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至って平凡な俺が、血液嗜好症を自覚した

作者: むいみ

初投稿です。



「いてっ」



中2の夏休みのある日、いい加減暑さに苛立ってヤケクソ気味にカッターを扱っていたら、やはりというべきか、指を切ってしまった。


「やべっ」


急なアクシデントに肝が冷え、慌てて傷口を見る。


最初はただの皮膚の切れ目だったものが、段々赤が滲んできて、溢れ出た液体は表面張力によってぷっくりと膨らんで溜まる。

とうとう限界を迎え、一筋の赭が指の凹凸に沿って流れ、掌を滑り、机の上に、たり、と丸を描いた。



「...きれいだ」


自然と口をついた言葉に、自分自身、驚いた。

きれいとは、美しいものを褒め称える言葉だ。

例えば、宝石や花、女性など。

では、血とは。

俺の世間一般の認識では、あまり良いものではない。

少なくとも、清らかとは対局的であり、血を見ることにより気分が悪くなる人がいる、らしい。

血塗れ、純血、血眼、血気、血、血、血。


どうやら、俺の嗜好は、少し歪らしい。

知らなくて良かったのにな。

勉強が面倒で、ゲームが好きな、どこにでもいる馬鹿なガキの俺が。


しかし、不思議と府に落ちた。

俺は血を見て気持ち悪いとは思わないし、グロイ映画もイケる。

そう言えば、昔から採血もそこまで嫌ではなかったな、なんて今更気づいた。


そうして、しばらくの間、暑さも忘れて血が垂れる様子をじっと眺めていた。

段々傷口の血が凝固し、出なくなったところではっと我に帰った。


随分と時間がたっていたらしい。


急いで机の上に垂れた血液をティッシュで拭き取るが、成分が固まってしまったのか、なかなかとれなかった。






それから、生活の中で「血」が気になるようになった。

調べてみたら、どうやら俺のこの血液の嗜好は「血液嗜好症」「ヘマトフィリア」というらしい。

血液に興奮するらしい。ヤバイやつじゃん。俺。

と言っても、血液なら何でも言い訳ではなく、俺の場合、虫やイカなどの血液は論外。あいつらの血はヘモグロビンではなくヘモシアニンで、青や緑色をしている。出ていたところでただキショイだけだ。

魚類なんかは生臭いイメージがあってそんなに好きじゃない。動物もしかりだ。

やっぱりヒトの血液。あの清潔感が一番いい。

それなら自分で出し放題だと思うかもしれないが、普通に痛いのは嫌だ。自傷なんてする気にはならない。




「っわ、やべ。」


「お、どしたん。」


隣の男子が紙で指を切ったようだ。

こんなことにも、ラッキー、だなんて思うようになってしまった。


「いや、指切っちまった。ティッシュとかある?」


「おう、なんなら絆創膏もあるぞ。」


「マジか。お前準備いいな。助かる。」


「だろ。後でなんか奢れや。」


「えー...」


と言いつつ、何だかんだ奢ってくれるやつだ、コイツは。

その間に、血がどんどん溢れてくる。

紙って割りと深く切れるよな。


節くれだった指を伝って落ちそうになる赤い液体を真っ白なティッシュでキャッチする。

この瞬間がたまらない。

純白は赤く染まり、よく映えてきれいだ。

自然と上がりそうになる口角を抑え、後は手早く拭き取って手当てをする。いつまでも眺めている訳にはいかない。

名残惜しいが、最後に絆創膏を貼って完了だ。


「いやーマジ助かった。サンキューな。」


「いいってことよ。また何かあったら言ってくれ。」


できれば流血沙汰で。


心の中でそう添えた。


勘違いしないでほしいが、俺の恋愛対象は女子だ。至ってノーマル。

だが、こうして興奮してる辺り俺ってキモいな、と自嘲した。




夏休みもあけて新学期に入ったので、委員会や係決めが行われた。

俺は、周りが女子だらけの中、今までやったことのない保健係と保健委員になった。希望者が少なくなく、委員会はじゃんけんで勝ち取った。

俺自身、自分がここまでしたことに驚いた。俺は自分が思っている以上に血液が好きなのかもしれない。


結果として、保健の仕事はかなり、いや、すごく良かった。

運動部の連中が入る入る。

膝、肘、掌、どんな転び方をしたのか腹まで怪我するやつもいた。

手当てしていくなかで発見もあった。人や部位によって血の色や粘性が少しずつ変わっているのだ。俺好みの血液なんかもわかってきてしまった。


今日も怪我人が入ったので、俺が率先して手当てをする。女子に手当てをしてもらいたいであろう野郎共には悪いと思っているが、俺の方がきっと上手いぞ。

うむ、生の血もいいが、絆創膏に滲んだ血もまたよし。


「手当て上手だね。君はなんで保健委員に入ったの?」


養護教諭の美人な女の人が話しかけてきた。


俺が保健委員会に入ったのは、

女子が目当て、ではなく、美人な保健の先生でもなく、


血液を見たいからです。


なんて言ったら気味悪がられそうなので、適当に、


「医療関係の仕事に興味がありまして...」


と言っておく。


「へえ!それはいいね」


自分で言ってみて、確かにいいな、と思った。

好きなことを仕事にできる。それに、医療関係、看護師なら現実的だし、給料的にも十分候補に入れる価値があるだろう。




それから俺は高校を出て、看護学校に入った。

医者になるのは勿論無理だし、看護師のほうがより現場に近いと思ったからだ。

ちなみに俺、勉強はあまり得意ではなかったが、俺の血液嗜好は血液成分なども含まれるらしく、謎に生物や化学に強かった。用語見るだけでテンション上がる。




そして俺は念願の看護師となり、日々充実した生活を送っている。

俺の勤めていた病院はかなり大きいところだったので、一時は新型コロナウイルス感染症患者の受け入れで大変だった。

看護師は差別的に扱われたり、常に緊迫した現場での対応、いつ終わるかわからない不安、常時夜勤で疲れきっているなど非常にストレスフルな毎日だった。

それを乗り越え、病院職員は絆を深めた。

また一連の騒動で問題となった現代の医療体制であったり、生活感が見直され、病院のあり方が変わっていっている。

俺としては、コロナ流行により学校やイベントなどでの献血の機会がなくなり、血液の在庫がつきかけたという問題の対策として献血が推奨されたことが嬉しかったりした。




「うう...血とるのこわいよ...」


「大丈夫だよ。すぐ終わるから。」


「ほんとう?」


「うん...ほら、もう終わり。頑張ったね。」


「わ、すごい!全然痛くなかったよ!お兄ちゃんありがとう!」


「どういたしまして。ご褒美に飴をあげよう。

結果は来週には出るから、またね。」


「うん。ばいばーい!」




「相変わらずすごい人気ね。」


採血した血液を機械にかけながら先生が言った。


「この前も、入院している患者さんが貴方に採血してほしいって駄々をこねたそうよ。」


「はは、そう言っていただけて嬉しい限りですよ。」


「ふふ、その調子で頑張ってね。」


「もちろんですよ。」


俺の採血が苦ではないとすれば、努力したかいがあったものだ。


俺が採血した患者さんたちの笑顔を思い出す。


つられて俺も口角が上がった。



俺は患者さんの血に興奮して、オカズにしているなんて、口が裂けても言えないな。





最後までありがとうございました。

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