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三縁望の奪還 ~同時多発転生に巻き込まれ(に行き)ました~  作者: ひねもす
Chapter.2 蓮水綾斗の憧憬
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13.矛盾

 表向きは治まった学校での一日はあっという間に過ぎていく。

 午後の最後の授業は移動教室で、オレは八千代の様子を見てから速足で教室に向かっていた。


 渡り廊下から教室のある校舎へ移った時、前を歩いていた生徒に思わずオレは足を止める。

 

 あれは――蓮水先輩?


 ここからだと大分離れているが見間違えるはずもない。心臓が早鐘を打つ。

 この校舎は確か三年生の教室があるんだった。いても別に不思議ではないが、今日は休みなんじゃなかったのか? もしかして午後から来たとか……?

 蓮水先輩は見ているこっちが不安になるくらい足取りが重く、ふらふらと歩いている。昨日の矢吹先輩も同じような歩き方をしていたが、それ以上だ。

 追いかけて話をするか……? でも授業までギリギリだし……


 そんな事をごちゃごちゃと考えている間に、蓮水先輩はオレに気が付かないまま三年生の教室に続く角を曲がって姿を消した。


 オレはその場に立ち尽くし、たった今芽生えた胸のモヤつきについて考える。

 どうして、今蓮水先輩がいた事がこんなにも気になるんだ……?

 全校集会にいなかったのは午前中は休んでいたとか、気が乗らなくてサボったとか、いくらでも理由は付けられるじゃないか。

 

 何かが、何かが引っかかる。

 だが、それが何かは今のオレには分からない。


 だがここで、授業開始のチャイムが鳴る。

 オレは慌てて授業が行われる教室へと向かった。


 



 放課後。オレは八千代と合流し、理事長室へと来ていた。

 オレたちの姿を見た理事長は快く迎えてくれる。


 オレたちを来客用のソファーに座らせると、昨日と同じように紅茶を淹れてくれた。

 紅茶は市販のティーパックをたまに飲むくらいだが、これは本当に美味しい。趣味で紅茶を嗜む人がいるのも分かる気がする。一体何の茶葉を使っているのだろう。


「いやはや驚いた、昨日までが嘘のように生徒たちが大人しくなったよ……」


 オレたちの前に座りながらそう言う理事長は本当にホッとした表情をしていた。


「校内だけという懸念はありますが、とりあえずは良かったです」

「私が全校集会を開くと言った時、教師たちに強く止められてね。私の身を心配してくれていたのは分かるのだが……ここがいかに不味い状況になっていたのかを痛感したよ」


 出張の時に話を聞いた時点ですぐに戻っておくべきだった、と理事長は申し訳なさそうにしていた。これからしばらくは日に何度か校内の見回りを行っていくらしい。今日だけでこの効果ならば、校内はしばらく大丈夫だろうとオレは胸を撫で下ろした。


 ――早くオレと八千代の平穏な日常のためにも、この集団同時転生の原因を突き止めて、皆を元に戻さなければ。

 今の所何も手はない。とりあえず前世の情報を集めているが……昨日と一昨日で得た情報だけでも、大分色んな事が起きている。前世の魔晶族関係も大分複雑そうだ。

 後は……


「あのー、話は変わるんですけど、蓮水先輩って今日は午後から来たんですか?」


 まずはこのモヤモヤをどうにかしよう。

 モヤつきの原因は分からないが、何も手立てがない以上、これを無視してはいけない気がする。


「いいや、今日は朝から来ていたはずだが」

「でも全校集会にはいませんでしたよね?」

「……確かに見かけなかったな。多分、私と会いたくなかったのだろう」

「会いたくなかった?」


 聞くと、昨日理事長は家に帰った後に蓮水先輩との会話を試みたらしい。だが、蓮水先輩は全く取り合おうともせずに終わってしまったようだ。

 落ち込んでいるのを隠し切れていない理事長が、とても可哀想だった。何とかしてやりたいが、蓮水親子間での問題だしな……部外者が下手に首を突っ込むと余計に拗れそうだ。


「兄さん、わざわざどうしてそんな事を?」


 八千代が不思議そうに首を傾げるが、オレもよく分かっていない。


「何か引っかかるんだよなー……何なんだ一体……」


 もう少し、もう少しで分かりそうなんだが……

 考え込むオレを見ながら、今度は理事長が恐る恐る切り出した。


「八千代さん、私も気になっていた事があるのだが」

「何でしょうか?」

「前世に引っ張られている生徒は、校内では私の事を王だと思っているのだろう? この場合、今の綾斗も私の事は王だと認識しているのかね?」


 理事長の質問に八千代は目を瞬かせると、しばらく考え込み、


「……恐らくは。ルカはルミベルナの事を女王としてではなく、姉として慕って付いて来てくれていましたから……それは今も変わらないと思います。なら蓮水先輩が王だと思っているのは理事長ではないでしょうか」


と答えた。


 蓮水先輩は理事長を王だと思っている……?

 だったら、だとしたら……



「何で蓮水先輩は、今日の全校集会に来なかったんだ?」



 オレの疑問と共に、今日蓮水先輩を見てからずっとモヤついていたものの正体が分かった気がした。


「家では父と息子の関係だから反発するのは分かる。でも、学校での理事長先生は今の蓮水先輩にとっては王なんだろ? 王が全校集会を開くと号令をかけて、他の生徒は皆来たのに、何で先輩は来なかったんだ?」


 もし蓮水先輩が前世に引っ張られているのならば、

 ルカという人格になっているのならば、

 理事長を(トップ)だと認識しているのならば……


 『ルカ』が行うはずの行動と『蓮水綾斗』の行動は矛盾しているのだ。


「そう言われれば……確かに、変だね」


 オレが言わんとすることに八千代も気づいたようだ。


「綾斗……いや、今はルカくんか。彼が私を王だと認識していない可能性はないのかね? 私と綾斗の仲があまりよろしくない事は分かっているはずだ」

「可能性は低いと思います。理事長先生よりも上の立場だと思っている相手がいるならば話は別ですが」


 理事長の言葉に八千代は静かに首を横に振る。


「思えば、蓮水先輩の言動はずっと……ルカらしくなかった」


 八千代の声は震えている。

 一昨日の図書室でも同じような事を言っていたな、とオレは記憶を呼び起こす。


「前世の記憶が戻った時、真っ先に私は『隠そう』って思ったんです。散々嫌な思いをさせましたし、その方がお互いにとって良いと思ったので。それがバレたのは、蓮水先輩が他の転生者たちがいる前で堂々と姉上と呼んできたのがきっかけです」


 疑問には思っていたのだ。

 なぜ、八千代の前世がルミベルナであると学校中に知られていたのか。

 八千代じゃなくとも、あんな前世を持っている事が分かれば、普通ならばバレないように振る舞うはずだ。

 蓮水先輩がバラしてやがったのか……!


「前世で散々恨みを買ったルミベルナが……今世に生まれ変わっている事を周りに知られればどうなるかなんて、ルカが分からないはずがないんです」


 そうだ。ルカがルミベルナの事を大切に思っていたのならば、他の生徒には分からないように接触するはず。だが実際は堂々と接触し、八千代を姉に……ルミベルナに戻るよう強要している。

 これじゃあ、望んで危険な目に遭わせているようなものだ。


 まさか、実はルカもルミベルナの事を憎んでいた……?

 矢吹先輩からも信頼されていたあのルカが?

 イヤ、違う……それなら全校集会の件はどう説明するんだ?


 考えれば考えるほど行きつく答えは一つなのだが、正直正解であって欲しくない。

 八千代の顔も青く、理事長の表情も……八千代の話を聞くうちに少しずつ強張っていた。

 

 三人全員が、何か気づいてはいけなかったものに気づいてしまったような表情をしていた。


 そして、全員が誰かが言い出すのを待っているようだった。


 沈黙が痛い。


 空気に耐え切れず、意を決してオレが口を開こうとしたその時だった。



 コン、コン――と誰かが理事長室をノックする音が響いた。



「……どうぞ」


 二、三秒の間を置いて理事長が許可を出す。

 がらりと引戸が開き、入って来たのは――たった今まで話題になっていた人物だった。

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