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三縁望の奪還 ~同時多発転生に巻き込まれ(に行き)ました~  作者: ひねもす
Chapter.4 三縁八千代の決意
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57.矢吹侑里と樫山律【♡】

 生えていた木々や花は跡形もなく消え、灰で真っ白になった庭には焦げ臭い匂いが漂っている。

 その白い地面の真ん中に立ち、険しい表情で紫藤薫子が去って行く方向を見つめていた侑里先輩は、気配が完全に消えるのを確認した瞬間――


 ふらりと体勢を崩しその場に倒れ込んでしまった。

 倒れた衝撃で白い灰が舞い上がる。


「侑里先輩!?」


 先輩の息が荒い。加えて舞い上がった灰を吸い込んでしまったのか、ゲホゲホとむせている。

 一体どうして。紫藤薫子から攻撃は受けていなかったはず。

 もしかして気づかないうちに毒でも仕込まれていたんじゃ……と思ったけれど、ふと気づく。


 平然としていたから忘れていたけれど、侑里先輩だって病み上がりでやっと動けるようになったばかりだった。一週間とはいえほぼ寝たきりで体力も落ちていたはず。

 ただでさえ前世の力は体に負担がかかるのに、病み上がりの体でまたあれだけ力を使えば動けなくなるのは当たり前だ。


 早くあの灰塗れの場所から移動させて安静にさせないと。

 そう思いすぐに先輩の元に行こうとしたけれど、


「あっ……」


 私が立ち上がろうとするよりも早く、一つの影が侑里先輩に駆け寄った。


 その影――樫山さんは呪いが解けたとはいえまだ辛いのか少しふらつきながら傍まで行くと、自分の制服が灰で汚れるのも気にせず先輩を抱き上げる。


 そのまま私たちの方へ戻ってくると、先輩を下ろしてデッキのフェンスに寄りかからせた。


「そんな体で明迅に宣戦布告なんて、馬鹿じゃないですか」


 そう言って眉間に深い皺を寄せる樫山さんを見て、侑里先輩は力なくふにゃりと笑う。


「あの女の前で弱っちい姿見せるなんて、絶対にイヤだったんだもん」


 まだ少し灰が肺に残っているのか小さく咳き込む。そして少しだけ体を起こし、膝を付いていた樫山さんの頬や綺麗になった体を灰塗れの手でペタペタと触った。

 何かを確かめるような手つき。触れた部分が汚れていくのを見て、樫山さんは少し困ったように視線を彷徨わせる。


「ちょっと何して」

「ねえ、もう辛い場所はない?」


 樫山さんの頬に手を添えて心配そうに眉を下げる。


「……おかげさまで、後は安静にしてるだけでいいらしいよ」


 少しぶっきらぼうにそう答えた樫山さんを見て、


「そっかあ」


と先輩は目を細め、安心したように破顔する。


 今までに見たこともない、とろけるような笑みだった。


 その顔を見た樫山さんはわずかに目を見開くと、どこか苦しそうに顔を歪めて下を向く。


「……そもそも、どうしてあんたがここにいるんですか。県外の母方の祖父母のところに引き取られたって聞いてましたけど」

「ゴメン、それ嘘なんだ」

「え?」


 あっさりと嘘だと答えた先輩に、樫山さんは目を丸くした。

 そんな彼を見た先輩は悲し気に笑う。


「りっくんにはそう伝えといて欲しいって、周りの人にお願いしたんだ。あたしはずっと天鍾市(ここ)にいたんだよ」


 そう続ける先輩にきょとんとした顔をしていたけれど、すぐに目つきを鋭くすると頬に添えられていた先輩の手を振り払った。

 振り払われた手は行き場を失い、宙に浮いたままになる。


「何ですかそれ。おれ、あの時二度とおれの前に現れるなって言いましたよね」


 立ち上がって冷たく返す樫山さんの声はわずかに震えている。振り払われた手を太ももの上に置いて、侑里先輩は静かに頷いた。


「……うん、ゴメンね。りっくんのためを思うなら離れた方がいいことは分かってたんだ。実際、天鍾市に残りたいって言った時も周りから強く止められたよ」


 先ほど振り払われた方の手首をもう片方の手で強く握りしめ、今にも泣き出しそうな顔で樫山さんを見上げた。


「でも、どうしても六天高校に行きたかったの」

「――!」


 その表情と言葉に、樫山さんは息を飲んだ。

 フェンスに手をかけ体に付いた灰をパラパラと落としながら、体が重いのか息を切らしてゆっくりと立ち上がる。


 そして目に涙を浮かべながら先輩は語気を強くして言葉を続けた。


「先生からも匙を投げられるくらい馬鹿なあたしにりっくんは付きっきりで勉強教えてくれて、そのおかげでやっと合格出来た高校だもん……!

 会えなくなるのはいい。でも、ここで県外に行って別の高校に通うことになったら、りっくんとの最後の繋がりまでなくなっちゃう……それだけはイヤだったの……!」


 話しながら涙のダムが決壊しぼろぼろと涙を流す侑里先輩に、蓮水先輩が見ていられなくなったのか目を逸らした。


 対してよく事情が分かっていない私はといえば、これだけ涙を流しているのに全く崩れる様子がない侑里先輩のメイクに、一体どんな化粧品を使っているんだろう……と少し場違いなことを考えてしまった。


「だから、三年間りっくんとは絶対に会わないように過ごして、卒業したらさっさと遠いところに出て行こうって思ってたんだ。今日だって出てくるつもりなんてなかった。でも、りっくんがあんな目に遭ってるのを知っちゃったら我慢なんて出来なかったんだよ。ゴメン、本当にゴメンね」


 二人について、私は何も知らない。唯一知っているのは腹違いの姉弟であるということだけだ。

 話を聞く限り、二人の仲が悪かったわけではなさそうだ。勉強を教えてもらっていたことといい、先輩のさっきの笑顔だってそう。

 樫山さんだって冷たい態度を取っているように見えるけれど、本当に嫌いなら戦っている先輩をあんなに心配そうな顔で見るわけがないし、倒れた時に真っ先に駆け寄ったりしないはず。


 それがどうしてこんなに拗れて、すれ違っているのだろう。

 この二人が一緒にいてはいけなかった理由は何なのだろう。


 泣きじゃくりながら謝り続ける侑里先輩に、樫山さんから深いため息が落とされる。


「我慢出来なかったとして、堂々とバラしちゃってどうするんですか。あいつのことですから、きっと全部調べて周囲に拡散しますよ」


 二人については蓮水先輩も『気軽に話せない内容』と言っていたし、二人が一緒にいられなくなったのは何か知られてはいけない事情があるのかもしれない。


 そしてそんな事情を、いくらポンコツになったといえどあの紫藤薫子が見逃すはずはない。

 最後去って行く時も『あんたらなんか全員潰してやる』と言わんばかりの顔をしていたし、間違いなく樫山さんが言った通りにするだろう。


 泣き腫らして真っ赤になった目で、先輩は毅然とした顔で樫山さんを見つめた。


「それで周りに何て言われようがあたしは気にしないよ」


 けれどもその強い表情はその後に続けられた「でも、りっくんは……」という言葉とともに一気にしょげた顔になる。

 再び頭を下げる先輩の「ゴメンなさい、ゴメンなさい」と弱々しい言葉をその身に受けながら、樫山さんの顔が段々険しくなっていくのが分かった。


「ゴメンな……むぐっ」


 何度目かの謝罪の後、遂に樫山さんの手が先輩の口を塞いだ。


「もう言っちゃったもんはしょうがないでしょうが」

「む、うぐぐ」


 先輩は何かをもごもごと言っているが、口を塞がれているため聞き取ることは出来ない。

 そんな先輩の揺れる目を睨むように見つめながら、樫山さんは口を開いた。


「ある意味バレるのがこのタイミングでラッキーでしたよ。今のおれにはこれ以上下がる好感度もないんですから」


 そう言って伏せた顔に影が落ちる。

 先輩はただ目を大きく見開いて樫山さんを見ていた。


「それにあの時来てくれなかったらおれたち全員死んでたでしょうし、感謝してるんですよ」


 だから、と続けると樫山さんは先輩の口を塞いでいた手を離し、伏せていた顔を上げる。


 そこにあったのはさっきまでしていた苦し気な表情でも、険しい表情でもない。

 眉を下げてどこか悲しそうな、困ったような、そんな顔だった。



「だからもう謝らないでくれませんか、侑里センパイ」



 そんな樫山さんに侑里先輩は信じられないような顔をして硬直してしまっていた。


 そして言葉の意味を飲み込めたのか口元がわなわなと震えたかと思うと、顔の至る所からぶわっと液体が流れ出す。

 灰を被ってはいるもののバッチリメイクの決まった綺麗な顔をぐしゃぐしゃにし、声を上げて泣きじゃくる先輩に全員がぎょっとする。


「何で余計に泣くんですか!」

「うええええ~ん、だってぇ、りっくんが優しいんだも~ん」

「ちょ、きたな……鼻水出てますって! 蓮水さんティッシュ、ティッシュあります!?」


 そう言って下唇を噛みずぴずぴと鼻を鳴らす侑里先輩。それでも流れ落ちてくる鼻水に樫山さんが慌てて蓮水先輩にティッシュを求める。


 よ、よく分からないけど仲直り出来た……のかな。

 そう楽観的に考えていたけれど。


 この時、私はまだ二人の過去の悲惨さを何も分かってはいなかったのだ。







 その後、まずしたことは灰で汚れてしまった二人を家の中に入れる状態にすることだった。

 服や髪は叩いてある程度落とせたが、顔や手足はどうしようもなく、蓮水先輩が濡れタオルを持ってくる。私もさっき靴下で庭に出てしまっていたため、濡れタオルの一枚をありがたく貸してもらい、靴下を脱いで足を拭いた。


 私たちはさっき話していた席で待っていたけれど、しばらくして洗面所から出てきた侑里先輩が「貸してくれてありがとー」とお礼を言いながら空いていた樫山さんの隣の椅子に座る。

 顔を拭いたことでやっとメイクが崩れたのか、今の侑里先輩はすっぴんに近い姿になっていた。


 やっぱり樫山さんとよく似ている。

 こうしてすっぴんの顔を見比べると、よく分かる。


 前世の記憶を思い出した以上私と同じように思っているのか、それとも違う理由なのかは分からないけれど、一足先に綺麗になって座っていた樫山さんもちらちらと侑里先輩の顔を見ていた。


 沈黙が流れる。

 こうして向かい合ったはいいものの、全員何から切り出せばいいか迷っているようだった。


 誰も何も言わないなら、と意を決して口を開く。


「あの……二人はその、一体? 姉弟だってことは分かりましたけど、さっきのは」


 あのやり取りを見てしまった以上、やっぱり気になる。

 内容についてはよく分からなかったものの、二人が姉弟であることが周りに知られてはいけないような言い方だった。どうしてなんだろう。


 少し躊躇うように視線を下に向けた樫山さんに心臓が跳ねる。


「ご、ごめんなさい」


 思わず頭を下げた私に侑里先輩が慌てて「謝らないでよ」と声を上げた。


「いいんだよ、あんなの見せちゃって気にならない方がおかしいでしょ」


 そう言う侑里先輩の方は話してもよさそうな雰囲気を出している。

 そんな先輩を樫山さんと蓮水先輩は少し心配そうに見つめ、蓮水先輩が恐る恐る口を開いた。


「いいのか?」

「どうせ来週にはあの糸目女に広められる話なんだし、それに八千代が知ったところでりっくんを見る目が変わるとは思えないし、いいよ」


 樫山さんはへらりと笑う先輩をしばらくじっと見つめていたけれど、先輩の意思が変わらないと分かったのか、観念したように「分かった」と頷いた。


 机に両肘を付き、手を組みながら樫山さんは話し始める。


「おれたちは確かに姉弟だよ。でも姉弟だって知ったのはセンパイたちの中学卒業式の日なんだよね。それまでお互いそんなこと全く知らずに関わってた」

「そうだったんですか?」


 意外だったので驚いてしまう。

 侑里先輩は樫山さんに勉強を教えてもらってたって言っていたし、てっきり一緒に暮らしてたと思っていたのだけれど。


「そ。卒業式の後にセンパイと二人で歩いてたらさ、そこにブレーキの壊れたバイクが突っ込んで来たのね。いち早く気づいたセンパイがおれをかばってバイクに撥ねられたんだ」

「ええ!? 大丈夫だったんですか!?」

「幸い軽傷だったんだけど、問題はその後。病院での血液検査でセンパイの血液型がおかしいことが分かったんだよ」

「お、おかしい?」


 首を傾げる私に、今度は侑里先輩が口を開いた。


「うん、あたしの血液型はB型だったんだ。お父さんもお母さんもO型なのにおかしいよね」


 その言葉に大きく目を見開いた。

 中学の遺伝の授業でやったから分かる。

 O型同士の親からB型の子どもが生まれるなんてあり得ない。


 ということは侑里先輩は――

 

 私の表情が予想通りだったのか、先輩は苦笑いをした。



「あたしの家は大パニックだよ。当然、あたしは本当にうちの子どもなのかって話になった。そしてDNA鑑定とか色々調べていくうちにとんでもないことが分かったんだ。


 あたしのお母さんとりっくんのお父さんが不倫してて、あたしは托卵された子どもだったの」



 私は今、どんな顔をしているんだろう。

 先輩も自分で『托卵』なんてどんな気持ちで言ってるんだろう。


 言葉が出てこない。いくら気になるとはいえ、無暗に聞いていいことじゃなかった。

 一気に後悔が押し寄せてくるけれど、もう遅い。


「そんなことが分かっちゃったものだから、当然あたしの家もりっくんの家も離婚。おまけにあたしのお母さんもりっくんのお父さんも、調べてる過程で結構法に触れることやってたことが分かってさぁ、二人とも刑務所に入れられちゃったよ」


 ショックが抜けないまま続けられた言葉に頭を殴られたような気分になった。

 ただでさえずっとお父さんと信じて疑っていなかった相手が違うと分かって不安定になっているだろう状況で、血の繋がった方の両親が逮捕されるなんて……。

 樫山さんもお父さんが不倫して別に子どもを作っていた挙句、犯罪までしていて逮捕されるなんて辛いに決まっているはずだ。


 この二人が何をしたっていうの。一体前世で何をすればこんな目に――

 ……うん、かなりやらかしていた。アイリーンはともかくサーシス王はそれはもうバッチリと。


 ならこの惨状は前世の報いなのかな。

 だから私も生まれ変わってもストーカーされ続けて、兄さんも酷い目に遭うのかな。


「家庭も滅茶苦茶になっちゃったしさ、お互いのためにもこれ以上関わるのはもう止めようってなったんだ。これがあたしたちに起きた簡単な経緯。ゴメンねー、聞いてて気持ちのいいものじゃなかったでしょ」


 話している二人が一番きついはずなのに、今の二人は話す前よりもスッキリしたような表情をしていた。

 それでも少し申し訳なさそうにする先輩に私は慌てて首を横に振る。


「い、いえ、話してくれてありがとうございます。でも、あの人も言ってましたけど……そんなことが起きたのによく今まで周りに噂が広がりませんでしたね」

「うん、幸い周囲の人たちが皆あたしとりっくんに同情して頑張って隠してくれたから。綾斗のお父さんもその一人だよ」


 そっか、理事長先生も絡んでるんだ。それなら広まらないだろうなという妙な安心感が理事長先生にはある。

 そのまま隣でずっと黙って話を聞いていた蓮水先輩に目を向けた。


「だから先輩は知ってたんですね」

「侑里の……育ての父親と父さんは仲が良くて、事が発覚する前までは家族ぐるみの付き合いをしてたんだ。そういった経緯もあって、知ってた」

「そうですか……」


 内容が内容だけあって先輩も言いふらせなかったようだった。私が最初聞いた時にあんなに苦い表情をしていたのも、今だったら納得がいく。

 私は少し緊張が抜けたように脱力すると、二人に向かって話しかけた。



「でも姉弟だって分かる前から勉強を教えてもらったり、卒業式の日に一緒に歩いてたり、すごく仲が良かったんですね」



 そんなに仲の良かった二人が姉弟だったなんて不思議な縁だなぁ、と思う。

 けれども軽い気持ちで言ったその言葉に――三人の表情がピシリと固まった。


「えっ?」


 その顔を見て、全身の血の気が引く。

 私、もしかして何かまずいことでも言ってしまったのかな。

 おかしいところはなかったよね。仲が良かったのは事実だと思うし。


「あー、ええと」


 蓮水先輩が冷や汗を流しながら目を泳がせている。

 もしかして、まだ何か二人に何かあったりするんだろうか。


 分かりやすく焦る蓮水先輩を見て、樫山さんが後頭部をボリボリと掻いた。


「別に言っちゃってもいいですよ。多分あいつが調べたらすぐにバレるはずですし、間違いなく一番食いつくネタのはずですから」

「そうだね」


 そう言う樫山さんと同じように頷く侑里先輩に、蓮水先輩は正気かと言わんばかりに顔を引きつらせていたけれど、樫山さんの言う通りすぐにバレるものだと分かったのか、ぎこちなく頷いた。


「あの、姉さん、その、確かに中学の時、在学中から二人の仲は良好だったんだよ」

「は、はい」

「ただ、良好な仲にも色々あって、その……」

「?」




「姉弟だって分かるまで……付き合ってたんだ、この二人」

「……」




 思わずポカンと口を開けてしまう。そして――



「ええええええええ――っ!?」



 口から飛び出したのは、私のここ最近で一番大きな声だった。

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