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三縁望の奪還 ~同時多発転生に巻き込まれ(に行き)ました~  作者: ひねもす
Chapter.4 三縁八千代の決意
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66.踏み出す者、立ち止まる者【♡】

 残った紅茶を飲み干し、カップをゆっくり置いた千寿さんは突然妙案を思いついたような顔をして私を見た。


「そうですわ! 今度一緒にあのパン屋さんに行きませんか!?」

「え?」

「こんな形で会うことにはなってしまいましたが、これも何かの縁。貴方が良いのであれば、これからも仲良くしたいのですが」


 突然の誘いに目を丸くしてしまう。両手を合わせきらきらと顔を輝かせる彼女に、思わず言い返した。


「い、一応確認なんですけど……それはもちろん兄さんも一緒にですよね?」

「いいえ、今回は貴方をお誘いしていますわ。もちろん三縁くんと一緒でも大歓迎ですわよ」


 すぐさま帰ってきた言葉にさらに困惑してしまう。

 兄さんとの仲を深めるために、私にデートをセッティングしてもらうのならまだ分かる。

 なのにどうして私を誘っているんだろう。


「に、兄さんと二人きりじゃなくていいんですか……?」


 すると千寿さんは「ふ、二人きり……!?」と分かりやすく狼狽えた。


「も、物事には段階というものがありますわ! まずは直接お話してお互いに打ち解けてからでなければ、二人で出かけても楽しめないと思いますし。それに……」


 兄さんに積極的に会おうとする割に、いざ距離を縮めようとすると消極的だなあ。

 それに、最初から兄さんと二人きりになりたくないのも今言った理由だけじゃないと思う。本当に分かりやすい。


 もごもごと口を動かしている千寿さんに、樫山さんが「正直に言っちゃいなよ」と苦笑いをした。


「妹ちゃん目線のノゾムの話を聞きたいんでしょ。それに本命の信用を得るために周りから攻めるのは定石だしね」


 樫山さんの言葉に、なるほどと腑に落ちた。

 千寿さんは私から兄さんの好みとか、そういうのを聞きたいんだ。そこである程度情報を仕入れておけば、会話も盛り上がるはずだし。


「そう、これはチャンスなのですわ……! 妹さんと親しくなれば、三縁くんのわたくしへの心象も良くなるはず……! この機会をフルスロットルで利用して、妹さんとの距離をぐっと縮めなければ」


「心の声が駄々洩れだよ」

「えっ」

 

 樫山さんの呆れたような指摘に、彼女の顔から一瞬で血の気が引く。本当に口に出している自覚がなかったみたい。

 その後忙しそうに顔を赤くしたり青くしたりを繰り返した千寿さんは、手で口を覆い恐る恐る私の様子を窺った。


「そ、その、貴方と親交を深めたいのも……本当でしてよ?」

「……ふふ」


 いじらし気に横目でじとーっと私を見てくる彼女に、思わず笑い声が漏れてしまった。不思議そうに目を瞬かせた千寿さんに、私は小さく頷いた。

 

「いいですよ」

「え?」

「私も久しぶりに食べたいので、ついて行ってもいいですか?」

「ほ、本当ですか!?」


 信じられないといったように声を上げる。

 あの内なる声を聞かれて断られてしまうと思っていたんだろうか。


 確かに兄さんと仲良くなるために私を利用しようとしているんだろうけど……不思議と嫌悪感は湧かない。

 どうしてだろう。仮に兄さんと上手くいかなかったとして、私を用済みだと切り捨てるようには見えないからかな……。


 再度小さく頷くと、千寿さんは嬉しそうに顔を緩ませた。そんな彼女に私は続ける。


「後、『妹さん』は止めてください。名字じゃ兄さんと同じでややこしいですから、私のことは下の名前でいいですよ」


 その方が親し気に見えますよね、と付け加えるとポカンと口を開け――言葉の意味を飲み込めたのか、ぱあっと表情が明るくなった。


「も、もしかして、わたくしのこと応援してくださるの!?」

「応援、というか……兄さんをここまで好きになる人を見るのは初めてなので、興味があるだけです」


 これまで兄さんに興味を持つ女子はそれなりにいたと思う。この辺りでは色んな意味で有名だったし、そのネームバリューに引かれて来る人は多かった。

 でも肝心の兄さんが全く靡かなかったのと、例の縁切り癖のせいで彼女なんて出来る気配がなかった。そんな兄さんに食らいついてくる異性もいなかった。


 だから、ここまでアプローチを仕掛けてくる人は初めてなのだ。

 上手くいって欲しい、と思う。最終的にどうなるのかは兄さんの気持ち次第だけど、私個人としては彼女のことももっと知りたいし……もしかしたら、友達になれるかも。


 人との関わりが怖いからって、いつまでも逃げてちゃ駄目だ。


 あの時――保健室で兄さんと一緒に蓮水先輩と話した時、決めたんだから。

 今世では楽しい思い出をいっぱい作るって。『一人』じゃなくて、『皆』といっぱい笑い合って生きるって。

 その『皆』の中に――彼女もいれば、きっと楽しいと思う。


 私の手を両手で握り、千寿さんは微笑む。


「ありがとうございます! 八千代さん、わたくしのこともぜひ陽菜と呼んでくださいまし!」

「はい。よろしくお願いします、陽菜さん」


 千寿さん――もとい陽菜さんは私の言葉に「うふふふふ……」と分かりやすくにやけている。

 こうも嬉しいという感情を真っ直ぐに向けられるとこっちまでにやけそうになってしまう。


 これから良い関係を築ければいいな。







「……さてと」


 その後お互いの連絡先を交換すると、陽菜さんは椅子から立ち上がった。


「随分と話し込んでしまいましたけれど、来て良かった。そろそろお暇させていただきますわね。美味しい紅茶、ご馳走様でした」

 クレイとの件、何か分かれば連絡をお願いしますわ」


 そう言って蓮水先輩に自分のスマホを見せ軽く振る。陽菜さんはクレイヴォルとの件でやり取りするためか、蓮水先輩とも連絡先を交換していた。


「ああ、分かった。これからどうするんだ?」

「一度学園へ戻って準備を整えます。呪いのことも……話しておいた方がいいと思いますし」


 私たちがこうやって話している間も、明迅学園は呪いの反射と侑里先輩の電話で大騒ぎになっているはずだ。その辺りの事情も説明するのかな……紫藤薫子の話は信用出来ないって言ってたし、陽菜さん以外にもそう思っている人はいそうだ。

 ノエル・ラクール式呪術については、逆に絶望に叩き落す予感しかしないけど。特に呪いの使用者とその周りの人たちにとっては。


 というか、陽菜さんもしかして本当に一人で全部どうにかしようとしているの……?


 そのまま「お邪魔しました」と言って出て行こうとする陽菜さんを私は慌てて呼び止めた。


「ま、待ってください! 私も一緒に兄さんを……」

「駄目ですわ」


 しかし私の言葉は言い終える前に彼女に止められてしまう。


「あそこには一度しか行ったことはありませんけれど……例え前世の力を持っていようと、何も知らない人が入ればあっという間に死んでしまう場所です」


 そ、そんなにすごい所なのかな。

 やくざの本拠地だから、大っぴらに言えないことは沢山しているだろうけど。

 でも前世の力を使ってもあっという間に死んでしまうなんて、そんなことあるのかな。


「それだけ外部の侵入は警戒されていますの。貴方を危険な目には遭わせたくないのですわ」


 納得していないのが分かったのか、陽菜さんは続ける。


「わたくし個人と仲良くするのは良いとしても、千寿組に関わることは裏社会に関わることにもなりますわ。最悪、貴方や三縁くん……ご両親もただでは済みません」


 そう言って真剣な目で私を見つめてくる。

 言葉だけ見れば脅しているのに、その目と言い方には脅しの色は全くない。本当にそうなるのだと、私に訴えかけていた。


 私だけがそうなるのなら、覚悟は出来ている。

 でも兄さんやお父さんやお母さんまでそうなったら――


「お願いだから、今回ばかりはわたくしに任せてくださいまし」


 言葉に詰まった私の肩に両手を置いて、陽菜さんは静かにそう言った。



 小学校でいじめられた時も。中学で不良グループに無理矢理連れて行かれそうになった時も。

 ストーカーに悩まされていた時も。


 そして、今回の転生騒動でも。

 蓮水先輩を正気に戻してくれて、先輩と一緒にアイリーンから助け出してくれた。

 いつだって、私は兄さんに助けられてきた。


 だから、今度は私が助けたいのに。

 助けられる力があるのに。


 どうして、陽菜さんに何も言い返せないんだろう。

 絶対にそうならないって言いきれないんだろう。

 


「安心してください。必ず、三縁くんはわたくしが助け出しますわ」



 ただ歯を食いしばることしか出来ない私に陽菜さんは優しい声でそう言うと、今度こそ外に出ようと入って来た開き窓を開いた。

 

「ずっと思ってましたけど、どうしましたのこの庭。灰しかないではありませんの」

「ああ……ちょっと色々あってだな」


 そう言いながらさっき侑里先輩と紫藤薫子の戦闘で何もなくなってしまった庭を見回している。

 陽菜さんが入って来た時の土煙は完全に消えていて、今はもう外の景色が見えるようになっていた。そこからは白い灰に加えて、戦闘時にはなかった巨大なクレーターが見える。


 侑里先輩たちが戦っていた時はあんなのなかった。多分、陽菜さんが結界を破って入って来た時に出来たものだろう。


「そうですわ!」


 すると陽菜さんは靴を履き庭の真ん中まで降り立つ。

 そして両手を擦り合わせた後、灰の積もる地面に両手を置いた。



百花繚乱(カティ・フィオーリラ)!」



 その言葉と共に庭全体が一瞬だけ眩い光に包まる。

 突然の光に何事かと先輩たちも庭を覗き込んだ。


 変化はすぐに現れた。


 白一色に染められていた地面に混ざり始める緑色。


 あっという間に地面を白から緑に塗り替えてしまったそれらは恐るべきスピードで芽を出し、茎を伸ばし、蕾を付け――太陽に向かって一斉に花開く。


 クレーターからは水が湧き出て小さな池が出来ている。

 草木の燃えた焦げ臭い匂いはもうどこにもなく、ただ花の香りが鼻をくすぐるだけ。



 ものの数十秒で、灰の積もった土地は金色の花が咲き乱れる花畑になっていた。



 花畑の中心に立って花が元気に風に揺れるのを確認した陽菜さんは私たちを振り返る。


「強引に入ったことへのお詫びですわ。それでは、失礼します」


 そう言って、塀をジャンプで飛び越えてあっという間に蓮水邸から出て行ってしまった。







「いやー嵐みたいなコだったねぇ」


 ソファに行儀悪く寝転んで紅茶を啜りながら、侑里先輩は思わずといったようにこぼす。

 もはや家主よりもくつろいでいるけど、蓮水先輩は気にしていないようで陽菜さんが飲んだ紅茶のカップをシンクに運んでいた。


「驚いたな。あのマリー・カレンデュラが、生まれ変わったらあんな破天荒なお嬢様になるとは」

「ほんとそれ。クレイヴォルといい、マリー・カレンデュラといい、変わり過ぎだよ」


 二人の会話を横耳に聞きながら、紅茶に口を付ける。


 陽菜さんはマリー・カレンデュラとは全く違う。

 見た目もだけど、あの時の様に強い輝きとエネルギーに溢れていながらも、どこか今にも消え去ってしまいそうな儚さを持っていたあの時とは。


 彼女は今の人生を大いに楽しんでいるようにも見える。

 自分に正直に行動する姿勢は眩しいし、強い意志を持った目は綺麗だし、兄さんに恋をする顔は同性から見てもとても可愛い。


 物心ついたときからずっと容姿を褒められてきた。

 でも、彼女のような内面から出る眩しさや美しさ、可愛さは私にはないと思う。


 羨ましいな――



「千寿さんは変わったよ」



 ぽつりと、樫山さんが呟く。


 思わず顔を上げると、樫山さんがじっと私を見つめていた。話していた先輩たちじゃなくて、黙っていた私をだ。

 そのアイスブルーの目に心の中を見透かされている気がして、反射的に背筋が伸びてしまう。


「記憶が戻る前はもっと大人しくてさ、あの話し方と浮世離れした雰囲気が加わって『深窓の令嬢』って言葉がピッタリ合うやつだった。家がやくざだったのがコンプレックスだったみたいで、ノゾムに話しかけられなかった理由にそういった事情もあったんだよ。

 人付き合いも避けてたし……多分友達もいなかったんじゃないかな」

「え……」


 思いもしなかった以前の陽菜さんの姿に、目を瞬かせた。

 大人しかった? 人付き合いを避けていた? 友達がいなかった?

 そんなの、さっきまで見ていた陽菜さんからは考えられない。



「それが今は色んなやつに自分から話しかけに行くようになったし、素直に自分の気持ちも表に出すようになった。妹ちゃんを誘ってたのも、記憶が戻る前じゃ考えられないよ。

 前世の記憶のおかげで怖いものがなくなったのか、吹っ切れたのかは知らないけど……多分、前の自分(マリー・カレンデュラ)の様にはなりたくないんだろうね」



 侑里先輩の「へー」と間延びした声は、私の頭の中には入って来なかった。

 まるで冷水をかけられたように、全身の血が冷えていく。


 極力他人と関わりたくなかった。

 いじめられるのが怖かったから。トラブルに巻き込まれるのが怖かったから。兄さんやお父さんお母さんに迷惑をかけるのが怖かったから。

 そんなだから当然、友達なんてできるわけがなかった。


 そして陽菜さんも、家がやくざなのを気にして人付き合いを避けていた。友達もできなかった。


 彼女の本来の性格に経歴が、樫山さんの言った通りだとしたら――

 


 それはつまり――以前の陽菜さんは私と同じような人だったってこと?



「あ、ははは……」

「八千代?」


 息を吐くような笑い声が漏れる。

 その笑い声に不審そうな顔をした侑里先輩が名前を呼ぶけれど黙って首を横に振る。


「何でもないようには見えないけど」

「本当に心配するようなことじゃないんです。ただ……」


 前世(ルミベルナ)のようにはならないと決めたのに。


 結局、私は何も変わっていないじゃない。


 変わろうとするどころか、何もせずに自分にはないものを持っている人を羨んでばかり。

 私が欲しいものは、どれも誰かがくれるものじゃない。

 自分が変わらなければ決して得られないものだというのに。



「本当に私は何やってるんだろうって、そう思っただけです」



 陽菜さんだって変わろうと思って行動した結果、今の陽菜さんになったのに。知らなかったとはいえ、本当に馬鹿だ。


「私も、陽菜さんを見習わないと」

「あんな破天荒になっても困るよ? ま、でも八千代が前向きになってくれたなら良かった」


 胸の前で拳を握りしめる私に、ようやく侑里先輩は安心したように笑った。


 今世で楽しい思い出をいっぱい作るためにも。『一人』じゃなくて、『皆』といっぱい笑い合って生きるためにも。

 誰かを羨んで何もしないのはもう止めなくちゃ。


 この世界で、三縁八千代として前を向いて生きていきたいから。


 そうすれば、私も少しはあんな風に、陽菜さんみたいになれるかな。

 自分に正直に行動出来る眩しい、強い意志を持った美しい、誰かを淡い思いを抱く可愛らしい――


 ――どうして逃げるんだい? 俺には君しかいないんだよ。

 

 脳裏に浮かんだ声にぞくり、と鳥肌が立つ。

 恋はまだ――少なくともあの人の亡霊を克服出来ない限りは――ちょっと無理かもしれない。


「でもあのコ、一人で助けるって行っちゃったけど大丈夫かな?」

「忍びないが、やくざを相手にするのは今後の人生的にも危ないしな……組長の娘なら最悪のことにはならないと思うが」


 そうだ、陽菜さんは一人で兄さんを助けに行ったんだ。

 でも陽菜さんの話では、兄さんが捕らえられている南天鐘製鉄所は前世の力をもってしても死ぬ可能性のある危ない場所だ。

 どんな場所か想像もつかないけれどまさか相手も自分の組織のトップの娘を殺すような真似はしないだろう。そこは多分、大丈夫だ。


 自分に、正直に行動……か。

 

 散々言われている通り、兄さんを助けに行くリスクは大きい。


 それでも、やっぱり私は。

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