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三縁望の奪還 ~同時多発転生に巻き込まれ(に行き)ました~  作者: ひねもす
Chapter.5 交錯する思惑
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77.疾走と語らい【♡】

 とてつもない爆音と衝撃が私たちを襲い、足元のコンクリートの床も激しく振動する。


 夜久さんの攻撃によって弾け飛んだ扉の破片がこちらに向かって来るけれども、それを全てバリアで受け止めた。

 ……良かった。今いる場所は避けられるほどのスペースもないし、バリアが無かったら確実に当たっていた。

 バリアを通してかかる衝撃に手がビリビリと痺れるけれど、ここで手を引っ込めてしまえば途端に強度が下がってしまうため、我慢して手に力を込める。


 海水の水圧にも耐えられる頑丈な扉でも、夜久さんの魔法には耐えられなかったようだ。魔法は扉を貫通し、撃ち込まれた場所には大きな穴が開いていた。

 後はどうかこの先の道まで巻き添えを食らってないことを祈りたいが――間違いなく、多少は破壊されているだろう。


 流れ込む海水の水面はもう目の前まできている。

 この先がいくら危険でも、進むしかない。


 扉の破壊で発生した煙をバリアで弾きながら急いで穴をくぐり抜けた先にあったのは、だだっ広い空間に長い長い階段。そしてそんな階段と部屋全体を支えている数本の柱だけがある部屋だった。

 階段の両側には底が見えないほど深い穴が開いており、長い階段の頂上には先へ続く通路が見える。


 そしてその階段は、貫通した夜久さんの魔法が当たったのかかなり損傷が激しかった。

 おまけに柱も一部なくなっており、それによって天井が崩れ始めている。


「やはり強過ぎましたか……!」


 そんな光景を夜久さんは苦い表情で見つめた。


「かなり危険な状態ですが、急ぎましょう!」


 ここにつっ立っていても後ろから迫り来る海水に押し流されるか、崩れた天井に生き埋めになるだけだ。


 前世の力と一緒に得た身体能力をフル稼働して、全力で階段を駆け上がる。

 予想通り崩れ始めていた天井は、階段を上るごとにその崩壊のスピードが上がっていき――階段の三分の一に到達する頃には、崩れた天井の欠片が雨のように降り注ぐようになっていた。


 瓦礫が当たった衝撃で階段もぐらぐらと揺れ、頭上のバリアに当たった瓦礫がガキン、バキンと音を立てている。


「はあっ、はあっ……」


 分かっていたとはいえ、やっぱりさっきの魔晶族での疲れがまだ残っていたようだ。息が切れるのが思っていたよりもずっと早い。多分、走りながらバリアを維持し続けているのもあるんだろう。


 でも、ここでスピードを落とすわけにはいかない。

 このバリアは私を軸に展開しているのだ、私が動かないとバリアも動かない。最悪夜久さんだけでも先に……というのが出来ないのだ。

 この瓦礫の量でバリアを解くのもただの自殺行為にしかならない。必ず守り抜かなければ。



 そして、階段の半分を過ぎた時だった。



 降り注ぐ大量の瓦礫に、先に階段の方に限界が来たのだろう。

 揺れていた足元が一層激しくぐらついたその瞬間――一気に崩壊を始めたのだ。


「なっ……!?」


 それは私たちが立っていた場所も例外ではなかった。

 足元が落下し始めたのに気づいてすぐに夜久さんと崩れていない部分へ飛び移ると、そのまま走り続ける。


 部屋が崩壊するスピードは、確実に上がりつつあった。

 


「――三縁殿ッ!!」



 瓦礫が落ちてぶつかる音に負けないくらいの大きな声で、夜久さんが私の名を呼んだ。

 切羽詰まったような声色に反射的に顔を向けると、


「後どのくらいこの防護壁を保てそうですか!?」


 そう続けられる。

 幸いバリアにはまだヒビ一つ入っていない、まだまだ大丈夫だ。問題は……私の体力と集中力の方だ。

 零点一秒にも満たない時間で限界を考え、息も絶え絶えに夜久さんに伝える。


「頑張って、二十秒……」


 階段の残り半分近く……登れなくもない時間だけれど、今のように階段まで崩壊していくのなら話は別だ。崩れていく足元に手間取ればそれだけ時間がかかってしまう。

 この階段の底がどうなっているかなんて知らないけれど、いくら今の身体でも落ちてしまえばまず助からないし、助かってもここまで上がるのは至難の業だ。


 正直登りきれるか……違う、登りきるんだ。弱気になるな。

 必ずここを乗り切って、兄さんたちを助け出して、あの人に一泡吹かせてやるんだ。

 まだ限界は来ていない。二十秒とは言わず、三十秒、ううん後一分くらいは――


「いえ、もっと」


 それを伝えようと口を開こうとした時、


「二十秒も持つなら十分です!」


 彼はそう言って、私と距離を詰めてくる。

 不思議に思ったその瞬間――


「失礼します……!」

「へっ……きゃあっ!?」


 浮遊感と共に、ぐるりと視界が反転した。

 突然のことに一瞬だけ頭が真っ白になるけれど、すぐに彼に抱き上げられ俵担ぎにされたのだと気づく。


「え? え?」

「貴方は魔法の維持に専念してください! 心の準備はいいですか!?」

「待って、心の準備ってな――にいぃっ!?」


 彼の意図を理解する間もなく、体全体にぐんと力がかかる。夜久さんが私を抱えたまま急加速を始めたのだ。

 危うく舌を噛みそうになりそうになるけれども何とか堪える。ここで噛んだりなんかしていたら、集中力が切れてバリアの強度が一気に下がっていただろう。


 夜久さんは崩れ落ちかけた階段を風のように駆け上がっていく。

 私はただそのスピードに圧倒されていた。

 身体能力が上がっている転生者の中でもここまで速く動ける人はまずいない。

 本気を出せばここまで走れるということは……そっか、今まではずっと私のスピードに合わせて走ってくれていたんだ。私がもっと速ければ階段が崩れ落ち始める前に登りきれて――


 心の中で首を横に振る。


 今自分がやるべきことは、どうしようもないことで悩むことじゃない。

 彼が安心してこの階段を走れるようにすることだ。


 走らなくてもよくなったことで、バリアの方に集中力を割くリソースが出来た。魔力を込め、さらにバリアの強度を上げる。

 瓦礫の雨は今も降り続いている。天井はもうほとんど残っていない。

 階段の両側が底なし穴だったのはある意味幸いだった。ほぼ全ての瓦礫が穴の中に落ちてくれるおかげで、行く手を遮られるといったことがほとんどなかったからだ。

 

 担がれたことで後ろの様子も見ることが出来た。

 走っている時後ろは振り返らないようにはしていたけれど、階段を駆け上がり始めてからすぐに背後で轟々と激しい音が響き始めていたのには気づいていた。案の定前の部屋から漏れ出してきた海水が、瓦礫と同じように穴の中へ流れ込んでいる。

 もし前の部屋で海水が溜まってから魔法を撃っていたら、あっという間に流されて私たちも穴の中に落ちていただろう。


 頂上はもう目の前だ。

 このまま行けば問題なくたどり着ける……と思ったその時、


「……っ!? 夜久さん、階段が!」


 今走っている、そして一番上まで繋がっている階段がズレて、下へ落ちていく。

 後ろは既に崩壊して道は残っていない――


「このまま進みます!」


 ――が、私たちに引き返すなどという選択肢など存在しない。

 夜久さんはそう言って迷いなく強く地面を蹴る。

 そして、黒い影は私を抱えたまま前方――頂上の通路目がけて高く高く飛び上がった。


 私たちの足が地から離れることにより、バリアはドーム状から球体へと形を変える。

 下で階段が完全に崩壊し、穴の中へ消えていくのが見えた。


 飛んで、落ちる。

 ただそれだけの動作なのに、スローモーションのようにゆっくりとした時間の流れを感じた。

 

 通路に到達する直前、夜久さんは私の運び方を俵担ぎから横抱きに変える。きっと着地に備えてだろう。俵担ぎよりもこっちの方が圧倒的に衝撃が少ない。


 そのまま通路に飛び込み、着地した瞬間私を抱えていない手を地面に付いて衝撃を和らげる。

 それでも勢いを完全に殺し切れなかったのか、何度か軽く跳ねてバランスを取りつつ、地面を滑りながら着地した。


 完全に止まると、その場にゆっくりと降ろされる。

 同時に魔法を解くと、一気に疲労感が押し寄せてきた。


「組員がいる気配はない、ですね」


 てっきりあの部屋を脱出した先に組員が待ち構えているものだと思っていたけれど、通路内はシンとしていて人が来る気配は感じられない。少し広めの通路ではあるものの狭いし、あれだけ派手に部屋一つを破壊されて気づいていないわけがないし……もしかしたらしかるべき場所で準備を整えて待っているのかもしれない。

 罠があることを示すロゴマークも多少見受けられるものの、その数は地下水道よりもずっと少なかった。


「……さすがに少し休憩しましょうか」


 太ももに手を当てて息を切らしている私を見る夜久さんも、少し息が乱れている。

 時間がないとはいえ、今の状態で進むのは悪手だ。

 彼の提案に私はこくりと頷いた。







 通路の壁に背を付けて、並んで座る。

 ゆっくりと深呼吸していると段々と呼吸が落ち着いてきた。


「大変助かりました。ありがとうございます」


 声がした方と向くと、隣で同じように呼吸を整えていた夜久さんがこちらを見ていた。


「こちらこそ。その……すみません、運んでもらっちゃって。もっと速く走れれば良かったんですけど」


 切羽詰まっていたのもあってあの時は何も感じなかったけれど、今思い返すとかなり恥ずかしい。特に着地の時なんて、あんな風に抱き上げられたのは前世含めても初めてだった。

 昔読んだ少女漫画でヒロインが全く脈のない異性キャラにお姫様抱っこをされてときめいていたシーンがあったけれど、今なら彼女の気持ちが分かるような気がする。何だろうなあ……恋とかそういうのは関係なしにあれはドキドキする、うん。

 一気に熱を持つ顔を膝に埋めて隠すけれど、きっとバレバレだろう。


「何を言っているのですか。俺が扉のみ壊せていればああして全力で走る必要もなかったのですから、何も恥じる必要などないのですよ」


 私の言葉から、彼は私の顔の赤さを照れではなく恥辱の方だと思ったらしい。


「それに貴方の魔法があったから、俺は落ちてくる瓦礫のことを気にせず真っ直ぐに進めたのです。まずあの防護壁がなければ、最初の扉を壊す時点で怪我をして、まともに階段も登れなかったかもしれません。

 俺が今ここに無傷でいられるのは貴方のおかげです。もっと自信を持ってください」


 続けられた彼の言葉にじわじわと実感が湧いてくる。私は、ちゃんと彼を守れたのだと。

 彼に傷を負わせるどころか、バリアにヒビさえ入れさせなかった。最後は夜久さんの手を借りてしまったけれど、それでも私は自分の役目をやり遂げたのだ。


「ありがとう、ございます」


 小さく頷いて、今も少し痺れの残る手をぎゅっと握りしめた。

 胸の辺りがじんわりと温かくなってくる。

 今は少し、この余韻に浸らせてもらおう。 


「……先ほどの魔法なのですが」


 それからまた少し経ち、そろそろ先に進んでもいいかなと思い始めた頃、ふと夜久さんが口を開いた。

 

「かつては盾などに魔力を使うくらいならその攻撃を押し返す攻撃をすればいい……と思っていましたが、防御魔法もいいものですね」


 静かにそう言われるものだから驚いてしまう。

 彼の言う通り、かつての彼は相手の渾身の攻撃を正面からそれ以上の攻撃で迎え撃つことで、相手の戦意ごと叩き潰していたのに。

 顎に手を当てながら「俺も一つくらいは使えるようになっておくべきか」と呟いている彼に、かつての面影は全く見当たらない。


「そうだ。貴方の防御魔法……今のはさすがに無理ですが、前世で使っていたものを参考にさせてもらってもいいですか?」

「ええっ?」


 続けて飛び出した彼の頼みに目をみはった。

 まさかこの人、今から防御魔法を習得しようとしているの? しかも私を参考に?


 魔晶族の能力というのは、生まれた時点である程度決まっている。魔法関連ならば、属性と得意分野だ。

 同じ属性を持っていても、攻撃が得意なものもいれば、回復に特化したものもいる。けれども得意分野以外が使えないのかといえばそうではなく、攻撃に特化したものが回復方面に能力を伸ばすことは可能だ。


 でも、前世でそうやって得意方面以外に伸ばすものはほぼいなかった。

 まず時間と労力がかかり過ぎる。本来は適していない分野を無理矢理伸ばそうというのだから当然だ。そして何よりも……そうやって向いていない分野に能力を伸ばすと、ほぼ確実に本来一番得意な分野の能力が落ちる。それらは本能で分かっていることだった。

 そうなるくらいなら余計なことはせずに得意な分野に特化させておいた方がいいと考えるのは当たり前だ。


「その、いいんですか?」


 クレイヴォルが最も得意としていたのは攻撃だ。

 攻撃こそ最大の防御。力こそパワー。それがかつての彼の戦いのスタイルで、誰も敵わないくらい強くなってもなおその力をストイックに伸ばし続けていた。


 そんな彼が防御方面に力を伸ばせば、前世でずっと積み重ねてきたその努力は――



「構いません。強過ぎる力は……この世界では邪魔でしかありませんから」



 私の言いたいことが分かったらしく、目を伏せてそう答える。

 何かを噛み締めるような言い方だった。

 でもその意思は固く、本気でやろうとしているようだ。


「私なんかを参考にしなくても……」

「防御魔法のレパートリーには自信があるのでしょう? 実際俺が知る限りここまで防御に特化しているのは貴方ぐらいです。参考にするのなら貴方が一番だと思いますが……もしかして、嫌でしたか」


 恐る恐るそう訊ねてくる彼に、私は首を横に振る。


「まさか」


 全然嫌じゃない。ただ、まだちょっと信じられないだけなのだ。

 彼が前世とは別人格であることは分かっているけれど、それでもかつてはクレイヴォルだった相手だ。


 前世では散々自分の戦い方を馬鹿にされて、結局一度も認めてはもらえなかった。

 そんな相手に魔法を褒められて、おまけに参考にさせて欲しいなんて言われたら、当然動揺してしまう。防御魔法には自信があるけれど、本当に私でいいのかと思ってしまったのだ。


 でも今の彼が本気でそう言っているのは分かる。

 彼を通してクレイヴォルに認めてもらえたような気がして、顔が勝手ににやけていくのを感じた。


「むしろ……私の魔法を見てそう思ってくれたのなら、とても嬉しいです。貴方が良ければどんどん参考にしてください」

「……ええ、そうさせてもらいます」


 その顔には相変わらず笑みはなかったけれど、少しだけ目元が柔らかくなった。

 お礼を言った後、少しの間を置いて夜久さんは立ち上がる。


「そろそろ行きましょうか――と、その前に」


 そこで言葉を止め、同時に立ち上がった私を神妙な顔で見つめた。



「先ほどの糸杉千景の発言について、話していただけますか。なぜ彼が転生者のことについて知っていたのです?」



 その言葉に、あの時彼が詳しく話を聞かせて欲しいと言っていたことを思い出した。


「それが……ええと、信じられないかもしれないんですけど」


 私も話すタイミングはここだろうと思い、簡単に説明する。


 六天高校に魔晶族が転生しているように、明迅学園には戦争相手であったサーシス王国の面子が転生してきていること。

 糸杉千景も転生者で、戦争は彼がルミベルナを狙って開発した技術がきっかけで起きたこと。そして今回兄さんが誘拐されたも彼が私を狙ったからであること。

 そして私はサーシス王国の転生者から情報を得て、兄さんがこの廃製鉄所にいるのを知ったこと。


「なぜそんな重要なことを黙っていたのですか」


 予想通り、話を聞いた夜久さんの顔は険しくなっていて少しだけ怖かった。


「すみません。タイミングが見つからないうちにすっかり言うのを忘れてました」


 これについては私が百パーセント悪い。

 今更遅いのだけれど、今回の誘拐の首謀者が転生者なのだから黙っていてはいけなかったのだ。


 素直に頭を下げて謝ると、彼は少し呆れながら「仕方がありません」と答えた。


「ですがなぜ俺のことを知っていたのでしょう。貴方は前世と同じ姿ですから分かりますが」

「そうですよね……それは私にもさっぱり。誰かにクレイヴォルだったって話したりしましたか?」

「話すわけがないでしょう。俺の前世を知った上で会話をしたのは貴方が初めてです。……これも直接聞くしかありませんね」


 それが一番いいだろう。あの放送でいずれ彼と対峙するのはほぼ確定したようなものだ。

 その時に分からないことを全部聞き出してしまえばいい。

 

「後、糸杉千景が貴方を誰かと勘違いしていたみたいですが」

「え? ああ……えっと、多分私にこの場所を教えてくれた人です」


 明迅学園のことを話したことで、私はもう一つの問題に直面していた。


 どうやって彼に陽菜さんのことを言い出せばいいんだろう。 

 もっと私に度胸と話術があれば簡単に話せるのだろうけど、どう切り出すのが正解なのか分からない。「あっ、その人マリー・カレンデュラだったんですよ!」といった感じで軽く言っちゃっていいんだろうか。

 戸惑ってしまうのは、きっと最期のクレイヴォルの姿が頭に浮かんでしまうからだ。


 そんな思考とは裏腹に会話は続いていく。


「彼は今その方がここにいると思い込んでいるのですよね……」

「間違いないと思います。その人も兄さんを助けに行くって言ってましたから」


 本来なら今夜久さんと一緒にいるのは私じゃなくて陽菜さんだったのかもしれない。

 そうだったら、二人はどんな会話をしたんだろう。

 目的も同じだし、前世でのこととはいえ互いに互いを知り尽くしているし、きっと意気投合してあっという間に兄さんたちを助け出せたんだろうな。


 陽菜さん、私が侵入した時はいなかったけどもう来てるのかな……。



「騙されたのではないですか」



 険しい表情で言われたその言葉に緊張が走る。

 騙した? 陽菜さんが私を……? 


 ――目的が何であれ、今回ばっかりは我慢出来ませんの! 絶対に三縁くんを助け出してぎゃふんと言わせてやりますのよ!


 めらめらと決意の炎を燃やしている彼女の姿が浮かぶ。


「ありえません」

「なぜそう言い切れるのですか」


 即答した私に夜久さんは怪訝な表情になる。


「私も一緒に助けに行くって言った時、私を危険な目に遭わせられないって強く止められました。今私がここにいることを彼女は知りません」

「ですが今俺たち以外に誰かがここへ侵入しているようには思えません。貴方を止めたところで無視することも、製鉄所でこうなることも始めから理解して自分の代わりに行かせたのでは?」


 彼の言うことも一理ある。どう言えば分かってもらえるんだろう。

 私が彼女を本当に信用したのは――


 ――その結果どんな末路を迎えようと、それは彼女の責任。王様への怒りは確かにありますわ。でもその鬱憤を王様に似ているだけの他人にぶつけるなんて、わたくしそこまで堕ちてはいませんわよ。


 あの凛と佇む、堂々とした眩しい姿を見てしまったからだ。


 ああ……あった。彼に、いや彼だからこそ理解出来る言葉が。


 改めて彼に向き直る。口の中がカラカラに乾いているのを感じながら、私は口を開いた。


「私にこのことを話すあの人の目は、前世と全く同じでした」

「……目?」

「嘘偽りなんてどこにもなかった。真っ直ぐで、強くて、きらきらしていて」


 もしかすると前世よりも今の方が強くなっているかもしれない。

 それでもあの輝きを、他の誰よりもその目に映してきた彼ならば。


「あの黄金の瞳の美しさは、貴方が一番よく知っているはず」

「!?」


 夜久さんの目が今まで見たことがないほどに大きく見開かれる。

 その様子に私が言わんとすることを理解したのが分かって、くすと笑みが漏れた。


「まさか」


 掠れた声でそう漏らした彼に、私は頷く。


「私にこの場所を教えてくれたのは、マリー・カレンデュラの転生者です」

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