55「最後の嘘」
「なぜって……」
ドアを開いた僕たちの眼前には、おおよそ信じられない光景が広がっていた。
吐血し、ぐったりとしたアイリーンを抱きかかえるロベルトさん。
ロベルトさんの顔色は悪く、表情はいつもとは大きく違って見えた。
その弱弱しさは、彼特有の性格からは予想だにできない。
今にも泣き出しそうな苦悶を浮かべ、座り込んでいた。
「アイリーン!!」
え……?
アイリーンが死んでいる?
嘘だ……ろ……?
僕は駆け寄った。
「ペリドット、先生は生きている……ちくしょう! 油断していた! 先生も、俺も!!」
傍らにもう一つ倒れる人影を見つけた。
ソファの横あたりに倒れているのはエイル副団長だ。
「そいつはもう……手遅れだ……」
ロベルトさんはエイル副団長を一瞥するとそう言った。
この部屋の中で、少なくとも意思を持って姿勢を保っているのはロベルトさんだけのようだ。
そんな…
ならばゼパイルさんは一体どうしたのだろうか?
僕とセブさんの他にこの部屋にいるのはアイリーン、ロベルトさん、そしてエイル副団長。
アリスさんは攫われたというが、ゼパイルさんは?
……そうか。
「ゼパイルさんも…グルだったということでしょうか……!」
「そうだ……俺たちは嵌められた……」
僕は混乱していた。
なんなんだこの状況は。
ゼパイルさんが敵だっただなんて…
一体いつからゼパイルさんは……
『俺達は家族だ。わかるな?』
あの時の言葉はなんだったんだ…
「……ロベルトさん、何か俺たちに隠していませんか?」
そのときセブさんが口を開いた。
「………」
ロベルトさんは答えない。
この反応は…
セブさんの言う通り、ロベルトさんは何かを隠しているのだろうか?
一体何を?
「ロベルトさん、なぜあなたはここに留まっているんですか? なぜ、アリステラさんを助けに向かわないんですか?」
「そ、それは…」
「なぜ、俺たちを部屋に入れまいとしていたんですか?
俺やペリドットに見られると不都合なことがあったんじゃないんですか?
無理矢理に俺たちは部屋に入った、けれど何も起きなかった。
あなたは俺たちを何らかの脅威から遠ざけたかったのではなく、真実を知られるのを恐れたのではありませんか?」
「………」
「俺は不思議だった。
俺のほかにも俺と同じように違和感の正体について、考えている人がいるんじゃないかって、そう思っていました。
けれど、誰もそのことには触れなかった。
アイリーンさんやペリドット、それにロベルトさんまで。
疑いたくなかったんじゃないですか?
ともに過ごした仲間との生活を」
「セブさん…? 何を…言って……」
僕は言葉を飲んだ。
……いや。
目を逸らすのはやめにしよう。
セブさんが言う違和感の正体。
その疑問から、僕は目を逸らし続けていた。
それはアイリーン、ロベルトさんも同じだろう。
僕はかつて吸血鬼から襲われた。
なんとか逃げおおせたのだけれど、僕はその正体を、月夜に照らされたその顔を見たのだ。
アミットで噂される吸血鬼の特徴は、長い髪の女性で、金色の瞳は斑模様、甘い香りのする美女だということ。
この特徴を聞いて彼女を連想しないしない者は居ないだろう。
そして先日聞いた魔術師たちの過去。
吸血鬼化してこの世を去った兄弟子ジル。
ジルはなぜ急に吸血鬼化しなくてはならなかったのか。
誰の眷属にされたのか。
吸血鬼は突然発生することはない。
魔術師たちに起こった真実。
斑目の正体は多分……
『あらあら、勘がよすぎるわよ。可愛く無い子だわ』
「セブ!! 後ろだ!!」
スパンっ
セブさんはロベルトさんの呼び掛けで右に大きく体を逸らした。
風の刃がセブさんの左肩に刺さる。
「うぐっ…!」
「セブさん!」
「大丈夫だペリドット! お出ましだ…… 吸血鬼のな!」
しかし振り返っても誰も居なかった。
「どこだ!?」
僕たちは周囲を見渡した。
そのとき、斑目は自分からゆっくりと姿を現した。
コツコツと靴音を鳴らし、妖艶な香りを振り撒きながら彼女は現れた。
冷徹な笑みを浮かべて。
彼女を見た時、僕は後悔をした。
なぜ僕たちは踏み込んでしまったのだろうか。
知らなくて良かったのではないのだろうか。
このまま何にも気付くこともなく、知らないふりを続けて安全に生きていけば良かったのではないだろうか。
裏切りを目の当たりにし、傷つく事などなかったのではないか。
平凡さを捨てただなんて息巻いて、結局僕は後悔をしているのだ。
あなたはなぜ…なぜ……!
その美しく少女のような笑顔を忘れない。
僕たちの、いや皆んなの憧れだった。
優しくて軽やかで色っぽくて。
何度あなたに救われたか。
きっと僕たちだけじゃなかったはずだ。
信じていた。
ずっと味方だと信じていたのだ。
どうして、あなたと敵対しなければならないのですか!
「どうしてですか……! アリスさん!!」
アリスさんは恍惚の表情を浮かべていた。
「いいわ…! いいわよペリドット君! 男の子って感じ、とってもかっこいいわ! 本当に、本当に食べてしまいたいわ。
けれど残念…あなたのその表情も、もう見れなくなっちゃうのね? そのグリーンアイがそう言ってるもの」
飄々とした態度。
いつもの柔らかな雰囲気はどこかへ消えていた。
アリスさんからは禍々しい魔力を感じる。
大きく綺麗だった瞳は斑模様に金色に光り、悪魔のように彼女の特異さを演出していた。
「アリステラ……! よくも、先生を…! よくもジルを…!」
今や涙で顔を濡らし鬼気迫る様子のロベルトさんが言った。
「終わりにしよう……! アリステラ!! お前は俺が、俺が殺してやる!!」
「きゃははははっ!」
アリスさん、いや、斑目と呼ばれる吸血鬼は高笑いをし消えた。
霧のように……
そして数秒後、ロベルトさんは胸部には大きな穴が空いていた。
その背後には斑目が立っていた。
斑目の鋭い右手は、ロベルトさんを貫いて、血を滴らせていた。




