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三縁望の奪還 ~同時多発転生に巻き込まれ(に行き)ました~  作者: ひねもす
Chapter.3 矢吹侑里の試練
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40.正体

 白い柱のように部屋を突き抜ける糸に、オレは黒い刀を力いっぱい振り下ろした。糸に触れた刀は野球バットのように切り落とされることはなく、紙を切るような音を立てて刃を通していく。最後まで通すと、切れた糸は弾けるようにあっという間に消えてしまった。

 糸が消えた進路指導室には散乱した机や資料が散らばり、糸に囚われていた進路指導の教師が残される。夜久先輩が見つけやすいよう教師を入口からすぐに見える場所まで移動させた。


「ふーっ、これで終わり……っと」


 まだ全部は終わっていないが、オレがやるべきミッションは区切りがついたので思わず安堵の息が漏れる。

 他人の手を借りてしまったが、これでアイリーンは少しはオレを認めてくれるだろうか。


 夜久先輩に貸してもらった黒い刀を見つめる。炎を反射し黒い光を放つそれは、今だに刃こぼれ一つない。

 この刀、それはもうとんでもない切れ味だった。

 糸はもちろんのこと、試しに破損してしまった椅子に刃を当ててみたら簡単に真っ二つにしてしまえるほどに。

 昔テレビで居合い切りをしているのを見たことがあるが、単純に力を込めても上手く切れなかったはずだ。確か力よりも振り方が大事なんだとか。

 素人のオレですらこんなに切れるのだから、そういった心得があるヤツが扱えばさらにとんでもない切れ味を発揮するんだろう。


「そうだ、蓮水先輩は……」


 三階の糸があった場所はグラウンドの反対側であったため、蓮水先輩たちの様子を見ることは出来なかった。

 進路指導室を飛び出すと、グラウンドが一望できる場所まで向かったのだが――


「……蜘蛛がいなくなってやがる、先輩たちも」


 さっきまでは地面が見えないほどの紅い蜘蛛に埋め尽くされていたグラウンド。

 だが今は――糸が張り巡らされた中、ぽつんと八千代が閉じ込められている繭があるだけだった。その繭からは極太の糸が一本伸びている。あれさえ切れれば終わる、はず。

 だとしたら蜘蛛とアイリーンがいなくなったのは、最後の糸を守るため……か? 

 オレも大分蜘蛛には慣れた。早く蓮水先輩と合流して援護を――


 待てよ。


 糸は残り一本。つまり最初の七本の時と比べてエネルギーを吸収できる量が七分の一にまで減っていることになる。

 ならば今吸収しているエネルギーはこの空間を維持するのに精一杯で、繭の強度にまで割けないのでは……?


 今、繭の周りはもぬけの殻。邪魔者は誰もいない。

 この刀を使えば、糸や繭を切って八千代を助け出せるかもしれない。


 夜久先輩に提示された時間までまだ余裕はある。物は試しだ。もし無理そうだったら、その時はすぐ最後の糸の所に向かえばいい。







 なぜかは分からないが、夜久先輩と別れてからは一度も蜘蛛に襲われることはなくなっていた。見かけはしたもののどの蜘蛛もオレのことは眼中になく、どこかに向かっているようだった。そのおかげでスムーズに校舎内の糸を切ることが出来たのだが。


 もう校舎内には残っていないのか、一度も邪魔をされることがないままオレは昇降口から外へと出る。


「うわっ!?」


 バケツから水をかぶったように全身が濡れ、強い風がオレを襲う。

 そうだった。ずっと炎の中にいたから忘れていたが外は雨が降っていたんだった。だがさっき窓からグラウンドの様子を見た時よりも風が強い。確かに雨は激しかったが、こんな台風みたいな天気じゃなかったはずだ。


 風に体を持っていかれそうになるが、張られた糸に引っかからないよう注意しながら繭へと向かう。

 高さは三メートルくらいだろうか。巨大な卵のような繭は、いざ目の前にするとやっぱりデカいし不気味だ。


 最後の糸は繭のてっぺんから伸びているため刀が届かなかった。

 繭についてはアイリーンが直接素手で触れていたが、糸のことを考えるとさすがに同じように触れるのは憚られ、まず刀の刃が付いていない側で軽く繭を叩いてみる。ボン、ボン、と中身が詰まっているような音がした。

 ……繭自身には何もない、のか?

 てっきり糸を守ってた巨大蜘蛛みたく、何か仕掛けがあると思ったんだが。


 しばらく待っても何の反応もない。

 大丈夫だと判断し、オレは刀を両手で持つと、繭に刃を当ててぐっと力を込める。



 瞬間、繭から棘が飛び出しオレの右腕にぶすりと突き刺さった。



「い”っ……」


 あまりの痛みに思わず刀を取り落としてしまう。腕を貫通した棘はオレの血で濡れていたが、すぐに雨風に洗い流された。


「クッソ、やっぱりタダの繭じゃねーのかよ……!」


 突き刺さった腕がカッと熱を持ったかと思えば、すぐに全身に熱が回っていく感覚がした。

 ゆっくり棘から腕を引き抜くと、棘は繭の中に戻っていく。


 オレは血がドクドクと流れる右腕を左手で強く抑える。さっきの左肩と違って貫通している分、血が止まってくれそうな気配はない。

 それに、大雨に打たれているはずなのに、なぜか全身が熱い。


 まさか、今の棘に毒でも仕込まれていたか……?

 いや違う、この感覚は――


 ……いや、今はこんなこと考えてる場合じゃない。


 繭には傷一つ付いていないし、もう一度試すのは現実的じゃない。どの道この刀以外で壊す手段なんてオレにはないんだ。当初の予定通り、最後の糸の近くにいるであろう蓮水先輩の所へ行こう。


 そう思い、最後の糸が伸びている方向に顔を向ける。



「――竜巻?」



 伸びている糸を辿る限り、最後の糸の場所は体育館付近のようだ。だが、そこに向かって天まで伸びた竜巻が動いている。

 それだけじゃない。

 ここからだと体育館は屋根だけ見えるが、そこから蜘蛛が消滅するときに発する紅い煙が大量に上がっていた。


 もしかして、急に暴風雨になった原因はあれか?

 蜘蛛がいなくなったのは体育館に向かっていたからなのか?


 どちらも憶測でしかないが、あの場所で何かが起きていることだけはハッキリと分かる。


 血を失い過ぎたのかかなり目の前がフラついている。

 だが、ここでオレだけが倒れているわけにはいかない。せめて八千代を無事助け出すまでは、起きていないと。


 取り落としてしまった刀を拾い上げ、オレは再び走り出した。







 重い足を必死で動かし、やっとのことで糸沿いにある体育館に到着する。体育館の前には多くの生徒が集まっており、既に蜘蛛を倒し終えてしまったのか、後片付けや怪我人の治療などを行っていた。


 素通りするつもりで足を動かしていると、その一角で何やら揉めている声が聞こえてくる。何気なく顔を向けると、そこにいた人物にオレは思わず駆け寄っていた。



「理事長先生!?」



 オレの声に理事長先生はハッとこちらを向き、大きく目を見開く。

 

「望くん、どうしたのだその怪我は!?」

「イヤイヤイヤ理事長先生こそ!? 大丈夫なんですかソレ!?」


 理事長先生の肩から背中にかけて、何かで切られたような痕があった。スーツに血も滲んでいて、かなり痛そうだ。

 

「問題ない、既に治っている」

「そ、そうなんですね、良かった」

「君も早く誰かに治してもらいなさい」


 そう言って、どこかへ行こうとする理事長を周りの生徒が取り押さえる。


「無茶っすよセンセー! センセーが行ったところで何も出来ねぇっすよ!」


 焦ったように止めた生徒は、少し前に中庭でオレと八千代を襲った中にいたドレッドヘアーの先輩だった。

 ……以前よりも心なしか表情がスッキリしているような気がする。


「綾斗が一人で戦っているのをただ見ていろと言うのか……!」


 理事長先生が睨むように見つめているのは、糸が伸びている先だ。糸の端があると考えられる場所辺りに、さっき見た竜巻が止まったり動いたりを繰り返している。


 蓮水先輩は風の魔法を使う。つまりはあの竜巻は先輩が起こしているものなのだろう。


「何があったんですか?」


 理事長は先輩のことで頭がいっぱいで、上手く話が出来る状況ではなさそうだ。

 少し抵抗があったが、オレは理事長を羽交い絞めにしていたドレッドヘアーの先輩に声をかけた。


「ついさっき、ルカの野郎が重症のセンセー連れて来たと思ったら『誰も手出しするな』っつってすぐにどっか行っちまったんだよ。その後を鬼の形相をしたアイリーンが追いかけてった。相変わらずおっかねえや、あのバアサン」


 意外にも親切に教えてくれて、オレは面食らう。てっきり「こないだのお返しだ!」とか言いながら襲ってくるかと思ったのに。

 それに本来ならば王と認識している理事長の言うことを聞くはずなのに、今コイツは理事長の言うことを聞かずに止めている。その目には心配の色が浮かんでいるのを見るに、王の命令に背くと承知しつつも純粋に理事長の身を案じてしているようだった。

 

 理解出来たことを示すためにオレは軽く首を縦に振る。

 これは早く先輩の元へ向かった方がよさそうだ。力になれるかは分からないが、これはオレと先輩の二人で収束させなければ意味がない。最悪四肢のどこかを失うことになっても、やれることは何でもやってやる。


「ありがとうございます、では――」

「待て」


 礼を言ってそそくさと立ち去ろうとするが、ドレッドヘアーに低い声で止められ、オレはびくりと肩を震わせた。

 やっぱりあの時のこと根に持ってるか……? ここでやり合ってもオレに勝ち目なんてない。


「――何でテメェがそれを持ってんだ」

「へっ?」


 だがドレッドヘアーが指差したのは、オレの手に握られていた黒い刀だった。


「テメェ、まさかクレイヴォルなのか?」

「は? クレイヴォル?」


 予想だにしていなかった問いに、オレはひっくり返った声で同じワードを繰り返す。

 クレイヴォル? 何でいきなりソイツの名前が?


 気がつけば、体育館前にいる理事長を除く全員がオレをじっと見つめていた。その視線はどれも鋭く、オレをぐさぐさと突き刺してくる。

 その視線が居たたまれず、それから逃れようとオレはすぐに言い返した。


「違いますよ! これは借り物で……」

「借りた? 誰から」

「これは――」


 そこまで言いかけたところで、やっとオレは質問と視線の意味を理解する。

 ドレッドヘアーはこの刀を見て「オレがクレイヴォルなのか」を聞いてきたのだ。それは、この刀はクレイヴォルの持ち物だということを意味している。

 そして刀を渡された時に感じた既視感。この刀と以前見た黒い鎖は同じ材質で出来ていたのだ。

 つまり、この刀の本来の持ち主である夜久先輩は――


 また周りから感じるこの冷たい視線。

 クレイヴォルは魔晶族にとって、裏切り者なのだ。特に前世に引っ張られたコイツらにとってはクレイヴォルに感じている憎悪もひとしおだろう。

 そんなコイツらに、夜久先輩のことを無暗に話していいはずがない。八千代のように狙われるのがオチだ。

 

 オレはしばらく黙り込むと、ゆっくりと首を横に振った。


「顔を隠してたんで、分からなかったです」

「はぁ?」

「蜘蛛に襲われたオレを助けてくれた後、この刀だけ渡してすぐにどこかへ行ってしまいました」


 オレは夜久先輩のことを隠すことにした。

 本当に夜久先輩がクレイヴォルの転生者なら、オレは先輩に二回も命を救われていることになる。そんな恩人の素性を明かして学校に居ずらくはさせたくない。


「アイツが他人を助けて自分の武器を渡しただぁ?」


 背後から響いた声に振り向くと、いつの間にか後ろにいた剃り込み坊主が顔を引きつらせていた。一緒に鼻ピアスと金髪ロン毛もいる。中庭襲撃メンバーが勢揃いだ。あの時剃り込み坊主は殴ってしまったが、顔が腫れたりしている様子はない。


「さっきも姿を見せないまま蜘蛛をほとんど一体で倒しちまったし、マジでどこにいんだよ」

「知らねー。ま、怖くて顔出せねーんじゃねぇの?」

 

 鼻ピアスがそう言って訝し気な表情で腕を組み、金髪ロン毛がへらりと答える。ドレッドヘアーを見た時から感じていたが、全員以前のようなぎらついた目をしていない。蜘蛛相手に大暴れ出来たから落ち着いたのだろうか? それにしても変わり過ぎだと思うが。



 夜久先輩と言えば、指定されたタイムリミットが近い。

 オレは羽交い絞めにされたままになっている理事長に向き直ると、軽く頭を下げる。


「理事長先生、先輩の所にはオレが行きますのでここで待っていて下さい」

「君は何を言っているのかね!?」

「絶対死にはしません、約束します」

「望くん、止めなさい!」


 理事長が暴れながらオレを制止する言葉を吐くが、それにオレは「すみません」とだけ答えると、理事長をドレッドヘアーたちに任せその場を離れようとする。


「待ちな」


 今度こそ蓮水先輩の元へ向かおうと足を踏み出したオレの背中に、再び声がかけられた。声を聞く限り今度は金髪ロン毛だ。

 なかなか行かせてくれない周囲にオレは内心苛立ちながら振り返る。



「オレは急いで……いだァ!?」



 振り返った瞬間、金髪ロン毛に怪我を負っている左肩と右腕を鷲掴みにされる。あまりの痛みに涙目になりながら暴れるが、金髪ロン毛にとっては屁でもないようだ。そのまま掴まれた場所が光り出し、ほんのりと熱を持つ。

 十秒ほど経って手を離されると、さっきまで血が流れていた場所には薄皮が出来ており、完全に止血されていた。


 新しい皮膚を指で撫でながら信じられない思いで金髪ロン毛を見つめると、目の前の男はニヤリとした笑みを浮かべる。


「ルカほどじゃねえが、俺だって止血ぐらいなら出来るんだぜ」

「な、何で……」

「ルミベルナは殺してやりてえぐらいだが、強者相手に構わず吠えてくるテメェは嫌いじゃねえ」


 後ろで他の三人も金髪ロン毛と同じ表情をしており、オレは大きく目を見開いた。

 まさか、気に入られた……のか?

 あの時オレがやったことって、剃り込み坊主をぶん殴って、他のヤツらを煽っただけだぞ。それが良かったと? 


 ――魔晶族の感性ってよく分からねーや。


「あ、ありがとうございます……」


 突然のデレに戸惑うことしか出来ないが、正直かなり助かった。これ以上血を失ったらちょっとヤバそうだったから。


 先輩たちに頭を下げると、オレは幾分か楽になった体で蓮水先輩とアイリーンの元へと駆け出した。

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