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三縁望の奪還 ~同時多発転生に巻き込まれ(に行き)ました~  作者: ひねもす
Chapter.3 矢吹侑里の試練
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36.夜久朔彦との邂逅

 オレは呆然と目の前にいる男を見つめた。


 無骨だが精悍な顔立ち。今の六天高校では絶滅危惧種となってしまった、制服をどこも着崩していないスタイル。その右手には黒い木刀のようなものが握られている。

 男の背筋はピンと伸びており、どこか凛とした空気を纏っていた。

 

 ――要するに、クッソイケメンである。男前の方が正しいのかもしれない。

 蓮水先輩が少女漫画や乙女ゲームに出てきそうなイケメンだとしたら、この人は少年漫画やアクションゲームなんかに出てきそうなイケメンだ。

 だが若干強面で背も高い上にガタイも良いため、その引き締まった表情は威圧感も感じさせた。


 オレはそんな男の空気に当てられ、緊張した面持ちで男を見つめる。

 先輩……だろうか? 同学年にこんなヤツはいなかったはずだ。


 男は目の前まで来ると、オレと同じように膝を付いて視線を合わせてきた。


「間に合ってよかった、蜘蛛の声が聞こえたものですから」


 それはもしかして、オレが金属バットで蜘蛛の目を傷つけた時の叫び声だろうか。


「あ……えと、ありがとう、ございます」

「このような状況です、礼など不要ですよ」


 今だに先ほどの恐怖が抜け切っておらず途切れ途切れに礼を言うと、先輩は薄く微笑んで首を横に振った。

 見た目や恰好から真面目そうだとは思っていたが、後輩相手にも関わらずとても丁寧な言葉遣いをする人だなと思う。


 オレは肩を押さえていた手を離し、ゆっくりと立ち上がる。

 今だ血は流れ続けているが、ずっと傷口を圧迫していたおかげかさっきよりも大分マシになっていた。

 これならば、まだまだ動けそうだ。


 見た目よりもオレが平気なのが分かったのか、先輩の表情が少しだけ緩む。


「理事長先生からの放送は聞いていたでしょうか? 体育館までの蜘蛛は粗方片づけておりますので、急いで避難を。その肩の傷も治療してもらえるはずです」

「あー……それは」


 先輩はきっと、オレが逃げ遅れた生徒だと思って言ってくれているのだろう。

 だが実際はそうではない。オレはこの校舎に望んで足を踏み入れたのだから。


 微妙な表情をするオレを見て、先輩は訝し気な表情をする。


「どうかされたのですか?」

「その……スミマセン。オレ、体育館には行けないです」

「……? なぜでしょう?」


 不思議そうに太い眉を寄せる先輩に、オレは意を決して口を開いた。



「……あの蜘蛛を一撃で倒せるんです。先輩は、転生者なんですよね?」


 

 わずかに目を見開いた先輩を見て、オレはそれを肯定だと判断する。

 転生者なのであれば話が早い。見た感じ前世に引っ張られている可能性は低いし、話せばきっと分かってもらえるはず。


「実は、今こうなっているのはオレにも原因があるんです」


 その言葉に、先輩の顔色が変わった。


「……事情を聞かせていただいてもよろしいでしょうか」


 口元を引き締め、強く見つめてくる先輩にオレは内心で心臓が跳ねる。

 ただでさえちょっと顔が怖いのに、顔が強張ると迫力が凄い。

 だがここで怯えるわけにはいかないと、オレは簡潔に今の状況を説明した。







 先輩の名前は夜久(やどめ)朔彦(さくひこ)というらしい。

 驚いたのが二年生だということだ。完全に三年生だと信じて疑っていなかったオレは、それを聞いた時思わず目をひん剥いてしまった。見た目も態度も大人び過ぎていて、正直オレと同じ年に生まれたとは思えない。


 これまでの経緯を話し終えると、夜久先輩は難しそうな表情で目を伏せる。


「なるほど、グラウンドで先輩がたが争っていたのはそういう理由ですか」


 先輩はこの現象が起きている原因が矢吹先輩(アイリーン)であることは分かっていたようだ。

 だがなぜアイリーンがこんな事をしているのか、そしてこの能力(トワール・ネフィラ)の解除方法までは知らなかったらしい。

 能力の本体(アイリーン)を叩けば元に戻るだろうとは思っていたようだが、味方であったはずの蓮水先輩とやり合っているのを見た夜久先輩は、ワケが分からないままとりあえずは逃げ遅れた生徒の救助を優先することにした。

 そこで蜘蛛の叫び声を聞き、何かが起きていると察して急いでここまで来たということだ。


 お互いの状況をすり合わせた上で納得してくれた先輩は、オレの左肩を指差した。


「しかしその怪我でこれ以上動き回るのはいかがなものかと。残りの糸は俺が切りましょう」


 そう言われることは予想していたので、オレは特に動じることもなく黙って首を横に振る。


「矢吹先輩――アイリーンは、オレと蓮水先輩を試すためにやってるんです。夜久先輩だったらあっという間に出来ちゃうんでしょうけど、これはオレがやらなきゃ意味がねーんですよ」


 オレの反論に、先輩は眉間に皺を寄せた。


「今回は他の生徒の命もかかっているのですよ。彼らが危険な目に遭う時間を増やすつもりですか?」


 そう言って周りに倒れている生徒たちを見回す。

 それを言われると耳が痛いが、オレは負けじと言い返した。


「分かってます! オレの言っている事がエゴまみれなことだって! 八千代や他の生徒の安全を考えれば、先輩に任せるのが一番いいに決まってる……! でもここで残りを全てを先輩に任せてしまったら、これから先また妹に危機が迫った時、また他人任せにしてしまう気がするんです……!」


 険しい表情を崩さない先輩に、オレは一度息を吸うと話を続ける。


「これはアイリーンがオレに課した試練であり、オレとっての分岐点でもあるんです。例え周りを巻き込んでしまったとしても、オレ自身の手でやり遂げなきゃいけない。オレは妹に誇れる兄でいたい。堂々と胸を張って、妹の隣にいたいんです」

「その我儘で、自分を含む全員が死んでしまうかもしれないのに?」


 確かに夜久先輩は強い顔つきをしているが、それに決して負けないように。

 オレは目に力を込めて、先輩の黒い瞳を見つめ返した。


「そんな事させねー。必ず全員助け出します」

「ッ……」


 キッパリと言い切ったオレに少し怯んだ素振りを見せる。


「そんな自分勝手な考えで、関係のない他人を振り回すなど……!」


 すぐに声を荒げて言い返そうとするが、途中でハッとしたように口を噤むと、そっと目線を下に逸らした。

 なぜ急に苦し気に顔を歪め出したのか分からず、オレはじっと先輩の顔を見つめる。


 少しの間を置いて、先輩は小さな声で呟いた。



「このような事……俺が言える立場では、ありませんでしたね」

「……?」



 先輩の顔に一瞬だけ影が差すが、すぐに何事もなかったかのように顔を上げた。


「そこまで言うのでしたら、今回の件は貴方と蓮水先輩に一任することにします」

「いいんですか……!?」

「ただし、十五分間だけです。それ以上経てば俺が直接糸を切りに行きますので」

「ッ、ありがとうございます! 必ずやり遂げます」


 さっきの一言が引っかかるが、十五分でも許してくれたのなら十分だ。残りの二本はここからそう離れていない。五分もあれば全部回れる。

 必ず糸を切って八千代を助け出してみせる、とオレは意気込み、先輩に頭を下げて早速教室を出ようとする。

 そんなオレに先輩は少し慌てたように声をかけた。


「何ですか?」

「……一つお聞きしますが、糸はどうやって切るつもりでしょうか」

「あっ」


 先輩の表情が一気に不安の色を帯びたが、全力で見ないふりをした。そのままオレはさっき庇った女子生徒の傍に転がっていたバットを拾い上げる。先は切り落とされ、尖った切っ先は蜘蛛の目を削ったことで丸くなっていた。


 意気揚々と飛び出そうとしていたが肝心の糸を切る手段がない。

 バットを見つめあからさまに表情を暗くしたオレに、先輩が恐る恐る尋ねる。


「まさか、今までそのバット一本で蜘蛛とやり合っていたのですか?」

「アハハハハハ……まー目に傷を付けることくらいしか出来なかったんですけどね」

「それはまた……随分と命知らずな事をなさいましたね」


 そう言いながらオレを見る先輩の目は、完全にドン引きしている目だった。

 おい止めてくれ! 蓮水先輩は何も言わなかったぞ!

 バットで蜘蛛と戦うのって、そんなに無謀な事だったんだろうか……


 夜久先輩ははあ、と小さくため息とも取れない息を吐くと右手に持っていた刀をオレに差し出した。


「……これをお使いください」

「ええっ、いいんですか!?」

「さすがに何も得物を持たないまま行くのは無謀です。これならば蜘蛛や糸くらいは簡単に切れますよ」


 先輩から受け取った黒い刀をまじまじと見つめる。

 思っていたよりもずっと軽い。柄も鍔も無いため始めは木刀だと思っていたが、どうやら黒曜石のような材質で出来ているみたいだ。刃の部分が気になるが、恐ろしく切れるみたいだし無暗に触るのは止めておいた方がいいだろう。


 だがこの色に質感、どこかで見たような……


「これが無くて先輩は大丈夫なんですか?」

「またいくらでも作れますし、ここにいる蜘蛛程度……武器や魔法など使わずともどうとでも出来ます」


 つ、作ったのか……これも魔法の一種なのか?

 それよりも素手で倒せるって言ったかこの人。

 真顔であまりにも当たり前のように言われた言葉に、オレはただ「へ、へえー……お強いんデスネ」と返すことしか出来なかった。


 夜久先輩は片腕に三人ずつ、糸に囚われていた生徒含め計六人の生徒の体に腕を回して持ち上げる。

 軽々と抱えているが、一度に六人抱える姿は中々衝撃的なビジュアルだ。


「では俺はこの者たちを体育館へと運んできます。出来れば俺が返ってくる前に糸を切っておいてください、その生徒たちも避難させますので」

「分かりました」


 糸が消えたことでぽっかりと開いた穴から廊下に出ると、先輩はそのまま外に開いている穴まで真っ直ぐ進む。

 穴から地面を見下ろして、背後にいたオレを振り返り穏やかに微笑んだ。


「では、健闘を祈っていますよ」


 オレが頷いたのを見て先輩は穴から外へと飛び出すと、重力に従って落ちていく。

 ここは二階だ。あの人数を持ったまま大丈夫なのかと思い慌てて穴へ駆け寄るが、見えたのは既に着地して体育館へと猛スピード走り出す先輩の背中だった。


「に、人間じゃねー……」


 魔法はまだ良いとして、転生者が人外の身体能力を発揮する姿を見るのは今だに慣れない。八千代もその気になればああいう事が出来るのだろうか。


 そんな事を思いながらも、すぐに制限時間があったことを思い出し、オレは次の糸がある場所へと走り出した。

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