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26「恐怖の魔開」

魔開(まかい)

 それはとてつもない苦しみだった。


 殆どの人々のように魔力の無い者、もしくは魔力の乏しい者の体内に強制的に〝魔力の種〟を流し込み、それを体内に留める。

 それが成功すれば、その魔力の種を培養する。

 次第にその魔力は自身に馴染む。


 太古から使われているこの方法は、魔力を持たない一般人にとっては最もポピュラーだった。

 もちろんそれを施術する者は、それなりの魔術師でなければならない。

 魔力のコントロールは繊細で、誤ると対象者は死に至ることもあるという。


「小僧。今から『魔開(まかい)』を行う。恐いのならば帰って結構」


 ロベルトさんは僕のことを〝小僧〟と呼んだ。

 以前、屋敷で会ったときは客人として丁寧に扱ってくれたのだが、今は身内になったということで容赦がない。

 殺気立った目付きは、いちいち僕を緊張させた。


「恐くなどありません。よろしくおねがいします」


 上半身は裸になる。

 ロベルトさんに背を向けて座り、心を無にする。


 何も考えない。

 何も考えない。


 落ち着いて、そよ風でも感じていよう。

 いや、それじゃあ考えていることになるな。


 何も考えないことなんて出来るのか?


 僕は寝る時だって何か考えているし、夢は毎日見ている気がする。

 ということは考えていることになるよな……


 やっぱり無理なんじゃないのか?


 いやいやそんなこと言ってられない。

 とにかく今は何も考えてはいけないのだ。


 何も考えない……

 何も考えない……

 何も考えない……

 というのを考えない。


 無心___






 ___ガンっ!!!



 激痛が走る。

 僕は声をあげた。


「うがっ!!!!」


 声と共に口から何かが出て行ってしまった気がした。


「小僧。情けない声をあげるんじゃねえ。もう一度やり直しだ」


 今のをもう一度!?

 それよりも気になるのはロベルトさんの声色だ。

 火傷しそうなほどに冷たい。

 冷たすぎる。

 一体僕が何をしたというのだろう?



 次は声を出さずに我慢をした。

 体の中心に何かが流される感覚があった。

 それを保つように集中するが、留まらずに指先から全て漏れ出した。

 あまりの痛みで集中ができないのだ。


 もう一回。

 もう一回。

 もう一回。


 そんなことを繰り返して数十回。

 僕の肉体は内面からボロボロだ。


 ロベルトさんのイライラが手に取るように感じる。

 しかし、不思議なことに回数をこなすにつれ、段々とイメージが湧くようになっていた。



 そして94回目、僕は魔力を取り込むことに成功した。

 激痛を94回。

 僕の意識は朦朧(もうろう)とし、顔の筋肉までもが痙攣(けいれん)をしている。

 もう無理だ。

 帰りたい。

 そう言いそうになって言葉を飲み込んだ。


 今、無理をしないで、いつ無理をする?

 僕は意外な自分の一面を見た気がした。



「小僧。そのまま魔力を体内で練ろ。粘土遊びのイメージだ。丸、三角、四角、丸。魔力で(かた)どれ」


 む、難しい……。

 肉体の中の魔力の存在は認識できても、それを変形させるなんてできない。


 そうこうしているうちに、僕は気絶をした。




 ___三日目。


 30回目の魔開で魔力を取り組むことに成功。

 その魔力を、あくまでもイメージだが、体内で丸く型どることにも成功する。


 ところどころ不格好だが、丸は丸だ。

 絶対に無理だと思っていたことができる。

 それは僕の自信に繋がっていった。


 僕は毎日の訓練で動けなくなるまで魔力を使った。

 どうやら魔力は使えば使う程に限界値が増えるようだ。

 微微たるものだが成長している。

 少しづつ魔術師に近づいている。


「小僧。過大評価も大概にしろ。貴様の魔力は一般人の粋を超えてはいない。

 言うなれば『魔力っぽい匂いがする』。ただそれだけだ。

 残念だが、そういうやつが一番魔獣から襲われ易い。

 美味そうな匂いだからな」


 ゴクリ……

 なんて恐ろしいことを……



 その日は、体内で魔力を三角形にする途中で魔力が枯渇。

 僕は顔から芝生に倒れ込み気絶した。



 ___五日目。


 ようやく三角形を型どることに成功。

 三角形が作れたのなら四角形は簡単だった。

 この頃から、魔力が枯渇して気絶することもなくなった。


 四六時中、魔力の形を変えて訓練した。

 じっと座ったまま集中している僕を見て、リディアがちょっかいをかける。

 おいおい集中してるんだ。

 邪魔してくれるなよ相棒。


「おーい。何ぼーっとしてんのさ? もしもーし。えいっ」


 リディアが頬を突っつく。


 加減を知らない強めの頬突き。

 正直鬱陶(うっとう)しい……


「なに無視してんのさー。ていっ」


 チョップ。

 これでもリディアはいっぱしの剣士だ。

 そこそこ痛い。


「サラちゃんも、ほら」

「お兄ちゃん。てやっ!」


 サラのデコピン。

 心地良い。

 普段ならばどさくさ紛れに胸の一つでも触ってやる僕だが、今日は違う。

 生まれ変わったお兄ちゃんを見るがいい。


 と、女子二人の攻撃を無視し続けていると、いじけたようにリディアが言った。


「ちぇっ。可愛い妹と幼馴染みが構ってやってんのになー」

「でも、こんなに何かに打ち込んでいるお兄ちゃん見たことないかも」

「それはそれで残念な話だよな……」

「リディアさん。心配なんだよね?」

「ま、まあ心配って言えば心配だけど……。 まあすぐに妥協して元のペリドットに戻るさ! つまんねーから行こうぜサラちゃん」


 リディアはそう言ったが、今回の僕は一味違うと言っておこう。


「(お兄ちゃん。頑張って!)」


 拗ねるリディアと励ますサラ。

 魔術の習得に励む僕は非現実的な毎日に浸かりきっていた。

 どこか余裕を無くしていたのかもしれない。

 けれど二人との日常によって、明らかに僕の精神は健全さを取り戻していった。


 このとき、僕に必要だったのは彼女たちという存在だったのだ。


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