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59「猛攻の末、リディア」

 その人物は獣のような咆哮とともに現れた。


「がぁぁうりゃゃゃゃゃぁぁぁぁッッっ!!」


 信じられないほどのスピードと跳躍力。


 その人物は、斑目に接近すると片手剣を振りかざす。

 数回の斬撃が見え、全てが斑目にヒットする。


「ぎゃっ……!」


 飛び込んできた人物を僕は、いや、僕たちはよく知っていた。


 燃えるような赤く短い髪、それに隠れた大きな瞳、何度も何度も捻られる柔軟な体躯。

 蜂のように舞って、さらに蜂のように突き刺すような衝動を纏った芸術的な剣技。


「ど、どうして来たんだよ!! リディア!!」


 少女は攻撃の手を休めない。


 斑目は傷を負う。

 しかし、すぐに傷跡は癒えてゆく。

 その癒えたすぐ直後、新たな斬撃が再び斑目に浴びせられた。

 その度に短く悲鳴があがった。

 斑目の表情は厳しく変わってゆく。


「どうしてって、助けに来たに決まってんだろっ!!」


 癒える前に繰り返される斬撃で、斑目は消耗しているように見えた。


「つ、強い! いけるかもしれないぞ! 斑目の回復力がついていっていない!」

「安心するのはまだ早いですよ……!」


 いやいや、そんなことよりリディアがどうしているんだ?

 確かに昨日リディアは怯えていたじゃないか。

 あれは嘘や演技なんかじゃなかった。

 間違いなくリディアは戦いに参加することを拒んでいた。

 胸騒ぎがすると震えていたんだ。

 それなのに……


 なのにどうして?

 どうして僕たちの目の前に、リディアは姿を現したのだろうか。


 助けに来たというのはわかるけれど、リディアはどうしてそんな発想に至ったんだ?


 リディアの身に何かがあったのか?


 考えを改めさせられるような、そんな重大な()()()()が起こったということなのか?


 リディアの他に2人の団員が駆けつけた。


「リディアさん、どうなってるんです? まさかこの女性が……」

「油断するなよ……見るからに手練れだ…!」


 騎士団で見たことのある2人だ。

 部隊が違うので面識はないが、確か2人とも名目剣術学校出の実力者だった。


「ねえペリドット……! そういうことなんだよね!? アリステラさんが……斑目だって、そうなんだよね………!?

 ……トマ! エーレ! 吸血鬼(バンパイア)は不死身だ! まともに戦っても勝ち目なんてない! 全員を救出することが今のあたしたちの使命だよ!」


 リディアは鋭い視線を仲間たちに送った。

 僕の知らない、一流の騎士である1人の女性がそこにはいた。

 自分とのそこはかとない距離を感じる。


 リディアは遠くに行ってしまったのかもしれない。


 僕は酷く不安になった。


 不安な兆候はそれだけではなかった。

 リディアの肩から、いや、身体中から(もや)のような()()()()が立ち昇っているのを目撃してしまったからだ。


 まるで魔獣が死の間際に放つ邪悪な魔力の残滓のように、触れてはならない雰囲気がリディアの全身を覆っていたのだった。


 トマと呼ばれる耳長族の背の高い男は、今や意識も朧げなロベルトさんの元を駆け寄った。

 亀のような甲羅を持つ魔族のエーレはハチェットを構え、トマ達を守るように立ちはだかって態勢をとった。

 その間にトマは、背負っていた鞄から回復薬を取り出して使用する。

 上質なそれはアイリーンとロベルトさんの風穴の肉をみるみるうちに塞いでゆく。


「これで2人は大丈夫ですね……」

「ああ。俺たちにも欲しいくらいだ……」

「贅沢言っちゃいけません。あれはもの凄く高いんですよ……薬の為に一生働くことになるかもしれませんよ?」

「ふん。生命よりも高いってことはあるまい」

「どうですかね……僕は自信がありません」


 リディアの戦いぶりとアイリーンたちの怪我の手当てのおかげで、僕たちは軽口を叩ける位には落ちついていた。


 だが、一番気に掛かる疑問が解決していなかった。

 リディアの身体から溢れている黒い魔力の粒子のことだ。

 それだけはどうも気掛かりだった。


 ひょっとすると悪い兆候なのではないだろうか?

 例えば呪いの類とか……


「セブさん……何かがおかしい。そうは思いませんか?」

「何を言っている援軍だぞ? それも今日のリディアさんはより一段と好調なように見える!」

「好調……ですか?」


 おかしいぞ……

 どうやらセブさんには()()()()は見えてはいないんだ。


 そんな間もリディアの猛攻は続く。


「アリステラさん! あんたが斑目の正体だったなんて! よくアイリーンさんを裏切れたもんだね!」


 斑目はリディアの攻撃を受けながらも反撃の機会を伺っている。


「裏切ったですって? そもそも私が先生(マスター)の味方で、弟子だったときがあったとでも思ってるのかしら? それは大きな間違いよ。私は先生(マスター)に出会ったときから彼女を超えていた。それに使命だってあったわ」

「使命? なんなんだよ! あんた達吸血鬼(バンパイア)は何の為にあたしたちを襲うんだよ! あたしたちは家畜とは違うんだ! 不死身のあんた達にはわからないのかもしれないけど、あたし達は精一杯生きてるんだ!」

「フフフ。そうなの、それはよかったわね。まあ私達から見ると家畜も人間も大差ないわ。人間も獣族も耳長族も小人族も巨人族も炭坑族もみーんな一緒! 所詮は食べる為に生きてる小汚いネズミとおんなじじゃない! そうよ、私達もおんなじ。違うところは、そうね……私達が上位の存在だってことだわ!!」


 斑目の爪が伸びる。


 鋭く尖ったまま、身体中の筋肉のエネルギーを一点に集中させるように。

 すぐにそれは槍のような強靭さを手に入れた。



 ___ザシュッ……



 斑目の右腕は、獲物を貫く牙のようにリディアの心臓を軽々と突き刺した。

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