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三縁望の奪還 ~同時多発転生に巻き込まれ(に行き)ました~  作者: ひねもす
Chapter.3 矢吹侑里の試練
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33.作戦会議

 同志として気持ちを新たにしたオレたちは、野球部の部室で改めてこれからの事について話し合うことにした。

 

 オレたちが話している間に、外からは激しく雨が打ちつける音が聞こえてくる。

 天気予報通り降ってきたようだ。これからの事を考えれば、ずぶ濡れは免れないだろう。


「つーか魔晶族ってあんな事も出来るんすか、学校全体を蜘蛛の巣に変えるなんて……」


 オレは胡坐をかいて腕を組みながら、げんなりとした表情をする。

 前の世界では四天王なんて呼ばれていたくらいだし、強いのは分かっていたつもりだったがあそこまでとは。

 対して蓮水先輩は、眼鏡をかけなおした後、今度は立ち上がって入り口のドアに寄りかかっていた。


「あいつは巨大な蜘蛛型の魔晶族だったんだ。普段は姉上やルカに合わせて人型に化けていたが、本来の姿は大型のバスくらいはあるぞ」

「うへぇ、想像したくねー……」


 オレは思わず体を震わせる。

 バスサイズの蜘蛛なんて悪夢もいいところだ。前世で出会わなくて本当に良かった。


「この力はあいつの奥の手――通称、女郎蜘蛛の巣(トワール・ネフィラ)。ある一定の空間に自分の巣を作り、自分に有利な環境を作り上げる。そして空間内にいるもの全てを獲物とみなし閉じ込め、狩りを始めるんだ」

「へー、先輩もこういう事出来るんすか?」


 オレの問いに、先輩は首を横に振った。


「出来ない。言っておくけど、前世の僕(ルカ)は持ってる魔素の量が多かっただけで、姉上たちと比べても大した魔法は使えなかった」


 確か先輩は、前世では前線には出ずに後方支援をしていたと言っていた。人間の戦争の時も魔晶族の参謀兼ルミベルナのサポートをしていたって話だし、もしかするとあまり直接的な戦闘の経験がないのかもしれない。


「ふーん、じゃあ先輩は『ヤツは四天王の中でも最弱……』って言われる立場だったんすね」

「……否定はしないが、そこらのやつに負けるつもりはないぞ」


 茶化すようにそう返すと、途端に渋い表情になる蓮水先輩。少しの間を置いてそう答え、じとーっとした目つきでオレを見た。


「お前、話し方と言い急に僕への態度が雑になったよな」

「オレたち一蓮托生の関係になったワケですし、変に取り繕う必要もねーかなーって。イヤでした?」


 オレにとって先輩は、この同時多発転生という事件に関わることになった引き金のようなものだ。

 ルミベルナとルカの過去を見たり、こうやって八千代を助けようとしたり……先輩とは何かと一緒に行動することが多い気がするし、何より八千代に対して同じ考えを持っている。


 出来ればもっと仲良くなりたいのだが……さすがに急に馴れ馴れし過ぎたか?

 誰かと個人的に仲を深めるためには、ある程度自分をオープンにすべきだと思っているんだがな……


 さっきの先輩の言葉をそのまま借りたのだが、先輩は少しだけ驚いた表情をする。少しの間を置いてオレのセリフの意味を理解したのか、少し照れくさそうに目を逸らした。


「僕に素で接してくれるのなら、別にいい。 ……あまりにも変な態度を取られるとイラっとするかもしれないが」

「善処しますよ、改めてよろしくお願いします」


 オレは笑顔でそう言って親指を立てる。

 先輩の顔が赤い。まあアイリーンとの会話やさっきまでのオレに対する態度から、先輩はオレの事をそれなりに好いてくれているみたいだし、そんな相手から仲良くなりたいなんて言われたから照れてるんだろう。

 それを誤魔化すように、先輩はゴホンと一つ空咳をした。


「それよりも、これからのことだ。今から僕たちは、アイリーンと無数の蜘蛛の軍勢をかいくぐりながら姉さんを助け出さなきゃいけないんだぞ」


 彼女はオレたちを試すためにこんなことをしているのだ。『八千代を守れること証明しろ』とも言っていたし、オレたちが八千代を助け出せればきっと満足してくれるはず。

 

 オレは少し考え、単純に思いついたことをそのまま口にすることにした。


「八千代を助けるってことは、あの八千代を閉じ込めているデカい繭をぶっ壊……いや、アイリーン本人を直接倒せば……」

「その方法じゃあいつが死ぬまで解けないぞ。侑里ごと殺す気か?」


 洒落にもならないことを言われ、オレは青ざめた顔で首をぶんぶんと横に振る。

 

「じゃあ繭をぶっ壊せばいいんすかね」

「あの繭はアイリーンが守っているはずだ。それにあれは相当頑丈に作られているように見えた。隙を突けても、今のままじゃ僕の魔法でもびくともしないと思う」

「そうすか……」


 八千代は糸の繭に閉じ込められてはいるが、あれだけルミベルナと八千代を大切に思っているアイリーンが八千代を殺すとは考えられないし、そこだけは安心している。

 だがそう簡単に突破させてはもらえないよな……


「今のままじゃ……ってことは、何か考えが?」

「三縁、あいつは一体どうやってこの空間を維持していると思う?」

「えっ? アイリーン自身でやってるんじゃないんすか?」

女郎蜘蛛の巣(トワール・ネフィラ)は強力な異能だが……でもいくらアイリーンとはいえ、これだけの空間をあいつだけで維持し続けるなんて無理だ。すぐに魔素が枯渇してしまう」


 彼女だけじゃ無理、という事は……


「どこかから、魔素を補給している……とか?」

「正解。あいつは自分以外のやつからエネルギーを吸収して魔素に変換し、この空間を維持しているんだ」


 なるほど、他のヤツらから……中々えげつない事をする。

 先輩はグラウンド――アイリーンがいる方角をじっと見つめた。


「その補給源を絶ってやれば、空間を維持出来なくなるはずだ。姉さんを閉じ込めている繭だって、脆くなると思う」

「なるほど……!」

「だがそれは相手もよく分かっている。きっとあらゆる手段を使って妨害してくるぞ」


 そんなことは既に想定済みだ。

 さっきみたいに蜘蛛にガクガク怯えるわけにはいかない。八千代を助けるためには腹を括ってやらなきゃならないのだ。

 頼むから足が竦んでくれるな。持ってくれよ、オレの心……!


「補給源を絶つためにはどうすればいいんすか」


 固い面持ちでそう尋ねると、先輩は部室唯一の窓まで歩き、オレも来るように促す。

 オレが先輩の隣まで来ると、窓の外に見える『ある物』を指差した。


「繭から太い糸が何本か伸びていただろう?」


 覚えていたので、オレは頷く。

 確か一番最後に出てきた糸だ。多分直径はオレの身長くらいはあると思う。他のどの糸よりも太かったから強く印象に残っていた。

 この窓から繭は見えないが、大木のように太い糸が、雨の中校舎に向かって三本伸びているのが見える。

 あの太さじゃあ、窓だけじゃなく壁まで貫いてるな。


「あの糸の先には捕まったやつがいてエネルギーを吸い取られているはずなんだよ。あれを切ってやれば、補給は途切れるはずだ」

「どうやって……繭まで行って一気に切り落としますか?」


 切るべき全ての糸が(そこ)から伸びているのだから、そこで切るのが一番手っ取り早いだろう。

 そう提案したのだが、先輩は浮かない表情で首を横に振った。


「繭に近い糸は、繭の影響を受けて同じくらい頑丈になっている。出来るだけ捕まっているやつの近くで切る方が確実だ」

「そうか……でも学校中に伸びてますよね、アレ。全部切るには結構時間かかりそうっすね」


 何気なく言ったオレの言葉に、先輩は顎に手を当て難しい表情で黙り込んだ。眉間に皺も寄っているし、何かを考えているようだが……何か良い方法でも思いついたのだろうか。

 しばらくの沈黙の後、蓮水先輩は神妙な表情でオレを見た。



「三縁、お前――これから一人で行動出来るか?」



 思ってもみなかった言葉に、オレはわずかに目を見開いた。


「糸を切ろうと動けば、きっとアイリーンが妨害をしてくる。二人で行動すれば、さっきのようになりかねない」

「それは……そうすね」


 無数の蜘蛛相手に先輩に守られることしか出来なかったのを思い出し、オレは悔しさで険しい表情になる。そんなオレを見て、先輩も苦し気な顔になった。


「力不足で悪いが、お前を庇いながら大量の蜘蛛とアイリーンの相手をしつつ、学校中の糸を切っていく……なんて器用な事、僕には出来ない」


 この状況下では一つでもこなすのは大変だ。それを三つ同時にやるなんて、失敗する可能性の方が高いだろう。

 オレでも勘弁して欲しいと思うだろうし、力では役立たずのオレに先輩を責める資格などありはしない。

 申し訳なさそうにする先輩に、オレは気にしていないというように首を横に振る。


「単独になれば、あいつは間違いなく僕を狙ってくる。そうやって僕が囮になって派手に暴れつつ、あいつや蜘蛛を引き寄せながら、校舎外の糸を切っていく。その間にお前は校舎の中に伸びている糸を切って欲しいんだ。捕まっているやつの傍の糸なら、お前でも切れるかもしれない」


 なるほど。校舎の外を先輩、校舎の中をオレと役割分担するのか。

 オレも試されているわけだから、オレだけ何もせずに隠れているわけにもいかない。それだときっとアイリーンも満足しないだろう。


 そう思いながら、治まっていた怒りが再度沸々と湧き上がり始める。


 信用出来ないのは分かるがここまでするか?

 オレたちだけでやればいいじゃねーか。何で他の生徒や教師まで巻き込む必要がある?

 特に教師たちは、日々の生徒のトラブルで膨れ上がる業務に死にそうになってんだぞ。これ以上仕事増やしてどうすんだよ。皆今無事なんだろーな。


 ああ、一発殴りたくなってきた。イヤ相手は女だし、体は矢吹先輩だけど。

 殴らずとも、こんな手段を取ってきたアイリーンをぎゃふんと言わせてやりたい。


 心を固め、オレは先輩を強く見つめ返した。


「分かりました。それで行きましょう」

「僕が引きつけるとはいえ、それでも相当数の蜘蛛がお前を襲ってくるぞ。行けるのか」

「さっきは情けねートコ見せちまいましたけど……今はもう、覚悟は出来てるっす」


 多分蜘蛛からは全力で逃げることになるんだろうが、それでもさっきみたいに立ち尽くすことだけは絶対にしない。


 オレだって八千代を守れるんだ。

 戦えるんだ。

 やってやる。

 八千代を取り戻して、アイリーンに証明してやる――!


 アドレナリンが出ているのか、体の隅々にまで生気がいきわたっているのを感じる。

 そんなオレを見て、先輩はふっと笑った。


「その様子じゃもう大丈夫そうだな」

「へへっ、トラウマを克服するいい機会だと思うことにしました」



 ピンポンパンポーン――



 その時、スピーカーから校内放送のチャイムが鳴る。

 というか、部室内にも校内放送のスピーカーがあるんだな。

 同時多発転生なんか起きなければ、オレも何か部活に入ろうと思ってたのにな。今はもう学生主体で行うイベントのほとんどが動いていないっていうし、学生の青春イベントがことごとく台無しだ。


 そんな事を考えつつも、突然の放送に一体何事かと身構える。


『現在校内に残っている全ての生徒、教師に連絡します』


 スピーカーから聞こえたのは、聞き覚えのある声だった。


「父さん……!?」

「理事長先生……無事で良かった……!」


 オレたちは各々に声を上げる。

 理事長先生は、聞く者を落ち着かせるためか、ゆっくりと抑揚の少ない声で話し出した。


『突然の事に戸惑っているとは思います。ですが、落ち着いて私の指示通りに行動してください』


 こんな状況だというのにこの落ち着きよう。やっぱり理事長ってスゲーんだな……

 先輩は固唾を飲んでスピーカーを見上げている。


『現在、校舎もグラウンドも危険な状態です。すぐに全員体育館へ避難してください。出来る限り一人では行動しないように。周りに誰かがいればその者たちと一緒に向かってください』


「体育館……」

「確かあそこには糸はなかったはずだ」


 窓から外を見て、体育館に糸が伸びているか確認しようとしたオレに先輩が教えてくれる。

 そうなのか。そこまでは見てなかった。


『もし道中、もしくは体育館で蜘蛛が襲ってくるようであれば、反撃をしても構いません。その際、力がある者は力のない者をしっかりと守ること。怪我をしている者については、力のある者が運んであげるのが理想ですが、まずは自分の命を優先してください。もう一度、繰り返します――』


「……なるほど、考えたな」


 再び同じ内容が繰り返される中、先輩が苦笑いをしながらそう呟いた。


「どういうことっすか」

「こんな状況で体育館に大人数を集めるなんて、普通なら自殺行為だ。でも、父さんは戦闘の許可を出した。力のある者――校内では暴れないようにしていた転生者たちに、戦ってもいいと言ったんだ。そして戦う際は力のない者――非転生者を守るようにも。そうなれば……袋のネズミにしかならなかった体育館が途端に要塞と化す」

「ほー」

「散々抑えつけられていたものを、開放して良いと言われたんだ。皆、はりきって蜘蛛を殲滅するだろうさ」


 そうか、他の生徒や教師たちについては、転生者たちに任せても良いのか。ある意味では味方が増えたと考えてもいいんだな。

 ……そう考えると、散々襲われてウンザリしていたヤツらなのに急に頼もしく思えてきたぞ。

 だがやっぱりオレの中で一番株が上がっているのは――


「理事長先生って、多分理事長室にいたんすよね? 即座に放送室まで行ってこんな的確に指示が出せるなんて、転生者でもねーのに度胸がヤベーっすよね。きっと、それだけこの学校を守りたいんでしょうね」


 オレもいつか理事長みたいに、有事の時も焦らず冷静に対処出来る大人になれんのかな。

 「イヤースゲーなー」と感嘆の声を上げるオレを見て、蓮水先輩は複雑そうな表情で顔を逸らし、黙り込んでいた。



 ピンポンパンポーン――



 そのまましばらく沈黙が続き、校内放送が終了するチャイムが鳴り終わると、先輩は入り口のドアへと向かう。


「今の放送、あいつも聞いていたはずだ。あいつの狙いは僕たちだけど、体育館に大量の蜘蛛を差し向ける可能性もある。……そろそろ、行くぞ」

「……うっす!」


 オレも先輩に続いて入り口に向かった。


 途中、ふと壁に立てかけてあった金属バットが目に入る。

 吸い寄せられるようにそれを手に取ると、それはメッキが剥がれ細かな傷がたくさん付いており、相当使い込まれているようだった。持ち手のところに『六天高校備品』と書かれたシールが巻きつけてある。


 少し考えて、オレはそれを持って行くことにした。

 火を吹く大量の蜘蛛を相手に、丸腰だとさすがに心もとないと思ったからだ。


 勝手に持ち出すのは悪いとは思うがこんな状況だ。後で謝れば多分大丈夫だろう。


 心臓がばくばくと音を立てているが、心の準備は出来ている――と思う。

 ずしりと重い金属バットを強く握りしめた。


 待ってろ八千代、今助けてやるからな。

 見ていろアイリーン、力がない者が噛みつくその姿を。


 さあ――反撃開始だ。

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