02「サラ」
___焼けるような痛み、そしてカーネリアさんとの出会いの日から、ちょうど一月前。
冬のはじめの凛とした朝、アミットの街は早起きだ。
ありきたりでいて奇跡のような世界の隅っこで、その『平凡』を信念とする一人の青年はぼんやりと暮らしている。
「お兄ちゃん! もうっ! いつまで寝てるのよ!
今日は面接に行くんじゃなかったの?」
妹のサラがいつものように僕を起こした。
ここはフィリス国ラスラ領アミットの街。
太陽は昇り、やがて翳ってゆく。
そして漆黒の闇が訪れ、やがて新たな朝日が注ぐ。
当たり前の毎日に、人々は流され抗い人生を全うした。
しかし、その月日や季節の移ろいが『魔術師』によるものだと知るものは少ない。
「おはようサラ。今日も朝から元気だね……」
「まったく! お兄ちゃんたらいい加減に1人で起きなきゃダメだよ。私だって忙しいんだからねっ!」
毛布をはぎ取られ途端に寒くなる。
やめてー。
あと五分だけ……だがそんな要望をサラは聞いてはくれない。
「今日もサラは可愛いな。いまから学校かい?」
ふぁ~眠い。
何やら変な夢を見ていた気がする。
妹は今日も可愛い。
その事実が安心する。
「当たり前じゃない。普通の学生は週に5日は学校に通うのよ。
そして、お兄ちゃんはお仕事を探しにいくんじゃなかったの?」
「ああ。そうだった。今日は面接の日だよ。
サラは朝が強くて羨ましいな。むにゃむにゃ……」
僕は毛布をまた被った。
「だ・か・ら・起きろ!」
またも毛布は引き剥がされた。
「ったくお兄ちゃん。そんなだから恋人もできないんだよ?
のんびりしてないで早く顔を洗って来てよね。
そんなんじゃ面接落ちちゃうよ!」
恋人……面接……妹から言われると、また一段と辛い話だ。
ていうか妹よ、面接当日に落ちるとか言うんじゃないよ。
はいはい、わかってるよ。
働かざるものなんとかって言うよね。
でもなかなか仕事ってのは長続きしないんだよ妹よ。
うー。
しかし最近めっきり寒くなったなー。
本当はサラに起こして貰わなくても、自分で起きることくらいはできたのだけど、それじゃあ勿体ないじゃないか。
僕は兄として、一人の男として「妹から起こしてもらえる」という優越感を満喫する為に、朝が弱いフリをしているのだ。
そうそう。
仕事ってのは長続きしないっていうのは、僕の実体験によるものだ。
この年齢にして、僕は既に色々な職を転々としてきた。
どれも短期間でクビになったものばかり。
僕には、もう普通の仕事は無理なのかもしれない。
学校を卒業して、はじめて勤めた牧羊場では、羊を半分逃してしまってクビになった。
羊という生き物は実は意外とすばしっこい。
一頭を追いかけるともう一頭は逃げ、さらに一頭逃げられると収拾がつかない。
うっかり開放したままのゲートから半数が逃げた。
トコトコ、バラバラと草原に消えて行ったよ。
きっと今頃は、魔獣の餌にでもなってることだろう。
おいたわしい……
魔術でも使えたなら一気に誘導できて便利なんだろうけど、そんなのは夢のまた夢。
僕の住む街に〝魔術師〟はいない。
というか僕は一度も見たことがない。
先天的な才能と、たゆまぬ努力の賜物である魔術は、庶民の生活にはほとんど関わりがなかった。
あるとすれば、王族や貴族が抱える軍事力として使用されることくらいだ。
『国の為には王より魔術』
古くからのことわざだ。
国は国賓として魔術師を迎えることがあるらしい。
遠距離攻撃が可能な魔術師は、一般的な兵士と比べものにならない程の戦力となる。
軍事力としての利用が難しい理由としては、圧倒的に数が少ないこと。
そして、変人が多いことが上げられるらしい。
僕にも魔術師の友達ができれば、身を持って実感することができるのだろうか。
いや、そんな日は来ないだろうな。
ラスラ領から外の町に行けば〝冒険者〟と呼ばれる人たちがたくさん居て、その冒険者の中に魔術師もいると聞く。
父さんも昔は冒険者として活動していたらしいが、前衛の戦士職だったようだ。
酔った時によく話してくれた迷宮や魔獣討伐の話は、幼い僕やサラをわくわくさせた。
「父さんは魔術が使えないの?」
サラが無邪気にそう聞くと「魔術ってのは生まれ持った才能みたいな物だからな…………でも父さんだって、魔術師と剣術で渡り合ってきたんだぞ」
そう自慢げに言ったが、表情は物哀しい。
努力したができなかった。そういうことなのかもしれない。
冒険者時代の詳しい話はしてくれなかったが、いつも話の最後は決まっていた。
「ペリドット、サラ、冒険者なんてろくなことがない。
なりたいだなんて言うんじゃないぞ。
父さんはお前たちまで失いたくないからな」
そう言うと父さんは僕達を抱きしめた。
汗とお酒の混じった臭いがした。
父さんは相当強かったらしい。
今はというと、ラスラ騎士団の団長を引き受けているくらいだ。
歴代最強と名高い。
僕達は、父さんの仕事のおかげで裕福とまではいかないものの、何不自由なく暮らしていた。
兄弟ふたりとも学校に通わせてもらい、母さんも働きに出ずに主婦ができる。
これがどれくらい恵まれたことなのかピンとこない僕達だったが、家族が共に居ることの大切さは理解しているつもりだ。
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