キツネと寿樹
健太が真正家の理解がやっと深まる時
真正家では父親が神社・仏閣・宗教を取りまとめる偉いポストについていて、みな平等にしないといけないのに偏りのある傲慢な人でした。
だから、地元の人々は真正家へ行ってはイケナイと言ったのかもしれません。
そして、大臣や国家に関りが濃く秘密の会議などは、良く自分の屋敷を提供していました。
昔は、政治も意のままにしたと恐れられていました。
その一つに、近親相関を刑法から外したと噂され、真正家は皆顔が瓜二つだという所から、近親相関を疑われてきました。
そんな事知らない僕は、中学生の頃から寿樹のしている事を目で見て覚えて勉強してきました。
知識のある人から見たら、宗教法人なのに 神職もしている なんて 変な拘りもなく仕事を手伝えたのだと思います。
寿樹が欠かさず神饌といって、海・川・山・野でとれる季節の旬のものをお供えします。
その中でも不思議な事があったのを覚えています。
祭壇に上げられていた神饌をある一定の時間が過ぎると 寿樹はバラバラに違う場所へ持って出かけます。
大きな御神木を過ぎた先に滝行の参道があるのですが、その途中の祠に置いて行ってる模様です。
如月じいも知らないみたいなので、僕は直接、寿樹に聞いてみようと追いかけた。
神主の白衣をいつも身に着けている寿樹は、これといった気飾りはしていない。 よく宮司さんの着る狩衣でもなく巫女さんに近い。
それは長い髪を一つに束ね、透けるような白衣を身にまとうところから僕の勝手な想像かもしれないけれど、森の天使みたいに思っている。
「寿樹はいつもそのお供え物をどこに持っていくの?」
寿樹のやっている現場を押さえて、聞いてみた。
答えず、そのまま魚を持って出て行ってしまった。
まるで着いておいでと言われたかのように。
健太は予想のとおり寿樹の身軽な足取りの後をついて行き、しばらく行くと参道から外れて姿が消えた。
その先には僕も知らない祠があって、寿樹は魚を祠の前に置くと身を隠すように大きな杉の木にしゃがみこんだ。
寿樹は突っ立ってる僕を手招きして、座るよう合図する。
僕は、道があるようで無い松ボックリだらけの中に足を踏み入れ、そこに思ったより道が無い崖だったことにヒヤッとした。
「なに?なに?」
小声で聞くと寿樹は口に人差し指を当てて
「シッ」と言う。
僕はただただ寿樹を目の前に見つめる。寿樹は時がたつとチラッと杉の間から顔を覗かせ何かを探っている。
僕は寿樹の いつもの白い肌と目のくぼみにくっきりとしたラインを描く瞼と瞳を見ては好きだと思った。どうして同じ人間なのにこうも自分と違うものなのだろうかと……。
横顔の奇麗な鼻筋も眺めていると 突然寿樹が僕の方を振り返って 笑顔を見せた。 それはもうドキッと胸を突き上げた。
「来た!」突然の寿樹の声に
(え?何?)小声で話す寿樹に返す言葉は出なかった。
寿樹の目線を追えば、そこにはふさふさした尻尾をもったキツネが現れたからである。
(寿樹!キツネがいる!!)
多分、寿樹に僕の言いたかった事は伝わったと思う。
寿樹は、このキツネに魚を上げていたんだ。如月じいが晩御飯を悩んでた訳がわかったぞ。
この静かな沈黙の時、僕は寿樹を感心して見ていた。
寿樹はキツネが魚をさらって行くのを見届けるとスッと立って元の参道へ戻った。
僕はもう普通の声で寿樹に語り掛けた。
「寿樹はいつもキツネにエサをあげていたんだ。」
「狐ではない、神にあげているだけだ。」
健太はクスッと笑った。
「寿樹は優しいね。」
帰って鬼空とその話をしてみたら
「寿樹はキツネを飼っているんだよ」
なんて知ったかぶりな事を言う。
僕は違うと思った。
寿樹は、人には言わないけどコジンマリト優しいところがあると自分の中で思った。
如月じいにも鬼空にも僕にもキツネにあげたと言わない。
寿樹のキツネを保護する気持ちがあって、決してキツネにも姿を見せようとしない。
この気持ちを僕は守ってあげたいと強く思った。
こんな小さくて直ぐにバレてしまうかもしれない事を、僕は守っていきたい。
杉の松ボックリが足元にあると、キツネと寿樹の優しさを思い出す事に嬉しく思う。
この境内に杉の松ぼっくりなんて、鬼のようにあるのに、寿樹に手招きされてしゃがんだ足元には踏まれていない杉の松ぼっくりが何十にも重なっていて思わず坂道から足を踏み外しそうになったのを寿樹が支えてくれた。
境内を掃きながら、健太は今日も仕事を楽しそうにやり過ごすのを如月じいは良かれと眺めていた。
これだからか知らないけれど、如月じいは寿樹との結婚相手は健太さんが良いと推薦してくれるのだが、僕は寿樹のお父さんに何処の馬の骨か分からないと嫌われている事実を知っている。
本当に寿樹と結婚できたら、多分もう何にも要らないくらい嬉しいな。
こんな程度で終わっていれば良かった。
寿樹を本当に好きになって止まない僕の苦闘が始まろうとしているなんて誰が予測できただろうか。