23.とある魔王と勇者のはなし
「クレイヴォルは一言で言うと『戦闘狂』だった」
蓮水先輩は当時を思い出すように目を閉じ、話し始めた。
「せ、戦闘狂……」
思わず言葉を繰り返したオレに、先輩は「そう」と頷く。
「強者と殺し合うことしか頭になくて、そのためにひたむきに自分を鍛え続けていた……あいつの強さはそのストイックさの賜物だったんだよ。性格はいたって自己中心的で、態度や話し方もチンピラそのもの……でも、戦いに対する姿勢だけは武人気質と言えばいいのか、どこまでも律儀で真っ直ぐだった。多分、穏やかな生活なんて全く望んじゃいなかったし、王に興味がなかったのも、あいつは『王』ではなく『戦士』でありたかったからだ」
あの時、矢吹先輩も言っていた。
クレイヴォルが王と認められたのは『たとえ雑魚でも敵には一切の容赦をせず真正面から全力で正々堂々と叩き潰す』強さを持っていたからだと。
武人気質の戦闘狂、か。どんな相手にも手を抜かないというのは、クレイヴォルなりの信念だったのだろうか。
蓮水先輩の言う通りのヤツならば、王に興味を抱かないのも理解できる。
「でも、次第にあいつは退屈さを隠さなくなっていった」
「退屈?」
「あいつは元々強かった上に己を鍛え続けたから、敵うやつが誰もいなくなってしまったんだ。自分を王として畏怖するか媚びを売ってくるだけで、戦いを挑んでくれるやつなんて誰もいない。自分が魔晶族で一番強いという自信も自覚もあったんだろう……そうなってからのあいつは、とてもつまらなさそうだった」
戦いといっても、手合わせとはワケが違う。クレイヴォルが望んでいたのは殺し合いだ。そうなってしまうのは当然だろう。
死ぬと分かっている戦いに、自殺願望者以外誰が挑むだろうか。
「いつか前世であいつと話した時に『もし死ぬのなら自分よりも強くて、かつ自分が認めた奴と心のままに殺し合った末に殺されて死にたい』って言ってたのを覚えてる。あいつは既に生きることには飽きてしまっていたけど、それでも適当に死ぬんじゃなくて、自分の望む戦いの中で死にたがってた」
そこまで話すと、先輩は閉じていた目を開けてオレを見る。
「――あいつは『戦士』であることを望んで自らを鍛え高め続けながらも、自分という『魔王』を倒してくれる『勇者』を望んでいた……これが今の僕が思うクレイヴォルかな」
そう言って、ベンチの背もたれに寄りかかって空を見上げる蓮水先輩の表情は何とも形容し難いものだった。
「……何と言うか、面倒くせーヤツですね」
「本当、面倒臭いやつだったよ」
率直に思った事を素直に伝えると、先輩も頷きながらそれに同調した。
「……ここまでを踏まえた上で戦争の話になるんだけど、戦争が始まった時、最初クレイヴォルは無関心だったんだ。自分を狙って来るやつは全員自分が殺すから、後は勝手にしてろってスタンスを取ってた」
ああ……確かクレイヴォルは放任主義で、殺されたら弱かったソイツが悪いって思ってたんだっけ。
「最初は魔晶族の方が優勢だったんだ。でも、人間は知能が高い。魔晶族と戦える手段や作戦を次々考え出して、おまけに数が多いからその中から魔晶族と同等に戦えるやつが出てきたんだ」
あの時の会話で魔晶族が追い込まれるのは分かっていたが、やはりそういう理由かとオレは納得する。
どんな創作物においても人間の強みはそこだ。
他の種族と比べて知能が高いことが多く、手先も器用で新しい道具を自分たちで作り出せる。その発想力と器用さで力不足をカバーする。
そして圧倒的に母数が大きいから、突然変異が起きる頻度も高い。突然変異によって、あらゆる方面で化け物クラスの人間が生まれてくることもあるのだ。
「そして段々形勢が逆転し始めた頃……その中でも一等強いやつが現れた。――改造人間ってやつさ」
「か、改造人間……!?」
SFでしか聞かないような言葉に、オレは思わず声を上げる。
前世の世界って中世風の剣と魔法のファンタジー的な世界だと思ってたんだが、そんな近代的な技術も出てくるのか……もはや何でもアリだな。
「そう。サーシス国は魔晶族と戦うために人体改造に手を出し始めてたみたいでね、そいつは体に色んな種族の因子が組み込まれていて……とても人間と呼べるようなものではなくなっていたよ。まあ、改造人間がそいつしかいなかった事を考えると、唯一の成功例だったみたいだね」
人間と呼べるようなものではない……?
関連する言葉を先日聞いた覚えがある。そう、あの会話の時に。
――一番の目的だったクレイヴォルが死んだのはニンゲンどもにとっては痛手だったでしょうね、そこだけはあのニンゲンもどきの女に感謝しなくっちゃ。
「――もしかして、ソイツがルミベルナが言っていた『ニンゲンもどきの女』ですか?」
「……! 覚えていたのか」
「気になる内容でしたから……ソイツの事なんですね」
という事は、クレイヴォルの死にはその改造人間が関わっているのか。
もしかして、捕らえるつもりが強過ぎてうっかり殺してしまったとかだろうか。でもクレイヴォルがそう簡単には死ぬようには思えないんだよな……と勝手な憶測を立てるが、多分違うんだろう。大人しく蓮水先輩の話を聞くことにしよう。
「おぞましい見た目をしていたけど、その強さは本物だった。しかも戦いながらも改造が続けられていたのか、戦うたびにその強さは増していく……。遂に看過出来なくなるまで強くなったそいつに、姉上はクレイヴォルをぶつけることにしたんだ。『強いニンゲンと殺し合いが出来るぞ』って誘ってね……あいつは最初半信半疑だったみたいだけど、実際に戦ったらすぐにそいつとの戦いに夢中になった」
一番強い相手に一番強い相手をあてがう事にしたのか。一騎当千の強さを持つのなら、集団でかかっても意味はない。
知能が高ければ追い詰める方法もあったんだろうが、ルミベルナに洗脳されて戦っている魔晶族に器用な事が出来るとは思えない。きっとそれしか方法がなかったのだろう。
そしてクレイヴォルはその改造人間の強さを気に入った、と。
「他の人間が全員クレイヴォルに殺されても、改造人間だけは倒れずしつこく食い下がって来る。何よりも、改造人間はクレイヴォルを全く恐れない……あいつは大喜びだったよ。遂に自分に恐れず挑んでくれる『勇者』が現れたんだから」
――あいつは『戦士』であることを望んで自らを鍛え高め続けながらも、自分という『魔王』を倒してくれる『勇者』を望んでいた。
蓮水先輩が抱くクレイヴォルのイメージを思い返す。
「戦いになれば真っ先に改造人間の元へ向かうようになったし、戦いの時以外にも……個人で改造人間に勝負を挑みに行くようになった。ワンマンプレーで目に余る行動も多かったけど、戦争にやる気になってくれたし戦績も上々だったから僕たちも目を瞑ってたよ」
そこまで聞いて、オレはふと疑問に思った。
「確かに自分勝手なのかもしれねーですけど、何でここまで嫌われるようになったんですか?」
「……改造人間が戦いの中でも改造が続けられていたことは言ったね?」
オレが頷くと、先輩は当時を思い出しているのかどこか影を帯びた表情になった。
「そう、クレイヴォルが魔晶族全員の信用を無くす出来事が起こったのは――改造人間の最後の改造が終わって、初めて対面した戦場でのことだった」
「最後の、改造……?」
先輩はオレを見ることはなく、そのままの表情でどこか遠くを見つめていた。
「最後の改造というのは――『国のために魔晶族を捕らえる』事以外の全ての意思と感情を焼き切る事だったんだよ」
「え……?」
「人間なら誰しも感情があるけど、戦いにおいてはそれが邪魔をすることもある。そんな改造を施された人間は――ただ魔晶族と戦うだけの機械と化した」
意思と感情を焼き切る……?
感情は戦いに邪魔……?
国のために魔晶族と戦う機械と化した……?
何だそれは。
それじゃあ、実質的にその改造人間を殺したのと同じようなものじゃないか――!
「……改造人間を見たクレイヴォルは今までに見たこともないくらいに動揺していたよ」
怒りと混乱で絶句するオレを見ながら、蓮水先輩はそう言った。
それはそうなるだろう、とオレは思う。
やっと見つけた『勇者』をまさかの相手側の身内に殺されたのだから。
「ただその改造人間、どうしてか明らかに弱体化してたんだ。そんな改造人間をクレイヴォルは簡単に捻り上げて、そして、とてもショックを受けていた。……てっきりそこで殺すのかと思えば、そいつを放り投げて第二ラウンドを始めたんだ」
第二ラウンド……?
クレイヴォルにとってその改造人間が自分の望む『勇者』ではなくなってしまったのなら、ただの敵に戻るだけのはずだ。
クレイヴォルは『たとえ雑魚でも敵には一切の容赦をせず真正面から全力で正々堂々と叩き潰す』ヤツのはず。
なぜそんな事を?
好敵手だと、『勇者』だと、認めていた相手だったからか?
「信じられなかったよ。敵には一切の容赦も手加減もしない……それがあいつの信念であったはずなのに、明らかに手を抜いて戦ってて、敵である改造人間と対話をしようとしていた」
手を抜いて戦いながら、対話をしようとしていた……?
それは、矢吹先輩や蓮水先輩から聞いていたクレイヴォルとは明らかに違う。
武人気質だったというクレイヴォルならば。
手を抜いて戦うという事が、どれだけ相手にとっての侮辱になるか分かるはず。
その改造人間を好敵手だと、『勇者』だと、認めていたならば……そんな事はしないはずだ。
まさか。
クレイヴォルは既に改造人間を、敵とも、好敵手とも、『勇者』としても見ていなかった?
オレの心臓が早鐘を打つ。
クレイヴォル、お前まさか――
「でもクレイヴォルの声はそいつには届かなかった。そしてどうあってもそいつが元に戻らないと悟ったクレイヴォルは――」
そいつとわざと刺し違えて死んだんだ。
しん、と辺りが静まり返る。
柔らかな風が頬を撫で、木々を揺らしているはずなのに、何の音もオレの耳には入って来なかった。
「そして僕らはクレイヴォルの死を飲み込めないまま大勢のサーシス軍に囲まれ……魔晶族は致命的な被害を受けた。生き残った魔晶族の怒りの矛先が、クレイヴォルに向くのは当然だった。改造人間をさっさと殺して、他の人間を蹴散らしてくれていればここまでの被害にはならなかっただろうに、ってね。実際当時の僕もかなり怒っていたよ、魔晶族に甚大なダメージが入ったのもあるけど……あいつの死に方は、かつて話してくれた理想の死に方とはとても思えなかったから」
頭の中が真っ白で蓮水先輩の話が入って来ない。
先輩もきっと気づいているだろうに、口を止めなかった。先輩自身もこの時の話を早く終わらせたかったからかもしれない。
◆
「話してくれて、ありがとうございました」
魔晶族は、クレイヴォルを信じていた。
たとえ雑魚でも敵には一切の容赦をせず真正面から全力で正々堂々と叩き潰す。その信念と強さを。
だがクレイヴォルはそれとは真逆の行動を取り、そして自ら命を絶った。
矢吹先輩の言う通り、クレイヴォルは魔晶族から見れば裏切り者だろう。当時の記憶を覚えているならば、思い出すのも嫌だったかもしれない。
それでもクレイヴォルの死ぬまでの経緯を全て話してくれた先輩に、オレはお礼を言った。
「――三縁、お前は今の話を聞いてどう思った?」
オレが完全に我に返ったのを確認すると、蓮水先輩は口元を引き締めてそうオレに尋ねてきた。
クレイヴォルがその改造人間に特別な感情を抱いていたのは間違いない。
その感情が何かだが……
「オレの思い違いじゃねーのなら、ですが。クレイヴォルは……」
だがこれは、言ってもいいのだろうか。
まごついていると、それがバレバレだったのか先輩がその先を言った。
「その改造人間のことが好きだったんだろう、恋愛的な意味でね。今思えばそうとしか思えない行動はいくつも取っていた」
「……例えばどんな?」
はっきり言われると何となく気になってしまい興味本位で尋ねてみると、蓮水先輩は唸りながら太ももに置いていた両手の指を動かし始めた。何を話そうか迷っているようだ。
「まずその改造人間、女だったんだけど……戦場に出るのは基本男だろう? 男所帯に一人女が放り込まれたらどうなると思う?」
「ま、まさか……」
「改造人間は戦場では最前線で戦う兵器でありながら、戦場以外では気の昂った男どもの相手として当てがわれていたんだ。どう見ても同じ人間として扱われてはいなかったよ」
いきなり生々しい話が出て来て、オレは言葉に詰まる。
戦場でこき使われて、戦場外でもそんな扱いなんていくら何でも酷過ぎるだろ。人体改造の唯一の成功者で強いんだったらもっと高待遇にしてやれよ。もし見切り付けられて反逆されたらどうするんだ。
「そんな改造人間を慰み者にする男たちを、あいつがブチ切れて皆殺しにしたことがあった。当時は万全の状態で戦いたいのに、戦いに関係ない事で無理をさせていることに苛ついて殺したのかと思っていたんだが」
蓮水先輩の言うことも分からなくもないが、普通はクレイヴォルは改造人間に気があるんじゃねーか、とは思わねーのかな……
ルカが相当鈍かったか、それか昨日の律との会話のせいでオレの方が恋愛脳になってしまってるのかもしれない。
「後は個人的に勝負を挑みに行っていた時に……ただ戦うだけじゃなくて、穏やかに話をしていたり、元気のない改造人間を分かりにくく励ましてたり、その改造人間の髪や瞳と同じ色の花を渡してたり」
「それは、確定では……?」
始めの二つは、自分が認めた好敵手に取る行動だと思えばまだ分かる。
だが最後の『髪や瞳と同じ色の花をプレゼント』は、最初の暴漢皆殺しと合わせると、どう考えてもそういう気があるとしか思えない。
「どれもこれも今だから分かる事だ。魔晶族は、鉱物から生まれる。性別という括りはあるけど、生殖器官も持ってないし、恋愛なんてしない種族だ。僕もあんな惨い光景にクレイヴォルへの怒りしか湧かなかったのが信じられないし、あいつもきっと自分の思いを自覚していなかっただろう」
なるほど『今だから』を何度も言っていたのはこれが理由なのか。
前世では恋愛感情など理解出来なかったから、クレイヴォルがそのような行動を取る意図が分からなかったのだろう。好敵手と呼ぶにはあまりにも甘ったれていて、執着し過ぎたその行動を。
「――あいつが転生しているのなら、僕は是非ともあの時どう思っていたのか聞いてみたいね」
あの時、に当てはまりそうな場面はいくつかあるがきっと――最後に刺し違えて死んだ時だろう、という妙な確信があった。
先輩の言う通り、確かにそこだけはよく分からない。好きならば、自分自身の手で弔うとかいくらでも方法はあったはずなのに。
どうして、自分の信念に反してまで刺し違える方法を選んだのだろう。
クレイヴォルの転生者は今、どんな思いで、生きているのだろう。
この学校で、何をしているのだろう。
穏やかに吹き続ける風を身に受けながら、オレはそんな事を思った。