60「嫉妬の」
「リディアぁぁぁぁ!!!」
リディアの心臓に斑目の槍のように尖った右腕が貫通している。
リディアは何が起きたのか分からないようで口を二、三度開いては閉じた。
声は出ていない。
そして見開いていた大きな瞳は一筋の涙を流した。
僕はリディアと正面で向き合っていた。
死の間際、リディアは首を少しばかり傾け、僕の放心した顔面に慈しむような表情を送っていたのだ。
体が勝手に動いていた。
リディアの身体を抱き寄せ、斑目から引き離す。
いまや完全治癒を果たした斑目は何もしてこない。
リディアを強く抱きしめる。
小さな息遣いと冷たい吐息が耳に伝わる。
まだ生きている。
けれどそれは、風前の灯を思わせる程の弱々しさだった。
血の匂いに上塗りされた、リディア本来の薄く甘い香りが頼りなげに主張しては僕の心を締め付けた。
どうしてこうなってしまった?
リディアが死ぬ。
死んでしまう。
それは覆すことのできない事実。
回復薬で対処可能な損傷ではないことは、誰の目にも明らかだった。
僕は生きている。
そして斑目もさえも悠々と生きている。
いや、そんなことはどうだっていいんだ。
リディアが死ぬ。
死んで、そして動かなくなるのだ。
たったいま、重要なことはそれだけだ。
僕を遺して一人で……いってしまうのだ。
斑目がそのあと僕たち全員を殺してしまうことになったとしても、そんなことはどうだっていいんだよ。
今はそんなことを考える余裕すらない。
どうしてリディアは殺されなければならなかった?
そうだ。
それはリディアが騎士団に入団したからだ。
どうして入団したんだ?
強くなりたかった?
なぜ?
そんな必要がどこにあった?
薄薄気付いていたんだ。
リディアがどうして強くなりたがったのか、何を求めて騎士団に入ったのか。
僕のせいだ。
リディアが騎士団に入ったのも。
こうしていま、心臓を貫かれて死んでしまうのも。
全て僕のせいだった。
一人の女の子の生涯を僕が狂わせてしまったのだ。
誰もが打ちひしがれていた。
活発で清廉な少女が目の前で命を奪われる瞬間に何もできなかったのだ。
セブさんは斑目に飛びかかった。
「……だめだよ……セブさん」
止められなかった。
セブさんの感情に任せた突撃は、斑目に届く前に地面に沈んでゆく。
「がはっッ」
トマとエーレと呼ばれる二人も感情的になっていなされる。
二人は壁に打ちつけられて倒れた。
ロベルトさんは意識を失っている。
アイリーンも。
心臓がドクドクと波打った。
怒り、緊張、悲しみ。
すべての感情がごちゃまぜになる。
気が付いたとき、リディアの身体から熱が消えた。
彼女の身体が少しだけ軽くなったような気がする。
リディアは死んだ。
世界から、色が失われた。
「もう……どうでもいいや……」
リディアのいない世界で生きて行く必要があるのだろうか。
僕は呟いていた。
無意識に、誰に向けたわけでもない意味を持たない言葉は、誰の耳にも届くことはなく、深く刻まれた僕自身の後悔とは別に、枯れ葉のように意味を失った。
…………ドクン。
内臓に響くような大きな低音。
その音と同時にリディアの遺体が急激に痙攣した。
魂と体温は既にそこになく、ただ空っぽになったリディアの遺体は、操られるように翻った。
「リ、リディア!?」
瞬間、僕は目を疑った。
リディアの心臓の傷口から、口から、耳の穴から、穴という穴から黒い粒子が飛び出してきたのだ。
粒子は一瞬であたりを埋め尽くす。
『いやはや』
高い男の声が聞こえる。
『これは、なんということでしょうか』
聞いたことのない声だ。
その声は反響し広がる。
『おやおやあなたがペリドットくんですか? まあまあなんと、僅少な存在感』
「だ……誰かしら?」
続いて口を開いたのは斑目だった。
完全治癒を果たした斑目が声の主に問いかける。
どうやら声の主は斑目ですら把握していない、言わば招かれざる客ということらしい。
それもそうだ。
声の主はリディアから発生したのだ。
紛れもなく、リディアの身体から吹き出た黒い粒子から発生していた。
呆気に取られた。
何が起こったというのだろうか。
『おやおや、あなたは吸血鬼ですねぇ。よくも私の娘を殺してくれました……』
空気が変わった。
いまだ姿を表さない男の存在に、斑目は少なからず戸惑っている。
本能か、はたまた危険察知能力か、斑目が自身の実力よりも上位の者の出現に警戒しているのは間違いないだろう。
「む、娘ですって? その娘は人間ですわ。あなたが何者かは知らないけれど……」
『おやおや吸血鬼。私が娘だと言っているのです。それがそんなに不思議なのですか?』
斑目は答えない。
警戒の色が見える。
『はいはいだんまりですねぇ。わかりました。私の正体を明かしましょうか。警戒されたままでは会話もできませんからねぇ』
妙に落ちつかない声色だ。
不快感を覚えた。
セブさんと斑目も警戒感からか落ちつきがない。
『どろん』
その声を合図に部屋中の黒い粒子が一点に集中してゆく。
さながら蜂の大群が敵を滅する為に示し合わせて一同に集まり、総攻撃の算段を練るが如く。
粒子の大群は大きな縄状のフォルム描き密集、そこから現れたのは一匹の大蛇だった。
『あらあらまあまあ。
お初にお目にかかる、私はレヴィア。
嫉妬の悪魔を担当しております。
先程は斑目、私の娘を殺してくれて…………どうも、ありがとう』
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