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三縁望の奪還 ~同時多発転生に巻き込まれ(に行き)ました~  作者: ひねもす
Chapter.2 蓮水綾斗の憧憬
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17.蓮水綾斗の憧憬

 ――もう二体の真心が交わることはないのだ、とオレは思う。


 泣きながらルミベルナにかつての優しい姉の姿を願ったルカは、次目を覚ました時は全てを忘れ、冷酷な女王としてのルミベルナを想うのだろう。蓮水先輩が八千代に求めたルミベルナの姿を。

 そしてルミベルナも、ルカが話したような思い出など知らずに生き、そして当初の予定通り全員で自爆して死ぬのだ。


 八千代は他の魔晶族のことは誰も信用していなかった、と言っていた。ルカがなぜここまで慕ってくれるのか分からなかった、とも。

 オレは眠る二体を観察する。

 ルカに覆いかぶさるように眠るルミベルナの表情は穏やかで、見ようによっては弟を守っているようにも見える。


 本当に信用していなかったら、あんな表情(かお)出来るはずがない。

 ルカの今の言葉を聞いておいて、なぜ慕ってくれるのか分からないは無理がある。


 自分で消してしまったから。

 分かっていたのに、その真の信頼を、慕ってくれる本当の理由を、弟だけじゃなく自分からも無くしてしまったから。そうやって、切り捨ててしまったから。


 何という。

 愚かで、独りよがりで、寂しい話、なのだろう。

 

 もう自分の事を心から想ってくれるヤツの存在すら、覚えていない。

 歪にすれ違ったまま。お互いに改竄された記憶を持ったまま死んで、生まれ変わってしまった。


 こんな事をしても、上手くいくはずなんてないのに。





 必死で殺そうとして、だが殺し切れないすすり泣く音だけが、この場には響いていた。

 その音の主である蓮水先輩は顔に影を落とし、眠る二体の前で立ち尽くしている。


 蓮水先輩について分からなかったこと。

 どうして八千代を嫌がっていたのか。どうしてルカになろうとしたのか。

 この二つについては今までの話で何となく理由は分かった。


 八千代を嫌がっていたのは、前世の自分が一番好き……だと思い込まされていたルミベルナの姿とかけ離れた姿だったから。

 ルカになりたかったのは、満たされない今世の自分が嫌で、充実した日々を送っていた前世の自分に戻りたかったから。


 だが、まだ分からない事がある。


 どう声をかけようか考えあぐねていると、ははは……とうなだれていた蓮水先輩が力なく笑い出した。


「姉上め、本当に馬鹿な事をしてくれる」


 今まで聞いてきた中で一番力のない声だった。

 オレは意を決して蓮水先輩に声をかける。


「……先輩、聞いてもいいですか」


 先輩はオレの声に反応してゆっくりと顔を上げ、虚ろ気な目でオレを見つめた。


「どうして先輩は、八千代をルミベルナに戻して、守ろうとしたんですか」


 表情を変えない先輩に、オレは言葉を続ける。


「八千代と話しているのを聞いていた限り、先輩は前世と今世の性格がイコールじゃねーことは分かっていたはずです。自分がルカになりたかったから、八千代をルミベルナにしようとしたんですか」


 先輩は首だけオレに向いていたのを体ごと向き直すと、しばらく考え込んで口を開いた。


「……僕は記憶を取り戻した時、真っ先に姉上を探したんだ」


 さっき叫んだせいで少し声が潰れてしまったのか、押し出すような声だった。


「素顔を知っている僕が姉上の転生者を見つけるのは簡単だったさ……そこの二体を見れば分かると思うけど、僕たちは魔晶族の中でも人間に近い見た目だったからね。前世(まえ)と性格が違うことぐらい織り込み済みだった」


 そこで言葉を止めると、そっとオレから目を逸らす。


「でも、そうやって初めて三縁八千代を見た時――なぜか無性に苛々して、とにかく彼女を見ているのが辛くて、胸がむかむかして、早く元の姉上に戻してやらないといけないと思ってしまった」

「それは……分かっていても許容できないくらいに、八千代が記憶の中のルミベルナと違っていたからですか?」

「僕もそう思っていた。……さっきまでは」


 先輩は目を伏せて、苦し気に息を吐き出した。


「三縁八千代は、消された記憶の中にいる姉上と同じだったんだ」

「そ、れは……」

「どうしてだろうね。今はもう、あのこみ上げるような嫌悪感は全くないんだ」


 そう話す先輩の表情はどこまでも凪いでいた。

 もしかすると、先輩はルミベルナを八千代に押し付けることで、無意識に思い出さないようにしていたのかもしれない。


「……ルミベルナに戻った八千代を、守りたかったのは?」


 オレはもう一つの疑問を繰り返すと、先輩は再び眠る二体に目を向けた。


「……姉上の提案通り、この後、生き残った魔晶族全員で不意打ちを仕掛けて自爆したんだ。結果は大成功だったよ。人間側の重要人物、ほぼ全員を巻き込むことが出来た。その時の僕は既に今の事を忘れて、姉上と姉上の信念と共に死ねるなんて幸せだと思ってた」


 そうか、この後そう遠くない未来にこの二体は……

 この美しい彫刻のような二体が、自ら爆発して亡くなってしまうなど想像もつかない。


「でも、最期まで胸はずっと痛くて……蓮水綾斗になってから、それは姉上を守りたかったからなんだと気がついて、だから……今世ではそうしようと思ったんだ。どうして守りたかったのか、肝心な事をすっかり忘れてしまっていたけれど」


 記憶は消えても、思いは残った。


 蓮水綾斗としての日々の鬱憤。八千代を(ルミベルナ)に戻さなければという使命感。記憶を消されても残ったルミベルナを守りたいという思い。

 この三つが重なった結果、ああなってしまったのか。


「本当は、」


 潤み始めた声に、オレはハッとして先輩を見る。二体を見下ろす先輩の肩は震えていた。



「本当は、戦いなんてして欲しくなかったのに。生まれ変わってやっと平穏な日々を過ごせていたのに。結局僕がやったことは、姉上をまた争いに引きずり出しただけじゃないか……!」



 感情の波に乗せて吐き出されたのは、激しい後悔の言葉だった。

 眼鏡を外し、はらはらと涙を流れる涙を手の甲で拭う。そんな蓮水先輩の表情は、ここで自ら命を絶ってもおかしくないほどに、絶望に染まっていた。


 きっと、これもルミベルナが犯した罪の一つなのだろう。

 幸運なのか。それとも不幸なのか。この罪を、八千代は全く覚えていない。

 今の八千代は、かつての自分に弟を慈しんでいた時があったことなど、知らないのだ。


「はは……さいてい、だ……ッ!」


 先輩が乾いた声で呟いたのと同時に、オレは一歩前に進み出していた。


 蓮水先輩が八千代にした事は決して許せる事ではないし、許せない。

 記憶を改竄されていたとしても、そう行動したのは先輩自身なのだから。


 だがあの姉弟のやり取りを見てしまった以上、自分の過ちを認めて、心から後悔している姿を見てしまった以上、先輩をこのままにしておくことはどうしても出来なかった。

 ただの同情かもしれないが、このまま終わらせるにはあまりにも可哀想だった。

 

「先輩」


 オレは涙を拭っていた先輩の腕を掴む。


「ルカはルミベルナに『人間からも、戦争からも、遠く離れた場所で穏やかに笑って過ごして欲しい』って言ってましたよね」


 掴まれた腕を抵抗なく下ろし、先輩は光のない目でオレを見た。

 そんな目を、オレは強く見つめ返す。


「その中には、自分も入っていたんじゃないんですか。本当は、ルミベルナや他の大切なヤツらと平和な世界で生きたかったんじゃないんですか。皆で笑って生きたかったから……だから記憶を消される時にあんなに抵抗したんじゃないんですか」


 その予測は大当たりだったのだろう。先輩のオレを見る目が見開かれ、喉がひゅっと音を立てた。

 ならば。


「だったらそうしましょうよ……! 今生きている世界は全く戦争がないわけじゃねーけど、少なくとも八千代や先輩が率先して誰かを殺したりする必要はねー場所です。その願い、今度こそ叶えましょうよ……!」

「……あんなことしておいて、許されるわけがないだろ」


 自己嫌悪をむき出しにして、苦々しく呟く。そんな先輩に、オレは「確かに」と続けた。


「……オレは、前世の因縁を今世に持ち込んで憎んだり、相手が嫌がってるのに前世を押し付けたり……そんなの、バカげていると思います。実際に先輩の行動のせいで、八千代は狙われて怪我をしました。オレはきっと許せません」


 八千代が怪我をした、の所で先輩の顔が強張る。余計な事を考える隙を与えないように、すぐにオレは話を続けた。


「でも、前世で大切だったヤツに会いたいって思うのはフツーだし、ルカのような思いを叶えたり、前世の縁でまた仲良くなったりするのは全然いいと思います。だから」


 なぜか緊張して、喉が渇いてカスカスだ。きっと今すごい顔をしているのだろうが、真剣に言っていることが蓮水先輩に伝わればいい。



「八千代に謝って、またやり直しましょう」



 オレの言葉に先輩は目を瞬かせるが、すぐに戸惑いがちに逸らされた。


「謝るのは当然だ……でも、あれだけ拗れたものをやり直すなんて」

「っ、ここで諦めるんですか! 折角また会えて、思い出せたんですよ!」

「……でも」


 言葉に詰まる先輩に、オレは先輩の腕を握る力を強くする。


「今の先輩を見れば、八千代もきっと分かってくれます! やりましょうよ! ずっと願ってた事なんでしょう!?」


 前世の事を相手に押し付けるのは間違っている。

 でもルカの思いを聞いて、ルカの本当の願いを知って、そして先輩も心の奥底ではそれを望んでいると分かったから。

 だから、ルカの願いをここで終わらせたくなかった。


「……出来るのかな。姉上と、また、一緒に笑うことが出来るのかな」

「出来ますよ、きっと」


 震える声で、恐る恐るといったように尋ねられた問いに、オレは大きく頷いた。


「謝って、無事仲直り出来たら……その後は一緒に美味いモノ、たらふく食べに行きましょう」


 ――平和な世界で出来ることって、まずはそれですよね?


 そう続けた後ニッと笑うと、先輩はぽかんとした表情を浮かべる。

 少しの間を置いてやっと言葉の意味を飲み込めたのか、目に光を戻した先輩はどこか泣きそうに顔を歪めて――そして、笑った。


「は、はは……そんな言い方するなよ。本当に叶うと思ってしまうじゃないか」


 大分不格好だったけれど、それがオレが初めて見た蓮水先輩の素の笑顔だった。





「さっき、先輩は『八千代と消された記憶の中にいるルミベルナ』は同じだって言ってましたけど……それって今のルミベルナがそうなんですか?」


 ひと段落ついた後、オレは今だに眠り続ける二体を見つめながらふと先輩に尋ねる。眠るルミベルナは記憶を消す直前にルカに見せた微笑みのままだ。

 すっかり落ち着いた蓮水先輩は、同じくルミベルナを顔を見つめコクリと頷いた。


「ああ」

「うーん、オレはそうは思わねーです。今ルミベルナがしている表情と、八千代がする表情は別物ですよ」


 オレはそう答えると、蓮水先輩はかなり驚いた表情を見せる。


「そうなのか?」

「ええ、むしろこの顔を見た時に、ルミベルナと八千代は本当に別の人格なんだなってハッキリしたんですよ」


 オレの言葉に蓮水先輩は些か愕然とすると、眉間に皺を寄せ、悔しそうに唇を噛んだ。


「……なるほど、僕は本当に姉上の事を何も見れていなかったみたいだ」

「まーまー、あんまり気にしな……」


 オレが軽く手を振りながらそう言いかけた時、突如ぐにゃりと周りの景色が歪む。

 

「なななな、何だ……!?」

「多分だけど、帰れるんじゃないかな」


 思いっ切りテンパるオレとは裏腹に蓮水先輩は冷静だった。

 ルミベルナとルカの事を知れたから良かったが、結局この現象は何だったのだろう。今回手に入れた情報と合わせて、とにかく整理しなくてはいけない情報が多すぎる。いた時間は大体三十分くらいだが、元の世界ではオレたちはどうなっているのだろうか。


 歪んでだんだん暗くなっていく景色の中、オレたちは最後まで眠る姉弟を見つめていた。

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