19.ファンファーレが鳴り響く
その後三人で理事長室へと戻ると、集まって来た生徒や教師への対応が終わったのか、一人疲れた表情でソファに深く座っていた理事長は、すっかり打ち解けたオレたちにかなり困惑していた。そりゃそうだ。
外はすっかり暗くなってしまっていたため、詳しい経緯を話すのは明日にしようかと思ったところで、この件は今日中にケリを付けたいと言ったのは意外にも蓮水親子両方だった。
「大変申し訳ないのだが、うちの倅にあの後何があったのか、君たちの口から聞きたいのだ」
「中途半端のまま終わりたくないんだ。親御さんが心配していなければ、もう少し付き合ってくれないか」
オレは八千代と顔を見合わせ、特に断る理由もなく二人の提案に頷いた。帰りが遅くなることを母に連絡すると、改めて四人ソファに座り、理事長室を飛び出した後の経緯を簡単に説明する。――オレと蓮水先輩が体験した謎の現象は除いて。
先輩が八千代を巻き込んで自爆しようとしたことに、案の定理事長は激怒した。
「うちの馬鹿息子が、本当に申し訳ない……!」
隣に座っていた蓮水先輩の頭を掴むとぐいっと下げ、自分も頭を下げる。先輩もされるがまま、全く抵抗しない。八千代がそんな理事長を慌ててなだめた。
「い、いいんですよ……! 私はここにいますし、気にしてませんし、ね?」
そのまま先輩を連れ、両親に謝罪に行こうとする理事長を全力で止める。オレも理事長も受け入れてはいるが、世間一般的には転生なぞ妄想もいい話だろう。『うちの息子が自爆して貴方がたの娘さんと一緒に死のうとしました』なんて言われても、現実離れし過ぎて両親はポカーンとするだけに違いない。仮に話を聞き入れても、今度は八千代を辞めさせようとするはずだ。それでは折角先輩と和解出来たのに、台無しになってしまう。周りを巻き込む覚悟は出来ているが、両親だけは別だ。
今回の同時多発転生は、去年のストーカー事件とはワケが違う。八千代もそのようで、両親には言わないよう説得していた。
オレたちの必死の説得に理事長は不服そうにしていたが、本人たちの意思を尊重したのか渋々頷いてくれた。
次に、蓮水先輩の処分についての話になった。
両親への報告については了承してくれたが、理事長はこればかりは譲れないようだった。
「自ら意図的に、生徒を襲わせるよう仕向けたのだ。いくら和解が出来たとしても、このままお咎めなしというわけにはいかないのだよ」
険しい表情でそう話す理事長に、蓮水先輩も当然というように頷く。
「それだけの事をしたんだ、退学になっても僕はそれを受け入れるよ」
「退学……!?」
八千代が信じられないといったように声を上げた。それだけは止めてくれませんか、と理事長に懇願する八千代に理事長は不思議そうに首を傾げる。
「君は散々酷いことをされたはずだが、どうしてそこまで庇うのかね?」
「私は、今度こそ皆と笑って生きるって決めたんです! その中には、先輩も一緒にいて欲しいんです。 先輩も私と同じ願いを持っていることが分かったから……だからどうか、退学だけは考え直していただけませんか」
理事長の問いに、八千代は迷いなく答えた。その意思は揺るぎない。
それが分かったのか、理事長は観念したように息を吐いた。
「被害者本人がそう言うのなら……分かった、条件を二つ出そう」
条件?と首を傾げるオレたちに対し理事長は蓮水先輩を見つめる。
「綾斗、今八千代さんが生徒たちに狙われているのはお前のせいだ。それは分かっているな?」
「……はい」
「その責任を取って――今回の騒動が収まるまでは、お前が二人の登下校の送り迎えをしなさい。校外はまだ二人にとって危険な場所だ。もし二人が襲われたらお前が守れ、警察沙汰にならない程度にな」
理事長の言葉にオレたちは拍子抜けように口を開けた。ちゃっかり護衛対象にオレも入れている。
オレたちにとっては決して悪い提案ではない。もしそうなってくれれば、律の提案してくれた事以上になってくれて大変ありがたいのだが……
ちらりと蓮水先輩の様子を窺うと、驚いた表情はしつつも嫌そうな感じは見受けられない。
「後二人は、今回の同時多発転生が起きた原因を調べたいそうだ」
続けて理事長はもう一つの条件を出した。
「お前を生徒会長の役職から外す。その分時間が出来るだろう? お前も二人と協力して、この現象の原因を突き止めなさい。――この二つの条件が飲めれば、一週間の停学でいい」
「……そんな条件でいいのか?」
理事長の条件を聞いた蓮水先輩は、少し焦ったように言い返す。
「言われずとも、どちらもやるつもりでいたさ」
それが当然だと言うように答えた先輩に、理事長は少しだけ驚いたようだった。
「……そうか。では、そうしよう。二人ともそれでいいだろうか」
「あ、ありがとうございます……!」
オレたちへの問いかけに、八千代はぱあっと顔を輝かせて理事長にお礼を言った。八千代にとって、先輩にされた事はもう完全に終わった事のようだ。
理事長の出した条件に対して蓮水先輩はやる気満々だが、念のために確認する。
「すごく心強いんですが……先輩はいいんですか? 家がどのくらい離れてるか知らねーですけど、毎日送り迎えなんて大変でしょう?」
「構わないさ。僕に出来る贖罪なんて……それくらいしかないんだ」
贖罪、か。
八千代は完全に許しているみたいだが、当の本人にとっては決して許せない事なのだろう。きっと、全てが終わった後も、ずっと心の中にしこりとして残り続けるに違いない。
いくら相手から許されようが、大切な人を傷つけてしまった事実は消すことは出来ない。今の先輩にとって、ある意味それが一番の罰なのかもしれないとオレは思った。
「分かりました、これからよろしくお願いします。先輩」
オレは先輩に頭を下げる。隣でオレにつられて頭を下げる八千代も嬉しそうだし、オレももう気にするのは止めることにした。
そんなオレたちに「こちらこそ」と先輩も頭を下げる。
「しかし、本当にこれで終わらせてよいものなのだろうか……」
「理事長先生、大丈夫ですってば……」
相も変わらず理事長は、両親に伝えず終わらせようとしていることを気にしているらしい。普通こういう事は大事にせずに穏便に終わらせようとする教師が大半なのに、珍しいなと思う。そんな理事長に八千代も困ったように眉を下げた。
ここでふと、オレは先ほどの夢のような出来事の中で先輩と話した事を思い出す。
「だったら今度、何か美味いモノご馳走して下さいよ!」
突拍子もない話に理事長と八千代の目が丸くなり、蓮水先輩だけはハッとした表情でオレを見た。そんな先輩にオレはニッと笑う。
「もちろん先輩も一緒に。理事長先生、美味い所いっぱい知ってそうですし。それでこの件は全部終わりにしましょう」
これで本当にお終いという意味を込めてパン、と手を叩く。そんなオレをしばらく見つめた後、理事長は八千代の方に視線を向けた。
「八千代さんは、それでいいのかな?」
「は、はい! 構いません! 私も先輩と一緒にご飯食べたいです……!」
八千代は笑顔で何度も頷く。そんな八千代に蓮水先輩は露骨に顔を背け、肩を震わせていた。唇を噛んでいるのが見える……あれは絶対泣いてるな。
心から笑って欲しかった大好きなお姉ちゃんに今、笑顔で『一緒にご飯が食べたい』と言われているのだ。うん、オレでも泣くわ。
理事長もそんな息子の様子に気がついていたが、気づいていないふりをすることにしたようだった。
「……分かった、今度とっておきの場所に連れて行ってやろう」
「よっしゃ! 期待してますからね、理事長先生!」
振る舞ってくれた紅茶があんなに美味かったのだ。舌は間違いないだろうし、期待が膨らむ。高級なレストランだろうか。いや意外にも、大衆向けの隠れた名店かもしれない。
ニヤつくのを押さえられずにいると、八千代がむすくれた顔で「顔に出過ぎだよ」とオレの膝をぽんぽんと叩いた。
話が一段落ついたところで、時計を見ると十九時を回ろうとしていた。今日はここでお開きにすることにする。
蓮水先輩がオレたちを送って行こうとしてくれたが、八千代がそれを止めた。
「送り迎えは停学明けからで大丈夫です。それよりも、理事長先生とまだ話すことがあるんじゃないですか?」
「……っ」
八千代の言葉に、蓮水先輩は言葉を詰まらせた。
そうか、この親子の仲は今だ良好とは言えないんだったか。両方の言い分を聞いた限り、多分どちらにも否があるんだろうなとは思う。
昨日、理事長は先輩と向き合おうと本気で決意していた。蓮水先輩も、かつての姉とやり直そうと決意した今ならば、理事長とも話せるかもしれない。
この親子には、きっと腹を割ってゆっくり話し合う時間が必要なのだ。
「……では、オレたちはここで失礼します。停学が終わったら、一緒に頑張りましょうね」
気まずそうにする蓮水親子を残し、オレたちは理事長室を後にした。




