22.復帰
次の日の朝。
約束の時間ピッタリに家のチャイムが鳴る。
「おはよう、久しぶりだな」
そう言ってオレたちを迎えに来た人物は薄く笑う。
一週間ぶりに見た蓮水先輩は――少しだけ雰囲気が柔らかくなったように見えた。
家から学校まで普通なら歩いて十五分くらいだ。だが生徒たちの襲撃に遭うようになってからは、学校に着くまでに軽く倍の時間はかかるようになっていた。生徒たちを巻く時間と、家がバレないように敢えて遠回りのルートを通って学校に向かっているからである。
ないとは思いたいが、もし家の場所がバレて直撃襲撃されるなんてことがあれば……考えるだけでもゾッとする。
今日も遠回りのルートで学校に向かっていると、ふと蓮水先輩が口を開いた。
「そういえば、この一週間で何か分かったのか?」
きっと自分がいなかったこの一週間、何か進展はなかったのか聞きたいのだろう。
聞かれるとは思っていたが、正直耳が痛い。隣を歩く八千代の表情も重かった。
「ごめんなさい、それがほとんど何も……」
眉を下げて申し訳なさそうに八千代が謝ると、先輩は「気にしないで」と首を横に振る。
「一応僕なりに調べて分かった事があるんだ。正直今回の騒動に関係するかは分からないけど……」
「本当ですか!? 流石ですね!」
先輩、家の中に軟禁状態だっただろうにそれでも色々調べてくれてたのか……
同時多発転生に関係あろうがなかろうが、情報が手に入っただけでもありがたい。
早速聞こうとしたが、先輩曰く「長くなりそうだから、昼休みにでも腰を落ち着けて話したい」らしい。確かにそうした方が良いと思ったオレは先輩の提案に頷いた。
その時八千代があ、と小さく声を上げる。
「私、今日委員会の打ち合わせがあって……ちょっと遅れるかも」
「そうなのか? じゃあ先輩、オレたちは先に集まっときましょうよ。いいですよね?」
ナイスタイミング、とオレは密かに心の中でガッツポーズをした。蓮水先輩とは八千代抜きで個人的に話したいことがあったからだ。停学中の他生徒とのやり取りは一切禁止されていたため、何も聞けなかった。
オレの意図を察したのか、それとも先輩も聞きたいことがあったからなのか……多分両方だろうが、先輩はオレの提案にすぐに頷いてくれた。
しばらく歩き今日は運よく襲撃に遭わず、無事に六天高校の正門が見えてきた頃。
ふと、八千代が思い出したように蓮水先輩に尋ねた。
「――そういえばあの後、理事長先生とちゃんとお話出来ました?」
八千代はきっと何気なく聞いたのだろう。
だがその言葉に――オレはほんの一瞬だけだったが、蓮水先輩の表情が引きつったのを見てしまった。
蓮水先輩はそれをすぐに元に戻すと、何ともないように装いながら小さく頷く。
「……本音は言えたよ」
「そうですか、言えたのなら良かったです」
八千代は気がつかなかったのかそう言って微笑んでいるが、そんな八千代を見る先輩の表情はどこかうかない。
蓮水先輩は、本当に理事長と和解出来たのだろうか……?
◆
昼休み。委員会の用事でいない八千代を置いて、オレは蓮水先輩と話をするため一足先に待ち合わせ場所である中庭に来ていた。
約一週間前に八千代と一緒に昼食を食べたベンチに座って待っていると、すぐに先輩がやってきた。
軽く挨拶をし、先輩はオレ以外に誰もいないことを確認すると、神妙な表情でオレに尋ねる。
「なあ、結局あれは何だったのか分からなかったのか?」
間違いなく、オレと体験したあの不思議な現象のことだろう。
一応ルミベルナとルカが話していた内容は伏せて八千代にも話したが、八千代も全く心当たりがないようだった。
「はい……あれから何も。何か思い出す気配も、力が使える感じもねーですし……」
今だに信じられないが、オレがやったことだという自覚はある。
あれから何度も同じようなことが出来ないか試したがさっぱりだった。
そもそも、あれがどんな力なのかも分からない。
本人が覚えていない記憶の中に意識だけ乗り込む力なのか? 別世界の過去に魂だけ飛ばす力か?
それに、あの時先輩はオレから魔力を感じたと言っていた。
仮にオレも転生者だったとして、なぜオレだけ何も思い出せないのか?
考えれば考えるほど沼にはまっていく感覚がして、結局途中で考えるのを止めてしまったのだった。
お手上げと言わんばかりに両手を上げて首を横に振るオレに、先輩は難しい顔をした。
「あんな芸当、魔晶族でも相当格が高くなければ出来ないはずだ。そんなやつ、聞いたこともないしな……今は考えるだけ無駄かもしれないな」
「……そうですね」
そうだ、今は分からない事を前にうんうん唸りながら考えてもしょうがない。
そもそもその分からない事を考えるための情報や手がかりを、まだほとんど手に入れられていないのだ。
その時オレはふと、なぜ先に先輩と二人だけで話そうと思ったのか、その理由を思い出した。
「格の高い魔晶族といえば……オレ、先輩に聞きてーことがあったんでした」
「何だ?」
首をかしげる蓮水先輩に、どうか矢吹先輩みたいな反応が返ってきませんように、と祈りながらオレは尋ねる。
「クレイヴォルについて教え」
「――クレイヴォルだって!?」
その名前を言った瞬間、オレの話を遮って蓮水先輩は目をひん剥きながら驚愕の声を上げた。
何で矢吹先輩といい、皆同じ反応するんだよ……名前を言っちゃいけないヤツみてーな扱いになってるじゃねーか。
「オレ、前にソイツに助けられたんですよ。お礼が言いたいんですけど、何も分からなくて」
「助けられただって!? あいつに!?」
面白いくらいに矢吹先輩と同じ反応をする。
簡単に助けられた時の話をすると、先輩は眉間に皺を寄せて顎に何か考え込むように手を当てた。
「……おかしいな、僕はてっきりあいつは転生していないものだと思っていたんだけど」
「え? 何でそう思うんです?」
「今回転生してきているやつら……僕が知る限り、全員あの時自爆して死んだやつなんだ」
――人間との戦争の事については、この一週間で八千代から粗方聞いている。
前世の世界での人間たちは、魔素を唯一のエネルギー資源としていた。魔素は基本どこにでも存在していたものだが、サーシス国はあまりにも短期間で使い過ぎてしまったため、国周辺の魔素が枯渇してしまったのだという。空気中の魔素すら薄くなってしまったというのだから相当だ。
そこでサーシス国の人間たちは、鉱物が空気中の魔素を吸収して生まれる魔晶族に目を付けた。言うならば魔晶族は魔素の塊。新たなエネルギー資源として狙い、捕らえ始めたのだという。
特に膨大な魔素をその身に宿していた高格の魔晶族――ルミベルナ、ルカ、アイリーン、クレイヴォルの四体は『魔晶四天王』と称され、最重要エネルギー資源として指名手配された。
人間の勝手な都合でエネルギー資源にされたことに激怒したルミベルナは、自分を狙ってきた人間を返り討ちにし、これをきっかけにサーシス国が魔晶族に宣戦布告。ルミベルナも魔晶族の誇りと尊厳をかけてそれを承諾した。
これが、魔晶族とサーシス国で戦争が起きるまでの経緯である。
この経緯を知ってからだと、最期ルミベルナが生き残った魔晶族全員と自爆するなんて暴挙に出たのも分かる気がする。
きっと人間たちのエネルギー資源として死ぬよりは、魔晶族として死なせてやりたかったのだろう。魔晶族としての誇りを何よりも大切にしていたというルミベルナなら猶更だ。
だが今回転生してきているのは全員その時に死んだヤツ、か。
洗脳で望まぬまま自爆させられたヤツもいるだろうし、恨む気持ちも分からなくもない。
だがそれだと、クレイヴォルは……
「クレイヴォルが死んだのはそれより前だ。だから、今世にはいないと思っていた」
そう、あの時ルミベルナとルカが会話をしている時点で既にクレイヴォルは死んでいた。自爆したヤツが転生しているのであれば、クレイヴォルがここにいてはおかしい。
ということは、その仮定は間違っていることになる。
予想通りではあったが、蓮水先輩はクレイヴォルが転生してきている事を知らなかったのか。ならクレイヴォルの転生者が誰か知るわけないよな……
蓮水先輩との一件が終わってからずっと探してはいるが、全く手がかりが掴めない。一体この学校の誰なんだ……?
「オレ、ソイツの名前だけは最初の方から聞いてて。詳しく知りたかったんですけど、八千代も矢吹先輩も名前を言った途端に様子がおかしくなるし……」
図書室での出来事を思い出してオレは身震いする。
「矢吹先輩なんて豹変して怖かったんですから」
結局、あの一件から一度も矢吹先輩に会えていない。
埋め合わせをするなんて言ってたが、次会った時一体どんな反応をすればいいんだ、本当に。
オレの様子を見た蓮水先輩は、心当たりがあるのか「あー」と微妙な表情をしながら頷いた。
「現場を見てないから分からないけど、少なくとも前世のあいつはかなり威烈な奴だぞ……姉上の前では猫かぶってたけど。今は猫かぶってた時の性格と話し方が素になってる」
「そ、そうなんですか……じゃあ前世に引っ張られてたんでしょーね……」
よくよく考えれば、今の八千代たちって皆二重人格者みたいなものなんだよな。八千代も急に態度や話し方が変わることがあったし、きっと、何かをきっかけに突然スイッチが入るんだろう。
話が逸れてしまったが、オレが今聞きたいのはクレイヴォルについてだ。
八千代や矢吹先輩には聞きづらかったが、蓮水先輩なら。今の所クレイヴォルに対して様子がおかしくなる感じはないし。
「クレイヴォルについて、先輩が良ければ教えてくれませんか? 先輩の主観でいいんで……どんなヤツだったのかとか、どうしてそんなに嫌われてるのかとか」
お願いします、とオレは先輩の前でパン、と乾いた音を鳴らしながら手を合わせた。
「別に全然いいけど……」
「本当ですか!?」
顔を輝かせるオレに、蓮水先輩は呆れたように「喜び過ぎだろ」と笑った。
「お前は、あいつについてどこまで知ってるんだ?」
「魔晶族の本来の王だったけど興味がなかったってことと、すごく強かったってことと、後は裏切って死んだ……? ことくらいです」
「裏切った、ね……それ多分侑里が言ってただろ。クレイヴォルが死んだ時、一番キレてたのはあいつだから」
そう言って蓮水先輩はオレの隣に腰を下ろす。
「クレイヴォルは……当時と人間に転生した今じゃ大分印象が変わるから、あくまでも今の僕が思ってることを言うよ」
八千代も『当時は許せなかったが、三縁八千代になってから思う所もある』と言っていた。
かつて、魔晶族全員から認められていたという本当の王。
一体どんなヤツなんだろう。