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三縁望の奪還 ~同時多発転生に巻き込まれ(に行き)ました~  作者: ひねもす
Chapter.2 蓮水綾斗の憧憬
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10.信用と協力

 全てを話し終えると、理事長室は静寂に包まれた。

 理事長はオレの話す内容にリアクションは取るが、口を一切挟まずに最後まで聞いてくれた。


 理事長は険しい表情で黙り込んでいる。

 そりゃそうだ。何も知らなければただ妄想をベラベラと喋ったようにしか見えない。


 だが、理事長は蓮水先輩が起こした風を見ている。

 大勢の生徒を縛り上げた影の鎖を見ている。

 簡単に切り捨ててしまうことも出来ないはずだ。


 さあ、どう出る……?



「冗談は大概にしてもらいたい」



 ああ、やっぱりダメだったか。

 オレは心の中で落胆する。


「……と言いたいのは山々だが、君が話す姿を見てしまうと何も言えなくなる」


 だが、次に続けられた言葉にオレは俯いていた顔を勢いよく上げる。

 理事長はそんなオレをどこか観念したように見つめていた。


「今のが全て演技なのならば、私は君に俳優になることを勧めるよ。そうでなければ君の頭がおかしくなったのか、とも思ったが……それならば私の頭もおかしくなってしまったことになる。その現場を実際に見てしまったのだからね。正直信じたくはないが、君の話は教師たちから報告を受けていた内容と辻妻が合う……信じざるを得ないのだろう」

「あ、ありがとうございます……!」


 信じてもらえる可能性は五割ほどだと思っていたが、上手くいったようだ。

 信じることに決めた要素にオレの態度も入っているようで、たどたどしくもしっかりと話して良かったと思う。

 一気に緊張が抜けたオレは何度も理事長に頭を下げた。


「はあ……しかし真実がこれとは言いづらいわけだ。こんなもの教師たちにどう説明すればいいのだ」


 原因が分かったと思えば別の問題が浮き上がって来たと言わんばかりに理事長は頭を抱える。

 しばらくそのままの姿勢を保った後、気持ちを切り替えるように息を吐く。


「君たちはこんなことが起きた原因を調べたいのだったね」

「はい。こんな事が起きているのも、きっと何か原因があると思うんです。それに……」


 先ほどの生徒たちとの衝突を思い出す。

 例え仲良くなくても、知っている人が別人になっておかしくなっているのを見るのは……辛い。


「出来れば……皆元に戻してやりたいんです。このままじゃ誰も救われません」


 まあ、まだ前世の情報を集めること以外に何も思いついていないんですけど……と苦笑いしながらと付け加えた。

 理事長はそんなオレにふっと笑う。


「そうか。何か私に出来ることはあるか?」

「きょ、協力してくれるんですか!?」


 オレは驚愕に思わず身を乗り出した。 

 信じてもらえれば協力を求めるつもりではいたが、まさかあちらから言ってくれるとは思わなかった。


「当たり前だろう、私は理事長としてこの学校と所属する全てを守る義務がある。それに今のこの状況をどうにかしなければいずれ生徒も教師も皆いなくなり、この学校は運営出来なくなる……そうなれば糸杉の思うツボだ」

「でも、いくら仲が悪いと言っても学校を潰すなんて……」


 八千代の表情が曇る。

 確かに圧力をかけて学校を潰そうとするなんてあまりにもやり過ぎだ。


「望くん、君は前は明迅学園にいたんだったね?」


 理事長の問いにオレは頷く。


「明迅学園がどういう生徒を入学させるか知っているかね」

「それは……入試で成績の良かった生徒ではないんですか?」

「もちろん入試を行い、成績優秀な生徒は合格させる。それとは別に地元の有力者や社長の子ども……自分たちに都合のいい生徒をを裏口で入学させ、強力なコネを作っている」


 私立の有名な学校ではあるあるな話だ。明迅学園にも裏口入学があることは知っていたが、経営陣の血縁者だけだと思っていた。確かに明迅学園にいた頃、妙に金持ちの家が多かったがソイツらもそうだったか。


「一年前、糸杉は明迅学園(自分の学校)に心底入れたい生徒がいたようだ。だがその生徒はその誘いを蹴り、この学校に入って来た。あちらはそれが気に食わなかったようでね」


 一年前ということは今は二年生……オレと同年代か。一体誰だろう。


「生徒の名前は言えないが……警備会社に圧力をかけられた際、その生徒をうちに寄こせば圧力を解いてやると実際に連絡が来た。だが、その生徒一人を生贄にするなど出来ん」


 そんなことがあったのかとオレたちは目を丸くする。

 だが転生者たちの強さを知っている身からすれば、仮にその生徒を明迅学園に差し出して警備会社に来てもらったとしても、全員なす術もなくやられてしまうんじゃないだろうか。下手すれば死人が出る。


 理事長の話を聞き、八千代は顎に手を当てると小さく唸った。


「誘われていたのに蹴ったってことはそこが嫌だったってことでしょうし……例え明迅学園に移るよう言っても本人は絶対断りますよね。今の状況なら分かりませんが……」

「恐らく本人には既に誘いが来ているはずだ。今のところその生徒が明迅学園(あちら)へ転入しようとしているような動きはない」

「それはそれで……何ででしょう……? 今のこの学校よりはずっと安全なはずですが」

「……私にも分からん。だが、本人の意思を無視して明迅へやるわけにもいかんだろう」


 ここまで話すと、理事長はゲホン、とわざとらしく空咳をした。


「……この件に関しては他言無用で頼むぞ」


 話過ぎた、と表情が語っている。

 確かに、今のは理事長と糸杉一族の確執の話で今回の同時多発転生とは何の関係もない。

 気にはなる内容だったが、今するべき会話は別だ。


「それよりも、私に何か手伝えることはないのか?」


 オレは考える。

 理事長の協力を得られるのはありがたい。だが、今の理事長に何が出来るだろう。

 外部に助けを求めようにも、糸杉一族の圧力でダメにされてしまう。

 

 その時、八千代が静かに声を上げた。


「――学校中を毎日、見回りしていただけませんか」

「……何?」


 理事長は訝し気に八千代を見るが、当の彼女は涼しい表情をしている。


「理事長はここ最近ずっと学校にはいませんでしたよね」

「ああ。ちょうど長期の主張が入っていたのと、帰ってからは警察や警備会社への対応に追われていたからな……」


 なるほど、学校で見かけなかった理由はそれか。


「理事長先生は今この学校で一番偉い人です。いくら人格が変わったり、知能が下がったりしててもその認識は皆持っています。理事長が自ら目を光らせていると分かれば、少なくとも学校内で好き勝手は出来なくなるはずです。後は、全校集会で直接伝えたりするともっと効果があると思います」

「へっ、たったそれだけで……!? っていうかそれじゃ理事長先生の方がヤバいんじゃねーか? 襲われるだろ」

「魔晶族はトップと認識しているものには基本従うし襲わないから大丈夫だよ」


 さらりと言われた言葉にオレは大いに混乱した。


 待てよ、それはおかしくないか?

 オレの認識では、魔晶族は基本組織関係のない種族だと思っていたが違うのか?

 それじゃあ、今までの話がまるっきり変わってくるじゃねーか。


 トップと認識しているものには従うし、襲わない……?


 ルミベルナは洗脳という方法で魔晶族をまとめ上げていた。

 だがそれは元々バラバラだったならず者たちをまとめたわけではない。

 まさか、まさかとは思うが……

 


 本当のトップは別にいて、洗脳でトップを自分にすり替えた?



 オレの疑うような視線に気がついた八千代は、無言でオレを見つめ返す。

 その目は以前にも見た不思議な輝きを放っており「今は何も聞くな」とオレに伝えていた。


「……それくらいならお安い御用だ。早速明日全校集会を開くとしよう」


 オレたちのやり取りに理事長も気づいていたが、突っ込まないことにしたようだ。


「理事長の名前を出せば、前世に引っ張られている生徒たちは皆来てくれると思います。よろしくお願いします」


 にっこり笑って八千代は頭を下げる。

 八千代の笑顔にいつもはオレも癒されているはずなのに、今の笑顔は何だか作り物めいていて少しだけ寒気がした。


「後は、蓮水先輩のメンタルケアをお願いしてもいいですか」


 笑顔はそのままに、八千代はさらに理事長にお願いをする。


「メンタルケア……?」

「理事長先生は今、転生の事を知りました……だから、蓮水先輩の話も聞いてあげられると思うんです。家族になら、話せることもあるんじゃないかと思います」


 理事長はしばらくポカンとしていたが、


「元お姉さんにそれを言われるとは。だがどうだかね、私は綾斗にはあまり好かれていないようだから」


と自虐的に笑う。

 訳が分からず首を傾げたオレと八千代に、理事長は蓮水先輩との関係について話し始めた。


「実は、綾斗は明迅学園に行きたがっていたのだ」

「そうなんですか?」

「偏差値や教育の質は県内でもトップクラス、名前だけなら全国でもそこそこ知られていてブランド力もある。良い家柄の者たちも多く人脈も作れる。勉強が少しでも出来るならば誰もが入りたいと思うだろう」


 理事長は一息吐くと、話を続ける。


「だが明迅学園は糸杉一族が経営している高校だ。もし私の息子である綾斗が明迅学園に入れば、どんな扱いを受けるか……想像するのは簡単だった。だから私は半ば無理矢理この高校に入れたのだ。それから綾斗は私と碌に口をきかなくなってしまってね」


 理事長としては蓮水先輩を守ろうとしての行動だったのだろうが、それが蓮水先輩を大きく傷つけることになってしまったようだ。

 理事長のことだからちゃんと理由は話したのだろうが、蓮水先輩にとっては自分を否定されたように思ったのかもしれない。

 後者は憶測にすぎないが、蓮水親子の間にすれ違いが起きていることだけは間違いない。


「だが……そうだね。いつまでもこのままではいかんだろう。私も勇気を出してみることにするよ、望君が私に話してくれたようにね」


 そう言って理事長はオレを見る。オレはと言えば急に名前を出されたため、大きく体を跳ねさせてしまった。

 理事長の目には決意に満ちている。

 その目を見るだけでこの人は本気なんだな、と分かった。


 どうか、蓮水先輩と仲を取り戻せますように。

 オレは心の中でそう祈った。

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