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45「エイル副団長」

 決戦の前に僕は、ルイーズさんの話をしなければいけないだろう。


 僕達は仲間を失った。

 あの武骨で大きな体格を持ち、その反面小心者で意外にも大らかな性格の、気の良いおじさんの話をしなければいけない。


 ルイーズさんは入団したての僕に、とても親切に接してくれた。

 時には父の様に、はたまた母の様に、ルイーズさんの周りには家庭的な温かさの不思議な空間が広がっていた。

 その空間は誰もを取り込み、包み込んでしまう。

 癒しの魔力とでもいうのだろうか、あるいは彼なら、失われた回復魔術も使えたのかもしれない。


 そんなルイーズさんはアルファの屋台骨だった。

 長い演習では手料理で団員を元気付け、細やかな作業もお手の物だった。

 その武骨な両手で数々の笑顔を作ってきたのだ。


 植物を育てるのがとても好きで、本部の中庭にはルイーズさんの花壇がある。

 暖かくなればたくさんの花が咲き誇るのだろう。

 しかしその時にはもう……ルイーズさんはいないのだ。


 僕の中には恐怖心よりも、仇を取りたいという気持ちが大きく育っていた。

 許せない。

 僕の頭には血が昇っていた。 

 どくどくとドス黒い感情の在り処を肺の奥に感じる。



 けれどリディアは違った。


「何だか胸騒ぎがするんだ。怖いんだよ……」


 こんなに弱々しく震えるリディアを見るのは初めてのことだった。

 僕はその手を握る。

 その手は柔らかくもマメでゴツゴツとしていた。


「えっ?」


 リディアは驚いて顔を上げる。


 とっさに、僕はその頭を撫でた。

 幼い頃は、よくこうして触れ合っていたものだったが、いつしか僕たちは大きくなり、周りの視線が気になったりもした。

 そうしてお互いの温もりを忘れながらも、この温もりを求め合っていたのかもしれない。


 少なくとも僕にはそれが必要なのだった。


 僕はルイーズさんの様になりたかったのだろうか?

 急に思い立ったように優しさを振りかざしたって何の意味がある?

 僕は僕でしかない。


 いや、僕は僕だ。

 僕にしかできない、僕という役割を持った人間だ。


「大丈夫だよ。リディアには僕がついている。僕に任せてくれ」

「なんだよ……あたしよりも、弱いくせに……」


 リディアの頬が紅潮する。

 その朧気に小さくなった存在感がしおらしくも感じる。

 不謹慎にも可愛らしいと思った。


 ___言おう。


 僕が言わなければ、守らなければいけない。


「副団長。お話があります」

「どうした、ペリドット君」


 いかにも冷淡そうな眼つきが僕を差す。


「リディアを……討伐隊から外してください」

「!!!」

「……なんだと?」


 この場にいた全員が驚き、僕に注目した。

 それもそうだ。

 討伐隊の編成は騎士団の決定である。

 今更覆せるものではない。

 命令に背くことは団の意思に背くこと。

 それは団員全体の士気の低下を招きかねない。


「ちょっと待ってくれよ! あたしは行くよ!? そのために強くなったんだ!」

「……リディア、今は僕の言うことを聞いてくれ!」

「リディア君は重要な戦力だ。討伐隊から外すことはできない。例え戦いを怖れ震えていてもだ」


 この男……リディアの気持ちを知っていて……!


「気付いていたのですね……」

「当たり前だ。私を誰だと思っている? 部下の心情を把握するのも私の重要な仕事だ」

「ならば何故ですか!? 覚悟の無いものに、どうして戦えと言えるのですか!」

「ここは軍隊だ。貴様らのような子供たちのお遊びの場ではないのだよ。

 友情だ? 恋情だ? そんなものは捨て置け。

 真新しい墓石に貴様の名を刻まれたくなければな」


 ……こいつ。

 こんな奴と一緒に戦えと?

 クソ! リディアはただの女の子なんだ!


 握った拳に気が付いたリディアが僕の袖を引いた。


「……もういいよ、ペリドット」


 しかしその手は震えていた。


 僕はどうしてもリディアを連れて行きたくなかった。

 このままリディアと戦地に赴けば、もう会えなくなってしまうような気がしてくるのだ。

 あのルイーズさんのような最後を、リディアには迎えて欲しくない。


 そして僕が恐れていることは他にもある。

 この戦いの中で、ともすれば僕の命も危ないのかもしれない。いや、その危険性はリディアのそれよりも高い。

 もしも僕が死んだ時、その無残な死に方を、僕の引き裂かれた肉体を、リディアの心に焼き付けたくはないのだ。


 僕たちは幼いころからともに育った。


 きっといつかは別れるのだろう。

 しかしそれは今ではない。

 もちろん明日でもない。


「無理なお願いなのは承知の上です……

 副団長に意見したこと、命令を違反したこと、どんな罰でも受け止めます! 

 だからどうかお願いします! リディアを討伐隊から外してください!!」


 とにかく僕は頭を下げ続けた。

 この気持ちが誠意として伝わればいい。

 わがままだとは痛いほど理解していた。


 その時、セブさんは僕の肩にそっと手を置いた。


「私からもお願いします。覚悟の無いものは戦闘の邪魔です。

 私がリディアさんの分も活躍して見せます」

「セブ君……」


 リディアは涙を堪え、何も話せない様子だった。

 ゼパイルさんは何も言わずに壁に寄りかかっている。


「セブ君といったかな? 貴様までそんな戯言を……」


 そんなひたすら重たい空気のなか、けたたましくドアが開く。


 バンッッッッ!!


 ドアの向こうには彼女がいた。


「___なんじゃ。穏やかじゃないのう」


 そうだ。

 僕は、心のどこかで君を待っていたのだ___


「専門家を差し置いてこそこそ相談とは、けしからんぞペリドット」


 この幼い声と、それに似つかわしくない口調。

 空気を一切読んでくれないこの調子。

 ともすれば邪魔者だとも思える存在。

 けれども血のかよった温かい存在。


 開かれたドアの前に立っていたのは、大きく両足を開き胸を張った、僕の魂の友(ソウルメイト)だった。

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