54「間違えた僕」
「僕は、リディアのことを……」
その時、応接室の中から声が聞こえた。
とても怯えた声の主を僕たち二人は良く知っている。
『セブ、ペリドット! 絶対に、部屋に入ってくるな! その扉を開けてはならない! 絶対にだ!! 聞こえるな!? 聞こえたのなら返事をしてくれ!!』
「ロベルトさん!? ど、どうしたんですか? 何が起こっているんですか!?」
『いいから聞くんだ!! 絶対に入って来るな! 嵌めらた! 俺たちは嵌められたんだ!」
いつものロベルトさんではなかった。
いかにも狼狽しきった声、態度。
高飛車で神経質な口調ではなく、恐怖に怯えているようにも聞こえる。
僕を「小僧」ではなく名前で呼ぶくらいに焦っている。
こんなに焦り戸惑ったロベルトさんの声は初めてだ。
恐怖心は伝染する。
その態度は僕たち二人を怯えさせるのには十分なものだった。
「いったい何があったというんですか!? そこで、その部屋の中で、何が起こっているんですか!?」
僕の問いかけに、ロベルトさんはドアを隔てたままの状態で答える。
『この執事は生きていない! 実体がない! 俺たちは騙されているんだ! この屋敷に来た瞬間から!』
「どう言うことですか!? アイリーンやアリスさんは無事なんですか!? ロベルトさんは無事なんですか?」
『ぜ……全員無事だ……だがアリステラが攫われた! くそっ!』
「アリスさんが?」
アリスさんが攫われただと?
あの風魔術の名手の彼女が?
嘘だ!
そんなわけない!
信じるものか!
「なぜ、部屋に入っては行けないんですか? アリスさんを助けましょう! アイリーン! 返事をしてよ!」
『先生は眠っている……目を覚さないのだ……た、頼むから入ってくるんじゃない!
ペリドット、お前がいまからやることは一つだ。
すぐにセブと2人でこの屋敷から出ろ!
そして街まで走れ! にここから離れるんだ!』
「逃げろだって!? 何を言ってるんですか!! ロベルトさんらしくもない!
僕たちだって戦えます! ……ねえセブさん!」
いくらアリスさんを攫ってしまうほどの力を持っているとしても、僕たち全員が協力すれば何とかなるのではないだろうか。
ロベルトさんは弱気になっているのかもしれないけれど、僕たちにはアイリーンがいる。
奇跡を奇跡としない、あの最強の魔術師がいるじゃないか。
セブさんの表情を横目に見ると、なにやら思いつめているような緊張を感じる。
「くっ…………」
「セブさん?」
セブさんはゆっくりと、苦しそうに口を開いた。
「……ペリドット。
言う通りにするぞ……何かがおかしい」
「セブさんまで何言ってるんですか!
ロベルトさん! 僕はドアを開けますよ!」
『やめろ!!
言う通りにしろ! 頼む! 頼むから入って来るな!』
そのとき僕はやめておけばよかったのだ。
兄弟子や同期の言うとおり、堅く閉ざされ、開かれることを誰からも望まれないこのドアを、考えなしに開けてしまうべきではなかったのだ。
もしも未来の僕がこの状況を見たのなら、死力を尽くしてもこの場から僕たちを連れ出すのだろう。
何も知らない愚かな僕と、獣族由来の危機察知能力を発揮していたセブさんを連れて、アミットの中心街まで走っただろう。
一心不乱に、脇目も振ることなく。
そうしていれば未来は大きく変わっていたのかもしれない。
それは僕の周囲に対する影響だけではなく、後に全世界へと訪れる血塗られた結末の第一歩をなかったことにできたのかもしれなかった。
しかしそうはいかなかった。
この時、僕がとった行動は、後の僕の人生を大きく左右することとなる。
危機感が足りなかった?
それとも、セブさんが止めてくれなかったから?
いいや、僕は聞く耳をもっていなかったのだ。
紛れもなく、僕はこの応接室のドアを、僕とロベルトさんを隔てているこのドアを、開けてしまうのだ。
さんざん吸血鬼のことを聞いていたのに、どこか自分には関係のないことだと思い込んでいたのかもしれない。
アイリーンやその弟子たちが、難なく退治してくれるのだと、心のどこかで感じていたのだ。
呪い以上の不幸など、僕に訪れることなどないのだと。
甘かった。
僕は勢いに任せて扉を開き、応接室に飛び込む______
眼前にはアイリーンを抱いたロベルトさんが見えた。
背筋が凍った。
アイリーンの口から、赤い血が流れていたからだ。
「……アイリーン…ど、どうして……?」
死んでいる……?
そんな……馬鹿な……
どうして……
どうして……スカーフを脱いで……いるんだ?
おかしいじゃないか!
呪いの効果を打ち消すスカーフを、どうして今、この場で脱いでいるんだよ!
あれはアイリーンを呪いから……全ての攻撃が心臓に刺さるという、そんな理不尽な呪いから身を守る為の物だったじゃないか!!
ロベルトさんの表情は固い。
その顔に張り付いた表情はひたすらに「後悔」の念を訴えていた。
「……なぜ開けた……ペリドット…」
その言葉は詰問するでもなく、ただただ悲しみを持って発せられている。
知られたくなかった秘密を漏らしてしまった子供のように、今にも泣き出しそうに目を潤めさせて。
【※重要なお願いです!】
「面白かった!」
「続きが気になる!」
「更新頑張って!」
と思ったら、↓の【☆☆☆☆☆】から評価で応援をお願いします!
ブックマークも頂けると幸いです!
執筆のモチベーションです!
引き続きよろしくお願い申し上げます!




