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三縁望の奪還 ~同時多発転生に巻き込まれ(に行き)ました~  作者: ひねもす
Chapter.2 蓮水綾斗の憧憬
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11.クレイヴォル

 その後しばらく理事長と話し、キリのいい時間に理事長室を出る。

 意外と時間がかかっていたようで、もう放課後だ。結局午後の授業には出られなかったな。

 そう思いながら教室に戻る廊下の角を曲がると、そこには矢吹先輩が待ち構えていた。 


「さっすが望クン、初日で理事長せんせーを味方につけちゃうなんてさー」


 矢吹先輩は相変わらずの濃いメイクに、香水を使っているのかいい匂いがする。


「……これで落ち着くなら始めから理事長先生に頼めば良かったんじゃ」


 ばつが悪そうにするオレを見て矢吹先輩はからからと笑った。


「学校がおかしくなってからずっといなかったんだもん。それに君だから理事長先生はここまで話を聞いてくれたんだ。あたしや八千代が言ったところで理事長先生は相手にしてくれなかったよー」


 胸を張りなよ、と言われて気分が上がるオレは我ながら単純なヤツだと思う。

 そうだよな、普通に頼んでれば転生の事まではきっと話せなかったよな。

 ここはポジティブに考えることにしよう。


 矢吹先輩はにやにやと笑みを浮かべながらオレの背中をぽんぽんと軽く叩いた。


「でも初日から騒ぎを起こすなんて思わなかったなー、あたしちょっと君を見くびってたみたいだよ。あたしが現場に行ったら、既に生徒がいっぱい気絶してたんだけどー……八千代がやったの?」


 そういえば、あの時謎の鎖に助けられたんだった。

 影で出来ていたようだったが結局あれは何だったのだろうか。八千代は魔法だと言っていたが……


「侑里先輩、その件なんですけど」


 両手を前で組み、八千代は改まったように話しかける。


「んー?」

「この学校に転生した『クレイヴォル』がいます」


 

 ――矢吹先輩から笑みが消えた。

 


 いつも比較的ニコニコしている人の真顔は怖い。

 オレは矢吹先輩の豹変した表情をただただ唖然呆然と眺めていた。

 しばらく黙り込んだ後、矢吹先輩は「そうだよね」と今まで聞いたこともないトーンで言った。


「ルミベルナ様もルカもアイリーン(あたし)もいて、あいつだけいないのおかしいもんね」

「さっき襲われた時、足元から出た鎖が生徒全員の動きを封じたんです」

「はあ!? あいつがルミベルナ様を助けたっていうの!?」

「私も信じられませんでしたが……あれはどう見てもクレイヴォルが持っていた『影の力』でした」


「ちょ、ちょっと待て。そのクレ何とかについて二人だけで話されてもオレ何も分かんねーよ!」


 あの矢吹先輩が声を荒げている。八千代もかなり困惑している。

 それだけでそのクレ何とかの存在が異常事態であることが分かるが、何も知らないどころかその単語も今初めて聞いたオレは置いてけぼりである。

 オレの声に二人はハッとし、会話を止めた。


「あー……ごめん」


 困ったように頬を掻く矢吹先輩に、先ほどの苛烈な表情は一切無い。


「落ち着いて話せる場所は……図書室くらい? 今日は担当誰だったっけー……」

「……私です。きっと誰も来ませんよ、行きましょう」


 そのまま二人は図書室に向かって歩き出す。

 ……二人の様子が明らかにおかしい。

 一体何がどうなっているっていうんだ。オレは何も分からないんだぞ。


「お、おい待ってくれ!」


 遠ざかる二人の背中をオレは慌てて追いかけた。





 まさか二日連続で放課後を図書室(ここ)で過ごすことになろうとは。

 今日矢吹先輩が出してくれたのは、紅茶ではなくホットレモネードだった。

 良かった。紅茶だったら絶対に理事長室で飲んだものと比べてしまっていただろうから。


「で、そのクレ何とかっていうのは何者なんだ?」

「『クレイヴォル』だよ兄さん」

「く、クレイヴォル……噛みそうな名前だな」


 八千代と話題となる名前を確認するが、どうも落ち着かない。

 オレはちらりと視線をずらす。

 オレたちは昨日と同じ場所に座っているが、視線の先――向かい側に座っている矢吹先輩は見るからにイライラしている。

 八千代もやりづらそうな表情をしており、オレに小声で「今は無視して」と囁いた。


「クレイヴォルは私たちと同じ魔晶族だよ」

「それは分かるんだが、一体どうしたんだよ? ソイツの名前が出てから変だぞ、特に……」


 オレは再び矢吹先輩の方向に視線を向けると、彼女の目が座ったので慌てて視線を逸らした。

 どうしたんだ本当に。昨日とあまりにも違い過ぎるじゃねーか。

 八千代はえへん、と咳払いをした。


「ルミベルナの洗脳が効かなかった魔晶族の話は昨日したよね」

「あ、ああ。確か……三体。ルカと、アイリーンと、もう一体いたんだったか」

「うん、クレイヴォルはそのもう一体だよ」

「ほー」


 なるほど、最後の一体はソイツか。結構重要なポジションじゃねーか。

 気の抜けたリアクションを取るオレとは対照的に、八千代の表情は暗くなる。


「……さっきの理事長室でのことに関わってくるんだけどね」

「さっき?」

「魔晶族のトップの認識についての話」

「……ッ!?」


 ――魔晶族はトップと認識しているものには基本従うし襲わないから大丈夫だよ。


 理事長室での八千代の言葉が一瞬でフラッシュバックする。

 まさか、あれか?

 あの時は八千代に止められて突っ込めなかったが、オレの考えが正しければ……


 表情が強張ったオレに、八千代は少しだけ笑って頷いた。


「兄さんは薄々気づいてるよね。魔晶族が認めていた王は、ルミベルナじゃなくてクレイヴォルだったの」

 

 やはり、ルミベルナとは別にトップがいるという予想は当たっていたのか。

 特に驚くこともなく「やっぱりそうか」と呟く。

 八千代はもう一度頷くと、無理矢理作ったような明るい口調で話し始めた。


「クレイヴォルはすごく強かった。魔晶族の中で誰よりも、きっとルミベルナよりも強かったよ。アイリーンも、ルカも、ルミベルナも。魔晶族は皆その強さを認めていたし、認めていたからこそ王と仰いだ」

「……じゃあ何でルミベルナが女王なんてやってたんだよ? そのクレイヴォルってヤツは相当な悪政でも強いてたのか?」


 分からないのはそこだ。そのクレイヴォルが王をしていればルミベルナが洗脳なんてして女王になることもなかったはずだ。


「クレイヴォルは王という立場に全く興味を示さなかった。基本的に放任主義で『敵を作っても皆倒せばいい。仮に殺されても弱かったそいつが悪い』って考えだったの。そのせいで魔晶族全体が好き勝手にしていい空気になってて……見かねたルミベルナが代わりに魔晶族をまとめることにしたの。でも他の魔晶族たちはクレイヴォルを王だと思ってるから、ルミベルナの言うことなんて聞くわけがない。――だから、洗脳という手段を使って無理矢理魔晶族をまとめ上げたんだよ」

「へーそんな経緯があったのか」

 

 オレはそう言ってちょうどいい温度になったホットレモネードに口を付ける。

 久々に飲んだが、結構美味い。今度自分用に買って帰るか。

 

「何だよ、オレはてっきりルミベルナがクレイヴォルを失脚させて無理矢理王位を乗っ取ったのかと思ってたぞ」


 あれ? ルミベルナ結構いいヤツじゃねーか? と思ったが……洗脳して戦争に投入したんだった。

 まあ人間もオレ含めて良い所ばかりじゃねーしな、魔晶族もこう聞くとすごく人間らしいよな。


 八千代の話を頭の中でまとめていると、ふとある考えが浮かぶ。


「なあ、前世に引っ張られてるヤツが理事長の言うことを聞くのって校内だけなんだろ?」

「うん、あくまでも理事長はこの学校での(トップ)だからね」


 今だ半信半疑だが、八千代の言う通りならば明日の全校集会以降は比較的安全になる……らしい。

 だがそれは校内だけだ。校外では今と変わらない……むしろ校内で発散できない分を発散しようとして被害が大きくなるかもしれない。

 それでは本末転倒だ。だが……


「ルミベルナの洗脳が解けてるなら、今魔晶族の中で王だと認識されているのはそいつだよな? クレイヴォルが転生したヤツを見つけて、学外でも無暗に暴れないよう言ってもらえれば……学外でも大人しくなるんじゃねーか?」


 我ながらナイスアイディアだ。まず探す事から始めなければいけねーし、仮に見つけてもソイツがその通りにしてくれるかは分からねーが……それで前世に引っ張られた生徒たちをコントロール出来るのなら説得でも何でもやってやろう。



「残念だけどそれは無理だよ」



 だがオレの希望は、今までずっと目の前でむすりとしていた矢吹先輩の言葉によって打ち砕かれた。


「今のあいつに王としての求心力は全くない。ルミベルナ様みたいに襲撃されるほど憎まれてはいないだろうけど、嫌われ具合はルミベルナ様以上かもね」


 おいおい、ルミベルナだけじゃなく、クレイヴォルもかよ……!?

 魔晶族の上層部は何でどいつもこいつも恨み買うような事やらかしてんだ。


「な、何でですか……!?」

「たとえ雑魚でも敵には一切の容赦をせず真正面から全力で正々堂々と叩き潰す……その『強さ』で王と認められたやつが一番やっちゃいけないことしたからね」

 

 詳しい経緯を聞きたいが、とても聞けるような雰囲気ではない。

 矢吹先輩の言葉を自分なりに解釈する。

 ルミベルナが洗脳のように『自分たちに何かされた』結果恨まれたのなら、クレイヴォルは『クレイヴォル自身が何かした』結果失望された、ということか?


「でも私、転生したクレイヴォルがこの学校にいるのなら、どんな人なのか気にな」


「――止めてよ!!」


 八千代の言葉に被せるように響いた大声に、オレも八千代も硬直した。

 声の主である矢吹先輩は綺麗に整った眉を吊り上げ、歯を噛み締めている。その目には怒りの炎がめらめらと燃え上がっていた。


「ゆ、侑里先輩……?」

「あいつは面倒事は全部ルミベルナ様に押し付けて……! 自分は好き勝手やった挙句、魔晶族全員を最悪の形で裏切って、一人勝ち逃げしやがって……! あたしはあいつを許さないよ、あんな死に方しておいて……どのツラ下げて生まれ変わってるんだ!」


 矢吹先輩の憎悪のこもった表情に、オレも八千代も愕然とする。

 荒々しい口調でそう吐き捨てる矢吹先輩はまるで別人のようだった。違う、完全に別人だった。


 オレも知り合ったのは昨日だが、少なくともさっきまでの矢吹先輩はのんびり間延びした喋り方で表情豊かにニコニコ笑う人だったはずだ。 


 今クレイヴォルに罵声を浴びせているこの人は一体誰だ……?


「矢吹先輩……でもそれじゃあ今八千代を恨んでる生徒と何も変わりませんよ」


 混乱しながらも、務めて冷静に、オレは先輩にそう声をかける。


「……分かってるよ。でも正直、転生したあいつを見たくない」


 オレの言葉が刺さったのか、矢吹先輩から怒気が少しだけ消える。

 それでも先輩から出たのは、クレイヴォルに対する拒絶の言葉だった。


 矢吹先輩は一気飲みするにはまだ少し熱いはずのホットレモネードを、ヤケ酒をするかのように勢いよく流し込む。 


「あたしはルミベルナ様に感謝してるんだ。恨まれるのを覚悟で汚れ役を引き受けて、人間と戦争になった時も一番前に立ってくれて、魔晶族の尊厳を守るためにずっと走り続けてくれた。なのに何で、今ルミベルナ様がこんな目に遭ってるんだ……!」


 感情のまま吐き出すそれは怒った声のような、泣きそうな声のような、悲鳴のような、でもどれでもない、そんな声だった。


「あたしにとって魔晶族の王は、あいつじゃなくてルミベルナ様なんだ……!」


 先輩はずっと八千代を見ていた。

 まるでそこにルミベルナが座っているかのように。



 そこまで一気に言い切った後、図書室はシンと静まり返る。



 しばらくの間を置いて、矢吹先輩はハッ、と自虐するような声を漏らした。


「……ごめん、何だか今日あたしおかしいみたい」


 申し訳なさそうな笑みを浮かべて、矢吹先輩は荷物を持ち席から立ち上がった。

 その表情はオレの知るいつもの矢吹先輩だ。


「悪いけど今日はもう帰るよ。この埋め合わせはいつかするね」


 先輩はそう言い残すと、そのままふらふらとおぼつかない足取りで図書室から出て行った。

 オレたちは、その背中に何も返すことが出来なかった。





「びっくりした。クレイヴォルであんなに取り乱すなんて……アイリーンの時にも、あんな姿見たことないよ」


 今日の当番は八千代のため、オレたちは閉館時間までは図書室で過ごすことにした。

 と言っても本を借りるヤツなんで誰も来ないので、オレたちは午前の授業で出た宿題にとりかかることにする。


「でもクレイヴォルが矢吹先輩の言う通りのヤツだったとしても、オレはソイツの事嫌いにはなれねーよ」


 八千代がじっとオレの事を見ていたので、オレはそのまま続けた。


「だってよ、あの時鎖で縛ってくれたのはクレイヴォルの前世を持ったヤツなんだろ? ソイツが前世に引っ張られていようがいまいが、オレにとっては命の恩人なんだよ」


 オレの言葉に八千代はわずかに目を見開くと、そっと目を伏せた。


「そう、だね。クレイヴォルは私も当時許せなかったけど……三縁八千代になってからは色々思うこともあるよ」


 ここで会話は止まり、そこからしばらくはお互いがプリントに記入するシャープペンシルの音だけが響いていた。

 利用者が誰も来ないまま閉館時間が近づいて来た頃、宿題を終えたオレはシャープペンシルを置いて大きく伸びをする。


「オレさ、クレイヴォルの転生者を探してみるよ」

「え?」

「だって助けてくれたし。出来れば直接会ってお礼が言いてーんだ」


 今は優先でやりたいことがあるからそれが終わってからにはなるが。

 姿を見たわけでもなく、手掛かりは何もない。生徒も学校全体で約四百人もいる。

 見つかるかは正直分からないが、助けられてそのままなのもスッキリしない。探すだけ探してみよう。


「あ、探すのはオレだけでいいぜ? お前は先輩のこと気にかけてやってくれよ」

「……分かった。私は止めないけど、気をつけてね」


 八千代は少し不安そうにしていたが、先ほどの矢吹先輩を思い出したのかオレの言う通りにすることにしたようだった。

 

 ――今日も一日が終わる。

 思えば二日連続で怒涛の日だった。だが、これはきっと明日も続いていくのだろうなとオレは妙な確信を抱いていた。

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