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57「これ誰の?」 

 すべてが止まったこの世界で、ぽつぽつと頼りなく短い単語が会話を始めた。


 僕とアイリーンはジルさんのペンダントを通し、意思を疎通しているのだった。


「アイリーン……! 君、生きてる?」

『この通り無事じゃ……と言いたい所じゃがそうはいかないみたいじゃのぅ。いいかペリドット、今回ばかりは危ないかもしれん。

 年貢の納め時と言うやつじゃな。まあ弟子から殺されてしまうとは、それはそれで悪くない最後なのかも知れんのう。ははは!』

「な、なに、言ってる…、ばか言うな。最後ちがう」


 あ……れ?

 何故だかうまく言葉が出ない。

 考えた言葉が少し遅れて音になり、耳に届いた頃には消えている。

 時間の海を漂うように、全てが朧げだ。

 そんな夢見心地の空間に、驚くことに足の痛みは消えていた。

 しかし、生まれたばかりの赤子のように、思い通りにいかないもどかしさはある。

 会話さえも、普段のようにはいかないみたいだ。


『まあ、長い人生じゃったからな、何度も死にそうな場面はあったのじゃ。けれど何故だかわしは運が強かった。

 いつもなんとか命だけは繋がっておった。

 わしが生きておったこと自体が奇跡みたいなもんだと言うことじゃよ』

「そんな…いい…かた、無い。アイリーン、僕、出会い、最近…」

『うむ。…そうじゃな。

 わしとペリドットの時間は始まったばかりじゃった。それなのにもう…お別れだと言うのは…わしだって辛いんじゃ……

 はは! 別れが辛い……か。そんなセリフを臆面無く言えるのは何故じゃろうな? よっぽどわしは、ペリドットの事が好きみたいじゃ。ははは!』

「こんなときに……茶化さないで、よ」


 弟子に殺されて笑える…か……

 それがただの強がりに聞こえないのは、アイリーンの生き様があってこそと言うところだろうか。

 かつての弟子であるジル・ド・ライは吸血鬼(バンパイア)化した。

 彼を葬ったのは師匠であるアイリーン。

 ジルさんの恋人はアリスさんで、今アイリーンを殺そうとするのはアリスさん……いや斑目だ。

 因果応報だとでも言いたいのだろうが、いや、それは違う。

 きっとジルさんの件には裏がある。

 アリスさんの正体が斑目だとわかった今、そう思わずにはいられない。


「アイリーンは……斑目の正体、知っていた?」

『はは。知っておったら()()はならんかったわい。

 まさか追い続けてきた吸血鬼(バンパイア)が、信頼する愛弟子じゃったとは……信じられんを通り越して笑えてしょうがないわ! はは!』


 明るく言うアイリーンの表情を想像してみる。

 僕の描いたその顔は、悲しみで今にも崩れそうだった。


 僕は強い怒りを覚える。


 アイリーンが一体何をしたというのだ?


 死の呪いを掛けられ、精進することで強く生きようとした少女は、吸血鬼(バンパイア)化し凶暴になった愛弟子を自身の手で殺めなければならなかった。


 そんな不幸という言葉では到底片付けられない境遇に遭い、最期は愛弟子からの裏切りで命を落とす。


 そんな人生があっていいのだろうか?

 許されていいのだろうか?


 神さま……

 どうしてあなたは、こんな運命を彼女に押しつけているか……


「どうして……」

 

  初めからそうだったんだ。

 僕の前に現れたときから、神と名乗る者は信用ならなかった。

 呪いだなんだと脅しては、無茶難題をけしかけて。

 人の気も知らないで……何が神だ。

 もう、あなたのことなど信用するものか。



 何もかもが止まった空間の中で、斑目は笑いながらロベルトさんを見つめ、固まるように時間を失っている。

 対するロベルトさんも石のように固まったまま、苦悶の表情で睨み返している。


 腕のなかのアイリーンも変わらず眠り、セブさんは怯えた表情で短剣を構えていた。


 すべてが()()している。


 それは僕とアイリーンのからだも例外ではなかった。

 僕自身も動くことさえできないでいる。

 ただアイリーンと思考を共有し会話はできるのだ。

 その会話もままならないのだけれど……


『ペリドット。とうとう詰んだと言った感は否めんのう…どうしよう?』

「詰んだって…」


 うーん、どうしようと言われてもなあ……どうしようか……

 このままだと全滅は免れないし、折角重症に耐えているアイリーンとロベルトさんも長くは保たないよな……


 もっと僕が強ければ……


 今日ほどそう思う日は無かった。

 少し強くなってはいるけれど、所詮はこの程度、斑目に一撃を与えることもできない。

 秘策なんてない。

 必殺技なんてない。

 最終奥義なんてない。

 確かに詰んでいる。

 ここには絶望しかないのだ。


 いや……違うぞ。


 この状況は何だ?

 この、全員が石像のように停止した世界は?

 これはジルさんのペンダントの力なのか?

 それとも、時魔術の権威であるアイリーンの?


「これ、アイリーン、チカラ?」


 うう、もどかしい。

 伝わっただろうか?


『むむむ? このみーんな止まってしまった状況のことか? わしらも動けんが、この奇跡的な状況が、()()()()()の影響かと聞いておるのか? そう言われても、わしは何もしとらんぞ? ほら、さっきまで気絶しておったわしに何かできると思うのか?」


 えっ……?


 じゃあこれは誰の力なの?


『うーむ、何かの影響があるとすれば、わしかペリドットか……ペンダントと言いことになるじゃろうが、わしは心当たりがないし、ペンダントもただの飾りじゃ。ジルの魔力が残ってはおるじゃろうが……残滓といった程度じゃて、こんな状況は作れまい。

 だとすると、変わったところは……ペリドットの呪いの影響と言わざるを得ないのぅ……。

 む、そう、そうじゃ! これはペリドットの呪いの影響で間違いないじゃろう! だって……』

「だって……?」

『お主、目が光っておるぞ! ははは! かっちょいい!』


 は……い……?

 光ってる……ですって……?


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