03.同時多発転生発生
「ぜ、前世……?」
ぽかんとしたオレに、矢吹先輩は「そー」と口を縦に開けて間延びした声を出す。
「ある日突然、学校中の生徒に前世の記憶が生えてきちゃったんだよねー。あー学校中の生徒っていうのは誇張表現かぁ、全校生徒の三分の二くらいかなー」
ぜ、前世……前世、かぁ。
どんな理由でもバッチコーイ!なつもりだったが、実際に言われると……何というか、大分オカルトじみている。
しかも矢吹先輩の言葉を信じるならば、全校生徒の三分の二に前世の記憶がある。
何ということだ。
これじゃあ、前世の記憶がない方が少数派……異常ってことになるじゃないか。
「しかも皆前世が同じ世界、同じ種族でねー、前世での知り合いも結構多いのよ」
「せ、世界? 種族?」
「前世のあたしたちってねー、ここじゃないいわゆる剣と魔法のファンタジーな世界の住人でさ。人間じゃなかったんだよね」
しかも異世界の住人と来た。
確かに今異世界に転移したり転生したりするラノベやアニメが流行っているし、オレも少し読んだことはあるが……それが実際に起こっていると?
異世界から現代社会に転生するという形で?
「先輩、あたしたちって……」
「あたしや綾斗……そしてもちろん八千代も転生者。実際に八千代の力をその目で見たなら分かるよね?」
思わず八千代を見ると、オレの視線に気づいた八千代は小さく頷いた。
その表情にはどこか怯えが見える。
突拍子のない話だ。きっと信じてもらえないかもしれないと思っているのだろう。
確かに「馬鹿らしい」と、この話を一蹴するのは簡単だ。
だが先ほど見た、蓮水先輩を取り巻く風。あれはあまりにも非科学的過ぎた。
直後に八千代が放った光もそうだ。
前世で異世界にいたのなら、記憶が戻るのと同時に前世の力も使えるようになった……と言ったところか?
蓮水先輩が『姉上』呼んでいたのも、前世で八千代と姉弟だったからということだろう。
それに色んなヤツが「思い出す」と言っていたのも、前世の記憶が戻ったからだと考えれば辻妻が合う。
今の時点でほぼ信じているが……まだ分からないことがある。
「ですが、それが急に学校が荒れたのと何の関係があるんですか? 八千代や矢吹先輩は、蓮水先輩たちのようにおかしくなっていないでしょう?」
今まで何度かグレた生徒に話しかけたことがあるが、どこか見下したような態度でまともに会話が出来なかった。蓮水先輩もオレを「下級民族」と嘲っていた。
だが矢吹先輩は今日初めて会ったから元からギャルなのか分からないが、それでもちゃんと会話が出来る。八千代も前世の記憶が戻ったからといって急にグレたりなどしていない。
同じ転生者なら、この違いは何なんだ?
そこで、ずっと黙っていた八千代が口を開いた。
「今おかしくなった人たちは、皆前世の人格や性質に引っ張られてしまってるの。私たちの前世は、個体による知能の差が激しくて……」
「個体による知能の差……? そういえば、さっき前世は人間じゃなかったって」
オレの言葉に、八千代は神妙な表情で頷く。
「まずは、前世の私たち――魔晶族について説明しないといけないね」
◆
魔晶族。
八千代たちの前世の世界――『レナリオ』に存在した種族。
典型的ファンタジー世界だったレナリオは魔法というものも存在しており、魔法は空気中に含まれる魔素というものを使って使用出来る。
そんな魔素を自然界に存在する鉱物が吸収し、一定の量溜まると鉱物に生命と人格が宿り、魔晶族が生まれるという。
魔晶族は、鉱物の種類や魔素を吸収する量で強さや知能等の、いわゆる『格』が変わる。
魔素を吸収しやすく、しかしあまり多くの量を吸収できない鉱物から生まれる魔晶族は、短期間で大量に生まれることが出来る代わりに知能が低く力もない。
逆に魔素の吸収しやすさに関わらず多くの魔素を吸収できる鉱物から生まれる魔晶族は、生まれるのに長い期間を要する代わりに高い知能と力を持つ。
問題は生まれた後だ。
魔晶族は生まれた後も、体に魔素を吸収し続ける。
その魔素を定期的に放出し続けなければ、体が魔素に耐えられず崩壊してしまう。
知能が高い魔晶族は、周りの環境に悪影響が出ない放出量や手段を自分で見つけられる。
だが、知能が低い魔晶族は――意味もなくただ暴れることしか出来ない。
――八千代が話した内容をどうにか頭の中で整理する。
なかなか難しい話だ。完全に理解するのは時間がかかるかもしれない。
そんなオレを見ながら、矢吹先輩はへにゃりと笑ってひらひらと手を振った。
「ま、難しかったらさー、RPGで出てくる魔物だったって思っとけばいーよ。レナリオにいた人間から見ればあたしたち、魔物と変わりなかったろうし」
「前世の世界には人間もいたんですか?」
「うん、魔晶族と戦争もしてたよー」
何かまた物騒なことを言っているが、話がさらにややこしくなりそうだから今は聞かないでおこう。
オレはすっかり冷めきった紅茶を一気に飲み干し、今までの話から導き出した答えを出す。
「つまりだ。前世の記憶が戻って来た時に、今世の人格と前世の人格のせめぎ合いみてーなのが起きた。いきなりグレた生徒たちは、そのせめぎ合いで負けてしまったヤツらってことか? しかも負けてしまったヤツらのほとんどが前世で知能が低い魔晶族だったんじゃないか?」
今のおかしくなったヤツらは皆前世の時と同じように振る舞っているように見える。知能が高ければ前世と今世が違うことくらい分かるはずだ。
それが分かっていないってことはひょっとしてと思い答えたが、どうやら表情を見る限り当たりのようだ。
「……うん、そんな感じ。今の私たちには、私たちよりも遥かに長い期間生きた別の人物の記憶や経験、力がある。だからどうしても前世の人格の方が優位に立ってしまうの。私と矢吹先輩は大丈夫だったけど……他の人は前世の人格が主体になってしまって、今はもう魔素を溜め込む体じゃないのに意味もなく暴れるようになっちゃった。幸い今世の記憶は残ってるから、ここが勉強をする場所っていうのは分かってるみたいだけど」
「何とか教育困難校で済んでる感じだねー、記憶まで消えてたらきっと今頃ここら一帯は無くなってたよ」
二人の言葉と一歩間違えれば大惨事になっていた可能性に、オレは絶句した。
いきなり前世の記憶や性質が生えてきて強制的にそっちに引っ張られるとか怖すぎる。
そう考えると……以前オレを見下してきた生徒や蓮水先輩が急に可哀想に思えてきた。
「あたしもさー、今の自分がただの矢吹侑里であることはちゃーんと分かってるんだけどさ、前世がインストールされちゃって以前と性格は若干変わった気はするんだよねー」
「……侑里先輩は変わってませんよ、前世からずっと」
「そぉ?」
八千代と矢吹先輩のやり取りに、オレはさっきの八千代を思い出す。
確かに、蓮水先輩に言い返す八千代は今まで見たこともない表情をしていた。
あの険しい顔は――前世の八千代のものだったのだろうか?
ここで会話が止まり、三人の間を沈黙が流れる。
「……事情は分かった」
「し、信じてくれるの?」
八千代は信じられないと言いたげな表情をした。
いやいや、その表情をしたいのはこっちだ。
ここまで来て、まだオレが疑うと思っているのだろうか。今までの話で信憑性は十分だし、また今まで八千代が吐いた嘘はいつもオレを巻き込まないための……他人のための嘘だった。そんな八千代が、こんなワケの分からない嘘を吐くはずがない。
「信じない理由が見つからねーんだよ。今までワケ分からなかったことも、今の話を踏まえれば納得出来るしな。それに」
「それに?」
「兄が妹を信じてやらないでどうするってんだ」
そうだ、今までだってずっとオレは八千代の味方だった。これからも味方でいたいだけだ。
八千代が目を大きく見開く。
そんなオレと八千代を見ながら、矢吹先輩はくすりと笑った。
「信じてくれるってよ、いいお兄ちゃんじゃん」
「兄さん……あ、ありがとう……」
しばらく固まっていた八千代だったが、オレが様子を見て安心したように息を吐いた。




