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53「きっと解決なんてないのだと」

 どれ位の時間が経ったのだろうか。


 蒸し暑く、重たい空気の応接室に入ってから、既に少なくとも数時間が経っていただろう。


 エイル副団長は何度もソファから立ち上がってはソワソワと落ち着かない様子で、珍しい貯蔵品の数々を見学した。

 審美眼があるのかないのか、ひたすらにブツブツと感想を述べている。


 なかでも、異国の剣が気になるようで「触れても良いか?」とジェンキンスさんに懇願した。

「もちろんでございます」という合図が下れば子供のようにはしゃぎ、ベタベタと遊ぶように剣を弄ぶ姿は少しだけ可愛らしく見えた。


 そう言えば昨日、アイリーンから自前の剣を鞘と一体化させられたのだったな。

 可哀想だし一本くらい分けて貰えないだろうか。

 ダメですかね?


 ジェンキンスさんはというと、お茶のおかわりを用意したりと終始忙しそうだ。

 執事という仕事は、仕事が無いときでも仕事を見つけて来る能力に長けている。

 僕だったら暇さえあれば座ってぼーっとしたいというのにだ。


 さてアイリーンはというとガチ寝である。

 いまやソファの大部分を占領し、鼻風船を膨らます勢いで眠っている。

 寝る子は育つか。


 いやいや、一番年配だった。




「ゼパイルさん、交代の時間です」

「ああ、頼んだぞ」


 応接室の外で門番をしているゼパイルさんと僕は交代し、セブさんと二人きりになった。


 こうしてセブさんと二人だけで会話をする機会なんて今までなかった気がする。

 うん、初めてかもしれない。

 いつもはこの間にシルビアさんが居たからね。


 同期入団での中でも一番に距離を感じるセブさん。

 そういえば、いつもセブさんから避けられていたような?

 今思えばそんな気がしてきた……


「な、なんだか二人っきりになるの、初めてですね」


 緊張してか、変な言い回しになる。


「……ペリドット、お前は本当に鈍感なんだな」

「え? 何のことです?」


 鈍感?

 セブさんが、冷たく責めるようなそんな表情を浮かべている。

 八重歯が覗いた。

 ハーフとはいえ獣人。

 フィジカルでは人間とは比較できない戦闘力を持つ。

 敵意を向けられれば僕になす術はない。


「俺はお前が嫌いなんだよ」


 思い掛けず向けられた言葉。


「え……?」


 声を失った。


 僕は今まで生きてきて、人間関係のいざこざに巻き込まれるような事こそなく、ましてや面と向かって「嫌いだ」と宣言されるほどに悪い人間だった自覚はない。

 きっと聞き間違いなのだろうと、いつものように愛想笑いで流してしまう。


「聞こえなかったか? 俺はお前が嫌いだと言ったんだ。

 憎くて憎くて堪らない。

 その曖昧な態度も……気に食わない」


 こんどこそハッキリと聞いた。

 うっ、そ、そうか……


 で、でも何故?

 僕はセブさんに恨みを買われる覚えはないのだけれど。


「セブさん……それはどういう意味なのでしょうか? 僕がセブさんの気に障るようなことを? だとしたら謝ります。

 僕はセブさんとの間に遺恨を残したまま、騎士団にはいられません」

「リディアさんが……」

「……リディアがどうしたと言うんですか?」


 セブさんはやれやれと言わんばかりに、大きく溜息をついた。


「どうせ気がついて無かったと言うんだろうが、リディアさんはお前の事が好きなんだ」


 リディアが僕を?

 そんなわけがない。

 彼女はただの幼馴染みだ。

 いつだって兄妹みたいなものだったし、きっとこれからも……


「な、何を言ってるんですか? そんな訳ないじゃないですか……はは」


 ___リディア。


 赤毛で活発な僕の幼馴染み。

 共に育った欠け替えのない存在。

 変わらず僕の側にいる、そんな空気みたいなやつ。


 リディアが僕を好きでいる?


 だとしたら……


 僕は考えた。


 今まで気が付かないフリをしてきた数々の出来事の蓋を開け、のぞき、手を突っ込んでかき混ぜる。

 爪先に触れた僅かなリディアの言葉を、動作を、表情を、温もりを掬い取って一つづつ数える。


「ぼ、僕は……」


 僕はとんでもないバカ野郎だった。


 リディアは好意のメッセージを、態度を、僕という人間に向き合い示していた。

 そして、気が付かずのうのうと暮らす僕に対して思うところがあったとしても、それを自身の心から吐き出すことなく、ずっと隠してきたのだ。

 ただひっそりと。

 無視をするという虫のよさで身を固めた、僕の真横に立って。


 し、しかしだ。

 それとセブさんとが、一体どういう関係があるんだよ。


「できればそう言うことは、本人の口から聞きたかったものです……けれど、セブさんはなぜそれを? それに……そのことと、セブさんが僕を嫌う気持ちとどう関係があるのですか?」

「……俺は、リディアさんが俺を助けてくれた時から、俺の前に現れたときから、リディアさんのことが好なんだ」

「…………はい……?」

「結婚したいと思っている」

「…………」


 セブさんがリディアと?


「大切なのはリディアさんの気持ちだ」

「僕は___」


 僕は何を思えばいいのか?

 急にリディアの気持ちを、セブさんの気持ちを聞かされて僕は___


「ペリドット……お前はどう思っているんだ? 俺みたいなやつからリディアさんを取られたとしても何も思わないのか?」

「…………」

「お前は今、何を思っているんだ? そして何を考えているんだ?」

「わ、わかりませんよ!」


  僕は声を荒らげていた。


「俺は、お前には勝てない。どう足掻いてもお前にはなることができないんだ! だからな、お前のその態度が、頭にきてしょうがないんだよ!」

「そんなこと、セブさんには関係ないだろ!」

「いいや関係あるね! お前は自覚するべきだ。自身に宿る呪いの力、魔術師の才能、リディアさんから選ばれたという事を! 大いなる力には大いなる責任が伴うのだ! このままリディアさんを振り回すようなら、俺が黙ってられないんだよ!」

「僕だって……僕だって強くなりたいんですよ! そして、皆んなを守りたいんだ! 家族や、リディアだけじゃない。アイリーンやシルビアさん、セブさんのことだって、僕は皆んなでいつまでも笑っていたいんです!」


 沈黙。


 そもそもが、答えのない話だ。

 僕は騒ぎ立てただけで、いつも何も解決できない。


「……俺はリディアさんに幸せになってもらいたいんだ。

 お前を……応援したいんだよ。だから聞かせてくれ。

 お前はリディアさんのことを、どう思っているんだ……?」

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