表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三縁望の奪還 ~同時多発転生に巻き込まれ(に行き)ました~  作者: ひねもす
Chapter.2 蓮水綾斗の憧憬
19/106

18.同じ願いを抱いて

 目を覚まして一番最初に見たのは、見覚えのない白い天井だった。


 体に感じる感触から、オレはすぐにベッドに寝かされていることに気づく。ベッドの周りはクリーム色の衝立で覆われて外からは見えないようになっており、ここが保健室であることが分かった。


「兄さん……!」


 オレが目を覚ましたのに気がついたのか、傍にいた八千代が安心したように声を上げた。

 どうやらずっと手を握っていてくれたらしい……そこだけ少し手汗でべたついている。


「ええと、あれからどうなって……」

「兄さんが先輩にぶつかってから二人とも気を失っちゃって……私がここまで運んできたの。先輩は隣のベッドで眠ってる」


 寝起きのかすれた声で尋ねると、八千代は簡単に説明してくれた。

 まさか一人で大の男二人を運んできたのかと思ったが、今の八千代は確かかなりの力持ちだったはずだ。以前オレを軽々と抱きかかえていたのを見るに、一人増えたところで余裕だろう。


 見たところ八千代には傷一つついていない、オレをかばって負った左手以外は。左手には既に手当を済ませたのか、包帯が巻かれている。保健室の先生は今いないようだ。

 八千代がちゃんと無事でいてくれたことに、オレは体を起こすと安堵の笑みを浮かべた。


「オレと八千代がここにいるっつーことは、自爆は起こらなかったんだな……良かった」


 そんなオレとは対照的に、八千代の眉間に深く皺が刻まれる。



「おい、八千……」

「――馬鹿っ!!」



 突然の怒号に、オレは目を見開いて体を硬直させた。

 八千代は顔を真っ赤にし、苦しそうにオレを睨み付けている。


「どうしてあんな危険な事したの!? 兄さんがあんな真似しなくったって、今の私はそう簡単には死んだりなんかしないよ……!」


 きっと、八千代はオレの行動に怒っているんだろう。

 普通に考えて、さっきのオレの行動は無謀だった。実際に何が出来ただろう。爆心地に対して、身一つで突っ込むなんて狂気の沙汰だ。

 でも、止まれなかったのだ。言い訳になってしまうかもしれないが、素直に思ったことを伝える。


「……お前が死ぬって思ったら、体が勝手に動いてたんだよ。オレも巻き込まれるのは確定してたし、どうせ死ぬなら最後まで抵抗してやろうって」

「どうして? どうしてそこまでするの?」

「どうしてって……オレは八千代を守るって決めてここにいるんだぞ。当然だろ?」

「……っ」


 オレの言葉を聞いた八千代は、目を伏せてオレの手を握る力を強くした。


「……分かってる、私を思ってしてくれたことだってこと」


 少し落ち着いたのか声のトーンが下がる。すぐに「ありがとう」と目じりを少しだけ下げてオレに礼を言った。

 そのまま握った手を自分の額まで、祈りを捧げるように持っていく。


「でももう簡単に命を投げ出すようなことしないで……」


 切実さを含んだ声でそう告げる八千代に、オレは薄く笑うと頭に手を乗せ、ぽんぽんと軽く叩いた。

 

「心配かけて悪かったな。でも、無事で良かったぜ」


 安心させるようにそう言ったところで、オレは八千代が両目いっぱいに涙を溜め込んでいることに気がついた。


「……八千代?」

「先輩に、ぶつかって、倒れた時……」


 既にこみ上げる涙で流暢に話せなくなっているのか、言葉を途切れさせながら、それでもオレに伝えようと必死で言葉を続ける。


「いくら呼んでも全然動かないし、私、兄さんが、もう、目を覚まさないんじゃないかって……わ、私のせいで、兄さんが死んじゃったら、どうしよう、って」


 ここで遂に八千代の涙のダムが決壊した。その場に崩れ落ち、涙を隠すためなのかベッドに顔を伏せる。


「い、生きてて、良かった。本当に、良かったぁ、良かったよぉ……!」

「だ、大丈夫だって……! オレ、悪運は強いってお墨付き貰ってんだから! オレこそそう簡単にくたばったりしねーよ!」


 慌てて、うええええ……と声を上げて泣きじゃくる八千代の背中を撫でた時だった。



 八千代の後ろにある衝立に影が映り、ガラっと衝立が勢いよく引かれる。

 そこには青白い顔をした蓮水先輩が立っていた。



 そういえば、隣のベッドに寝ていたんだった。オレと起きるタイミングが同時だったのなら、今の会話は全て聞かれていたのだろう。眼鏡は割れていなかったが、その顔を見てオレは先ほど体験したことが決して夢なんかではなかったのだと悟る。

 先ほどの出来事を知るわけもなく、今度こそ自分と死のうとするのではないかと、顔を上げ警戒心を露わにする八千代に先輩は目を向けた。


 まともに話したのはさっきが初めてで、オレはまだ先輩のことをよく知っているわけではない。それでも頬を涙で濡らす八千代を見つめる先輩は、見たこともない表情をしていた。



「ごめんなさい」



 先輩はただ一言そう告げる。

 思いがけない台詞にえ、と頬に涙の線をつかせたまま小さく声を漏らす八千代。そんな八千代を見て蓮水先輩は一歩後ろに下がると、ゆっくりと膝を付きオレたちに向かって土下座をした。


「本当に、申し訳ございませんでした」


 八千代は自分に向けられる頭を茫然と見ていたが、指で涙を拭うと、立ち上がって先輩の傍まで生き、そっと肩に手を置く。


「顔を上げてくれませんか」


 顔を上げようとしない先輩に何度か声をかけて、やっと先輩は恐る恐る顔を上げた。そんな先輩に八千代は眉を下げて笑った。


「理事長室で話した時、実は私ちょっと嬉しかったんです」

「え……?」

「ルミベルナは自分の信念に殉じて死んでいきました。後悔はなかったけど、それは独りよがりなもので、特にこの世界では非難されるものだと思ってました。でも貴方も侑里先輩も、こんなルミベルナを、生まれ変わってもなおずっと想ってくれました。ルミベルナは、幸せ者だったんですね」


 そこまで言うと、八千代は少しだけ表情を曇らせ「でも……」と続ける。


「分からないんです。先輩は『冷酷な女王であるルミベルナに憧れを抱いていた』って言ってましたよね。それだけでここまで想ってくれるものなんですか? ルミベルナは、前の貴方を信用出来なかったから、傍に置いていただけなんですよ?」

「それは……」


 八千代の問いかけに、蓮水先輩は困ったように眉を寄せた。

 当然だろう。ルカがルミベルナを想う本当の理由は、ルミベルナが消してしまっていたのだから。その事実を、ルミベルナも自分の記憶から消してしまったのだから。

 蓮水先輩はしばらく迷ったように目を泳がせると、意を決したように真っ直ぐ八千代を見つめた。


「女王の姉上に憧れを抱いていたのは、嘘じゃない。僕は、自分の信念を貫くためにどんな事でも出来る姉上を素直に尊敬してた。……でも、本当は、そんな姉上が心から笑う顔を見たかった。いつか、魔晶族にとっての平穏が訪れた時に姉上と……皆で笑って幸せに生きてみたかったんだ……!」


 先輩の言葉に、八千代は少しだけ目を見開いた。

 そんな八千代を見て、先輩は謝罪に加えて懇願するように再び八千代に頭を下げる。


「それを忘れたまま、過去の姉上に固執して取り返しのつかない事をしてしまった。謝ったところで、どうにもならない事は分かってる……けどもし叶うのなら、もう一度最初からやり直させて欲しい……!」


 ルミベルナに記憶を改竄されていたことを、先輩は話さないことにしたようだ。

 ここで話したところで八千代を責めるような形になってしまうだろうし、言ったところで八千代は何も分からないと思ったのだろう。


 オレは八千代の様子を窺う。

 どんな理由があったにせよ、八千代からすれば先輩は自分がルミベルナの生まれ変わりであることを前世に引っ張られた生徒中に広めて、自分を襲わせるように仕向けた相手だ。しかも自分の自殺に勝手に巻き込んで殺そうとした。……こう事実を列挙すると大分酷い事してるな。

 いくら前世で姉弟だったからと言っても、今は血の繋がりも交友関係もなかった赤の他人。ここで八千代に拒絶され罵倒されてもしょうがないとは思う。先ほどのやり取りですっかり毒気は抜かれてしまったが、オレも完全に許せてるわけじゃない。


 自分がいけしゃあしゃあと図々しいことを言っている自覚はあるのだろう。土下座をする先輩の体は震えていた。


 そんな先輩を見る八千代の表情を、オレには読み取ることが出来ない。



「――謝らなきゃいけないのは私の方です」



 実際はほんの数秒なのだろうが、オレには数分が流れたように感じた時の中。

 八千代は少しだけ悲しそうにそう言った。


「私も、ただ逃げるだけじゃなくって、もっと早く先輩と……過去の自分(ルミベルナ)と向き合っていれば良かった。そうすれば、先輩はこんなことしないで済んだんですよね……?」


 八千代の言葉に、先輩は頭を下げたまま首を横に振る。


「違う……! それは、僕が勝手に一緒にして嫌悪感を抱いただけだ……! 過去ばかり見て、今の姉上を全く見ていなかったから……!」

「私は、」


 蓮水先輩の言葉を途中で止め、そのまま正座をした八千代は制服のスカートを皺になるのも気にせずぐしゃりと握りしめた。


「前世で過ごした日々のこと、生まれ変わった今だから大切な思い出だったって言えるけど、でも、その日々の中に、貴方と一緒に楽しい事をしたことは一度もなかった。姉弟だったのに」


 分かっていた事だったのに、オレと先輩は息を飲んだ。八千代は当時を思い出しているのか、先輩から目を逸らす。


「でもそうしたのは自分で、今こうなってしまっているのは自業自得だから……私がこんな事望んじゃいけない、強欲が過ぎることは分かってます。でも……!」


 再び八千代は先輩を見た。語気を強めて、体が固くなる。その様子から、八千代自身も何かを決心したようだった。


「望む事が許されるのなら……強欲になっていいのなら。今度は楽しい思い出をいっぱいつくりたいんです。ルミベルナの時に笑えなかった分今の人生では……きっと辛い事もあるだろうけど、一人じゃなくて皆と、思いっきり笑って生きてみたい」

「……っ!?」


 八千代の話す望みは、さっき蓮水先輩が言った願いと全く同じもの。

 蓮水先輩はハッとしたように顔を上げ、揺れる瞳で八千代を見る。そんな先輩に八千代は少し遠慮がちに笑った。――やっぱり、ルミベルナがしていた笑顔とは全然違う。


「……私もそう思ってます。そこに弟だった貴方がいないのは、寂しいです」

「でも、僕は姉上に」

「ルミベルナが貴方にしたことに比べれば、可愛いものです」


 まさかそんなこと言われるとは思っていなかったのか、分かりやすく狼狽える蓮水先輩に、八千代はどこか決まりが悪そうに苦笑いした。


「今の私は人と関わるのがあまり得意じゃないし、面白い事が言えるわけでもないです。それでも良ければ、わ、私とっ友達になってくれませんかっ」


 前世でも今世でもきっとこんな事、言ったこともなかっただろう。緊張していたのか、最後の方は噛んでしまっていた。そんな八千代の最大級の告白に、蓮水先輩は信じられないのか硬直してしまっている。


「だ、駄目です、か?」


 何の反応もない先輩に、八千代は緊張と不安からか泣きそうになっている。そんな八千代に気がついたのか先輩は「そんなことない!」と大げさなくらいに首をぶんぶんと横に振った。


「こ、これは、夢なんじゃないだろうな……?」


 そう言いながら自分の頬をつねる。夢ではないのを確かめると、先輩はどこか感極まったように表情を歪ませ、そのままゆっくりと立ち上がる。


「……そういえばまだ、自己紹介をしていなかったね」


 そういえばそうだったっけ、と思ったが、生徒会長だったから一方的に名前を知っていただけだったかと思い直した。先輩自身はルカとして振る舞っていたわけだし。


「改めまして、三年A組の蓮水綾斗(はすいあやと)だ。こちらこそ、こんな僕で良ければ、仲良くしてくれると嬉しい」


 よろしくお願いします、と口元に小さく笑みを浮かべて先輩はオレと八千代に頭を下げた。







 その後、理事長室に戻って報告に行こうかと思ったところで不意に先輩が口を開いた。


「そうだ姉上。手を、見せてくれないか」


 蓮水先輩はそう言って八千代の包帯が巻かれた左手を指差した。さっき、理事長室で先輩の攻撃を弾いて黒く焦げてしまった手だ。

 八千代は突然の申し出にぽかんとしたが、先輩のすぐに意図を理解したのかそっと手を差し出した。


 その左手を先輩が両手で包み込むと、柔らかな緑色の光が灯り、すぐに消える。


 先輩が手を離し、八千代が包帯を解くと――そこには傷一つない白い手があった。


「傷が消えた!?」


 驚愕の表情をして何度も八千代の左手を確認するオレに、蓮水先輩は苦笑いする。


「今まで散々風の魔法を見せてきたけど、僕が一番得意なのは回復魔法(こっち)なんだよ」

「な、なるほど……ヒーラーってヤツだったんですね、先輩」

「まあね、前世でも基本は前線には出ずに後方支援をしていたよ」


 ルカの姿を思い返せば、西洋の甲冑を身に着けてはいたものの、確かに回復術師っぽい見た目をしていた。少なくとも戦場の最前線でドンパチやっているようなタイプではないと思う。

 だがオレははっきりと覚えている。一昨日先輩にされたことを。


「後方支援者があの怪力はおかしいと思います……」


 思わず口に出た言葉に、蓮水先輩も思い出したのか気まずそうな表情になった。


「君も、申し訳なかった。あれは痛かったはずだ」

「はは……痛かったですけど、オレも殴ってしまったしお互い様ですよ」


 先に攻撃したのはこちらだし、オレにも悪い所がなかったとは言えない。後悔はしていないが。

 確かにトラウマにはなったが、こうやって上手く丸まった今、もうあまり気にしていなった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ