけれど、それを暴くことくらい彼女の手にかかれば容易だろう。

 でも鬼崎さんがかけた呪いを解かれた腹いせに、なんて馬鹿馬鹿しい理由で二人の将来を潰すのは許せない。


 ぎゅっと拳を握りしめた、その時。



「……口汚い女どもだ」



 今までずっと一言も発さないまま、紫藤さんの後ろでわたくしたちのやり取りを見ていた人物がようやく口を開いた。

 その冷めた声にハッとした紫藤さんは、わたくしの動きを蛇に警戒させながら、苦々しい顔で相手に向き直った。


「先輩もぼーっと見とらんで援護したってえなぁ! なんぼ弱体化したってうち一人でこいつ相手にするのは骨が折れるんですわ!」

「私を無理矢理連れて来たのは貴様だろう」


 彼の不機嫌そうな表情から察せてはいましたけれど、やっぱり紫藤さんに強引に連れて来られたんですのね……。


「私は貴様が七生を元に戻す方法があると言うから来たのだぞ。そしたらどうだ、仮に千寿があの呪いの仕組みを聞いていたとしてこいつの頭で理解出来るわけがないだろうに」

「馬鹿にしてますの?」


 相変わらずの人を見下したような態度。

 妹の方はあんなに愛想の良い子なのに、どうしてこうも性格が違うのかしら。


「……まあ、癪ですけれど彼の言う通りですわ。わたくしにはもうあれ以上話せることはありませんのよ。

 もう行きますわ。わたくしは早急に三縁くんを助けに行かなければなりませんの」


「待て」


 威嚇してくる蛇を無視し、身をひるがえして歩き出そうとした時、鋭い声で呼び止められた。

 これが紫藤さんだったらわたくしは無視していたと思うけれど――渋々足を止めて振り返る。


「何ですの?」

「なぜ、あいつを助けようとする?」


 すぅと細めてわたくしを見定めるように見てくる目に、心の内側でさざ波が立つ。

 そんなわたくしを知ってか知らずか彼は無愛想な表情で続けた。


「好きだからか? いくら尽くしたところであの男は貴様が欲しいものなど何もくれんぞ」

「……何か勘違いしているみたいですけれど」


 彼はわたくしが三縁くんのことが好きだから助けに行こうとしていると思っているのだ。

 それも間違いではない。下心が全くないと言えば嘘になる。でも――



「今回三縁くんは糸杉家と千寿家の思惑に巻き込まれた立派な被害者ですわ」



 そう、そもそもはお父様がわたくしに三縁くんを会わせたいという思惑と、糸杉千景が八千代さんを手に入れたいと言う思惑が合わさったことによって起きたこと。

 三縁くんだけでなく大切にしている妹まで巻き込んで、わたくしの家は三縁くんに恨まれてもおかしくないことをしてしまったのだ。


「三縁くんに好かれたい以前の問題ですの。こうなった原因にわたくしも関わっているのなら……彼を助け出す責任がわたくしにはありますわ」


 そうきっぱりと答えると、先輩は苦い顔になった。

 どうしてそんなことを聞いてきたのか分からないけれど、これ以上彼と話すこともない。


「ですから、邪魔はしないでくださいまし」

「ちょお待ちぃや!」

「ああもう! 止めたところで意味のない行為だってことが分からないんですの!?」


 行く手に再び立ちはだかる蛇に苛立ちが抑えられない。思わず地団駄を踏んでしまい、力を入れ過ぎて踏み付けた地面が割れてしまった。

 時間がない。人質なのだから殺されることはないだろうけれど、糸杉千景は三縁くんに恨みを持っているのだ。もしかしたら半殺しにされている可能性だってある。


 仕方がない。


 邪魔者は全員ぶっ飛ばすと八千代さんたちにも言ったのに、今まで加減していたのが間違いだったのだ。

 わたくしの能力は環境への影響が特に大きい。出力を誤れば簡単に地形が変わってしまうから、あまりしたくはないのだけれど。

 ここは製鉄所の近くにある空き地。周りに民家はないから巻き込むことはないし、多少本気でぶっ飛ばしてもこの二人なら死ぬことはないと思う……多分。


 そう思い威嚇する蛇に向けて拳を構えた時、




王執る霜刃の剣戟ロア・フォルス・スパーダ!!」




 突然の寒気と共に、目の前に無数の剣の雨が降り注ぐ。

 剣は蛇の過半数に突き刺さり、蛇は甲高い悲鳴を上げながら消滅していった。


 残ったのは生き残りの数少ない蛇と、冷気を発しながら地面に刺さった無数の剣。

 この魔法は――



「おかしいと思ったんだよねぇ、製鉄所に千寿さんが侵入した形跡が一切なかったからさ」



 宵闇の中から、一つの影が姿を現す。


 明迅学園の制服。月の光に照らされたプラチナの髪をきらきらと輝かせ、口元に不敵な笑みを携えたその人物は――わたくしが予想した通りの人だった。


「ど、どうしてここに……」

「これだけドンパチしてればさすがに気づくって。まあ、この面子はちょっと予想外だったけど」


 そう言って樫山はわたくしの隣に来ると、自分を険しい表情を見ている紫藤さんを見て首を傾げた。


「あんたさ、昼間は糸杉の都合なんてどうでもいいって言ってなかったっけ? やっぱグルだったの?」

「……ちゃうわ」

「ってことはあんたらが千寿さんに横やりを入れてるのは完全にイレギュラーってことか」


 さあて、これが吉と出るか凶と出るか……。

 そんなことを誰に言うわけでもなくぶつぶつと呟くと、今度は紫藤さんの背後にいた相手を見て面白そうに目を細めた。



「あんたが紫藤とつるんでるなんて珍しいじゃない」



 樫山の言葉に、相手の顔に殺気がこもる。

 先ほどの興味なさ気な様子とは一変して、今にも襲いかかって来そうな顔に樫山は「怖い怖い」と緊張感なくへらりと笑い、そしてわたくしに目を向けてきた。


「ねえ、鬼崎さんってそんなにやばいの?」


 突然そんなことを聞かれて目を瞬かせるわたくしに樫山は確信を持ったように続ける。


「こいつと紫藤が揃ってる時点で考えられるのはそれしかないでしょ。

 ――ああ、そっか。なーんだ、じゃあこいつらはただヤケクソになって千寿さんに当たってるだけか」


 話しながら、樫山は紫藤さんたちがわたくしの前に立ちはだかった理由を察したらしい。

 小馬鹿にした彼の態度と、後は図星を突かれたからだろう。先輩に加えて紫藤さんの殺気が膨れ上がる。そんな二人を彼は冷めた目で一瞥し、


「まさかおれや妹ちゃんたちへの嫌がらせで千寿さんがノゾムを救出するのを邪魔したかったり?」


 呆れたように「馬っ鹿じゃないの」と、吐き捨てた――その時。一つの影が樫山に向かって飛び出した。



震撼せし乾坤の磊槍ティエーラ・マ・ランシア!」



 その言葉に反応するかのように地面から飛び出した、巨大な岩の槍。そんな自分の身長以上もある岩石を削り取って造られたような巨槍を、先輩は樫山に向かって軽々と振りかざす。

 樫山も即座に地面に刺さっていた氷の剣を二本引き抜くと、剣を交差させ己に迫っていた矛先を受け止めた。


「急に斬りかかって来ないでよ。びっくりするじゃない」


 鍔競り合いの状態で樫山は特段驚いた素振りもなくそう声を上げる。


「……礼節をわきまえろ。私の方が先輩だ」

「あー、なんかもうそういうのどうでもよくなっちゃってさ」


 先輩の言う通り、樫山の先輩に対しての態度が急に雑になったとは感じていた。今まで基本的に目上への礼儀はしっかりしていたのに。何かあったのかしら。

 そう言って飄々としている樫山に対し、先輩は憎悪に塗れた顔で今にも樫山を貫き殺そうとしている。そんな先輩に、樫山は口を開いた。


「ねえ、一応あんたにも確認しときたいんだけど」


 一変して真剣な顔付きになった樫山に、先輩は訝し気に彼を見る。


「……何だ」

「あんたは何でおれが憎いの?」

「なぜ憎いかだと……!?」


 樫山の問いに、先輩のこめかみから額に青筋が浮かび上がった。

 ぶつかっていた武器が離れ、二人は弾かれるように飛び退く。そのまま剣を構える樫山に、先輩は地を這うような声で静かに怒鳴った。



「貴様自分が何をしたか忘れたか!? 貴様の自分勝手な行いのせいで一体どれだけの犠牲者が出たと思っている!? 貴様がしたことは……例えどんなお題目があったとしても到底相殺しきれるものではない……!」



 怒りを剥き出しにする彼を、樫山は何とも形容し難い顔で見て、そして――


「本当にそれだけ?」


 たっぷりの間を置いて、目を細めながらそう言った。


「……何だと?」


 頭に血が上ったのか顔をわずかに赤くした先輩に、樫山は表情を変えずに続ける。


「後ろの女はサーシス王が憎いんじゃなくて、おれの学業の成績が気に食わなかっただけみたいだぜ?」

「まあ紫藤さん、そうでしたの!?」


 声を上げて紫藤さんを見ると、彼女は歯を食いしばりながら恨めしそうに樫山を見ていた。


 学業の成績が気に食わなかった……か。

 そういえば――確か、樫山と紫藤さんは毎回テストで首位争いをしていたはずだ。結局いつも樫山が一位で、彼女は二位だったけれど。

 それが嫌で、どうにかして樫山を引きずり落としたかった……ということかしら? だから樫山をいじめていたと? サーシス王の転生者であることを口実に?


「……愚かですわ」


 思わず口を出た言葉は、誰にも聞こえなかったみたいだった。

 そんなわたくしを他所に、樫山は口元に小さな笑みを作り一歩相手の方へ踏み出す。


「あんたはどうよ? サーシス王だけじゃなくて樫山律(おれ)にも私怨があるんじゃないの?」


 まるで紫藤さんと同じように――彼にも樫山への個人的な恨みがあると確信しているような言い方だった。

 そんな樫山に先輩はわずかに反応するけれど、すぐに元の気難しい顔付きに戻る。


「……ない」

「……ふーん、そう」


 互いにどこか含みを持ったような言い方だった。



「かつてのおれ……ジュリアスがクソ野郎だったのは間違いないよ」



 少し強めの潮の香りを纏った夜風が私たちの間を通り抜けていく。

 その風に少し伸びた髪をなびかせて、樫山は先輩と紫藤さんを見据えてそう言った。


「前世でおれがやったことに後悔はないけど……あんたの言う通り、おれがやったことは死んだ程度で清算出来るものじゃあない。ある程度の報いは受けて当然だとは思うし、あんたがおれを憎むのも結構」


 そこで言葉が止まる。

 しかしすぐに「でもね」と続けられ、彼の凪いだアイスブルーの瞳に仄暗い影が差した。



「今の状況は、あの呪術がどういうものかも理解せずに使ったあんたの妹の責任だよね? それを千寿さんに当たるのはちょっと違うんじゃないの」



 ねえ、鬼崎(おにざき)七世(ななせ)センパイ。

 そう言って光のない目でゾッとする笑みを浮かべる彼は、身が竦んでしまいそうな凄みがあった。

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