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三縁望の奪還 ~同時多発転生に巻き込まれ(に行き)ました~  作者: ひねもす
Chapter.2 蓮水綾斗の憧憬
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07.八千代とルミベルナ

 学校の現状を知った次の日。

 依然として熱っぽいが、体のだるさは感じないし体温計で測っても平熱だ。


 オレは授業以外は出来る限り、八千代と過ごすようにしていた。


 オレと八千代はクラスが違う。オレはA組、八千代はB組だ。

 幸い教室は隣同士なので、すぐに会いに行ける。


 クラスは入試時の成績が高い順ににA組からD組まで分けられる。二年に上がる時も同様、一年時の成績で割り振られる。三年からは進路によって分かれるという話だ。

 オレは他のヤツらよりも一年多く勉強していたし、高校の内容も学んでいたためA組になるのは当然と言えば当然だった。B組になった八千代は酷く悔しそうにし「来年こそはA組になる!」と意気込んでいたのが懐かしい。


 昼休み。一緒に昼食を食べようとB組の教室へやってきたオレを見て、八千代はホッとした表情を見せた。


 薄々は感づいていたが、やはり八千代はクラス内でも孤立していた。

 八千代を睨み付けている、恐らく前世で八千代に恨みを持つ生徒たちはともかく、前世の記憶がないと思われる生徒たちすら八千代に近づかない。

 教室の空気は酷く重い。前世の記憶が戻る前は八千代もクラスの連中と和気藹々と出来ていたのに。


 だが生徒たちの中でも後者は時折ちらちらと八千代を心配そうに見ている。多分だが、巻き込まないよう八千代から遠ざけたんだろうなと思った。


 そんな空気から逃げるようにオレと八千代は教室から出ると、人気のない中庭まで移動する。木の陰に隠れてぽつんと置いてあるベンチに座り、弁当箱を開けながらオレは同じように昼食の準備をしている八千代に声をかけた。


「今日はまだ何もされてないのか?」

「一度だけ……体育の授業中にちょっかいを受けたけど偶然を装ってあしらったよ」

「体育か、たしかB組はC組と合同だったか?」


 教室が隣なので授業中に何かあればすぐ向かえるだろうが、教室外での授業だとそうはいかない。

 難しそうな表情をしたオレを見て、八千代は困ったように笑う。


「私のことはあんまり心配しないで。私、前は結構強かったし……今もそこらの生徒なら一人でもどうにか出来るよ」

「でもなぁ……」

「それより心配しなくちゃいけないのは望兄さんの方だよ。蓮水先輩が来たらろくに対抗出来ないでしょ」


 昨日の蓮水先輩を思い出し、オレは身震いする。

 あれをまた体感しなければならないかもしれないと思うと、気が重い。


「今日はまだ一度も会ってないよな……正直登校した瞬間来るんじゃないかとヒヤヒヤしてたんだが」

「さっき侑里先輩から連絡があったけど、蓮水先輩今日休みらしいよ」

「マジ? 何でか分かんねーけど命拾いした……」


 蓮水先輩がいないと分かっただけで、オレの全身から力が抜けていくのを感じる。

 オレが思っていたよりもずっとトラウマになっていたようだ。


「なあ、こんなことになった原因ってのはやっぱり分かんねーんだよな?」


 弁当を食べながら、オレは朝登校する途中でした質問をもう一度する。

 八千代は口元を手で押さえながら首を横に振った。そのまま咀嚼し飲み込んだ後、口を開く。


「分からないよ。分かったら、すぐに行動してる」

「……だよなぁ」

「でも兄さんの言うことは間違ってないと思う。何の原因もなしにこんなこと、起こるはずがない。原因を調べるのは、私も賛成」


 オレの『同時多発転生が起こった原因を調べる』という提案に、思ったよりも八千代は乗り気だった。

 きっと、ずっと自分に前世の記憶が戻ったことにモヤモヤしていたのだろう。今のままではただ恨まれ続けることしか出来ないからかもしれない。すぐに「侑里先輩にも話してみるね!」とスマホでメッセージを打っていた。

 そういえば矢吹先輩と連絡先を交換していなかった。次会った時に聞いておこう。


 そんな今朝のことを思い出しながら、オレは真剣な表情で八千代を見た。


「そのためにはお前たちの前世のこと、もっと知るべきだと思ってる。オレは何も分かんねーから、その、ルミベルナの事とかもっと聞かせてくれねーか」


 八千代の表情が少し暗くなる。

 昨日もそうだったが、八千代は前世の自分(ルミベルナ)のことを話したがらない。


 理由について思い当たる節はある。

 ルミベルナは周りを洗脳して操っていた。それだけでも堂々とは言いにくいだろう。だが加えて、矢吹先輩は「前世でちょっと色々あった」とも言っていた。

 恐らくだが、ルミベルナは洗脳以外にも悪事をやらかしている可能性が高い。


 本人が言いたくないのを無理矢理聞きたくはないが、一番重要な情報だ。ある程度は把握しておかないと今後に関わる。

 それを伝えると八千代は少し考え込んだ後、ぽつりぽつりと話し始めた。


「私から見たルミベルナは、魔晶族であるという誇りを何よりも大切にしてた。魔晶族は気高き種族だと本気で思っていて、人間に迷惑をかけて魔晶族の評判を下げることを許さなかった。そうならないように同族を洗脳したり駒にしたり……何でも出来た」


 八千代はそこまで話すと、確認するようにオレを見た。

 オレは続きを促すように頷くと、八千代はまた話し始める。


「でもそんな生き方してたから、ルミベルナは他の魔晶族のこと全く信用してなかった。ルカやアイリーンを傍に置いてたのも自分の洗脳が効かなかったから、変なことしないか監視するために置いてたんだ」


 当時を思い返しているのか、懐かしそうに、だがどこか悲しそうに顔をほころばせた。


「最期まで己に正直に、未練もなくとても真っ直ぐに生きていたと思う。でも『三縁八千代(わたし)』にはあんな生き方は絶対に出来ないし、したくない。信念のためとはいえ、やったことは自分勝手で最低なことばっかりだから……」


 風が吹き、傍の木の枝がさわさわと揺れる。揺れるのに合わせて木漏れ日がきらきらとオレら二人に光を降り注いだ。

 八千代の表情は硬い。

 少しの沈黙の後、彼女は口を開く。


「その……兄さんはさ、私が前世でしたことを皆に謝るべきだと思う?」


 八千代はどこか遠くをじっと見つめていた。


「洗脳して、本能を抑え込んで、駒にした。前世でやってたことはきっと間違ったことばっかりだった。でも自分の信念のためにやっていたことだったし、後悔はなかった。そうしなければ、きっと魔晶族はもっと早く滅ぼされていただろうから」


 八千代の箸を握る手に力がこもる。


「でも皆、ルミベルナのやったことに怒ってる。悪いことをしたから謝らなきゃいけないのは分かってるけど……謝ったら、ルミベルナの生き方を否定することになるんじゃないかって思うの」


 八千代が話したのはここまでだったが、十分だった。

 つまり八千代はやり方はともかくとして、ルミベルナの信念や生き方に敬意を抱いているのだ。

 『悪いことをしたら謝る』というのは常識としてあるが、謝ることでルミベルナの生き様に傷を付けたくないのだろう。


 そして八千代自身はルミベルナの生き様に敬意を抱きつつも、同じ道を歩みたくはないといったところか。


「話してくれてありがとな」


 納得出来たからなのか、八千代が正直に話してくれたからなのか思わず笑みが漏れた。  

 難しい問題だ。オレだったらどうするだろう。

 正しいか否かはこの際考えず、オレは正直に思っている事を話すことにする。


「お前に限らず前世の記憶が戻ったヤツ全員に言える事なんだけどよ、正直どっちでもいいんじゃねーかって思うんだよな。やったのはソイツで、今生きてる本人じゃねーだろ。オレだったら誰かに前世の事を謝られても困るだけだし。でも前世に引っ張られてるヤツは謝って欲しいのかもしれねーから、謝る事自体は否定しねーよ。 ……お前が納得いく答えなのかは分かんねーけど」

「ううん、大丈夫だよ。話せただけで少し気が楽になったから」


 そう言いながら笑う八千代は昼食前よりも少し表情が柔らかくなっていた。

 話しているうちに、考えの整理も出来たようだ。


「後さ、ルミベルナのこと少し分かる気もするんだよな」

「え?」

「オレだって今まで何度か人を殴ったことはある。殴ることは、悪いことだ。けどオレは一切後悔してねーよ。それでお前を守れたんだから。きっとルミベルナも同じ感じなんじゃねーかな」


 オレが八千代を守るために喧嘩という手段を使っていたように、ルミベルナは己の誇りを守るために洗脳という手段を使っていたのだろうと思う。

 自分勝手、と八千代は言っていた。だが八千代を守る、と大層なことを言っているオレも、それはただのエゴだ。

 そう考えると、オレとルミベルナは似ているのかもしれない。


 そう言って笑うオレを八千代は呆気にとられたように見ていた。そして、何かをこらえるように口を結び顔を逸らした。

 しばらくして、八千代はオレに顔を戻し意を決したように口を開く。


「兄さんなら大丈夫だと思ってるけど、でもまだ少し全部を話すのが怖いんだ。でもいつか絶対話すから、待ってて欲しいの」


 そう話す八千代は少し怯えはあるものの、吹っ切れたような表情をしていた。

 思わずオレは口の端を吊り上げる。


「ああ、それまでいくらでも待つさ。だが忘れるなよ、たとえルミベルナのクソみてーな悪事を知った所で、オレはお前を嫌いになんてならねーんだからな」

「兄さんは本当、そういうこと言うんだから。そのうち勘違いする人が出てくるよ」

「残念ながらお前と違って、オレは一度も告られたことなんてねーんだよ」


 重苦しかった空気が軽くなるのを感じる。

 そのまま昼食を続けようとした時だった。


「よぉ、こんな所で楽しくおしゃべりかぁ?」


 背後からガラの悪い声が聞こえ、オレたちは振り返った。

次回更新は明日の12時頃を予定しています。

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