寿樹のお屋敷に泊まる
「お父さん、そういうことだから寿樹くんの家にお泊りに行ってくるね。」
「じゅきくんとやらはこの近くか?」
「うん、向こうの山の上に住んでるって。」
「やめなさい。」
「え?」
「あの集落は宗教法人だから、やめなさい。」
「なんで?宗教法人だとダメなの?」
「我々と住むところが違うのだよ。」
「わかんない。引っ越して唯一出来た友達なのに…」
ベッドに入って悩んだ。
どうして大人ってわかんないこと言うんだろう。
そして、いつも僕のやりたいことを妨げるんだ。
僕は好きで田舎に引っ越して来たわけじゃないのに…。
次の日、寿樹くんにお父さんの事を話してみた。
「そう。」
「そうって…。また話を覚えてないのかい?」
「いや、わかっている。」
「じゃあ、連れてってよ。」
また昨日話した事がわからない状態かとカマをかけて言ってみた。
すると
「いいよ。」
ホントかな?
「大人はいつも行く手を遮るものだ。僕の家で自由にしなよ。」
そう言って、学ランの袖をまくり上げ、出て来た腕時計で時間を見ると、そろそろだと僕を案内した。
半信半疑で後をついて行くと、校門を出たところで黒い乗用車が待機して待っていた。
眼鏡をかけた紳士が一人、運転席から出て来た。
「おかえりなさいませ。」
見るからに真面目そうな男性で、喋り方も丁寧だった。
寿樹くんは後部座席に座るようにドアを開けた。
僕が運転席の後ろに座ると、横に寿樹くんが座った。
なんだか緊張する。
あ!カマかけだから着替えなんか持って来てない。
後のまつりだった。
「私の側近の弦賀だ。」
寿樹が運転手を紹介してくれたが、側近ってなんだ?
ていうか側近の前では「私」になるんだ。
既に寿樹くんの事情がわかってくる。
「坂受 健太です。宜しくお願いします。」
「こんにちは、健太君いつも寿樹がお世話になっています。これからお屋敷へ行きますが大丈夫ですか?ご両親には……」
「両親は、父だけです。昨日言って有ります。」
運転手の弦賀さんは、僕の様子が怪しいと思ったのか、僕の家まで一度行ってくれた。
まだ、帰ってきてない父親に書置きをして、着替えを持って婆ちゃんに友達の家に泊まって来ると伝えた。
婆ちゃんは、黒い車が家の前に停まっているのを見て驚いた。
「じゃ、そーゆ事だから夕飯も朝飯もいらないからね。」
ダッシュして家を飛び出す健太の後を追う婆ちゃん。
車の運転手の弦賀さんが丁寧にあいさつをした。
「責任をもって、健太さんをお預かり致します。」
婆ちゃんは、弦賀さんのスーツのピンバッチを見て深々と頭を下げた。
とりあえず、隣にいる寿樹くんは昨日話をした寿樹くんだ。 あともう一人の寿樹くんを探しに行くのが僕の目的だ。
お父さんには反対されていたが、昨日話した事だし、居場所はわかっているだろう。
増々不良少年だなと思ったのは僕だけで、寿樹くんにとってお泊りは不良でもなんでもなかったらしい。
畑の道に出ると山の尾根を車は登り始め、景色は木が多くなる。
すると、ポツンポツンと家が顔を見せ始め集落へと入って行く。
これを弦賀さんは宿坊と教えてくれた。
いまいち宿坊が何なのか理解できていない僕だけど、まあいいか。
宿坊という家が途切れると、今度はくねくねと山道を登り大きな杉の木ばかりが立ち並ぶ道に来た。
長い長い……似たようなカーブと杉の木を眺めながら、山の上の方まで来た感じがした。周りが明るくなったからだ。
車は木々のない砂利の広間で停まると寿樹が降りた。
「降りるよ。」
寿樹が健太に言う。
「弦賀ありがとう。」
寿樹が運転手に礼を言ったので、僕も慌てて言う。
「ありがとうございます。」
「いいえ、どういたしまして。」
寿樹の後ろをついて行く。
「着いたの?」
「ああ。」
弦賀さんを先頭に、山の小道を歩くとすぐ横にプレハブ小屋が出てきてその先を歩くと、何やら玄関らしきものが見えて来た。
なんだ、意外と普通の家なんだな。と思った瞬間、左側に大きく開けた空間から大きな大きな神社が突如現れて「え!?」と声を上げてしまった。
「あぁ、正門から入ってないからわからなかったね。私の家は神社だよ。」
しらっと言いう寿樹。
「これはこれは、いらっしゃいませ。」
おじいさんが玄関から出て迎えてくれた。
「彼は如月。如月じいって呼んでやって。」
「はじめまして、坂受 健太と言います。」
「今晩、お泊りのお友達ですね。今日はゆっくりしていって下さい。」
「あっはい。御迷惑おかけしますが、宜しくお願いします。」
なんだぁ、寿樹はちゃんと覚えていて家中の人にも伝えてあったんだ。
如月じいは凄くニコニコして出迎えてくれた。
「寿樹、凄く歓迎されてるんだけど、なんで?」
「俺が友達って言ったの初めてだから。」
「本当に?僕が初めての友達?それも嬉しいけど、どうして寿樹くんともあろう人が今まで友達が居なかったことないだろうに。」
「居ないよ。」
「ウソだ。」
「居ないって、みんなこの集落の人を嫌うんだ。」
僕にはわからなかった。
でもお父さんや周りの人は事情を知っているみたいだけど、いま目の前にあることを信じようよ思った。
寿樹は自分の部屋を案内してくれた。
一部屋二部屋三部屋…きしむ廊下のふすまを通り抜けたと思う。畳の広がる広い部屋だ、昔からあるみたいで何処も質の良い古さを感じる。
「ずいぶんと奥まで部屋があるんだね。」
「昔からある屋敷だからね。今は両親は住んでないから部屋が空いている。」
「え?お父さんも居ないの?」
「住んでないよ、違う家庭の家に泊まってる。代わりに如月じいが俺らの面倒を見ている。」
「俺らって言ったね今。」
色々な家庭の事情がある中、さらっと言った寿樹の言葉を聞き逃さなかった。
寿樹はニヤッと笑った。
「おまえ、カンがいいよな。」
寿樹のこの顔は好きだ。
いつも無表情ばかりなのに、均等のいい人形のような顔に息が吹き込まれたように色着いて見える時だった。
「あとで紹介してやるよ。」
寿樹の部屋も畳の和室だった。
ただ、角部屋で窓が入っていて一番明るかった。
「この廊下の先はトイレになってる。近くていいだろ?」
「う、うん」なんだかわからないけど返事をした。
「俺専用のトイレなんだ。」
いまいち寿樹の専用トイレがわからなかったが、学校のトイレも男子の大トイレしか使わないから何か拘りがあるのだろう。
「僕も使えるの?」
「使っていいよ。何なら見るかい?」
「う、うん。」
見せてもらったところで、単なる様式のトイレだった。
「和式かと思ったよ。」
「だろう!様式の便座もあったかいのに変えてもらったんだ。如月じいにも様式を進めているのだけど、和式じゃないと出ないんだって。」
何の話だろう。
だけど、寿樹くんとこんなにたわいもない話をするのは正直嬉しかった。
学校ではいつも冷たくあしらわれて、昨日と話が合わなかったりなんてシバシバあったからだ。
寿樹くんの部屋には窓向きに長机があって、そこで二人で宿題をした。
寿樹くんは頭が良かった。僕は競争して問題を解いた。
学校の宿題がこんなに楽しいなんて初めて思った。
きっと寿樹くんもそう思ったに違いない。
そんな以心伝心みたいな言わなくてもわかる笑顔で僕たちは二人でいることを楽しんだ。
寿樹くんがもう一人居ようといまいと、男の子であろうと女の子であろうとそんなのどーでも良くなっていた。
宿題が終わると、寿樹がおもむろに話し始めた。
「この後の食事に、絶対驚いちゃいけないよ。あと秘密を守って欲しい事があるのだけれど、君はそれが出来るかい?」
「うん、秘密は絶対守る。」
「守らなかったら、君に不幸が訪れるからよく覚えておいてね。」
「うん、友情の絆において守るよ。」
「食事に来る人の顔は忘れて欲しいんだ。つまり、誰にも話さないで欲しい。」
夕飯が楽しみだった。
でもまさかの予想にもつかないことが起きようとは、この時はまだわからなかった。
食事は今まで通って来た広間の中で行われた。
弦賀さんが食事を運んで長いテーブルに用意していた。
豪華そうな重箱が設置されて、数がやたらと多い。
「準備してる間に下へ見に行こう!」
と言うと寿樹は靴を履いて外へ出た。
僕も慌てて靴を履いて付いていく。
大きな鳥居を抜けて、暗くなって見えない道を進んでいく。
「暗くて見えないよ寿樹!」
寿樹は僕の手を取り引っ張った。
「直ぐに明りが見えてくるよ。」
寿樹の柔らかくて暖かい手にドキッとした。
暗闇の中で、寿樹の白い肌だけが浮いて見える。
「夜神楽の練習をしているんだ。」
灯りが見えて来たと思ったら笛と太鼓の音も聞こえてまるでお祭りでもしているようだった。
お面をみんな着けて何か物語があるような動きで踊りだす。
「これはね、一般公開するまで秘密だよ。」
なるほど、秘密なのはこの事か。
寿樹はお面の人達に何か伝えると、みんな片付け始めた。
「さ、食事しに行くよ。」
寿樹は流石に神童と言われてるだけ指揮力が強い。
寿樹がまた僕の手を引っ張ってすぐに屋敷に戻った。
僕は寿樹のこの手が好きだ。
おじさんたちがゾロゾロとやって来ると、僕の近くまで押し寄せて来た。
けれど僕の事なんて全く気にしない様子だ。
あれ?おじさんたちの中でなんだか知ってる顔ぶれがある。誰だろう?
この時の自分はこのおじさんたちがどんな偉い人達なんて知る余地もなかった。
それよりも、寿樹くんが横に座って更に前に寿樹くんが座って・・・。
「はじめまして、健太くん。」目の前に座った寿樹くんが挨拶をする。
隣の寿樹が
「ね、驚いちゃだめって言ったでしょ!」
「なんで?双子?」
「彼は出生届を出していない。内緒の双子なんだ。」
「寿樹くんだけ届け出しているの?」
「そう、だから世間には内緒なんだよ。」
「僕、君の事知っているよね?」
「彼は鬼空って呼んで。」
「きくう?」
「そう、自分でつけた名前。」
「そうだよ、健太くん。俺は何度も君と会っている。良くわかったね。」
「鬼空くんは男の子だね。」
「そうだよ。」
隣の寿樹を見る。
「じゃあ、寿樹は…。」
「男だよ。」
「僕が見たのはどっち?」
「何を見たのだ?健太くん。」
食事の場所で、大きな声では言えなかった。
でも、この双子のうちどちらかが女の子なんだ。
僕はそう思っていた。