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30 「リディアの場合」

幼馴染リディアの視点です。

 初めての経験だった。


 それは急にやってきたわけではかった。

 それは徐々にやってきた。

 ちゃんと足音をさせて。

 初めはぺたぺたという音。

 今はしっかりとした大きな音。


 恋に始まりは無かった。

 気付いた時には始まっているのだ。


 あたしは彼が好き。

 特別に好き。

 誰よりも好き。

 彼になら何をされても構わない。

 それぐらいに大好き。


 いつからそんな風に感じるようになったんだろう。


 ずっと一緒だと、きっかけなんて忘れてしまう。

 ううん。

 きっかけなんて無かったんだ。

 ただそこに彼がいて、あたしが隣にいる。

 それが日常で、それが全て。

 そしてそれが永遠になればいい。


 そう思っていた頃が懐かしい。

 そう思っていた自分が懐かしい。


「二人でいれば何でもできるよなっ」


 何の不安も無く、打算すらもなく声を合わせていた自分が、今は思い出せないのだ。



『恋をすれば強くなる』


 女の子の友達はよく言うけれど、それは違う。

 あたしは恋を意識した瞬間から、弱く頼りなく嫉妬深い人間に成り下がってしまった。



 恋をすれば強くなるのは大嘘で、恋が成就すれば強くなるのが本当だ。



 小さい頃のあたしは、とにかくヤンチャだった。


 女の子とは遊びが合わず、男の子とばかり遊んだ。

 髪の短いあたしはよく男の子だと間違えられた。

 剣術の真似事やボール蹴り。

 言葉の要らない世界で、あたしは目一杯暴れた。


 父さんも母さんも心配したけれど、やりたいことをやらせてくれた。



 6歳のとき、剣術を始めた。

 師匠は隣に住む彼のお父さんだった。

 ペリドットも同時期に剣術を始めたから、彼との距離はその時から縮まったのだと思う。



 彼には才能があった。

 習い始めて一年で、大人の剣士を打ち負かしたこともある。

 かっこよかった。

 鼻に掛けないところもいい。


 あたしだったら、褒めて欲しくて自慢して周るところを、彼はまぐれだったと気遣った。

 それが自然にできるのだ。



 彼は妹を溺愛していた。


 妹のサラちゃんはすごく美人で可愛らしくて、女のあたしが見ても好きになるくらい。

 彼はサラちゃんにべったり。

 サラちゃんも彼のことが大好きだ。

 兄妹なのに、あたしは少し嫉妬している。


 サラちゃんが攫われたとき、彼はあたしを頼ってくれた。

 街の男達よりもあたしをだ。

 それはあたしが、一級剣士(ファースト)だからかもしれないけれど、それでも嬉しかった。

 好きな男の子から頼りにされて嫌な女の子はいないでしょ?


 うん。

 あたしはいつからか女の子になっていたのだ。



 地下牢を見つけたあの日、不謹慎だけど少しだけ嬉しかったのだ。

 彼と同じ方向を目指す。

 それもすぐ隣で。

 そんな事件が新鮮だったのだ。



 けれどもあたしは、彼の役には立たなかった。


 彼は地下牢で姿を消した。


 わけがわからなかった。

 事件性を疑ったが、地下牢には何もなかった。

 彼の姿はどこにもなかったのだ。


 生きた心地がしなかった。

 つい昨晩も殺されかけた彼が、またあたしの目の前から消えたのだ。

 おかしい……おかしい……おかしい。

 何も考えられなかった。


 屋敷から出たあたしは、仲間たちの前で気絶した。




 ___彼を失いたくない




 笑える。

 彼はあたしのモノじゃないのに。


 あたしの気持ちは、彼の自由を奪うことになる。

 それはわかっている。

 彼には彼の運命があるのだ。

 わかってる。


 ……わかってる!


 ……わかってるってば!



 どうしてあたしはこんなに嫉妬深いんだろう……





 彼は帰ってきた。

 また眠った状態で。


 地下闘技場で魔獣と闘わされた?

 そんなの異常だよ。

 〝平凡〟でいるんじゃなかったの?


 アイリーンさんと出会ってからの彼は、〝平凡〟とは程遠い存在になった。

 サラちゃんも、おばさんも、みんな心配している。

 おじさん……いや団長だって、何も言わなくても心配しているはずだ。


 アイリーンさんの弟子になった日から、彼は変わった。


「毎日が充実してる」


 そんな風に言い出しそうだった。


 けれどそんなの彼じゃない。  

 あたしの彼は……





 ある晩、彼が訪ねてきた。


 なんと彼は吸血鬼(バンパイア)に遭遇したという。


 やっぱりそうだ。

 彼は平凡じゃないんだ。

 才能があって優しくて穏やかで平凡な彼はもういないんだ。

 彼がどんどん遠くなる。



『僕も、騎士団に入るよ___』


 嬉しい。

 聞いたときはそう思った。

 これから彼と苦楽を共にして、同じ街、同じ世界で、同じ景色を見ることができるんだ!


 けれども直ぐに間違いだと思った。


 あたしは、ペリドットに危険な目には遭って欲しくないのだ。

 ラスラ騎士団は大きな組織だ。

 情報規制が張られているぶん、明るみにされていなくても危険な任務はある。


 きっとペリドットは出世する。

 そして危険な任務に借り出される。


 違う!

 ペリドットには普通の人でいて欲しいんだ!



「散々誘っておいて、今更こんなこと言うの悪いんだけど、入団のことなんだけどさ……やっぱり考え直してくれないかな」


 あたしはそう言った。

 何食わぬ表情でそう言った。



 身勝手だ。


 あたしはあたしのエゴで、あたしの気持ちを優先している。


 涙が込み上げてくるのが分かる。

 ここであたしが泣けば、ペリドットは困惑する。

 そしてあたしに優しくするだろう。

 もしかしたら、入団を諦めてくれるかもしれない。


 だけど、それは卑怯なことだよ!


 でも、卑怯な手を使ってでも守りたいんでしょ?

 それが彼のためじゃなくても!

 あたしのためだとしても!! 



 あたしは…………



 あたしは、ペリドットに相応しくない。

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