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三縁望の奪還 ~同時多発転生に巻き込まれ(に行き)ました~  作者: ひねもす
Chapter.2 蓮水綾斗の憧憬
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15.覚醒

 二人を追ってたどり着いたのは、一昨日も来たばかりの体育館の裏だった。

 ここからならばオレの姿は分からない。体育館の壁に隠れて、こっそりと様子を窺う。


 八千代を追って勢いでここまで来たものの、オレは少し迷っていた。


 一昨日も、さっきも、オレはすっと八千代に守られてばかりだ。

 昨日も危うく、オレが先輩を殴ったばっかりに集団で襲われそうになった。


 ここでオレが割り込んでも足手まといにしかならないのでは……?

 蓮水先輩の事は全て八千代に任せた方がいいのでは……?


 そんな思いがぐるぐると胸の中を渦巻く。気分が沈んでいくオレに対し、二人の会話が始まった。



「もう逃げるのは止めて下さい」


 ここからは二人が対峙しているのが見える。体育館の壁を背に蓮水先輩が立っており、壁際に追い詰めるように八千代が立っていた。


「来るなよ! 今まで散々逃げておいて、僕には逃げるなって言うのか!?」


 皮肉るように叫ぶ先輩を、八千代は無視して尋ね返した。


「どうして、ルカになろうとしたんですか」


 蓮水先輩は黙り込む。逃げる隙を探しているようだが、八千代が一切与えてくれないようだった。


「生まれ変わってもルミベルナのことを想ってくれるのは嬉しいです。でも、だからってルカのような生き方をしちゃ駄目です」


 蓮水先輩の眉間に皺が寄る。

 否定されることがそんなに嫌なのか。

 何がここまで蓮水先輩を『ルカになる』ことに執着させるのだろう。


「ルミベルナに尽くし続ける生き方ではなくて、今度こそ自分のために――」


「お前に! 何が! 分かるんだよ!?」


 八千代が言葉を言い終わらないうちに、蓮水先輩の絶叫が響いた。 

 見ると激しく激昂しており、どことなく殺気が漂っている。


「生まれてから今までずっと決められたレールが敷かれた人生! 自分の意思で何かやろうとすれば、どうにもならない力で阻止される! 理事長の息子だからってやりたくもない生徒会長に推薦され祭り上げられて……もううんざりなんだよ! 蓮水綾斗として生きるのなんて!」


 初めて聞く蓮水先輩自身の本音。先輩の声には怒りの中に疲労感が混じったような気配があった。

 理事長が明迅学園に行くのを阻止した話は聞いていた。だが、話のニュアンス的にこれまでにも何かを止められた事があったのかもしれない。


 目を見開く八千代に、先輩は冷ややかな意地悪い笑みを浮かべる。こめかみに青筋を浮かべながら。



「お前には哀れに見えているのかよ、前の僕の生き方が。前の僕は今よりずっと満ち足りていたさ……最期はたとえ自爆だったとしても、姉上の信念のために死ねるのなら本望だった……!」



 一瞬思考が止まった。


 おい待て。今聞き捨てならない言葉を聞いたぞ。

 自爆? 死因が? ルミベルナの信念のために?


「あんな満ち足りた生涯を思い出してしまったら、戻りたくなるだろ? ああ、いっそ他の奴らみたいにルカの人格に乗っ取られて狂ってしまえれば良かったのに……」


 そこで言葉を止めると、蓮水先輩は妙案を思いついたと言わんばかりににんまりと笑った。

 その顔を見た瞬間、オレの動悸が激しくなった。


 とても、嫌な予感がする。


「ルカに成れないのなら、また死ねばいいんだ。今度はまだマシな所に生まれるかもしれないからな。……そうだ、お前も僕と一緒に死ねよ。次はもっと姉上に似た奴に生まれ変われるかもしれないだろ? 決めた、そうしよう」


「は?」

「え……?」


 「新しいゲーム買うから、お前も買って一緒にやろうぜ」と同じノリで発せられた言葉に、オレと八千代の顔から血の気が引く。

 冗談かと思ったが、先輩の表情は本気だ。一度自爆して死んでるからなのか知らないが、全く死への恐怖を感じていない。

 八千代は顔面蒼白になりながらも蓮水先輩の自爆を止めようと手から光の塊を出す。それを難なく相殺させると蓮水先輩はけらけらと笑った。


「止めたって無駄だ。(ルカ)は『ワタシと一緒に自爆して死ね』って姉上のお願いを聞いてあげたじゃないか。今度は僕のお願いを聞く番だ」


 自爆ってルミベルナからの命令だったのかよ、と思う暇もなく蓮水先輩を中心に風が渦巻き始める。

 マズい。本当に蓮水先輩は八千代を道連れにして自爆するつもりだ。

 規模は分からないが、間違いなくここら一帯は吹き飛んでしまう。そうなったら八千代もオレも無事では済まない……!


「止めて下さい! 近くに生徒がいるかもしれないんですよ、巻き込むつもりですか……!?」


 八千代が諦めずに攻撃しつつ説得をしているが、先輩は全く意に介していないようだ。

 そのうち渦巻く風が強くなっていき、それと共に先輩の体が発光し始める。

 どうする……!?


 今から逃げても間に合わないし、八千代を見捨てるなんてするわけがない。ならば――

 


 思い切り地面を蹴る。

 オレの体は弾丸のように飛び出していた。



 体が燃えるように熱いが、気にしてなどいられない。

 声にならない声を張り上げながら、オレが出せる最大の速度で、今にも自爆しそうな先輩へと真っ直ぐ突っ込む。


 八千代がこれでもかと目を見開いてオレを見ている。

 どうせ死ぬならみっともなく足掻いてから死んだっていいだろう。

 先輩の不意を突ければ、自爆の威力が弱まって八千代だけは助かるかもしれない。オレは間違いなく死ぬだろうが。


 蓮水先輩は八千代しか見ていなかったのか、オレの登場は完全に予定外のようだった。

 一瞬だけ弱まった風に突っ込み、そのままオレは先輩に渾身のタックルをお見舞いした。



 ――その瞬間だった。



 先輩に触れた瞬間、バチバチバチッ!! と火花が散るような、いつぞや体感した妙な感覚がオレのを襲う。先日は拳だけだったが、今回は全身だ。大きさも、前日よりもずっと大きい。


 そして、またオレの頭の中でザザザ……とノイズかかかり始める。


 ええい、何だか知らねーがこんなのに邪魔されるわけにはいかねーんだよ!

 オレは蓮水先輩の腰にしがみつく腕に力を込める。



 バツン、と限界にまで伸ばした太いゴムが切れるような音が脳内に響き、オレの視界は真っ暗になった。





 ――気がつくと、見慣れぬ場所にいた。


 上から漏れる光のおかげで状況が把握できる。右も左も岩壁に囲まれ、洞窟の通路のような所だ。人が五人くらいなら余裕で並んで歩けそうな広さがある。まず間違いなく学校の敷地内ではない。通路は奥へと伸びているが、先は見えない。

 

「おい」


 だがなぜいきなりこんな場所に……?

 オレは確か自爆しようとした蓮水先輩にしがみついて――


「おい聞いてるのか! いい加減に放せ!」


 腕を解かれ、放り投げられる。そのまま岩壁に背中を強打し、オレは打ち付けた場所を手で押さえながら痛みに蹲った。


 そういえばずっと蓮水先輩にしがみついたままだった。


 蹲るオレの前に立ち蓮水先輩は不快感を隠さずに見下ろす。


「お前、何をした?」

「何をって……」


 状況を把握しきれていないため、曖昧な返事を返すことしか出来ない。

 そんなオレにイラついたのか、蓮水先輩はちっと舌打ちをすると周辺を見回し、再びオレを見た。


「ハッ、まさかお前も転生者だったとはな……転移魔法でも使ったか?」

「ハァ!? オレがァ!? ……ッ痛ェ!」


 思わず素っ頓狂な声を上げて勢いよく立ち上がったが、打ち付けたばかりの背中がズキリと痛み悶絶する。これ絶対青痣が残るヤツだ……一昨日の腹にくらったヤツも青痣になったばかりだってのに……

 痛みをこらえながら体制を整えると、オレは激しく首を横に振った。


「イヤイヤイヤイヤありえねーでしょ!? オレ前世の事なんて何も分かんねーですよ!?」

「惚けても無駄だぞ。ここに飛ばされる直前、確かにお前から魔力を感じたんだ」


 そう言われても、オレに魔法なぞ使った覚えない。心当たりは……ないわけではないが。

 あの火花が散るような感覚。昨日先輩を殴った時も同じような感覚があったが、あの時は違う場所に飛ばされることなんてなかった。


 蓮水先輩の様子から、先輩が何かしたわけではなさそうだし……やっぱりオレのせいなのだろうか。

 そうだとして、ここは一体どこだろう。どうやったら、元の場所に戻れるんだ?


 そこまで思考して、ふと我に返る。


 元の場所に戻ったとして、先輩はまた八千代を狙うだろう。今度こそ一緒に死のうとするに違いない。

 それではダメだ。二度と八千代と会わせてはならないのだ。

 一連の会話から説得はほぼ不可能そうだし、オレが一緒にいる事を除けば、この状況はむしろラッキーなんじゃないのか?


「……何がおかしい」


 自然に笑みが浮かんでいたのか、先輩が冷え切った声で尋ねてくる。


「いやぁ、良かったなーと思って」

「何だと?」

「これでもう先輩は八千代に手は出せませんよね?」


 これでもかというほど嘲った表情で笑ってやると、先輩の頭にカッと血が上ったのが分かった。そのまま胸倉を掴まれたが、笑みは消さずに目を細める。

 もっとイラつけばいい。イキるのは得意なんだ。


「別に殺したって構いませんよ? さっき先輩に突っ込んだ時点で死ぬつもりだったんですから」


 オレの胸倉を掴む先輩の手が震えている。オレへの怒りなのか、もう元の場所に戻れないかもしれない、八千代と一緒に死ねないかもしれないことに対する恐怖なのか……知ったこっちゃない。


「蓮水センパイ」


 ここがどこだか知らないが、学校から離れた、かつオレと先輩が知らない、誰にも見つからないような場所であればいい。

 オレは無理矢理口の端を吊り上げ、満面の笑みを作った。



「死にてーなら、八千代じゃなくてオレと一緒にここで死にましょーよ」



 先輩の顔に恐怖の色が浮かんだのをオレは確かに見た。

 フン、と心の中で鼻を鳴らす。どうだよ、少しは言われる側の気持ちが分かったかよ。


 先輩は思わずといったようにオレを突き飛ばした。よろけるが、尻もちはつかずに済む。

 顔を上げると、怒りで顔を真っ赤にした先輩がオレを睨み付けていた。


「誰がお前なんかと一緒に死ぬか……! 今ここで殺してやる……!」

「ふーん。でも、元の場所に帰せるかもしれねーオレを殺しちゃっていいんですかね」

「上から光が漏れてるのは地上が近いってことだ、お前を殺してこんな場所すぐに脱出してやる!」


 そう言ってオレに手のひらを向ける。きっとまたあの空気の弾を放つのだろう。


 オレは身構えたが、いつまで経っても何も起こらなかった。

 油断を誘ってるのかとも思ったが、しばらくして蓮水先輩は訝しげに自分の手のひらを見つめた。 


「何で、魔法が使えないんだ……?」


 なぜかは知らないが魔法が使えなくなっているらしい。

 戸惑いながら手を閉じたり開いたりを繰り返した後、どうにもならない事を悟ったのかオレをキッと睨む。


「別に魔法なんか使えなくたって……!」


 今度は先輩がオレに掴みかかってくる。先輩の強さは一昨日で十分理解出来ているが、タダでやられるつもりはない。

 オレは先輩の二の腕部分の制服を掴むと、思いっ切り振り払う。きっと先輩にとっては大した攻撃じゃないだろう……と思っていた。


 オレの予想に反し――先輩は派手に吹っ飛び、地面に叩き付けられた。


「……は?」


 思わず間の抜けた声が出る。

 オレだけではなく、起き上がった先輩も信じられないといった表情をしていた。地面に思い切り顔を打ったのか眼鏡が割れており、鼻血を流している。鼻血を流しているのに様になっているから、イケメンというのは得だなと思う。


 というか……弱くね?


 よく考えてみれば、さっき放り投げられて岩壁に背中をぶつけたが、放り投げる力自体は人並みの力だった。突き飛ばされたが、よろけるだけで済んでいた。


 魔法が使えない。

 力もオレ以下。

 

 これらが意味することなんて、一つしかない。


「ぜ、前世の力がねーと、こんなに貧弱なんですね……」

「だ、黙れ! さてはお前、僕に何かしやがったな!?」


 オレの言葉に、先輩は怒りではなく羞恥で顔を真っ赤にする。

 どうしよう、すごく気まずい。

 だがいきなり前世の力が使えなくなるなんて一体何が起こってるんだ?


 この場所が原因か? それともオレの力か? はたまた両方なのか?


 その時、遠くから誰かがこちらに向かって来る音が聞こえてきた。

 足音と……それから話し声が聞こえる。聞く限りだと二人のようだ。


 オレと先輩は人の気配がする方向に顔を向ける。


「だ、誰か来る!?」

「仕方がない、ここで助けを求めるしか……」


 こんな場所に来る人なんてまず間違いなく普通のヤツではないだろうが、どうせ隠れる場所なんて存在しない。先輩はやって来る人に助けを求めるようことにしたようだった。

 

 二人で固唾を飲んで待っていると、遠くにシルエットが浮かんでくる。

 シルエットを見た瞬間、オレは全力で逃げ出したくなった。



 どう見ても、人じゃない。



 影は二つ。どちらも二足歩行はしている。

 だが頭に生えている角は何だ? 背中に生えている翼は何だ?

 身長もどう見ても二メートルを超えている。三メートル近くはあるかもしれない。


「う、嘘だ……」


 隣で蓮水先輩が声を震わせていた。

 その間にも影はこちらへ近づいて来ており、遂にその全貌が明かされる。


 どちらも水晶のようなもので出来ていて、彫刻のように美しい。


 一人目は黄色を帯びた乳白色の体で、頭には羊のような曲がった角が生えている。体の一部が西洋甲冑のようなものに覆われている。顔も覆われているため分からないが……女性のようだ。石英のようなもので出来た腰まである長い真っ直ぐな髪は、天井から漏れる光を反射しキラキラと輝いている。


 もう一人は青緑色の体で、背中に翼が生えている。髪は肩につくくらいで、一瞬女性かと思ったが声から男性のようだった。こちらは一人目とは違い、西洋甲冑のようなものに全身をきっちりと覆われている。代わりに一人目と違い、顔は半分しか覆われておらずその素顔を見ることが出来た。


 その顔を見た時、オレは目を疑った。

 思わず隣にいる男の顔と見比べる。



 ――背中に翼の生えた水晶男と蓮水先輩の顔は、同じだった。

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