49「ジル・ド・ライ②」
ロベルトは圧倒された。
明らかにフィジカルの強さが助長され、そのうえ傷をも癒やす怪物が、今やロベルト自身の命を狙っているのだ。
しかし、ロベルトは攻撃できないでいた___
何故なら、ジルとの今までの生活が、友情が、兄弟愛が、彼に攻撃の意思を与えなかったからだ。
「どうしてしまったんだよ……ジル……お前は、最強の魔術師になるんじゃなかったのか……?
正義の味方になるんじゃなかったのか?
人なんか食ってしまって、それでいいのか? それは、お前が一番憎んできたことじゃなかったのか?
アリステラはどう思う? お前のこんな姿、アリステラが見たら悲しむんじゃないのか?
俺たちは決めたよな?
アリステラを……俺たちの妹を……守るって決めたじゃないか!
いまならまだ戻って来れる……ここには俺しかいないんだ。
俺が黙ってさえいれば、また今までのように、俺たちは修業が続けられるんじゃないのか?
ジル……ジル……ジル!!! 目を覚ませジル!!」
分かっていた______
ロベルトには全て分かっていた。
ロベルトの言葉が、ジルの耳には届いていなかったことを。
ジルがもう、元には戻らないことを。
こいつは怪物で、怪物は人々の敵だ。
俺は、こいつを………
こいつが罪を重ねてしまう前に、罪のない人々を殺して、喰って、悲しみと憎しみの連鎖を作ってしまわないように、俺がこの手で……
この手で……
殺してやるしかないことを。
いつの間にかロベルトは泣いていた。
「______離れろロベルト!!」
ダンッッッ
間一髪だった。
ロベルトの混乱している束の間に、ジルの強靭な四肢による攻撃が前髪をかすめた。
「ぼっーッとするでないロベルト! 今がどんな状況か、お前は分からんのか!」
今の状況?
どんな状況なのだ……俺には分からない。
「先生……ジルが……」
「黙っておれ! 大体の状況は掴めたぞ。それよりもアリステラはどこじゃ?」
「わ、分かりません……生きているのかどうかも……」
「___アリステラは無事じゃ。魔力を感じる。お! 今ちょうどこっちに来ているようじゃ」
足音が聞こえた。
そして地下室の入り口にアリステラが顔を出した。
「アリステラ! これ以上は来るんじゃない!」
「ロベルト? それに先生? 何があったというんです? ジルは? さっきからジルの姿がどこにもないんですわ______」
「話は後じゃ……ロベルト、アリステラを連れて出て行ってくれ」
「先生そんな!」
「いいから言うとおりにするのじゃ!!」
「ぐ……」
「先生! 何を!? ……ロベルト離して! ジル、ジルがそこにいるのですね? どうして会わせてくれないのですか? ジルが何をしたって言うんですの?」
「___『スリープ……』」
アリステラはフッと意識を失う。
ロベルトの腕に抱かれたまま、二人の弟子は邸宅を後にした。
地下室には失意のアイリーンと、今や人では無くなってしまった彼女の弟子のみが残った。
「……ジル。すまなかった。
お前を助けてあげられる術をわしは知らんのじゃ……何が師匠じゃ、何が魔術師じゃ!
お前をこんな姿にさせてしまって……
わしがあの時、お前を魔術の世界に誘わなければ……!
お前は平和な世界で暮らせたのに……恨んでくれ……わしを恨んでくれ……」
弟子の去った地下室でアイリーンは泣いた。
アイリーンにはジルの変化の秘密が分かっていたのだ。
”吸血鬼化”
それがまさか愛弟子の身に起こるとは。
当のジルの体格はみるみると肥大化してゆく。
筋肉を操作できるのだ。
それも吸血鬼化の特徴だ。
「ジル……お前はわしには触れることができんじゃろう」
アイリーンは、ジルから貰ったクロスのペンダントを見せた。
「ジル。お前はこれを、わしらに身に付けてほしかったんじゃな。
そして、わしらを守りたかった……」
無論ジルにそんな意図などない。
クロスが吸血鬼に有効であるということすら、ジルは知るところではなかったのだから。
ジルは単にそれをみんなで付けたかったのだ。
それが結束の証かのように、ファミリーの絆の証かのように。
「吸血鬼の弱点も、知っておるぞ……お前は知らんじゃろうからな……ビックリするでないぞ___」
アイリーンは地下室の床を無詠唱で分解してゆく。
床はサラサラとした砂よりももっと細やかな物質へとなってゆく。
それらは新たに何かを形作る。
鉛の塊のように変形したそれはみるみる杭の形となった。
「……本当はシルバーがいいんじゃ。それならば一瞬じゃったろう。
今回はちと、苦しいかもしれん……我慢してくれ」
吸血鬼と化したジルは、異変を感じ取ったのか咆哮を上げるとアイリーンに向かってきた。
咆哮は大気を劈く。
それを合図にしたかのようにジルの心臓に鉛の杭が打ちつけられた。
再びジルの咆哮が響いた。
先ほどとは毛色の異なる単純な苦しみの声、断末魔。
アイリーンは目を背ける。
耳を塞ぐ。
心を空にしようと試みる。
背けた視界があっという間に歪む。
涙が溢れて止まらない。
弟子の最期を見届けなくては……
しかし涙は止まらない。
アイリーンはそれを拭おうとするが、両手は耳を塞いでいた。
「もう、どうしようもないではないか…………」
アイリーンは声を上げて泣いた。
数十年、いや百年以来の涙は、熱く長く、そしてファミリーに巨大な穴を空けた。
とにかく、声を上げなければならなかったのだ。
鼓膜が、破れるほどに。
ジルの断末魔をかき消すように。
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