65.太陽の回顧(下)【♡】
「ごめんなさいっ!」
その後、落ち着いた千寿さんに激しく頭を下げられた。
「わたくしとしたことが、ただ感情的にまくし立てるだけの……なんて見苦しい姿を」
やってしまったといったような顔をして頭を抱えている彼女の背中を、私は落ち着かせるようにぽんぽんと叩く。
「だ、大丈夫ですよ。そんな風に思っていたのなら感情的になるのも当然です」
むしろ感情的になってくれたおかげで、当時ルミベルナたちが知らなかった背景と千寿さん――否、マリー・カレンデュラがどう思っていたのか十分に理解出来た。
クレイヴォルと同じようにマリー・カレンデュラの方も、相手に並々ならぬ感情を抱いていたのだ。
「なあ、二つ聞いてもいいか」
すると、眼鏡の奥で目を細めた蓮水先輩が千寿さんに訊ねる。
彼女がゆっくりと頷くのを確認して、先輩は人差し指をピンと立てた。
「一つ目。さっき君は『反旗を翻すことも出来たのに国に従い続けた』と言っていた。なのに今の話を聞く限り、君は国の意に反してあいつを殺そうとしていたんだろう。僕には矛盾しているように感じるんだが、どうなんだ?」
そう言われれば確かに食い違っている。
今の話ではマリー・カレンデュラは国を裏切ろうとしていたのに、あの時はどうしてあんな国の傀儡だったみたいな言い方をしたんだろう。
その質問をされた本人は、苦々しく表情を歪ませた。
「貴方の言う通り、マリーはクレイを殺すという形で国に反抗しようとしましたわ。でも出来なかったんですのよ」
「? どういう……」
「科学者たちから感情を消すことを持ちかけられたのは、『次会った時が最後の殺し合い。お互いに全力で戦おう』とクレイと約束した直後でした」
何となく察せていたことだったけれど、約束までしていたんだ。
約束までしていたのにああなってしまったのなら、あそこまで怒ってたのも分かるかもしれない。
「それは……」
しかし今の言葉で蓮水先輩は何かを察したのか表情を曇らせ、そんな先輩を見た千寿さんは苦笑いをした。
「そうか……そうだな。軍の最高戦力が戦争相手である魔晶族と個人的にやり取りしていたんだ……監視くらい付けられるよな」
「きっと少しでも裏切りの気配を察知すればすぐにでもそうするつもりだったのでしょうね。感情を消すということは脳を弄るということ。感情以外にもいくらでも細工出来ますわよ。
でも問題はそこじゃありません。マリーは無理矢理そうされたわけじゃなく、タイミングの違和感や感情以外も操作される可能性を察せていたのにも関わらず……自らそれを了承したのですわ」
千寿さんの口から「はっ」と空気が漏れる。
そして喉の奥で笑い出した彼女の顔には、とても歪な笑みが浮かべられていた。
「心の中でどう思っていたとしても……結局マリーは国に逆らえず、あの人と向き合うことから逃げた。それが事実ですわ」
シン、と沈黙が流れる。
全員が何と声をかけていいのか分からないようだった。
そんな空気を破るように少しの間を置いて、決まり悪そうな顔になった千寿さんは自分の胸に手を置いて口を開いた。
「わたくしはもう、マリー・カレンデュラではありません。
前世のこともマリーの自業自得だ、わたくしが気にする必要はない、と割り切りたかったのですが」
そこで口を止めると、そっと目を伏せる。
「厄介ですわよね……記憶とその時の感情をダイレクトに感じてしまうというのは。紛れもなく自分がやったことなのだと突きつけられてしまう」
そう言われれば……話の最初の方は自分とマリー・カレンデュラを使い分けていたけれど、途中からは全て『わたくし』に変わっていた気がする。
まるで自分自身の罪を懺悔するような話し方になっていた。
「君はあいつとの最期に未練があるんだな」
「……ええ」
そう言って顔に影を落とした彼女をじっと見つめ、蓮水先輩は指を組んで「二つ目だ」と言った。
「君はどうしたい? もしクレイヴォルの転生者に会いたいのなら取り次げるぞ」
その言葉に千寿さんは驚いたように顔を上げた。大きく見開かれた金色の瞳が揺れている。
先輩、クレイヴォルの転生者の連絡先まで知ってるんだ。もしかして、以前からの知り合いだったのかな……。
千寿さんはしばらく迷ったように目を泳がせると、意を決したように真っ直ぐ先輩を見つめた。
「記憶が戻った時、一番最初に思ったのは『クレイに謝りたい』ということでした。だから六天高校に魔晶族が転生してきていることを樫山から聞いた時……すぐに彼を探しに行こうとしましたの」
その言葉に少しだけ驚いてしまった。
少し前の会話で『千寿さんが何度も六天に行こうとしていた』とは聞いていたけれど、てっきり兄さんに会うためだと思っていたのに。
「でも止められて……冷静になって考えてみれば、それはあまりにも傲慢なのではないかと」
マリー・カレンデュラはある意味、魔晶族のトラウマだ。多分だけれど、ルミベルナが洗脳していた魔晶族も彼女の顔は覚えていると思う。
そんな彼女と同じ顔をした千寿さんが六天に現れれば、ほぼ確実にパニックになる。彼女に襲いかかる生徒がいてもおかしくない。
そうなれば明迅学園にサーシス王国側の転生者がいることも分かるだろうし、最悪六天側が暴走して戦争の続きが始まる……なんて最悪な事態も考えられる。
魔晶族の転生者を怖がっているという明迅学園の生徒が必死に止めていたのは、その可能性を潰すためだったのもありそうだ。
でも、『クレイヴォルの転生者に謝ること』が傲慢というのはどういうことなのだろう。
「いくら魂が同じだろうと転生している彼はもう赦して欲しい相手ではありません。その人をクレイの身代わりにして謝ったって、ただの自己満足でしかありませんし、虚しくなるだけですわ。
それに……もし戦いの決着を付けようと言われても、わたくしはもうあの時の様には戦えません」
あの強さは改造ありきのものだったのですわ、と千寿さんは寂しそうに言った。
そっか、もう前世のような強さはないんだ。
生まれ変わって弱くなったのは私たちだって同じだから、あまり関係はないと思うけれど。
「でも」
千寿さんは笑う。でもそれはさっきまでずっと見せていた、悲し気な笑みでも自虐的な笑みでもない。
初めて顔を合わせた時に見せていた、不敵な笑みだった。
「今こうやって話していて、思いましたの。このままうじうじ考えたまま、何もせずにいるべきではないって」
そう話す姿は、どこか吹っ切れたようにも見える。
最初言っていた通り、話している間に自分の気持ちを整理できたのかな。
「わたくしはこの世界で千寿陽菜として胸を張って生きたいんですの。そう思わせてくれた前世の記憶には感謝していますわ。でも、前世で残してしまった因縁も罪もある。いくら今の自分がマリーではないからといって、これらから逃げていてはマリーと同じになってしまいます。
だから――クレイの転生者に取り次いでもらってもよろしいかしら。『マリー・カレンデュラの転生者が対話を望んでいる』と」
前世のことを話していた時の、弱々しい姿はもうない。
覚悟を決め、毅然とした態度で先輩を見つめる少女がそこにはいた。
そんな千寿さんを見て、蓮水先輩は薄く笑った。
「分かった、ちゃんと伝えよう」
「ありがとうございます。本当は、わたくしから直接会いに行くべきなのでしょうけど」
「止めておいた方がいいだろうな。僕もあいつが今回の件に対してどんなスタンスを取っているのか読めてないんだ。まずは様子を見た方がいい」
「ええ、きっと怒っていますし……顔を合わせた瞬間に殺しにかかってきてもおかしくありませんものね」
「……そうは思わないけどな」
先輩の最後の呟きは、千寿さんには聞こえていないようだった。
クレイヴォルの転生者。私を、兄さんに至っては二回も助けてくれた。
命の恩人でもあるし、先輩もああ言っているから悪い人ではないと思いたいけれど、自分を裏切ったマリー・カレンデュラを恨んでいる可能性がないとは言い切れない。
先輩の言う通り今回の転生騒動についてどう考えているのかも分からないし、魔晶族側から接触して様子を見るという考えには賛成だ。
「もし断られたらどうする?」
「その時はその時ですわ。相手がそう望むのであれば……もう二度と関わらず、罪を背負って生きるだけです。もしそうなった時は『あの時はごめんなさい』とだけ伝えていただけますか?」
「分かった」
頷いた蓮水先輩に、千寿さんは「よろしくお願いします」と頭を下げる。
この話について一段落ついたと思ったのか、二人のやり取りをずっと見ていた侑里先輩が口を開いた。
「ってゆーかさ、綾斗はあいつが誰に転生してるのか知ってんの?」
「ああ、今日三縁から聞いたばかりだが」
やっぱり兄さんから聞いてたんだ。
思わず身を乗り出して「誰なんですか?」と訊ねると、先輩はその名前を口にした。
「姉さんは知らないかもな。侑里は知ってるだろ、二年の夜久朔彦だよ。風紀委員の」
夜久朔彦……知らない。
二年生らしいけれど、まだ入学して三か月だ。転生騒動のせいで上級生との交流も委員会以外ほとんどなかったし、どんな先輩がいるかなんて情報全く入って来なかった。
侑里先輩は知っていたみたいで、ぎょっと目を見開いて信じられないといったように声を上げた。
「げえっ、あいつぅ!?」
「そういえばお前、服装違反でよくあいつに注意されてたよな」
「それマジのマジ? 嘘でしょどこにも面影……あっでもあの目つきは似てるかな……それでも、ええ……」
遠い目をして何やらブツブツと呟いている。
侑里先輩の様子を見る限り、夜久先輩はクレイヴォルとは全く似ていないみたいだ。
すると今度は、樫山さんがスッキリした顔をしている千寿さんに話しかけた。
「でも、あんたも良かったんじゃない。クレイヴォルとのケリを着けられれば周りも何も言わなくなるでしょ」
「そうですわね……これで少しは居心地が良くなればいいのですけれど」
樫山さんの言葉を聞いて途端に苦々しい顔になった千寿さんは、椅子の背もたれに寄りかかり、フーッと細い息を吐く。
「何も言わなくなる? どういうことですか?」
「千寿さんが六天に行こうとして止められた後なんだけどね……学園中に変な噂が広がってさ」
「変な噂?」
思わず首を傾げると、千寿さんは忌々しそうに体を震わせた。
「わたくしが前世からクレイに懸想していて、今世で思いを伝えようとしていると」
誰が漏らしたのか分からない「へっ」という声が室内に響く。
それだけの衝撃だった。
懸想、懸想、懸想……確か恋い慕うって意味だったよね。
マリー・カレンデュラがクレイヴォルのことを? 逆ならまだ分かるけど。
千寿さんの顔を見る。
その顔は本当に嫌そうで、噂が全くの出鱈目であることはすぐに察することが出来た。
「確かにわたくしはクレイに会いに行こうとしていましたわよ! でも決してそんな理由ではありませんし、そもそも前世でもクレイに恋情なんて一切ありませんでしたわ!」
理由は今聞いたばかりだから知っている。約束を破ってしまったことを謝りたかったからだ。そんな話一回も出てこなかった。
この件について相当鬱憤が溜まっていたのか「聞いてくださる!?」と鬼のような顔をしながら言ってくるので、私たちはただ頷くことしか出来ない。
「最初行こうとした時は散々止めたくせに、いざその噂が広がれば皆手のひらを返したように『クレイヴォルに会いに行かないのか』って言いやがるんですわ! いくら誤解だと言っても決まって返ってくる言葉が『照れてるんだね』ですわよ!?」
ドン、と拳を机に叩き付ける。手加減はしていたのか、半分ほど残っていた紅茶の液面が揺れただけだった。
「皆期待のこもった目で言いやがるんですの。『あの時は言えなかったけど、お前らお似合いだったぞ』って。『今世こそ一緒になればいいじゃないか』って」
なるほど、本人には全くその気はないのに周りが余計過ぎるお節介を焼いてくるんだ。
侑里先輩が乾いた笑い声を出し「可哀想に」と心底気の毒そうに言った。
「まー王道っちゃ王道だもんね、死に別れた男女が転生してくっつくの。皆それを期待してるんだろーね」
ふと、クレイヴォルの最期を思い出す。
死に行く身体でマリー・カレンデュラを抱きしめていたクレイヴォルの姿を。
マリー・カレンデュラは既に死んでいたから千寿さんは知らないだろう。
でもあれを見ていた他の人間たちはどう思ったのか。二人は恋仲だったと考えてもおかしくないんじゃ……、
「ふっっっざけんじゃねェですわ!!」
一際大きい千寿さんの怒号にはっと我に返る。私だけじゃなく他の三人もビックリした顔で彼女を見ていた。
「そんなの、結局はその過程を見て自分たちが楽しみたいだけではありませんの! いかにも善意で言ってますって顔をしながら、わたくしとクレイの転生者を勝手に見世物にしようとするんじゃねェですわよ! 何より今のわたくしには、彼じゃない好きな人がいるのですわ!」
最後は少し照れているのか、顔が赤くなっていた。
千寿さんが兄さんのことが好きなのは、嘘じゃないと思う。
最初兄さんへの思いを口にした彼女の顔が、偽りだとは思えない。
そうだ、兄さんについて千寿さんにまだ聞きたいことがあったんだった。
「そもそも、千寿さんは兄さんのどこを好きになったんですか」
「えっ……」
私の質問に、千寿さんの顔の赤みが増した。
「ああその辺り、おれにもはぐらかして話してくれなかったよね」
「だって恥ずかしいではありませんの!」
「いい機会じゃん、妹ちゃんも気になってるみたいだし言っちゃえ言っちゃえ」
「うう……」
樫山さんも聞いていなかったらしく、茶化すように私の質問に乗ってくる。
千寿さんは顔を真っ赤にして呻いていたけれど、しばらくして観念したようにこくりと小さく頷いた。
それでも恥ずかしそうにもじもじとしている彼女に、樫山さんが話を投げかける。
「入学当初から気になってる感じだったけど、一目惚れ?」
「ひ、一目惚れなのかしら……気になりだしたのは三年前で……」
「は!? 三年前!?」
樫山さんが目を大きく見開いている。
ということは千寿さんが兄さんを意識し出したのは中学二年生の頃からってこと……?
でも千寿さんは兄さんをどこで知ったんだろう。中学は一緒じゃなかったはずだし。
どういうことだと興味深そうに見つめて来る周囲に恥ずかしくなったのか、視線をあちこちに彷徨わせた後、私を見つめた。
「貴方の中学校の近くにパン屋さんがあったでしょう?」
「パン屋? ええと……」
「わたくし、そこのパンが好きで……定期的に買いに来ていましたの。そこでよく、貴方たち兄妹がパンを選ぶのを見かけましたわ」
「えっ、あそこにいたんですか!?」
中学校の近くにあったパン屋さん。店名は忘れてしまったけれど、通学路の途中にあったし値段もリーズナブルだったから、よく学校の登下校に兄さんと寄っていた。美味しいと評判だったみたいで他校の生徒が買いに来ているのも見かけたことがあるけれど、まさか千寿さんも来ていたなんて。
もしかして、最初に私を見た時の「覚えていますわ」はそういう意味だったのかな。
別に会ったことがあったわけじゃなくて、ただ千寿さんが一方的に私たちを知っていただけってこと?
「でも、あのパン屋さんに通ってた時期は短かったのに」
「とても仲睦まじい様子でしたから。わたくしは一人っ子だから羨ましいと思っていましたの」
当時を思い出しているのか、懐かしそうに顔をほころばせている。
「どうしてそこから兄さんを……一目惚れだったんですよね?」
「ええ、今でも思い出せますわ。二学期が始まってすぐ、久しぶりにパン屋に来ていた時、窓から見えてしまったのです。貴方が大勢の男たちに路地裏に連れ込まれそうになっているのを」
息を飲む。まさか、千寿さんが見たのは――
「どう見ても無理矢理な行為。止めなければいけないのに、当時のわたくしは臆病で体が動かなかった。どうしよう、どうしよう、と思っていたら、店の前を誰かが猛スピードで駆けて行って……それが、三縁くんでしたわ」
やっぱりあの時のことだ、と確信する。
脳裏に蘇るのは苦い記憶。
ガーゼや包帯まみれの兄さんが、病院のベッドで横になっている姿。
「相手はいかにもガラの悪い男が複数人、きっと皆年上だったでしょう。にも関わらず、三縁くんはたった一人で立ち向かっていきましたわ。怪我を負うのも構わず、妹を守るために喧嘩をしていて――目を背けたくなるような光景だったのに、目が離せなかった。
結局、喧嘩に気がついた店員さんが警察を呼んでくれましたから、わたくしはただ見ているだけでした」
顔の赤みはそのままでも、今はもう淡々とその時のことを話すようになっていた。
……もしかしたら内心ではヤケクソになっているのかもしれないけれど。
「それからしばらく経っても三縁くんの姿が頭から離れなくて、三縁くんのことを意識するたびに胸が締め付けられるような感じがして……もしかして、す、好きになってしまったのかしらと。
確かめるためにもう一度会いたかったのに、あれ以降一度も見かけなくなってしまいましたの。でも中学まで行く勇気も出なくて……気持ちに確証が持てないまま、中学を卒業してしまいました」
「えっと、それは……」
私たちを見かけなくなってしまったのは当然だ。
あの事件の後、嫌なことを思い出すかもしれないからとその道を通らなくなってしまったから。それと同時にパン屋さんにも行かなくなってしまった。
「言わなくても結構ですわ。何となく理由は分かってますわよ」
理由を話そうと口を開きかけた私を止めて、千寿さんはにっこりと笑った。
「もう会うことはないと思っていましたから……高校に上がって三縁くんに会えて、しかも同じクラスになれた時は本当に嬉しかったのですわ。普段の三縁くんを見て、ちゃんと好きなのだと確信も持てましたし。ま、まあ碌に話せないまま、三縁くんはいなくなってしまったのですが」
少しだけバツの悪そうな顔をしてそう言うと、おずおずと私の顔を覗き込んでくる。
「こ、これでいいかしら? 要するに、わたくしが三縁くんを好きになったのは、貴方を守る姿がとても格好良かったからですわ。……単純、ですわよね」
そう言われると少し照れくさい。
あの時、無理矢理連れ込まれそうになった私を助けに来た兄さんはとても頼もしかった。入院するまでボロボロになっても私を助けようと拳を振るう姿は格好良かった。
私もそう思ったのだ。他の人が同じことを思ってもおかしいことじゃない。
「い、いえ……それで三年も好きでいるんですからすごいですよ」
彼女が兄さんのことを本気で好きなのは十分に伝わってくるし、碌な交流もないのに三年も思い続けられるなんて一途な人だ。
私の返しに嬉しそうにはにかむ千寿さんを、改めて見つめる。
今こうやって彼女の人柄を見る限り、兄さんとの相性は悪くなさそうだ。
ずっと私に構い切りで彼女を作る機会に恵まれなかった兄さんにとって、これは千載一遇のチャンスなのでは?
前世の時は少年のような見た目と体中の傷で分かりにくかったけれど、今は年相応の女の子の姿になってその綺麗な顔立ちがはっきりと分かる。
こんな綺麗な人に思いを寄せられることなんて、これからの人生であるかも分からない。
家がやくざなのがちょっと怖いし、たまに口が悪くなることもあるけれど……それでも今のところ彼女自身に問題があるわけじゃない。性格に裏表もなさそうだし。
恥ずかしがってはいても兄さんへの気持ちを素直に言動に出すし、このデレデレっぷりを見ればさすがの兄さんだって――
でも……変だな。
学園の人はこの千寿さんを普段から見ているはずなのに、どうしてクレイヴォルに懸想しているなんて噂が立ったんだろう?